ゴム手袋に愛を込めて♡ギブミーゴムテ
いてててててー
手がぁ、手がああぁ…
やってきました手荒れの季節。
手を洗う時、水ならまだしもお湯を使うようになると一気に荒れる。
一日に何回くらい手を洗いますかね?
お出かけから帰ってきた時。
料理を作る時。
トイレから出た時。
犬猫を触った時。
etc…etc…
コロナや、インフルエンザを気にして何度も何度も洗う。
手洗いの他にも、皿洗いや、掃除、洗濯など、洗剤に触れるとあっという間に荒れます。
私の場合まず指の関節のところ、動きが多いところからピリッと痛くなる。
1本、2本…いててて…
ケアをサボると手のひらもがさがさに。
一日何度も洗うたびクリームとかつけてられないし、料理中なんて無理よ〜泣
嗚呼…
私にも愛が必要よね…
誰か!私にも愛を頂戴っっ!
。。。
ここは19世紀ごろのドイツの病院。
「先生!赤ちゃんが産まれそうです!!すぐ来て下さいっ!」
「はーいすぐ行く〜。解剖中の死体はこのままにしといて〜ちょっと産科行ってくるね」
「手や服に死体の血付いてるけど赤ちゃん抱っこね。ついでに母体の処置もやっちゃうね」
…と、こんな感じだったため、産褥熱の発生数が多く、産婦の死亡率も高かった。
特にウィーン総合病院の第一産科では、一般的な助産師による出産と比べ死亡率が3倍も高くなっていた。
「なんでそんなに死ぬんだろう?」
そう思ったハンガリー人のセンメルヴェイス医師。
産褥熱の発生数を調査し、産科医が次亜塩素酸カルシウムで手を消毒することで産婦の死亡率を劇的に下げることが出来ることを発見!!
そして「お前ら!とにかく手を洗え!」と説いた本を出版。
が、当時の医師たちには「なんでそんな事しなきゃいけないの?病気で死ぬのに俺等関係なくね?」と、手洗いはなかなか理解されなかった。
それどころか「患者が死んだの俺のせいって事?」とかなんとか責められ、あちこちから圧力をかけられ、馬鹿にされ…
最後は精神を病み(諸説あります)精神病院で死亡。
不遇のセンメルヴェイス…
その後「ばい菌が手に付いてるの発見したよ!!」と、パスツールやコッホによる細菌学的裏付けが一応世界に広がっていき、外科医は白衣とマスク、帽子を被り、患者の術野を滅菌布で覆うようになった。
が、しかし「病気で運ばれて来たんだから、病気で死ぬんでしょ?俺の手にばい菌ついてるとかってマジ失礼すぎ」と、やはり医師たちの手洗い率は低かった。
それからしばらくして(100年くらい)「手の消毒は大事」がある程度定着してきた頃、裕福な家庭に産まれ育ったカリスマ外科医のハルステッドが登場。
「手術する時はみんな塩化第2水銀で手を洗うことー!」これを徹底した。
すると医師、看護師とも酷い手荒れに。
「手、荒れすぎて仕事を続ける事はできません」と、看護師を辞める人続出。
看護師キャロライン・ハンプトンもその一人。
キャロラインが辞めようとしていると知ったハルステッド。
「えっ!俺キャロラインの事好きなのに!キャロラインがやめたらヤダ!」
タイヤメーカーであるグッドイヤー社に依頼して薄いゴム製の手袋を作らせた。
。。。
これがゴム手袋の始まり。
ほらっ!ほらっ!
ゴム手袋は愛から作られたんです!♡
知り合いの奥さんが指を切る怪我をした時、「ごめんね、お皿洗えない」と言うと、旦那さんは急いでゴム手袋を買って来たそうです。
「これで洗えるよ!」って。
同じですね!
※正解は「俺が洗うから休んでて」です。
。。。
しかし、キャロラインはほとんど手袋を使うことないままに、病院を退職します。
チーン…
違うの!
その後二人は結婚したんです!
ハルステッドは、神経ブロック法と表面麻酔法の研究の為に、コカイン溶液を自分に皮下注射して薬物中毒になっちゃうような人。
(ハルステッドの研究グループは全員が重度のコカイン中毒に陥ってました。おおぅ…)
そんなハルステッドを支えるため、キャロラインは仕事をやめたんです。
ハルステッドは教授職を退官後、キャロラインと共にノースカロライナの山荘で趣味のダリアの栽培と天体観測を楽しみつつ、70歳で世を去るまで穏やかに過ごしたそう。
ハルステッドがこの世を去った2週間後、後を追うようにキャロラインも永眠しました。
。。。
ね?ゴム手袋には「愛」が詰まっているんです。
だから!
私にも愛を下さい!
ちなみに…
日本での手洗いうがい文化は、1500年以上の歴史があります。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました。