デザート
「安心しろ、デートは続ける。ただ、場所を自宅に移すだけだ」
宥めるように真白の頭を撫で、俺は『お前の願いを無下にする訳ないだろう』と告げる。
すると、真白は態度を軟化させるものの……まだ納得いっていない様子。
「でも、結局料理のおかわりやデザートはなしになっちゃうんでしょ〜?」
『それじゃあ、本来のデートプランとかけ離れ過ぎている』と不満を漏らし、真白は顔を反らす。
本格的に拗ね始めた彼を前に、俺は
「そうはならない」
と、宣言した。
と同時に、真っ直ぐ前を見据える。
「九条」
「……はい、何でしょうか?」
何となくこちらの考えていることが分かってしまったのか、九条は何とも言えない表情を浮かべた。
それでも、話の先を促すのは『予想と違うかもしれない』という希望的観測を抱いてのことか。
じっとこちらの様子を窺う九条の前で、俺は口を開く。
「今すぐ、店の主人を解放してこちらに引き渡してくれ」
『事情聴取なんて、後でもいいだろ』と言い放つ俺に対し、九条は小さく息を吐いた。
やっぱりそういう要求か、とでも言うように。
「一応お伺いしますが、その理由は?」
「ウチに招き入れて、料理やデザートを作ってもらうためだ」
「……」
「心配するな。店の主人には、手を出さない。用が済み次第、直ぐに帰らせる」
『どんなに長くても、滞在時間は二時間程度だ』と述べ、俺は九条に折れるよう求めた。
が、相手はうんともすんとも言わない。
さすがに一般人……それも、事件に巻き込まれただけの被害者を極道へ引き渡すのは、抵抗があるみたいだな。
悩ましげに眉を顰める九条を前に、俺は『仕方ない』と思考を切り替える。
「嫌なら嫌で別に構わないが、その場合はこのまま店に押し入るぞ」
先程の話が白紙になるのを覚悟で、俺は強行突破を仄めかした。
『まあ、現場は極力荒らさないよう配慮するが』と付け足す俺の前で、九条は目頭を押さえる。
と同時に、小さく肩を落とした。
「……分かりました。上に確認してから、直ぐに店の主人を解放します。なので、現場を荒らすのは勘弁してください」
『あと、店の主人には絶対危害を加えないように』と念を押し、九条はこちらへ背を向けた。
かと思えば、スマホ片手に一旦店内へ入る。
そして、数分ほど経つと、店の主人を伴って戻ってきた。
「では、丁重にお願いしますよ」
真剣な表情で店主の身柄を引き渡してくる九条に、俺はコクリと頷く。
『ちゃんと五体満足で帰してやる』と宣言して踵を返し、自宅へ帰った。
無論、店の主人や真白を引き連れて。
「調理器具や食材は好きに使え。足りないものは言ってくれれば、ウチの者に買ってこさせる」
────と、店の主人に告げた数十分後。
焼き鳥全種類と豚の角煮が出来上がり、俺達の腹を満たした。
元々かなりの量を食べていたこともあり、わりと早い段階で食事はお開きに。
最後にデザートだけ作り置きしてもらい、店の主人を帰した。
無論、報酬として幾らか包んだ上で。
あの店には、また今度何かお礼をしないとダメだな。
強盗事件のこともあるし、営業再開に尽力する方向で行くか。
『細かいことは兄さんに任せよう』と考えつつ、俺は本邸にある露天風呂へ浸かる。
体の芯から暖まっていく感覚を覚える中、不意に体が重くなった。
「わ〜かくん」
嬉しそうに俺のことを呼び、抱きついてきたのは他の誰でもない真白だった。
髪型をお団子にして白い肌を無防備に晒す彼は、同じ男と思えない色気を放っている。
まあ、本人に自覚なんてないだろうが。
「お風呂上がりのデザート、楽しみだね〜」
子供のように声を弾ませ、真白は無邪気に笑った。
『杏仁豆腐とアイスとみたらし団子と〜』と上機嫌に呟く彼の前で、俺は一つ息を吐く。
「ああ、そうだな」
僅かに火照った真白の肌を一瞥し、俺は立ち上がった。
ポタポタと零れる水滴をそのままに、露天風呂を出る。
すると、真白もそれに続いた。
はぁ……このシチュエーションで、生殺しは辛いな。
でも、今真白を襲うのは気が引ける。
お風呂上がりのデザートが、お預けとなってしまうため。
朝まで止まらないであろう夜の営みを想像し、俺は何とか自制する。
『せっかく、楽しみにしていたんだから』と自分に言い聞かせつつ、脱衣所で薄手の和服へ着替えた。
と同時に、居間へ向かう。
バスローブ姿の真白を引き連れて。
「若くん、髪やって〜」
目的地に着くなり俺の前へ躍り出る真白は、濡れた白髪を小さく揺らす。
早くデザートにありつきたいのか、自らドライヤーまで持ってきた。
テーブルの前へ座って準備万端な彼を前に、俺は
「ああ」
とだけ、返事する。
そして、真白の後ろに腰を下ろすと、ドライヤーの電源を入れた。
ブォーと鳴るソレを手に取り、俺は艶やかな白髪に触れる。
相変わらず、サラサラだな。ヘアオイルなんか、一切つけていないのに。
出会った頃から変わらない髪質に、俺は目を細めた。
一度も絡まることなく指をすり抜ける毛先を一瞥し、おもむろにドライヤーを止める。
「ほら、終わったぞ」
「ありがと〜」
ニコニコ笑ってこちらを振り返り、真白は手早く髪をまとめる。
スイレンの簪を用いて。
「じゃあ、デザートタイムにしよ〜」
という言葉を合図に、お盆を持った組員が数名現れる。
どうやら、デザートを持ってきてくれたようだ。
『ちょうどいいタイミングだな』と考える俺を他所に、彼らは急いでセッティングを行う。
恐らく、真白と同じ空間に居るのが恐ろしいのだろう。
『一刻も早く、ここを立ち去りたい!』といった様子で作業を終え、退室して行った。
「わぁ〜、どれも美味しそ〜」
組員達の葛藤など知らない真白は、テーブルに所狭しと並んだデザートを見て笑う。
『どれから、食べようかな〜』と悩みながらカトラリーを手に取り、ふとこちらを見た。
「若くんはどれ食べる〜?」
「俺はいい。気にせず、全部食え」
「えぇ〜?一緒に食べようよ〜」
すぐ後ろに居る俺へ寄り掛かり、真白は不満そうな表情を浮かべる。
昔から『共に分かち合う』という行為に固執している彼の前で、俺はバスローブの首回りを軽く引っ張った。
「俺は最後にこっちを食うから、いい」
露わになった首筋を甘噛みして、俺はフッと笑みを漏らす。
すると、真白は愉快げに笑ってこちらを見据えた。
「若くんってば、なんだか童話の魔女みたいだね〜。相手を太らせて、最後は食べようとするところとか〜」
「しょうがないだろ。美味そうなんだから」
白い肌にくっきりと付いた自分の歯型を一瞥し、俺は真白の耳へ唇を落とす。
と同時に、彼は『くすぐったい』と身動ぎした。
「ふふっ。分かったよ〜。後でたくさん、食べさせてあげる〜」
顔だけこちらに向けて俺の頬へキスすると、真白はパクパクとデザートを食べ始める。
それも、かなりのスピードで。
どうやら、すっかりその気になったらしい。
『ちゃんと味わえているのか?』と疑問に思う俺を他所に、真白はデザートを完食した。
かと思えば、クルリとこちらに向き直り、俺を押し倒す。
「は〜い、お待たせ〜。若くん限定のデザートだよ〜♡」
俺の上に跨りバスローブの紐へ手を掛ける真白は、風呂の時と比べ物にならない色気を放っていた。
「い〜っぱい、食べてね♡」
そう言うが早いかバスローブの紐を解き、真白は唇を重ねてくる。
デザートを食べた直後だからか、今日のキスは妙に甘かった。




