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お父さんの最期《真白 side》

「嘘ばっかり。貴方はただ────高卒の自分より高学歴になるのが、許せないだけでしょう?」


 確信を持った様子でそう指摘し、母は少しばかり表情を硬くした。

複雑な気持ちを露わにしながら。


 そうか、学歴コンプレックス。


 いつもどこか卑屈だった父の性格が……その原因が分かり、僕は納得を示す。

と同時に、母が自分の左手の薬指から結婚指輪を外した。


「本当に真白のためを思うなら、進学に反対なんてしない筈よ。学歴社会の恐ろしさも、大学に行けなかった悔しさも貴方が一番理解しているだろうから」


 『その身を持って体験しているでしょう』と語り、母は結婚指輪を差し出す。


「貴方は結局、自分のプライドしか大事に出来ない人なのよ」


 僅かな同情と拒絶を表し、母はそっと目を伏せた。

その瞬間────父は勢いよく、こちらを振り向く。

今まで見たことないような表情で。


「っ……!?」


 母はいきなり父に顔面を殴られ、勢い余って尻もちをついた。

その拍子に、結婚指輪は床へ落ちる。

カランという音を立てて。


「黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって」


 平坦な声で言葉を紡ぎ、父はゆっくりと母の胸ぐらを掴み上げた。

明らかにいつもと違う様子を見せる彼に、母は表情を強ばらせる。

が、決して泣いたり謝ったりしなかった。

ここで怯んだらまた同じことの繰り返しになる、と思っているからだろう。


「暴力を振るったら、離婚のとき貴方が不利になるだけよ」


 あくまで強気な態度を貫く母に対し、父はスッと目を細める。


「そうか。なら、いっそのこと────殺しちまうか。どの道、お前を失うんだから」


 虚ろな目で母を見下ろし、父は一旦胸ぐらを離した。

かと思えば、母の上に馬乗りとなって首へ手を掛ける。

『絞殺』という単語が僕の脳裏を過ぎる中、彼は手に力を込めた。

と同時に、母は苦しみ出す。


「かっ……ひ……っ……」


 母は何とか息をしようと呻くものの、空気の抜けるような音が鳴るだけだった。

徐々に体から力が抜けていく彼女を前に、僕は


 ────このままだと、お母さんが死んじゃう。


 と、悟る。

明らかに本気で殺しに掛かっている父を一瞥し、身を翻した。

そして、キッチンに入ると、あるものを持って廊下へ戻る。

もうほとんど動かなくなった母と静かに泣く父を見やり、僕は


「バイバイ」


 と、呟いた。

それを合図に────父を切りつける。

毎日、母が研いでいた包丁を使って。


「ぐっ……!」


 正面から胸を一突きされた父は、血を吐いて床に倒れる。

その際、母の首を絞めていた手は離れた。

と同時に、母はケホケホと咳き込む。


「な、にを……」


 酸欠状態で意識が曖昧だったのか、母は困惑気味に周囲を見回した。

かと思えば、青ざめる。

倒れている父と、返り血塗れの僕を見つけたからだろう。

衝撃のあまり声も出せない様子の彼女を他所に、父がこちらを睨みつけた。


「ま、しろ……お前、よくも……あともうちょっとだった、のに……」


 悔しそうに顔を歪め、父は歯軋りする。

その視線の先には、母の姿が。


「みの、り……お前は……お前だけは絶対に……」


 何が彼を突き動かしているのか、何とか起き上がろうとする。

多分、また母に危害を加えるつもりなのだろう。

『絶対に殺す』という執念を見せる彼に対し、僕は


「だから、バイバイだってば」


 と、吐き捨てた。

と同時に、突き刺さったままの包丁を更に奥へ差し込む。

一瞬の躊躇いもなく。


「かはっ……」


 先程より多くの血を吐き出す父は、床に倒れ込んだ。

もう指一本すら動かせない状態なのか、急激に弱っていく。

大きな血溜まりを作りながら。


「み……の……ぃ……」


 消え入りそうな小さい声で母の名を呼び、父は一筋の涙を流した。

かと思えば、目を瞑って動かなくなる。

これまでずっと母を苦しめてきた父の呆気ない最期に、僕はなんだか拍子抜けしてしまった。

でも、それ以上に────


「……ふふっ」


 ────興奮を覚える。

どれだけ威張り散らしていても、力が強くても、大人でも死んだら結局無力になるんだと思って。

まあ、そんなの当たり前だが……そういう風にしたのは自分なんだと思うと、この上ない高揚感と優越感を抱いた。

と同時に、僕の中で眠っていた加虐性が目を覚ます。

『もっと、たくさん人を殺したい』という衝動に駆られる中、不意に足を掴まれた。


「真白……!」


 悲鳴に近い声色で名前を呼ばれ、僕は反射的にそちらへ視線を向ける。

すると、そこには涙目の母が。


「ごめん……!ごめんね、こんなことさせて……!」


 僕の笑い声など聞いてなかったのか、母は罪悪感に満ちた表情を浮かべた。

かと思えば、横になったままの状態で僕の足にしがみ付く。

どうやら、まだ体に上手く力が入らないらしい。


「私は母親失格よ……!」


 ボロボロと大粒の涙を流し、母は強く手を握り締めた。

自責の念でいっぱいになる彼女を前に、僕はそっと身を屈める。

と同時に、母の背中を優しく撫でた。


「そんなことないよ。あれは僕の独断なんだから。お母さんは何も悪くない」


「真白……」


「それに僕、後悔していないんだ。お父さんを殺したこと」


 ────だって、こんなにも愉快な気持ちにさせてくれたんだから。


 『殺して正解だった』と心の底から思い、僕は頬を緩める。

すると、母は何を勘違いしたのか


「そっか……そうよね……真白は何も間違ったことなんて、していない……それなのに、私ったらあんな風に言って……」


 と、猛省した。

『せっかくの勇気ある行動を……』と悔やみ、母は顔を上げる。

と同時に、表情を引き締めた。


「ここで、私が真白に言うべきことはもっと他にある」


 半ば自分に言い聞かせるようにしてそう呟き、母はこちらへ手を伸ばした。

かと思えば、僕の首裏へ手を回し、自分の方へ引き寄せる。


「────守ってくれてありがとう、真白」


 父親殺しの僕を肯定し、母は力いっぱい抱き締めた。

その瞬間────僕の中にあった理性が、音を立てて崩れ去る。

『お母さんはこんな僕でも変わらず、愛してくれる』という確信を得たため。

殺人衝動を抑える必要性が、なくなった。

まあ、たとえ我慢することになったとしても完璧に抑えられたかどうかは怪しいが。

未だに収まらない興奮を胸に抱き、僕は小さく笑う。


「どういたしまして」


 ────そう答えた半年後。

父の葬式や裁判などがようやく終わり、僕と母は新生活をスタートさせた。

縁もゆかりもない土地で。

一応僕は無罪になったものの、地元ではかなりの大騒ぎになったから。

と言っても、こちらを非難する者は少なく、基本みんな同情的だった。

恐らく、父のDVを知っていたんだろう。


 やけに親切だった近所の人達や学校の関係者を思い出し、僕は小さく肩を竦める。

と同時に、街頭のない夜道へ転がった遺体(・・)を眺めた。


「武術の心得があるのか、今回は凄く反抗されたけど、思ったより大したことなかったな〜」


 『ちょっと切りつけただけで、直ぐに戦意喪失したんだよね〜』と零し、僕は溜め息を漏らす。

ここ最近はただ殺すだけじゃ、物足りなくなってきているため。

『抵抗されたり、逃げられたりした方が長く楽しめて面白い』と感じる中、僕はカッターを仕舞った。


「ま、いいや。さっさと帰ろう」

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