幕間 強者の爪
滞在中、騎士団の訓練に混ぜて貰っているマクスウェルとレイナード。連日参加しているだけあって、騎士達と親密になった二人は休憩中に雑談を交わすようになった。
「いやあ、それにしても本当にお強い」
そう言った騎士は、二人よりいくらか歳上の青年で、非常に物腰の柔らかい人柄だった。けれども剣術は苛烈の一言に尽きる。自国にそういう攻め方をする者は少ないので、マクスウェルはなかなか充実した時間を過ごしている。
二人が訓練に参加しているせいで、リリアンとクラベル、それにヘレナも日参するようになった。元々気安い王女に騎士達が馴染むのは早く、お陰で休憩時間はそれなりに和やかだ。訓練中のピリッと張り詰めた空気が穏やかになる瞬間が心地よいと感じているマクスウェルは、笑顔で青年に返した。
「これでもそれなりに鍛えられているので」
「それは、お二人の御祖父様にですか?」
「それもあるが、俺はもっぱら団の方かなぁ。レイは祖父さんに、だけど」
マクスウェルはレイナードへと視線を向ける。視線の先の従兄弟殿は、見学に訪れた妹に付きっきりだ。妹の隣には自身の婚約者が居るというのにそちらを気にする様子がない。
その事にマクスウェルは内心呆れ返っているのだが、まさかそんな風に思っているとは考えてもいない青年は、別の意味に捉えたらしい。意外そうな顔をして首を傾げている。
「かの方は豪腕だという話を聞きましたが、レイナード殿が、ですか」
「レイは確かに細腕だが、魔法の属性が祖父さんと同じなんだ。その関係で」
「ああ、なるほど。指導するのに適切だったというわけですね」
青年の言葉にマクスウェルは苦笑する。
確かに、側から見ればそう見えるだろう。でも実際は違う。自分と同じ土属性持ちであるのを喜んだゴットフリートが、ほぼ強制したのだ。
その様相たるや、少年だったマクスウェルの記憶に深く刻まれる程度には激しいものだった。アルベルトは何も言わなかったが、ベンジャミンやフリージアが止める事もあった。今思い返せば祖父のやりようは酷いもので、現役の騎士であってもついていけないくらいの厳しさだったのだ。
それをまだ少年の孫に強要する。鍛えるなんて言葉で片付けられるものではないだろう。
そもそも、ゴットフリートは指導をしていたわけではない。自身の繰り出す猛攻を避け、攻撃を仕掛けて来いという大雑把な打ち合いをしていたに過ぎない。魔法の扱いはレイナードの方がスムーズだったが、剣術——というか腕力ではゴットフリートには叶わない。そんな中での剣術指導は、レイナードが一方的にやられていただけだ。
ただ、幼少期からそんな教育を受けていたからか、レイナードは格段に守りが上手い。土属性の魔法は防御にも向いているというのもあって、今では王国屈指の魔法剣士にまで成長した。それはある意味では、祖父の指導のお陰と言えなくもない。
純粋な剣術で言えば、マクスウェルとレイナードは五分五分。そこへ魔法ありで打ち合いをすると、マクスウェルは圧倒的に不利だった。大量の土を出されると、燃やし尽くすのに相当な熱量が必要になる。そうでなくとも土壁一枚で、レイナードは簡単にマクスウェルの炎を防いでしまえるのだ。
エル=イラーフ王国では魔法が使える騎士が居ないそうなので、二人の存在は彼らにとっては異質なのだそうだ。魔法ありでの打ち合いを求められる事が多く、訓練というよりは見せ物をしている気分になる。純粋な興味なのが分かるので悪い気はしないが、少しこそばゆい。
「普段の訓練はどのように?」
「団では、魔法は使わない。私的な時間にはありでやったりするな」
「やはり鍛錬は欠かせないわけですね!」
「いや、ただの気晴らし」
「え、あ、な、なるほど」
あっさりと返すマクスウェルに青年は目を瞬かせていた。
そうなのだ。二人の打ち合いは、他者に見せるようなものじゃなかった。肩が凝るのもあって、マクスウェルはレイナード相手に運動する事があった。特に書類仕事が多い時には魔法ありで打ち合いをする。思いっきり運動をすれば肩の凝りはほぐれるし、魔法を使うと気分がすっきりするのだ。
マクスウェルとレイナードにとって、魔法ありでの訓練というのはそういうもの。だから見せてくれと言われると気恥ずかしかった。
それを言うと、輪に加わって静かに話を聞いていたリリアンが、まあ、と声を上げた。
「あんなに大きな術を使われていたのは、鬱憤晴らしだったのですね」
「まあな。でもまあ、派手なやつはたまーにだ。前にリリアンが見てた時は、こいつが君にいいところを見せようと張り切ったせいで」
「マクス」
「なんだよレイ、本当の事だろ」
レイナードはじろりと従兄弟を睨み付ける。それ以上は言うな、との事だろうが、事実なんだからしょうがない。リリアンが見ているからと広い庭で使うような魔法を放ち、城の修練場を土塊まみれにしてしまった。後片付けが手間だったので文句の一つも言いたくなるというものだ。もっとも、お陰でマクスウェルも結構な威力の炎を出してすっきりしたから、余計かもしれないが。
ただ、マクスウェルの言葉で、リリアンが「お兄様ったら」とレイナードを嗜めている。
くすくすと笑うリリアンに目を細めるヘレナとクラベル、そしてアルベルト。実に平和的な光景だ。
そんな中できらきらと目を輝かせるのはエル=イラーフの騎士達だ。羨望の眼差しと言って差し支えないそれは、修練場のあちこちから向けられている。
「素晴らしいです! お二人の腕前から、軍神と呼ばれたかの方の実力も分かるというもの。いえ、実際は私の想像以上なのでしょうね」
「はは。俺達は見たまんまだけど、祖父さんはそうだろうな。きっと想像してるより、ずっとパワフルなんじゃないかな」
マクスウェルは遠い目で答えた。断言できる。噂で聞くのと目にするのとでは別物なのだ。
きっと本人を見たら驚くだろう。ゴットフリートは気位の高い人物だと思われがちだが、実際にはそうではない。マクスウェルにとっては茶目っ気の強い普通のお爺さんだ。少しばかりやんちゃが過ぎるかもしれないが。
ちらりとレイナードを見れば、彼もマクスウェルと似た表情をしている。自分と同じ属性の魔法を使う孫を気に掛け、よく教育を施している。そう言えば聞こえはいいが、実際には教育などではなく実施訓練で、一方的な攻撃だった。多少の指摘はあったものの、そこから学んで力にしたのはレイナードが努力家だったからだ。そういう指導者としてのゴットフリートは、あまり良い先生とは言えなかった。けれどもそのお陰で言葉の少ない、感性で生きている人物との接し方を学べたのは良かっただろう。身近にそういう人がおり、有事にはその人を止めなければならないレイナードとしては有り難たかったはずだ。
そんな風に二人が意識を飛ばしていると、青年がレイナードを振り返った。
「となると、貴殿の父君である公爵閣下も、相当な腕なのでは」
彼は期待に満ちた目でそう言った。
思いもよらない言葉にレイナードは瞬く。
「魔法は、本当に当代一でしょうけど」
「魔法だけでなく剣術もそうなのではないのですか? 現に帯剣されているでしょう」
その指摘に、レイナードはマクスウェルと顔を見合わせた。
「魔法ばかりで、剣を使っている所は僕も見た事がない」
「そう言われて見れば俺もそうかも」
「えぇっ!?」
青年は驚きの声を上げる。彼は、はっとなってから慌てた様子で口を手で覆った。それから視線だけ動かしてアルベルトを見たが、話題の人はいつも通りリリアンにしか意識が行っていないらしく、機嫌を損ねた様子はない。
ほっとする青年に笑って、マクスウェルはリリアンに訊ねる。
「リリアンはどうだ? 叔父上が剣を使っている所、見た事あるか?」
さすがに行動を共にする機会の多いリリアンならばあるのではないかと言われ、リリアンは記憶を探る。が、記憶の中の父親は魔法を使うばかりで、柄に手を掛けている所すら見た事が無かった。
「腰に剣を下げているのは見ますが、抜いてはいませんわよね」
リリアンが見上げた事と、自分へ向けた言葉だと理解したアルベルトは自慢げに胸を張る。
「これはリリアンが選んでくれたやつだから持っているんだ」
「ええっと、では、実用ではないのですか?」
「リリアンが選んでくれたものが汚れたら困る」
本気でそう思っているらしい声色だ。リリアンはすぐに「そうなのですね」と返していたが、不思議そうにしている。
「あれ、結構な業物のはずだけど……」
実際にまじまじと見た事は無いが、公爵当主が半端な物を持っているはずがない。時折きらりと光る柄、鞘に使われている素材も魔法の触媒には最適と言われる金属でできている。王族に連なる、いや、王族が持っていてもまったく遜色のない刀剣。それがまさかファッションだったとは。マクスウェルも呆れた声を出す。
レイナードはすっと表情を消し、手の中の木刀を見ている。今ではもっぱら新しい武器を使っているレイナードだが、それまでは普通の剣を持っていた。公爵家で準備したものだったはずだが、もしかしたらレイナードが使っていたものより、アルベルトがファッションで持っているものの方が上等だったのかもしれない。それは複雑な気分だろう。まあ、レイナードだって普段剣を使う機会は、そう無いが。
だが、持っているという事は、多少なりとも使えるに違いない。そう思ったのはリリアンもだったようで、引き続き父親を見上げている。
「でも使われることもあるのでしょう?」
「まあ、まったくないわけでもないが」
本人の言葉も煮え切らない。しかも、ちょっと不本意そうだ。
その様子にもしかして剣術が苦手なのではないか、とマクスウェルは思った。だとすると、超人のような叔父にも弱点があるということだ。そんなものの存在すら思い付かなかったマクスウェルは一瞬湧き立つが、そこにコホンという咳払いが響いた。側で控えていたベンジャミンだ。
「おそらくですが、殿下が思っているような剣術ではございませんよ」
「どういう意味だ?」
「お前はいつもそればかりだな。剣を使っているんだから、立派な剣術だろうが」
「そう思っているのは旦那様だけですよ、僭越ながら」
そう言うベンジャミンはなんとも渋い顔をしている。なるほど、彼はアルベルトが剣を使う場面を見た事があるらしい。見ればレイナードもリリアンも、それからヘレナ達も興味津々で注目していた。
もちろん、マクスウェルだってどんなものか気になる。
「俺達が習ったような型とは違うのか?」
「そうですね、それとはまったく異なります」
「ふうん?」
王家の男子は年頃になると必ず剣術を学ぶ。希望すれば女子も受ける事ができるが、これは本当に基礎的なものだ。だからこそしっかりと覚えさせられる。身につくまで徹底的に教え込まれると言った方が正しいかもしれない。
それは更に鍛錬を続けた今でも顔を出すくらい、マクスウェルの剣術に影響を与えている。なので、そいういうものを使わないというのが不思議だった。
「詳しく説明してくれないか」
「ええ、ようございますよ。と言っても、うまく伝わるかどうか分かりませんが」
「というと?」
ベンジャミンはアルベルトが睨み付けるのを無視して語る。
「旦那様は確かに剣を使われますが、振るう事をなさいません。魔力によって操るのです」
「は?」
「それも、同時に複数本を、ですよ」
「複数本、同時に剣を使う……?」
「それで遠方から攻撃されます。合間に炎や風を起こされますので、まず近付けません。もっとも、近付いたところで魔力を込めた拳を打ち込まれますので、近付くだけ無駄ですが」
「なんでまたそんな」
「さて、それは私には分かりかねます」
さらりと言ってのけるベンジャミンは涼しい顔で、主人の手の内を明かしたというのにいつもの調子だ。アルベルトの方も気にした様子はない。
特に秘密というわけではないのだろうが、だったらもっと使用していてもおかしくない気もする。それほどまでに持っている剣を汚したくないのなら、別の物を持てばいいのでは、とマクスウェルは首を捻った。
「よくわかんないけど、殴るんじゃ剣術とは言えないんじゃないか?」
「私もそうは思いますが、剣を使っているのだからこれは立派な剣術だと、その一点張りで」
「なんだそりゃ?」
「お前達、黙っていればなんだ、さっきからわけのわからん事を」
「いや、わけがわかんないのはこっちだって。剣術の話をしてんだけど?」
「だから、剣は使っている。剣を使う術を剣術と呼ぶのだから何一つおかしな点はない」
「でもなあ。聞いた感じじゃそうじゃないし」
「だとしたらお前の使っているのはなんだ。兄上もだが、刀身に炎を纏わせるのは魔法の分野だろう。それを振るうのを剣術と呼んでいるが、それとなにが違う? 本質的には同じだろうが」
「そ、そう……か?」
アルベルトが言ったのに、マクスウェルは更に首を捻った。言い分は筋が通っているように感じるが、なにかがずれているようにも思える。いや、そもそも剣を魔法で使うというのが意味が分からない。
「うーんでも、分かるような分からないような」
「ちょっと想像がつかないな」
レイナードも、マクスウェルと同じく理解できないという顔で父親の横顔を見ている。なにせ武器を持っているのに、必要に迫られても使おうとしないのだ。これまでに危険な状況というのがどれだけあった事か。そのいずれの場面でも、アルベルトは剣を抜かなかった。
使えるのなら使えばいいのに。二人がまず思ったのはそれだ。刃物は牙や爪を持たない人間の、最大の武器となる。戦が間遠くなっている現在、振るう機会はそう多くない。けれども王族やそれに近い立場であれば剣術の習得は必須だ。侵略者が現れないとも限らないし、魔物を始めとする外敵から民を守るのは王家の役目だから。なので、少なからずアルベルトも学んでいるはず。
「あんまり得意じゃないのを、魔法でカバーしているんじゃないの?」
「ヘ、ヘレナ様」
さらりと言ってのけたのを、クラベルが咎める。アルベルトはちらりとヘレナを見るが、すぐに彼女を鼻で笑った。
「だったらなんだと言うんだ。不要だから使わないというだけで」
「その言い方が怪しいのよねぇ。どう見ても剣を振るうには、色々綺麗過ぎるんだもの。すっごく似合わなくって、使えないと言われた方が納得できるっていうか」
「この私にできない事などあるか。やる必要がないだけだと言っているだろう」
「でも結局、魔法を使っているじゃない。剣を使うのが無駄だと言うなら、魔法を使うのだって余計な労力になるんじゃないの?」
「余計なわけがあるか。そうか、私の発想は偉大だからな。お子様には分からんか」
「剣を使うのに魔法を使ってる方が子供っぽいわよ」
「なんだと」
ヘレナとアルベルトは相変わらず顔を合わせれば言い合いを始める。この時もそうで、お互いに容赦も遠慮もない言葉を言い放つ姿は、側から見ているとひやりとした。現に騎士達ははらはらと様子を窺っているのだが、良いのか悪いのか、二人には他意がなかった。言い合いをするだけで、それ以上に発展することは無かったのだ。
それが分かったから、マクスウェルもレイナード達も基本二人を放っている。容赦のないヘレナと、大人げのないアルベルトには思わず呆れてしまうのだが。
これまでですでに見慣れた光景に目を細めていると、ただ一人、リリアンだけはきらりと瞳を輝かせて父親を見上げていた。
「魔法で剣を操るだなんて! 凄いわ、どんなものなのか、実際に見てみたいです」
「リリアンがそう言うならやってみせよう。レイナード、来い」
「わかりました」
リリアンの声に反応し、ヘレナとの会話を切り上げてぐるんと首を回したアルベルトは修練場の中央へと向かった。レイナードも、どんなものなのかは気になるし、何よりリリアンが望んでいる事だからとすぐさま応じる。
そんな背中を見送るマクスウェルは、内心呆れが勝っていた。
「やりたくないってわけじゃないのか……」
「本当に、普段持っている剣は使いたくないのね」
マクスウェルの独り言に続けるのはヘレナだ。視線の先では、アルベルトが騎士から練習用の木刀をひったくっている。
魔力は、物質によって通り易さや保有量が違うと学んだ。同じ金属製であっても、別の金属になれば、当然操るのに必要な魔力は変わってくる。ましてや今手にしたのは木製だ。特別魔力の通りのいい素材でできているのを普段持っているのだとしたら、使い勝手はかなり変わるはずである。生半可な術士でないのは理解していても、得物を変えて普段通りの技術を披露するのは、本来難しいはず。
ヘレナはそう捲し立てるが、マクスウェルも「そうなんだけど」と頷くしかない。
「君の言う通りだ。でもまあ、叔父上に常識というものは通じないから。考えるだけ無駄だぞ」
「無駄、って」
「そもそも魔力で剣を操るっていうのが、意味わかんないからな。お手並み拝見といこうじゃないか」
にっと口の端を持ち上げるマクスウェルの前方で、ゆらりと魔力が湧き上がった。
「マクスウェル。お前も来い」
「え? なんで俺まで」
「リリアンに見せるためだ。最高の状態を見せないと意味が無い」
「……あ、そう」
なんともな言い分であるが、マクスウェルはそれに従った。それなりの腕前をしている彼としては、叔父の剣術に興味があったのだ。木刀を差し出してくれる騎士に礼を言ってから駆け寄った。
「『剣術』のみ、これ以外の魔法は使わん。そのつもりで来い」
「はい」
「了解。叔父上、加減はナシで頼む」
「そうなるといいがな」
にっと口角を上げたアルベルトは練った魔力を木刀へ注ぎ込む。
それぞれ構えを取るレイナード達の前で、アルベルトの手の中の木刀がふわりと浮かんだ。
それに驚きの声を上げたのはヘレナで、同時に騎士達の間からも騒めきが起きる。通常、物質が浮き上がるのは風魔法によるものが多く、強い風で吹き飛ばされたり、風力を利用して空中に留まっているのがほとんどだ。だが、アルベルトの手から離れた木刀が風に煽られている様子はない。ピュンと空を切って彼の周囲を浮遊している。
同じく驚くレイナードとマクスウェルだったが、その様子を見て瞬時に悟った。物体を意のままに操る、それはどんな属性の魔法でも当たり前に行うもので、土魔法であれば普通にやること。魔力を触媒に起きる事象が魔法と呼ばれるが、触媒となる魔力は自身のものなので、起きた魔法は意識すれば形や方向を変化させる事ができる。アルベルトが物質である木刀を浮かせているのもそれと同じ事だ。
だが、物質に魔力のみで干渉するのはつまり、物質の質量を超える魔力を木刀に込めているということだ。
ただ剣を使うだけなのに、それだけの労力を消費する理由がわからない。魔力を大量に使うと体力と精神力、共に消耗が激しい。
なぜ、そんな方法を? マクスウェルが警戒しつつも思考をしていたその時、アルベルトがスッと手のひらを返した。すると場内のどこからか、木刀が飛んでくる。
「はあ? 嘘だろ!?」
「話を聞いていなかったか? 複数本とベンジャミンが言っていただろう」
四本となった木刀はアルベルトの頭上に浮かび、切っ先をこちらへ向けていた。
二対一で圧倒的に有利だと思っていたのを、二対一にされたのはマクスウェル達の方だった。別々の方向へ駆け出した二人目掛けて、木刀は真っ直ぐ飛んでいく。
「くっ」
襲い掛かる二本を続け様に弾くレイナード。カン、と高い音が鳴るが、想像していたよりもずっと重い手応えに眉を寄せた。投擲の槍より少し早いくらいの木刀は、鉄製だったら弾けなかったかもしれない。それに僅かながらひやりとして木刀を目で追うと、すぐにくるりと回転して、再び二本同時に襲い掛かってくる。
地面の近いところからの攻撃だったので、撃ち落とすのではなく軌道を逸らして回避した。上体を逸らしバランスを取る。ビュンッとレイナードを掠めた木刀は勢いよく通り過ぎ——びたりとその場で止まった。
「回避するのは勧めない」
アルベルトの声がして、同時にレイナードは目を見張る。木刀が、軌道を修正しつつレイナードの顔面目掛けて飛んできたのだ。
その速度は先程よりもっと早い。瞬く間に目の前まで飛んでくる。レイナードは思わず魔法を使って防御しようとしてしまい、反応が遅れた。辛うじて刀身を当て弾くことができたが勢いまでは削げなかった。弾かれた先でアルベルトの操る木刀は切先をレイナードへ向け、風を切って突っ込んでくる。方向は関係無い、弾けば弾いたところから、避ければ避けたところから、縦横無尽だ。
アルベルトが避けない方がいいと言うわけだ。避けるとそのまま、後方や頭上から木刀が襲ってくる。
その間、もう一本は常にレイナードに纏わりつき注意を逸らす。こちらは本当に剣士を相手にしているような動きでレイナードの剣を封じている。
これを無力化させるには、打ち落とすか破壊するか、あるいは術者を叩くしかない。
けれどもそれも難しい。なんとか近付こうとするレイナードだったが、死角からもの凄い速度で襲い掛かる木刀に翻弄されている。
「くっ!」
「だから、避けるなと言っているだろうが」
「避けずにどうしろと……!」
レイナードの恨めしげな声が微かに聞こえる。直撃は避けているものの、いくらか掠っているようで、いつもは表情の無い彼の顔が歪んでいた。
そんなレイナードに気を配るでもないマクスウェルだが、彼は彼で苦戦していた。守りに特化したレイナードと違い、攻めの一手に重きを置くマクスウェルは飛び交う木刀を的確に打ち落としているが、いくらやってもすぐ襲い掛かってくるのに焦りが浮かぶ。
「だあ、くそっ! 燃やせれば早いのに!」
「別に私は構わんぞ、お前達が得意なものを使っても」
「そんなん言われて使えるかよ!」
叫ぶマクスウェルの眼前で二本の木刀が動きを変える。それまで別々の動きをしていたのが、重なるようにして突っ込んできた。
「うわっ」
それにひやりとするものを感じて咄嗟に横に跳ぶ。速度を増し、勢いよく風を裂いた木刀は、そのまま地面に突き刺さった。
「嘘だろ!?」
どふっと鈍い音を立てた木刀の周り。固く踏みしめられた土がむき出しの地面に深く刺さったそれの周囲には亀裂が一切見当たらない。木製の剣が突き刺さったのにだ。
ずっぷり刀身の根元まで刺さった木刀はゆらりと魔力を立ち昇らせると、音も無く地面から抜ける。それをまじまじと眺めていたマクスウェルは即座に剣を構え直した。
切っ先ではなく柄の方から木刀は突っ込んで来る。当たれば当然、それなりに痛い。
二人は上も下もなく動き回る武器に苦戦していた。
「マクスウェル。加減はしない方がいいか?」
「くっそ!!」
「王太子殿は口が悪くていけない。兄上はそんな事は無かったが」
「そりゃあ悪かったな叔父上。俺はどうも、庶民派なもんで!」
言って、マクスウェルは、普段刀剣に籠めている魔力を自身に纏わせた。そうして筋力を強化する。それで上段へ振りかぶり、渾身の力でアルベルトの操る木刀を打った。
その衝撃でみしりと音を立てた木刀は動きを止める。よし、と勢い付くマクスウェルだったが、直後レイナードの叫びが耳に入った。
「マクス、上だ!」
「なに!?」
それと同時に、ぞくりと首筋を悪寒が撫でる。悪意の籠った殺意のような、冷え切った魔力が頭の上からマクスウェルを抑えつけた。
よく見れば、マクスウェルの足元に転がっているのは一本のみ。重なって同時に彼を襲っていたはずの二本目がどこにも見当たらない。
レイナードは持っていた木刀を投げた。マクスウェルを頭上から狙う剣、その軌道を逸らそうとしての事だったが、それは自身を襲っていた剣に阻まれてしまう。
「どわあ!!」
が、なんとかマクスウェルは飛び退き、訓練の、しかも木刀とは思えない威力で地面に突き刺さる剣を避けた。たっぷり魔力が乗せられているせいか、掠めたマクスウェルの服が裂ける。
転がって態勢を整えるマクスウェルと、襲い掛かる二本を避けつつ投げた木刀を回収するレイナード。二人は警戒しつつも、剣を操るアルベルトを睨みつけた。
甥と息子とを振り回す彼は、開始の時から一歩も動いていない。
「二本は多かったか?」
にい、と笑みを浮かべるアルベルトは少しも消耗した様子がない。余裕たっぷりの姿から、本気を引き出すのは厳しいと悟ったマクスウェル達はぎりっと奥歯を鳴らす。
リリアンは手を胸の前で組み、はらはらとそれを見守っていた。が、兄達が汗だくになっているのを見て、さすがに声を上げた。
「お、お父様、もう充分です!」
「そうか? まだまだ続けられるぞ、もっと見たいだろう?」
「いえ、大丈夫ですわ。それよりもお聞きしたい事があって」
「そうかなら止めよう今すぐに」
言うなり、アルベルトはぱっと魔力を四散させる。浮力を失った木刀四本は、からんと音を立ててその場に落ちた。
やり合っていたのは十分ほど。レイナード達はその間、まったくアルベルトには近付けなかった。肩で息をする二人に対し、一歩も動かず、アルベルトはつまらなそうに立っていただけ。いや、動きはしなかったが、魔力で木刀四本を同時に、しかも別々の動きをするよう操っていたので多少は消耗しているはずだ。だが、そら見たことかと言わんばかりにこちらへ歩いてくる姿からは、一片の疲れも見えない。
「リリアン、良く見れたか?」
真っ直ぐに向かって行ったのがリリアンで、言ったのがそれだから、マクスウェルは目を細めた。リリアンは、こちらをちらりと見て気遣う素振りを見せたが、まずは得意げに言葉を待つ父へと向いた。
「ええ、よく観察できましたわ」
「そうか!」
そう言って口角を上げるのに、リリアンもついつられてしまう。
こういう時の対応は決まっているのだ。
「素晴らしい魔法でしたわ。さすがはお父様です」
「……! と、当然だ。このくらいできないとな!」
リリアンの言葉に、アルベルトは満面の笑みを浮かべている。直後小さく「リリアンに褒められた……!」と呟きが聞こえた。思わず漏れてしまったようだ。
にやつくアルベルトに冷たい目線を送るのはヘレナ、レイナード、そしてベンジャミン。マクスウェルとクラベルは頬を引き攣らせ、深く考えないようにしていた。騎士達は、遠巻きにして自分達も訓練をしている風に振る舞っている。きっとこちらに気を遣っているのだろう。
それらを一瞥したリリアンは、ところで、と切り出す。
「お父様、どのように剣を使っているかは分かりましたが、その、魔法で剣を操る理由はなんなのですか?」
核心を突く言葉に、クラベルから受け取ったタオルで顔を拭っていたレイナードとマクスウェルはそちらを向いた。
リリアンしか見ていないアルベルトは、不思議な事を言われたとばかりに首を傾げている。
「剣術において必要なのは、いかに自分の間合いで戦うかだ。これなら確実に相手の間合いに入る事なく、一方的に仕留められるからな」
「そ、そうでしたか」
なるほど、と一見納得しているように見えるリリアンだが、面食らっているのが分かった。
それはマクスウェルもだ。
「そんな理由で……?」
「合理的だろうが」
「そうかも知れないけど、あれを剣術と呼べるかっていうと、なんか違う気がするな」
「剣を使っているだろうが」
「そ、そうだけど」
剣術とは、剣を扱う技術、それらを継承する流派を指す。アルベルトがそういう技術で剣を扱っているだけだと言われれば、剣術と呼べなくもない。
だが、あんな風に剣を使う人は他にはいない。ベンジャミンの言う通り、あれを剣術と判別する人間はアルベルト以外に居ないだろう。
はあ、と息をつくマクスウェルを、アルベルトの方が不思議そうな顔で見ている。
「どいつもこいつも似たような反応をする」
「そりゃまあ、意味分かんないからな。あんなに魔力使うなら、普通に属性攻撃に回した方が強そうだし」
「それはそうだろう。だから私は剣を使わないと、そう言っているのに」
「は? どういう意味?」
意味が分からず首を捻るマクスウェルだったが、アルベルトがそれに答えることはなかった。それよりも、と不服そうに腕を組み鼻を鳴らす。
「大体、私に一太刀も入れられていないではないか。お前達の剣術で勝てないのだから、私の言い分が正しいという事だろう」
「いや、剣があんなに飛び交うとは思わないだろ普通」
「だから敵わないと? そんなだからでかいだけの虫にも勝てないんだ、お前達は」
「そこまで言う!?」
「剣を剣としてしか振るわない。それを剣術と呼んでいるからその程度なんだ」
「えぇ……?」
「思い込みが限界になっている。常識を疑え」
「また屁理屈を……」
最後にそう呟いたのはベンジャミンだった。マクスウェルはもう言葉を失っている。レイナードもマクスウェルと似た様なもので、すっかり表情が抜け落ちていた。
訓練場はしんと静まり返っていたために、アルベルトの声はよく通った。騎士達はただ戦闘内容に唖然としていたのだが、直後のやり取りには目を丸くするしかない。魔法の使えない者も多いから話のほとんどは理解できなくとも、アルベルトが異常な使い方をしているというのは肌で感じ取った事だろう。
そして一人、憤激している人物がいた。
「なによあれ。あんなの剣術なんかじゃないでしょう! まったくもって屁理屈だわ、真面目に剣を使っている人への侮辱よ!」
リリアンの隣で大人しく観戦していたヘレナだ。
ヘレナは最初、騎士達と同じく固唾を飲んで木刀が飛び交うのを見ていたが、レイナードが躱した一本がびたりと止まって軌道を変えた時には唖然とした。いくらアルベルトであったとしても、四本の木刀を同時に、複雑に動かすだなんて考えてもいなかったのだ。
だが、呪いによってがんじがらめになってしまったヘレナの魔力回路を元に戻したのは、他でもないアルベルトである。そんな彼ならこんな事もできるのだと驚いていたのが、すぐに更に深いものになった。エル=イラーフ王国の騎士達と対等以上に戦えるマクスウェルとレイナードを、完全に封じ込めてしまったのだ。
それは見ようによっては、マクスウェル達よりも弱い騎士達が、妙ちくりんな魔法に負けてしまったようにも見える。少なくともヘレナはそう感じて憤った。
ただ、アルベルトにしてみれば彼なりに普通に剣を使っているだけだ。どちらが無礼かなど、分かりきった事である。
「何が侮辱か。剣士と魔法使い、双方の剣の使い方の違いでしかない。貴様らはそこを履き違えているだけだ」
「剣術の話をしているのよ。少なくとも、あたしはあれを剣術とは認めない」
「貴様に認められなくとも痛くも痒くもないな」
「そうでしょうね。ああ、嫌になるわ。こんな人がリリアンお姉様の父親だなんて!」
「節穴め。私ほど理想の父親はいないだろう、なあリリアン!」
「ええっと、落ち着いてくださいお父様」
アルベルトとヘレナの応酬は激しさを増していく。唸り声を上げそうなアルベルトはリリアンに宥められて一旦は落ち着くが、ヘレナの方はなかなか気分を切り替えられないらしく、クラベル相手に何かを囁き合っている。
場が混沌としていく中で、集団から外れて一人、レイナードは魔力を操っていた。ミスリル製の武器〝リベラ〟を取り出し、形を長剣に変えている。マクスウェルが訝しんでいると更に剣に魔力を籠めていた。もしかしなくてもアルベルトのように剣を操ろうとしているのだろう。
土属性と相性の良いリベラをあんな風に扱えたら。魔力操作によってリベラは形を変える。空中で剣から槍に変えたりしたらとんでもない脅威となるに違いない。
「是非はともかく、あれなら普段使いでも良くないか? いや、リリアンおすすめの剣じゃなくて、別のを使えば」
打ち合い——と表現していいか分からないが、ともかく手段としては有効な気がする。それは認めないといけないだろう。なのでマクスウェルは思ったままを口にしたのだが、途端アルベルトは眉間に皺を寄せた。
それを不思議がっていると、思わぬ言葉がマクスウェルの耳に飛び込んでくる。
「剣を使うには鞘から抜く必要があるだろう」
「へ? そりゃあそうだけど……」
「手間だろうが」
「は?」
本日何度目か、マクスウェルはぱちぱちと目を瞬かせた。
「使うには抜かなければならない。そんな予備動作のあるものを使って何になる?」
「いや、大抵の人には、結構な武器だから。あんな使い方できるの、叔父上だけだから」
「だから不要だと、そういう話だ」
ふん、と腕を組むアルベルトはやはり当然だと言わんばかり。それでマクスウェルは、叔父が心の底から本心でそう言っているのだと実感した。
魔力の豊富なアルベルトは、ただでさえ自在に魔法を扱える。属性だって自由だから、風を起こし火を呼び水を湧かせ、触れずに対象を凍らせる事もできる。雷だって落とせる。魔法陣も杖も使わずにだ。
そんな彼からしてみれば、相手を切りつけるためだけに剣を抜く方が手間なのだ。そんな時間があったらかまいたちで切り裂いてしまった方が数倍早い。
だから剣を使わないのだと、さっきアルベルトは言ったのだ。
しかも、剣を使うなら、手元から標的まで移動させなければならない。そう言われると確かに無駄な気もする。もっとも、普通ならそこまで移動するのは剣を持った自分自身だから、無駄でもなんでもないのだが。
「父上」
マクスウェルが頬を引き攣らせていると、レイナードがやって来た。真正面から素直に父親を呼ぶ姿は珍しい。手には青い長剣をしっかり握っており、真剣な表情だ。
その姿が気になったのか、それともリリアンの前だからなのか、アルベルトは素直に息子へと向き直る。
「なんだ」
「さっきのを教えて下さい。剣を飛ばすやつ」
「散々見ただろうが」
「……うまく操れないんです。浮かそうとすると、リベラが形を変えそうになって」
「状態を変えてどうする。お前は土塊を飛ばすのに、形を変えて撃ち出すのか?」
「えっ」
驚くレイナードは更に詳しく聞こうとするが、アルベルトは知ったことではないとばかりにリリアンの方を向いてしまった。あの様子では、あれ以上のアドバイスを貰うのは厳しいだろう。
漏れ聞こえる話を聞いていると、アルベルトにとって剣を使うのは、本当に力を十全に使えない障害となるらしい。にしたって、あらゆる方向から飛んでくる武器は脅威としか言いようが無いが。
そこまで思い至って、ふとマクスウェルは閃いた。
「って事は、剣だけだったら叔父上に勝てるかもしれないって事か?」
「加減されて、それで勝って嬉しいか?」
「うっ」
「近付けてもいなかった気がするが」
「うぅッ!」
容赦のない言葉はぐさりとマクスウェルに突き刺ささる。悔しいがその通りだ、加減されなきゃ敵う気がしないが、そうして勝ったところでなにも嬉しくはない。なのに加減されていてもこれだ、やはりこの叔父に弱点なんてもの無いのかもしれない。
そんな風に意識を飛ばしていると、軽い咳払いが聞こえる。ベンジャミンだ。
「殿下の力量をどうこう言うつもりはございませんが、私としては、旦那様との勝負はお止めしたい所ですね」
「それはどういう意味だ?」
マクスウェルはベンジャミンを振り向いた。
かつて、剣の腕前をゴットフリートに見込まれてグレンリヒトの従者を務めていた執事は、マクスウェルが幼少の頃からずっと体格に変化が無い。ゴットフリートの方が二回りは大きいが、それでも現役の将軍ほどに鍛えられた肉体、それと抜け目の無い注意深さ。アルベルトの執事を長くやっているだけあって、このベンジャミンもかなりの腕をしている。
そんなベンジャミンが止めたほうがいいと言うには、それなりの理由があるのだろう。マクスウェルが問えば、厳つい老執事は柔和な笑みを浮かべる。
「ヴァーミリオン領の屋敷、裏手に湖がございますでしょう」
「ああ、あれがどうかしたか?」
ぐるりと一周するのに、ゆっくり歩いて四十分ほどの湖は、水遊びの場には最適だった。深さが意外とあって、泳ぐには最適である。澄んだ水を湛えるところへ、夏にはよく小船を浮かべたものだ。
川から水が流れ込んでいるわけではなく、底からの湧水が満ちているのだという話は聞いた覚えがある。
「まだ殿下達がお生まれになる以前の事です。旦那様と大旦那様が、派手な喧嘩をした事がありまして。一日中大暴れしたのですが」
「うん」
「その際にできたのがあの湖です」
「は? 嘘だろ?」
「本当なのですよ、残念な事に」
「…………」
「後処理が本当に大変でした。なにせ地形が大分変りましたからね」
ベンジャミンの言う後処理とは、現場の後片付けだけでなく、それ以外を指しているのだろう。喧嘩と言うが、絶対に全力の戦闘だったに違いない。国で一番の魔法の使い手と、戦斧一本で国を纏め上げたかつての王との戦い。その魔力のぶつかり合いは、もしかすると遠い地にまで影響を出したのかもしれない。あまりに大きな魔力が発生すると、余波は衝撃波となって大気を震わせ、万物に響くと言われている。なにがしかの不具合を起こしたとしてもおかしくない。
「そんな事があったのか」
「ええ」
「それ、どうやって止めたんだ? 仲裁も大変だろ」
「仲裁……できれば良かったのですが」
「あー、止められなくて、勝負決まるまで暴れまわったのか……」
言葉を切るベンジャミンの表情から、マクスウェルはそう思い至る。何かと反目の多い祖父と叔父の事だ、想像がつくなと目を細めると、そうではない、とベンジャミンは首を横に振った。
「まさか。放置すれば危険ですので、陛下を王都からお呼びしたのです」
「陛下……父上を?」
「はい。なにせ、余波で王城のガラスがヒビ割れるほどでしたから。陛下も必死で」
「……それ、よく屋敷が無事だったな」
マクスウェルの脳裏に青褪めた父親の顔が浮かんだ。
「屋敷は大奥様が守っておられまして。そのままでは、ヴァーミリオン領が焦土となってもおかしくはないと、陛下と大奥様二人掛かりで止めたのですが」
「が?」
「説得に数時間を要しました」
「お、おう」
「お嬢様のおかげであのような諍いが減って、私共は助かっております」
「そっか……」
ベンジャミンはにっこり笑みを浮かべている。
心底そう思っているらしい声色に、マクスウェルはついちらりとリリアンとアルベルトとを見てしまった。
叔父は娘に宥められたからかすっかり機嫌が良くなっており、「単純な動きであれば数百は操れるぞ」などと言っている。本当かどうか分からないが、リリアンが凄いわと目を丸くすると満足そうに笑っていた。
剣を数百本操るのと、攻撃魔法だけを操るのと、どちらが強いのだろうか。マクスウェルはもう分からなくなってしまった。
「ん? って事はそれ、勝敗は」
「決まっておりません。いつかケリを着けてやるとお互い言ったまま」
「…………」
諍いがあったのは二十年以上前のこと。もしも今、二人が全力でぶつかったら?
どうなるかは予測がつかないが、絶対にろくでもない結果となるだろう。マクスウェルは、二人が思い出しませんようにと祈るのだった。




