表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/41

打ち上げ《静 side》

「あのな、いくら俺でも居場所の分かんねぇスナイパーを狙撃は出来ねぇーよ」


 『無茶言うな』とでも言うように手を振り、兄は呆れたような表情を浮かべる。


「さっきの銃撃で大体の方角は分かるけど、それだけ。この数分の間に場所を移動している可能性もあるし、当てには出来ない。だから────先にあっちに撃たせる必要がある」


 『後手に回るのは好きじゃねぇーが、仕方ない』と割り切り、兄はこちらを見据えた。


「そのためには囮を使うのが一番だが、静には無理だろ?」


「うん、そうだね」


 狙撃を避けるなんて芸当、僕には出来ないので素直に肯定した。

すると、兄は『だよな』と納得してこちらへ狙撃銃を手渡す。


「となると、俺が囮役をやるしかねぇーんだよ。本当は俺の手でスナイパーを始末してぇーけど、こればっかりはどうしようもねぇーからな」


 やれやれと(かぶり)を振り、兄はスーツのネクタイを緩めた。

そのまま軽くストレッチを始めた彼の前で、僕は狙撃銃を持ち直す。


「とりあえず、話は分かったよ。スナイパーの始末は僕が請け負う」


「おう。一発で仕留めろよ」


「いや、それはちょっと……約束出来ないかな。僕は兄上ほど、銃の扱いに長けてないから」


「あ”ぁ?狙撃なんて、誰がやっても同じだろ。ただ、ターゲットに向かって撃つだけなんだから」


 『早瀬みたいな化け物でもない限り、当たる』と主張し、兄は小さく肩を竦める。

どんだけ下手くそなんだよ、とでも言うように。


「はぁ……そう言うなら、兄上が囮役をしながら(逃げながら)狙撃してよ。この銃軽い方だし、持ったままでも結構機敏に動けるんじゃない?」


 疲労がピークに達していることもあり、僕はつい口答えしてしまった。

いつもなら、『はいはい、ごめんね』と流せるのに。

改めて自分の限界が近いことを悟る中、兄は急に黙り込む。

『ヤバい、怒らせたか』と焦る僕を他所に、彼はふとこちらへ手を伸ばした。

かと思えば、


「────そうか。その手があったか」


 狙撃銃をガッシリ掴む。

『えっ?』と思わず声を上げる僕の前で、兄は不敵に笑った。


「静、お前やっぱ引っ込んどけ。俺がやる、囮も狙撃も」


 そう言うが早いか、兄は僕から狙撃銃を奪い取る。

『えぇ……?正気?』と狼狽える僕を置いて、彼はさっさと外へ出た。

もうすっかり白い煙も無くなっているというのに、無防備に姿を晒す。


「……本当に大丈夫なの?」


 堪らず不安を零し、僕は近くにあった別の狙撃銃へ手を伸ばした。

一応いつでも加勢出来るようにしておこう、と。

『ここで兄上に死なれたら、困るし』と考える中、彼は見晴らしのいいところで足を止める。


「おら、掛かってこいよ」


 狙撃銃を小脇に抱えて仁王立ちする兄は、こちらの心配に反して余裕綽々だ。

『撃たれたら、速攻で撃ち返す』と意気込み、闘志を燃やす。

────と、ここで急に後ろへ下がった。

かと思えば、素早く狙撃銃を構える。


「そこか」


 目の前に出来た弾痕などには目もくれず、兄はある一点を見つめた。

そして、直ぐさま狙いを定めると、迷わず引き金を引く。


「おっ?クリーンヒット」


 狙撃銃のスコープ越しに相手の様子を窺い、兄はグッと手を握り締める。

よし!とでも言うように。


 嘘でしょ……本当に一発で仕留めたの?ものの数秒で?


 天賦の才とも言える兄の実力に、僕は目を見張った。

と同時に、痛感する。

“狂犬”と呼ばれる彼のせいで霞みがちだが、兄も充分化け物なのだと。

『それに比べて、僕は平々凡々』と肩を竦める中、桐生組の組員達が次々と現場へ到着した。

かと思えば、倉庫にある武具をどんどん運び出していく。


「あとは皆に任せて、僕達は行こうか」


 そう言うが早いか、僕は停めてあった車へ乗り込んだ。

すると、兄もすかさず乗車。


「帰んのか?」


 座席の背もたれに寄り掛かりつつ、兄はこちらを向いた。

『じゃあ、また座敷牢に行かなきゃいけないのか』と嘆息する彼を前に、僕はシートベルトを装着する。

今回の仕事に兄を巻き込んだ理由を思い浮かべながら。


「いや、せっかくだから打ち上げに行こう」


 ────と、提案した一時間後。

僕達は近くの高級クラブへ赴き、酒と雑談を楽しんでいた。


「えぇ〜?こんなにシャンパンを入れてもらって、いいんですか〜」


 僕と兄の間に座るキャストの女の子は、『嬉しい〜』と無邪気に喜ぶ。

同席していた他の子も、上機嫌で口々にお礼を言っていた。


 とりあえず、お店の人気キャストを片っ端から指名したけど……。


 無言で黙々と酒を飲み続ける兄を見やり、僕は小さく肩を落とす。

そう簡単には行かないか、と落胆して。


 兄上が気に入る女の子を見つけてくっついてくれれば、と思ったんだけどなぁ……。

そしたら────自分の子が、彰の養子になる可能性を減らせるから。

もちろん、兄上が伴侶を見つけたからと言って子供を作れるとは限らないし、こちらもまだ妊娠・出産した訳じゃないので仮定の域を出ない話だが、手は打っておくに限る。

彰の本命が、僕と律子の子供である以上は。


 少しばかり表情を引き締め、僕は額に手を当てる。

頭の痛い話だ、と嘆きながら。


 いっそのこと子作りをしない選択肢もあるけど、何年も妊娠出来なければ彰は趣向を変えてくる筈……。

それこそ、他の女を宛てがうとか彰監視のもと不妊治療を行うとか。

一番最悪なのは、文字通り種馬のような扱いを受けることだね。

まあ、そのときは兄上も一緒だろうけど。

少しでも、妊娠・出産の確率を上げなきゃいけないから。


 ある意味早瀬より恐ろしい末弟の本質を思い浮かべ、僕はそっと目を伏せた。

心の奥底から、湧き上がってくる不安を見ないフリするように。


 共存を選んだのは間違いだったんじゃないか、なんて……そんなの今更だよね。


 『もう遅い』と自分に言い聞かせ、僕はキャストの作った酒を煽る。

と同時に、気持ちを切り替えた。


 とにかく、今は兄上の伴侶を探そう。


 そう思い立ち、僕は次々とキャストの女の子を指名していく。

が、兄の反応は依然として変わらず……一切興味を示さなかった。

『これは骨が折れそうだ』と肩を竦める中、和服の女性が姿を現す。


「お初にお目に掛かります。オーナーの雛森咲良です」


 そう言って、優雅にお辞儀する彼女は夜の街に似つかわしくない上品なオーラを放っていた。

まるで、昔の古き良き日本の大和撫子みたいだ。


 へぇー。ここにこんな子、居たんだ。しかも、オーナーって。


 『相当優秀なんだろうな』と思案しつつ、僕はふと隣へ視線を向ける。

こういう子なら、兄上も興味を持つのでは?と思って。

『まあ、あんまり期待し過ぎない方がいいだろうけど』と考える中、兄の横顔を視界に捉える。

と同時に、目を剥いた。

だって、あの兄が……異性に全く関心を示さなかった戦闘狂が、雛森咲良を凝視していたから。

それも、心ここに在らずといった様子で。


 おやおや?これはもしかして────一目惚れというやつなんじゃ?


 と下衆な勘繰りをしていると、兄が平静を取り戻す。

まあ、まだ少し混乱している様子だが。


「あ、ああ……俺は桐生組の桐生惇だ」


 先程までの沈黙が嘘のように、兄は当たり障りない返答を口にした。

しっかり、彼女の目を見ながら。

どこか熱っぽい眼差しを前に、雛森咲良は僅かに目を剥く。


 兄上の気持ちに気づいたっぽいね。出来れば、拒否反応は起こさないでほしいけど……こればっかりはなぁ。


 人の気持ちはままならないということを初恋で実感しているため、僕は悩む。

それでも無理矢理くっつけるか別の人を探すか、を。

『兄上が好きな人の幸せを願うタイプなら、後者かなぁ』と思っていると、雛森咲良が下を向いた。

────赤くなった頬を隠すように。


「は、はい。存じ上げております……」


 若干声を上擦らせながら答える雛森咲良は、どこか幼く見える。

もう先程までの『お淑やかなお姉さん』という雰囲気は、消えていた。


 良かった。これは脈アリだね。


 『遠慮なくアシスト出来る』と奮起し、僕は途切れそうになっている会話へ割り込む。

そして、二人の連絡先を交換させたり共通の話題を探したりしてバッチリお膳立てした。

『あとは本人達に任せるかな』と思いながら、僕は兄と雛森咲良の様子を見守る。

────そうこうしているうちに時間は過ぎていき、一夜明けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ