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21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け⑪


 王宮に厄介になるのはアルベルトが断固として許さなかったので、やはり宿へ戻る事になった。

 翌朝になり顔を出したリリアンに、ヘレナはそれなら朝から魔法の練習を、と言い出したのだが、それすらアルベルトは拒む。なんでどうしてと叫ぶヘレナを残し、リリアンを連れてアルベルトはあの国宝の観察へと向かってしまった。


「リリアンお姉様と練習出来ないなんてつまんない」


 なのでヘレナはむくれて庭に出ている。名目は魔力回路の回復確認だ。

 昨日、リリアンと共に魔法の練習を行った場所に椅子を置かせて、魔力がきちんと隅々まで行き渡るかを調べる。そういう事になっているが、リリアンが居なくてやる気の起きないヘレナは、ほとんど座っているだけだった。椅子に座ったまま足をぷらぷらと揺らしている。

 ヘレナの相手役を仰せつかったクラベルは、そんな彼女の姿にくすりと笑った。


「ヘレナ様はリリアンが気に入ったのね」

「当然よ! クラベル様もいいなあとは思うけど、リリアンお姉様ほどじゃないわ」

「ふふ。正直な子ね」

「……怒らないの?」


 ヘレナは、リリアンとクラベル相手なら素直な態度を取るようになった。どうもアルベルトには反抗的だが、そんな落差すら微笑ましい。クラベルはちっとも怒る気になんてなれなかった。


「リリアンが素敵なのは本当だもの。ねえ、ところでヘレナ様には婚約者はいる?」

「いる、けど……突然なに?」


 急に話題が変わったからか、ヘレナはぱちぱちと瞬く。


「そう、いるのね。じゃあ教えて貰いたいのだけど、ヘレナ様から見るとマクスウェルとレイ、どちらが良いと思う?」

「なあに、その質問」


 クラベルが朗らかに口にしたせいか、ヘレナも軽い調子でいる。そうねえ、と腕を組んで考えるように唸った。


「どっちがって言われても……レイ、ってレイナード様の事よね? リリアン様のお兄様の。レイナード様はクラベル様の婚約者なのじゃないの?」

「そうよ。だから聞いているの。どうもスターシャ様がレイを気に入ったみたいで」

「……スターシャが?」

「ええ。レイと親しくなろうとしているんだけど、ヘレナ様に居るのならスターシャ様にも婚約者が居るはずでしょう。それなのにそんな風に振る舞うのはどうしてかしらと思ったの。それで話を聞いてみたくて」


 話しているとそのうちにヘレナの顔色が変わる。さっきまでの笑顔はどこへやら、顔色が悪い。


「スターシャ……どうして……」

「ヘレナ様?」


 もしや、気分でも悪くなったのだろうか。そう思い訊ねてみても、ヘレナは青い顔のまま首を横に振るばかり。固く口を閉ざす姿から、これは引き出せないなと、クラベルは少し角度を変える事にした。


「ヘレナ様の婚約者というのは、どんな方?」


 明るい口調になるよう努めれば、ヘレナも僅かに表情を和らげる。


「……普通よ。あたし達よりも一つ歳上で、伯爵家の後継。あたしが成人したらすぐに嫁いで、爵位を継ぐのですって」


 そう言うわりにヘレナはどこか他人事のように語る。おや、と思ったが、位の高い女性にはよくある事だ。相手を気に入っていれば御の字、そうでないならそれなりの苦難が待っている。もしかしたらなにか不安があるのかも知れなかったが、ヘレナは後者であっても、自力でどうにかする方に見えた。

 ただそれでも、見知った相手なら無駄な苦労はして貰いたくないというのが人情というものである。老婆心から、クラベルはちょっとだけ踏み入る事にした。


「そうなのね。ヘレナ様は彼の事が好き?」

「……わかんない」

「あら」


 思わず間抜けな声が出る。それに警戒心を解かれたらしいヘレナが、ふと表情を綻ばせる。


「不満があるわけじゃないけど、そんな風に将来の事を言われたって分からない。多分だけど、嫌いじゃないと思う。だからと言って好きか、って言われると……」

「なるほどね」


 クラベルの相槌にヘレナは頬杖をつく。器用なものだ、組んだ足に肘をついての頬杖は、高位の、ましてや王家の姫がすべき動作ではない。彼女はかなり自由に育ったのだろう。

 そんなヘレナであれば、伯爵夫人という立場は窮屈なのかもしれない。不安そうな、憂鬱そうなヘレナの表情の根幹はそこではないかと、クラベルはあたりをつけた。

 ふう、と息を吐くヘレナは自嘲気味に笑みを浮かべる。


「クラベル様とレイナード様を見ていて、ああ、違うなあって。あたし、あんな風に話した事ないの。いっつもルカリスが話したのに、ちょっと返事するだけで」

「ルカリスというのがお相手の名前なのね。嫌いではないんでしょう?」

「それは……うん、そう」

「その方がそれで嫌がっていないのなら、それでいいんじゃないかしら」

「……そう、だといいんだけど」

「そういうわけじゃないの?」


 クラベルの言葉に何かを思い出したらしいヘレナは目を伏せる。


「スターシャが……スターシャと話してるルカリスは、あたしといる時よりずっと楽しそうなの。彼と話してるスターシャも。あたしと話している時には、あんな顔しないわ。だから」

「なるほど。お相手には自分よりもスターシャ様の方が相応しいのではないかと、ヘレナ様はそう思っているのね」

「…………」


 そっちだったか、とクラベルは思った。

 ヘレナとスターシャ。二人は、外見は確かにそっくりだった。だが内面はかなり違う。スターシャと会話したのは僅かな間だったが、それだけでも分かるくらいには、あちらの姫君は王族らしい振る舞いをしていた。対してヘレナは見ての通りだ。

 臣下の求める姫の姿は、古今東西変わらない。きっとヘレナは事あるごとにスターシャと比べられていたに違いない。ヘレナの、どこか拗ねたような捻くれた物言いはこれが原因だろう。

 どうしたものかとクラベルは内心で唸る。探りを入れようと思ったものの、これではスターシャの行動理由には辿り着けない。

 そもそも、スターシャがあれだけやつれているのは、何らかの呪術を使っているのが理由なはず。その対象がヒースなのかヘレナなのか、あるいは他の誰かなのかは分からない。けれども呪術を使う動機は近しい人達にあるはずだ。クラベルはそう考えていたのだが、ヘレナの話からすると、婚約者を取られまいと、ヘレナの方が何かをしたと言われた方が自然な気がする。

 考え込むクラベルには気付いていないのか、ヘレナがふふ、とささやかな笑い声を上げた。


「クラベル様には、そういうのは無いのでしょうね」


 自嘲するような声にクラベルの方が笑ってしまう。


「そう見える?」


 にっこりと笑みを浮かべれば、ヘレナは瞬いた。


「……違うの?」


 まあね、と返したクラベルは思い切り背もたれに凭れかかる。これもまた、高位貴族の女性らしくない行為だ。

 笑顔のままクラベルは切り出す。


「さっきの質問に戻るけれど。マクスウェルもレイも、系統は違っても男前でしょう。だからご令嬢に囲まれるなんてザラにあって」

「それは、なんとなく分かる」

「でしょう?」

「あんまり話していないけど、お二人ともちゃんとした人だって分かるもの」


 そうなのよと頷くクラベルはその瞬間を思い返す。もう何度その光景を見た事か。レイナードにその気はないはずなので心配はしていないが、強気な令嬢達の視線に晒されるのはそれなりに苦痛だ。だがクラベルはそれを顔に出したりしない。


「マクスウェルにももちろん婚約者がいるわ。でも向こうはそんなのお構いなしなのよね。だから、そういう瞬間はたくさんあるのよ」

「大変なのね」

「まあね。でもわたしは、それを気にしてはいけないの」

「気にしてはいけない……?」

「ええ」


 クラベルは力強く頷いた。


「わたしの身はもう、ヴァーミリオン家のものなの。だからわたしはレイの婚約者でいられる。わたしは、レイと幸せにならなくてはならない。それが分かっていない相手にこの座は渡せない」

「ふうん……?」

「だから、わたしはわたし以上にレイに相応しい人が居ると思ってはいけないの。それはわたしの気持ちとは別なのよね」

「それは、どういう意味?」

「レイの相手はわたし以外あり得ない、という事よ。だからまあ、誰が言い寄っても無駄なんだけど」

「そう聞くとすごい自信があるようにしか聞こえないんだけど……でも、なんだか大変そう」

「そうね、それはそうかも」

「……クラベル様でも、そうなのね」


 ぽつりと言ったヘレナは、肩の力が抜けているように見えた。似たような苦労がクラベルにもあると分かり、少しは安心したのかも知れない。

 ヘレナからは他者を害そうという意思は感じられなかった。彼女は被害者で間違いなさそうだ。ヘレナとスターシャ、それから彼女達の婚約者。おそらくそこに異変の原因があるはず。


「ところでヘレナ様、スターシャ様の事だけれど」

「うん」

「最近、彼女に会ったかしら?」


 なのでそう訊ねたのだが、ヘレナは首を横に振る。


「ううん。会っていないわ。そもそもあたし、ずっと眠っていたし」

「それはそうよね……」

「どうせ父様にいい顔をして過ごしているんでしょ。外面だけはいいから」

「え?」

「あっ、リリアンお姉様!」


 クラベルが瞬いた時、ヘレナが勢い良く椅子から立ち上がる。彼女の視線の先を追ってみれば、向こうからこちらへ歩いてくるリリアンの姿があった。その後ろには、アルベルトと、そして別行動をしていたはずのマクスウェルとレイナード。

 リリアンは駆け寄るヘレナを微笑みで迎えている。


「もういいの? ね、お昼は一緒に摂りましょ? 午後はどうされるの? 魔法の練習は? そうだ、おやつに伝統菓子を用意させるわ。本当なら王族専用なんだから。リリアンお姉様にだけ特別よ」

「今日の午後は街に出る予定だからだめだ!」

「な、なんでよ!」


 が、捲し立てるヘレナとリリアンとの間に、アルベルトが割り込む。会話を遮られたものだからヘレナは憤激するが、アルベルトはそれにふん、と鼻を鳴らして威嚇した。


「貴様の治療のためにリリアンは王宮に詰めっぱなしだったからな。折角他国に来たというのに、街歩きを経験していないというふざけた事態になっている。だから」

「なっ! なんでリリアンお姉様をお連れしてないのよ!」

「貴様の治療をしていたからだと言っているだろうが! 何を聞いているんだ貴様は!!」


 アルベルトの怒鳴り声が響く。それなりの声量だったのにヘレナは平然としていて、まったく堪えた気配はない。


「じゃあ、あたしも着いて行く」

「は?」


 しかもそんな風に言い出したのだから、ますますアルベルトの機嫌は悪くなる。漏れる声は地を這うより低く、怒気を孕んだ魔力が肌を刺す。


「そんな愚行を許可するとでも?」


 が、そんなアルベルトをヘレナは睨み付けた。


「あんたの許可なんて必要無いわ」

「何だと」

「ね、いいでしょうお姉様」


 すごい。すごすぎる。マクスウェルは黙ってやり取りを見ていたが、ヘレナの胆力は予想の斜め上をいくものであった。

 見た感じ完全にキレ散らかしているアルベルトを睨み付け、あまつさえお前など相手ではないとばかりに一言。それだけでも驚くべき事態なのに、なんと彼の意向を無視し、リリアンへと擦り寄ったのだ。

 これにはもう、マクスウェルは頬を引き攣らせるしかない。ひとつひとつは大した事ないかもしれないが、合わせ技でここまでやる人物はそう居ない。しかも悪い事に、同性である彼女はリリアンに触れてしまえる。今だってリリアンの左腕に張り付くヘレナは、苛立って荒れているアルベルトの魔力に充てられているはずなのに、意に介した様子がなかった。

 最悪だ。やっぱりこの二人、相性が悪いんじゃなかろうか。

 こっそり戦慄するマクスウェルの前で、リリアンがするっとヘレナの腕を解いた。


「え、お姉様?」


 どうしたの、と首を傾げるヘレナを見据えるリリアンは、いつも以上に真剣な表情をしている。


「ヘレナ様。病み上がりの身ではいけません。お元気であっても、まだヘレナ様は体力が戻っていないのですよ。もしもヘレナ様に何かあれば、その責を負うのはわたくしの父なのです。わたくしは、お父様にそんな責任を取らせる真似はできませんわ」

「……!」

「り、リリアン……!」


 おお、とマクスウェルは内心で感嘆の声を上げた。隣では「さすがリリーだ」とレイナードも歓喜に震えている。

 それはアルベルトも同様だった。我が儘王女の無茶な要望を、冷静に、かつ真っ当な理由で押さえ込む。素晴らしい手腕である。しかも、しかもだ。なんとリリアンは、父親を庇ってみせたのだ。

 リリアンの、立場と知性をこれでもかと押し出す言葉にアルベルトは打ちひしがれる。凛々しい横顔が滲んで見えるのが残念な程だ。アルベルトは必死に涙が出そうになるのを堪えた。単純にヘレナの身を案じての発言である可能性は打ち払った。リリアンがアルベルトを軽視するはずがないからだ。

 そこまできっぱり言われると思っていなかったのか、ヘレナは呆然とリリアンを見つめている。


「……そんな」

「明日はお祝いのパーティーが開かれると聞きましたわ。それまできちんと休まれますよう」

「…………」


 リリアンの声色は柔らかい。当然だ、リリアンは怒ってなんかいないのだから。

 けれども、ヘレナとしてはがっかりしてしまう。せっかくリリアンと一緒に居られると思っていたのに、この後は街へ出て、そのまま宿へ戻るのだと言う。つまり今日はもうリリアンと話すチャンスは無いのだ。


「今日の話相手はずっとわたしよ。我慢してちょうだいね」

「クラベル様……」


 そんなヘレナの落ち込みを察したのか、クラベルが極めて明るく言った。しかも、自分と居なければならないのを我慢するように、とまで。我慢だなんてとんでもない。これまででヘレナは、クラベルだって相当に素晴らしい人柄であると、そう理解していた。クラベルがあえてそう言ったのは他でもないヘレナの為だ。

 それでもう、ヘレナは要望を通すのを諦めなければならなかった。リリアンも、なにも意地悪で言っているのではない。ヘレナの身を案じ、自らの父親の立場を理解しているからこそ、ああ言ったのだ。そのリリアンの意図を汲んだクラベルも、ヘレナの為に自身を下げた言い方をしてくれた。

 ヘレナは奔放に振る舞うが、愚かではない。その程度を弁えるくらいはできる。


「リリアンお姉様、ジュードの街を楽しんでくださいね」

「はい、ヘレナ様。行って参ります」


 なので笑顔でそう言えば、リリアンは輝くばかりの笑みを浮かべ、ヘレナの手を取ってくれた。両手を包み込むリリアンの手は温かい。

 その温もりが離れていって、ヘレナは手を握り込む。


「ねえクラベル様。リリアンお姉様とあたし、ふたつしか違わないって本当?」

「ええ、そうね」


 リリアンはすでに回廊を進んでいて、背中が見えるばかり。けれどもぴんと背筋を伸ばした姿は美しく、ヘレナなんかよりよっぽど姫君という呼び方がしっくりくる。

 揺れる銀の髪は明かりの乏しい回廊にあっても輝いて見えた。それでより一層、ヘレナの感情は高まっていく。羨望の眼差しはただ一点、リリアンにしか向けられていない。


「どうしたらあんな風になれるのかしら……」

「うーん……ヘレナ様はそのままでいいと思うけれど」

「でも、あたしもリリアンお姉様みたいになりたいわ」


 真剣なヘレナの様子にクラベルは唸った。


(リリアンの環境を言っても、参考にならないでしょうし……)


 リリアンがああなのは環境に寄る所が大きい。具体的には彼女の父親の存在である。

 クラベルが見た限り、ヒースは子煩悩な、普通の父親に見えた。だがアルベルトはそういうのとは次元が違う。

 アルベルトは心の底からリリアンを神の御使、あるいは神そのものとして扱っているのだ。そしてリリアンは、そうであろうと心の底から望み、努力を続けた。ある意味で父親の期待に応えようとしたのだ。

 その結果があれだ。リリアンは本当に、淑女はかくあるべしという姿にまで成長した。淑女を超えてしまっているとはクラベルも感じているのだが、普通、そうは思ってもそこまで辿り着けるものではない。というか、辿り着こうだなんて思わない。

 だからヘレナには、リリアンを参考にするのは止めた方がいい、と言うべきだったのだが、期待に満ちた瞳を見るとそれも憚られる。まあ、変わろうとしているところへ水を差すのも違うかも、とクラベルが口を開こうとした時だった。ヘレナ付きの侍女達からざわりと騒めきが起きた。

 何かあったのだろうかと、クラベルとヘレナがそちらを向くと、回廊の先——リリアンが立ち去ったのとは別の方向——に、思いもよらぬ人物の姿があった。


「スターシャ……」


 双子の姉を呼ぶヘレナの声は固い。それもそうだろう、スターシャは、纏うドレスこそ美しいが、相変わらず酷い顔色をしていたのだから。ヘレナの侍女達も息を呑んだのが分かる。

 ただ、そんな一同の様子はスターシャの目には入っていないらしい。彼女はヘレナをちらりと見ると、妹には構わず一目散にレイナードへと駆け寄る。


「レイナード様! よかった、お会いできて」

「なにかご用でしょうか」

「ええ! 明日のご予定を伺おうと思って参りましたの」

「明日の?」


 スターシャからは少し視線を外し、さり気なく一歩退がるレイナードの声は実に平坦なものだった。愛する妹へ向けるものとこんなにも違うのか、とヘレナは思ったが、同時にスターシャを疎ましく感じているのだと察した。ついクラベルへ視線を向けてしまう。目が合うと、クラベルはちょっとだけ肩を竦めた。なるほど、こういう事か。ヘレナは姉の方へ向き直した。

 スターシャは、そんなレイナードの様子が見えていないらしい。いや、見えていて、それでも態度を改めないのか。うっとりと彼を見上げている。


「明日のパーティーにはレイナード様も参加されるのかしら?」

「ええまあ、はい」

「それは良かった! 楽しみだわ。ね、パーティーでは一緒に踊りましょ? きっとよ」

「スターシャ姫にもパートナーがいるでしょう」

「……それは」


 スターシャが僅かに表情を歪めたのを、レイナードは見逃さなかった。彼女の後ろに居るのは侍女と、それから数名の令嬢。男の姿はない。さすがに引き連れて歩いたりはしないのだろうと思ったが、それにしてはスターシャが身を強張らせたのが気に掛かる。

 注意深く様子を探るレイナードの後ろから、ヘレナが一歩前に出た。


「スターシャ」

「あらヘレナ、居たの」


 そんなヘレナを、スターシャは一瞥する。当たり前のようにそれだけで視線を外す。それだけで二人の関係が見て取れるというものだ。

 ヘレナは目を合わせようとしない姉を睨み付けている。


「あたしの様子を見に来たのではないの?」

「嫌だわ。どうしてわたくしが?」

「どうして、って」


 スターシャは、ヘレナがどんな状態だったかを聞いているはずだ。なのに、ヘレナが覚えている限り、一度も顔を出さなかった。ようやく目を覚まし、起き上がれるようになったというのにこの態度。いくらなんでも双子の姉妹相手にあんまりだ。少なくとも同じ立場なら、嫌がられようともヘレナはスターシャを見舞うくらいする。

 顔色の悪いスターシャを訝しむヘレナだったが、姉の後ろに居るはずの人の姿が見えないのに気付いた。


「ねえスターシャ。彼は……ルカリスはどうしたの」


 その名前を出してもスターシャの表情は変わらない。


「何の事?」

「しらばっくれないで!」


 怒鳴ってみても変化は見られなかった。ヘレナを蔑むスターシャの目はそれ以外の感情を持たないように見える。

 そんなはずない。確かにヘレナとスターシャは正反対の性格をしているせいか反発が多かったが、相手を憎むほど仲が悪かったわけではない。少なくとも、ヘレナはスターシャをそんな風に思った事なんてなかった。

 それなのに、スターシャから感じるのは敵意のようなもの。会わなかった半年程の間に何があったのだろうか。


「相変わらず品性の欠片もないのね。生き返ったようなものなのだから、少しは変わっていると思ったけれど」


 吐き捨てるように出たスターシャの言葉は蔑みの色が濃い。

 ついカッとなって、ヘレナは目を吊り上げてしまう。


「なんですって」

「ではレイナード様、また明日お目に掛かりますわ」


 そんなヘレナを無視し、スターシャは踵を返し行ってしまった。レイナードに向ける笑みは、幼いながらも貴婦人らしいものではあったが、顔色と合わせるとちぐはぐで、いっそ不気味に見える。

 スターシャの姿が遠ざかってから、ようやくマクスウェルは口を開いた。


「君ら、仲が悪かったんだな」

「そんな事、なかったんだけど……」


 姉の背中を見送るヘレナは青い顔をしている。無理もないだろう。立ち去った王女の言葉は、姉妹へ向けるにはあまりに酷い。


「ルカリス、というのは?」

「……婚約者よ。あたしの」

「ヘレナ嬢の?」


 ヘレナは頷く。


「スターシャといつも一緒だったの。あたしは新年のパーティーから、会っていないけれど」

「君の婚約者を彼女が連れていた……? ちょっと待て。それじゃ、スターシャ姫の本来の婚約者はどうしたんだ」

「ええと、いつもスターシャと一緒に居たと……いえ」


 マクスウェルの言葉にヘレナは視線を下ろした。口元に指を当て考える。眉間に皺を寄せるが、いくら記憶を探っても、姉と姉の婚約者とが揃った瞬間が思い出せない。


「あれ? スターシャがあの人と居たの、いつ見たのが最後かしら……?」


 その呟きを拾ったマクスウェル達は顔を見合わせる。


「思ってるより厄介かもな」


 そう言えば、レイナードとクラベルが頷く。もう一波乱ありそうだと、三人はそっと息を吐いた。


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