表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

視察

◇◆◇◆


 ────翌日の昼下がり。

朝まで真白を美味しくいただいていた俺は、スマホの通知音で目を覚ました。

と同時に、身を起こす。

が、右肩あたりに何か載っていて起き上がれなかった。


「ん〜……」


 聞き覚えのある声が耳を掠め、右肩の重みが……いや、押しが(・・・)増す。


 肩に載っていたのは、真白の頭だったか。


 そう理解するのに、時間はあまり掛からなかった。

『今、動いたら確実に真白を起こすな』と思い、俺は通知の確認を見送る。

もし急用なら通話を掛けてくるだろ、と考えて。

『どうせなら、もう少し寝るか』と思考を切り替える中、不意に右肩が軽くなった。


「ふわぁ〜……若くん、おはよ〜」


 もぞもぞと起き上がり、軽く伸びをするのは真白だった。

どうやら、先程の衝撃で起きてしまったらしい。

裸のまま布団から抜け出して、テーブルの上にあったペットボトルを持ってきた。

かと思えば、中の水を口に含んでキス……いや、口移ししてくる。

常温で放置していたため生温いが、真白からの厚意なので素直に受け取っておいた。


「ん。もういいぞ」


 『あとはお前が飲め』と言い、俺はようやく身を起こす。

と同時に、スマホをチェックした。


 さっきの通知の正体は、九条のメールみたいだな。

何か進展でもあったのか?


 『昨日の今日なのに』と思いつつ、俺はメールに目を通す。

添付された資料を確認すると、そこには犯罪記録のデータが。

『もう上から、許可を取ったのか』と半ば感心する俺は、直ぐさま二番目の兄へメールを転送した。

昨日の経緯(いきさつ)と仕事の内容も、付け加えた上で。


 あとはあっちで勝手にやるだろ。


 完全に調査を丸投げする俺は、スマホの電源ボタンに指を掛ける。

スリープモードにしよう、と思って。

でも、画面を暗くする前に新着メッセージが届いて、動きを止めた。


 兄さんから、みたいだな。


 通知をタップしてすぐトーク画面に飛び、俺はメッセージを確認する。

と同時に、一つ息を吐いた。


 兄上(兄貴)を今回の仕事に同行させてもいいか、か。

まあ、それは構わない。

遅かれ早かれ、兄貴は外へ出そうと思っていたから。

長男派の奴らを安心させるために。


 『本当に惇さんは生きているのか?』と疑問視している連中を思い浮かべ、俺は小さく肩を竦める。

そのうち大暴走して兄の弔い合戦でも始めそうだ、と思いながら。

『今は真白が怖いのか、大人しいけど』と考えつつ、俺はスマホのキーボードを打つ。

しっかり監督するなら、同行させても構わない旨を文章に起こして。


 それにしても、兄さんは何故突然こんなことを言い出したんだろうな。

単なる同情か?それとも────。


 などと考えていると、真白が空になったペットボトルを投げる。

カコンと音を立てて床に転がるソレを前に、彼はこちらへ擦り寄ってきた。

『ふわぁ……』と欠伸を繰り返す真白の前で、俺はさっさと送信ボタンを押す。

と同時に、彼の肩を抱き寄せた。


「眠いなら、まだ寝てていいぞ。今日はゆっくり……」


 ────過ごそう。


 と続ける筈だった言葉は、スマホの通知音に遮られる。

『今日はよく連絡が来るな』と思いつつ、俺はスマホの画面を見た。


「親父から、メール?」


 普段全くと言っていいほど干渉してこない人物なので、俺は思わず目を見開く。

『兄貴達の件で、何か言いたいことでもあるのか』と思案しながら、一先ずメールを表示した。


「……悪い、真白。俺はこれから、仕事(・・)だ」


 体にピッタリくっつく真白の頭を撫で、俺は『ゆっくり過ごせそうにない』と謝った。

すると、彼はおもむろに顔を上げる。


「ん〜……おっけ〜。準備する〜」


「いや、真白は留守番でもいいぞ」


 『まだ眠たいだろう?』と気遣い、俺は真白を布団へ寝かせようとする。

が、


「やだ〜。僕も一緒に行く〜」


 と、真白が駄々を捏ねた。

『別行動なんて、無理』と主張しつつ、彼は立ち上がる。

もうすっかり目が覚めてしまったのか、素早い動きで身支度を始めた。

『置いていかれて、なるものか』と奮闘する彼の前で、俺はスッと目を細める。


「そうか。なら、二人で行こう」


 ────と、告げた一時間後。

きちんと朝食……いや、昼食も済ませた上で俺達は繁華街へ繰り出した。

まだ昼下がりということもあって、人がまばらな道を二人で歩く。


「ねぇねぇ、若くん。今回の仕事って、一体何なの〜?」


 今になって興味が湧いたのか、それとも単に聞き忘れていたのか、真白は今更すぎる質問を投げ掛けてきた。

『乱闘系だと嬉しいな〜』と述べる彼を前に、俺は腕を組む。


「一言で言うと、視察だな」


「視察?」


「ああ、抜き打ちテストとも言うな」


 ちょうど見えてきた一つ目の目的地を見据え、俺は前髪を掻き上げた。


「桐生組の経営するホストクラブやキャバクラを訪れて、問題がないかチェックするんだ。夜の店は昼の店と違って、何かとトラブルが多いからな。目を光らせておく必要が、ある」


 『ちょっと目を離した隙に、横領なり何なりされちまう』と語り、俺は腰に手を当てる。

と同時に、とある高級クラブの前で足を止めた。


 本当はこれ、兄貴の仕事なんだけどな。

でも、今はもう任せられる状態じゃなくなってしまったから。


 絶対に裏切らないという保証がない相手なので、桐生組の資金源となる店を委ねられなかった。

『誰か、監督してくれるなら話は別だが』と考えつつ、俺は懐からマスターキーを取り出す。

そして、素早く玄関の鍵を解錠すると、おもむろに扉を開けた。


「一応まだ出勤時間前だというのに、もう居るのか」


 数あるボックス席の一つでグラスを拭いている女が目に入り、俺は少しばかり驚く。

一瞬、こちらの動きを察知して先回りしていたのかと疑ったものの……相手の反応を見る限り、偶然のようだ。


「あら、貴方は桐生組の……」


 こちらを知っているのか、黒髪の女性は慌てて席を立つ。

慣れた様子で着物の袖を捌き、優雅にお辞儀した。


「ご無沙汰しております。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 若そうな見た目に反して随分と落ち着いている彼女は、礼儀正しく振る舞う。

ここで下手に媚びを売ったり、取り乱したりしないあたり出来る女のようだ。


「その前に君、誰なの〜?」


 俺の後ろからひょっこり顔を出した真白は、不思議そうに首を傾げる。

『ただのキャストなら、引っ込んでいて〜』と述べる彼を前に、女は自身の胸元へ手を添えた。


「これは大変失礼しました。私はこの店舗を任されております、オーナーの雛森(ひなもり)咲良(さくら)です。以後お見知りおきを」


 紺の瞳をうんと細め、雛森は深々と頭を下げた。

すると、真白は


「ふ〜ん」


 と、素っ気ない返事をする。

『一応、責任者なんだね〜』と呟く彼を前に、雛森は自分の座っていたボックス席を手で示した。


「良ければ、座ってお話しませんか?」


 『立ち話もなんですから』と気遣う雛森に対し、俺は首を縦に振る。

と同時に、真白を伴ってボックス席へ腰を下ろした。

その途端、雛森が席を外そうとする。

恐らく、お茶でも淹れるつもりなのだろう。


「もてなしは、いい。それより、話を……」


 『聞きたい』と続ける筈だった言葉は────


「おはようございまーす」


 ────第三者の登場によって、遮られた。

裏口から入ってきたのか、その人物は奥の扉を開けて現れる。

と同時に、大きく目を見開いた。


「ありゃ?もうお客さん、居るんですか」


 バッチリ化粧した顔に困惑を浮かべ、彼女は『開店まで、まだ数時間あるのに』と零す。

カールがかった茶髪を揺らしてこちらへ向かってくる彼女の前で、雛森は顔色を変えた。


風夏(ふうか)ちゃん、今は控え室に居てちょうだい」


「え〜?でも、お客様なら相手しないと」


 『そしたら、こっちも儲かるし』という本音を滲ませ、風夏と呼ばれた女はここに居座ろうとする。

目先の利益しか見えていない彼女を前に、雛森は焦った表情を浮かべた。


「あの二人はお客様じゃないの」


「じゃあ、何なんです?」


「それは……」


 下手に身分を明かすのは良くないと思っているのか、雛森は言葉に詰まる。

困ったように眉尻を下げる彼女に対し、風夏と呼ばれた女はニヤリと笑った。


「分かった、あの二人って雛森さんの太客なんでしょ?だから、取られないように牽制しているんだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ