21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け③
王宮へと入った一行は、正門で盛大な歓迎を受けた。臣下を背に出迎えたのは、手紙を出したエル=イラーフの国王、ヒースだ。
「やあ、いらっしゃい! よく来てくれたね〜」
「初めてお目に掛かります。マクスウェルとお呼び下さい」
「マクスウェル君ね。どうも、初めまして」
「王陛下自ら出迎えて下さるとは」
「まあ、呼んだのはこちらの方だし、このくらいはね」
にかっと笑った彼は、視線をマクスウェルからその後ろへと動かす。
「アルベルトも久しぶり。応じてくれて助かったよ。よろしく頼むね〜」
日に焼けた肌に、黒くて長い髪。こちらを覗くエメラルドの瞳は柔らかく目尻が垂れており、口調も相まって相手の警戒心を削ぐ。
エル=イラーフ王国は古くから多数の国とやり取りがある。それで人当たりのいい人物が多いそうだが、ヒースは特別そういう傾向が強いようだ。それにしたって娘が重篤とは思えないくらい、ずいぶん口調が軽い。
さすがのアルベルトもそれが気になったようで、きゅっと眉間に皺を寄せている。
「娘が危険だと言う割に緊張感がないな」
「うーん、それは奥さんにも言われた」
「だろうな」
鋭く言われたヒースは肩を竦めた。
「心配していないわけじゃあ、ないんだけどねぇ」
「せめて顔くらい引き締めたらどうだ」
「出来たらやっているし、そもそも君が来てくれたからね。ちょっと安心してるっていうか……こんなにすぐ来てくれるとは思ってなかったよ」
「リリアンが行った方がいいと言うから来ただけだ」
「ああ、噂のお姫様! そっちの彼女かな?」
アルベルトの斜め後ろに控えていたリリアンは、少し前に出てトゥイリアース風の礼をする。エル=イラーフ王国の衣装を纏っていても不自然には見えないくらい、双方の礼儀作法はほとんど違わないのだ。
「お初にお目にかかります。リリアン・ヴァーミリオンですわ」
お辞儀をするリリアンの動きに合わせて、しゃらりとベールの先端に飾られた金の細工が音を立てた。まるで光の階を妖精が駆け降りているかのようだ。ほう、と誰かが息を漏らしたが、それはあちらこちらから聞こえてくる。ヒースも、元から緩かった表情が輪をかけてだらしなく綻んでいる。両手を広げ、大仰に天を仰いだ。
「いやあ、綺麗だ! 話には聞いてたけど本当に美しい! 大きくなったねぇ、ようこそ、エル=イラーフへ」
そうして握手を求め、差し出した手を、さっと間に入ったアルベルトが弾いた。スパァン、と高い音が鳴り響き、ヒースは叩かれた手を押さえる。
「痛い!」
「リリアンに触れるな!」
「お、王の挨拶を邪魔するなんて〜!」
一国の王の手を叩いたアルベルトは、当然とばかりにふんぞり返っている。なんとなく親しげに見える二人だが、こんな様子でいいのだろうか。心配になったリリアンは兄達へと視線を向けるが、レイナードは当然のような顔をしているし、マクスウェルは諦めたような表情をしている。クラベルは、リリアンを気遣うように隣に居てくれていて、目が合うとにっこりと笑みを浮かべた。どうしよう、いいのかしらとちょっと不安になる。
ともかく、深く追求しない方が良さそうだ。そう判断したリリアンは会話を続行する事にした。
「お会いした事がありましたでしょうか」
「君がまだ小さい頃に、一度、ね。覚えてなくても無理はないよ」
おそらく、船の上でアルベルトと話したのと同時期なのだろう。王宮へ入ってもリリアンの記憶は刺激されず、目の前の男を見てもピンと来ない。記憶力には自信のあるリリアンだったが、どうにも思い出せなくて、ちょっとがっかりしてしまう。
まあ、幼い時分の話だ、仕方がないだろう。リリアンはそう割り切って、改めてヒースへと向いた。
「父とは、その時に?」
面識があって、随分親しげに見えるヒースとアルベルト。ひょっとしてその時に気が合ったのかと思い訊ねれば、そうではない、とヒースは言った。
「それもあるけど、まだ若い頃トゥイリアースへ留学しに行ってた時期があってね。そこでグレンリヒトとアルベルトに世話になったんだ」
「そうだったのですか」
「うん。当時は驚いたよ、俺もそれなりの色男で通ってたのにさぁ、比べものにならないくらいのとんでもない美形がいるんだもの。つい突っかかっちゃったんだけど、こいつときたら無視してさ。他国の王子を無視するとか、あり得なくない?」
「ええと、父がご無礼を」
「大丈夫、グレンリヒトに猛烈に謝られたからね! ……いやあしかし、その頃のアルベルトもとんでもなかったけど、君はそれ以上かもなぁ。男共が黙っていないだろ?」
「えっ?」
思い出話を聞いていたところに急に言われ、リリアンは瞬いてしまう。咄嗟にそんなことは、と口にしようとした瞬間、スッと視界を遮るようにアルベルトが横から入ってきた。
「つまらん話をするな」
そんな父の声は例の如く地を這う様な低いものだったが、ヒースは意に介した様子がなかった。腕を組んで、うんうん、と頷いている。
「娘が綺麗だと、父親は不安だよな〜。分かるよアルベルト」
「貴様に何が分かる」
「分かるさ、俺も娘がいるんだ。みんな美人だからさ、変な虫がつかないか心配で心配で」
「リリアンの足元にも及ばないだろうが」
「それはそうかも。いや、親の贔屓目抜きにしても、うちの子だって器量良しではあるんだが。びっくりしたよ、噂に違わぬ美貌だなんて凄いじゃんか」
「当たり前だ!」
アルベルトが語気を荒らげる中でも、ヒースはあっけらかんと笑みを浮かべている。リリアンの周囲にはなかなか居ないタイプの人柄だ。少し不思議な心地がした。
和やかな空気の中、臣下が後ろから「陛下、そろそろ」と声を掛ける。
「おっと、立ち話が過ぎたな。悪い悪い。さ、こっちへどうぞ」
そう言って進むヒースに続いて、王宮を進んでいく。トゥイリアースの王城よりも色彩豊かな王宮は、ずいぶん派手に見えた。飾り物も多く、そのどれもが極彩色なのだ。ごちゃついて下品になりそうなのに全体が纏まっているように感じる。絶妙なバランスで品物を選んでいるのだろう。
それらを視界の端で捉えつつヒースの話に耳を傾けると、歓迎の準備をしていると説明を受けた。
「ご馳走を用意してるから、期待してよ」
「それは有難い」
マクスウェルが礼を述べる。その表情はいい笑顔だ。
王宮のご馳走なんて美味しいに決まっている。ましてやエル=イラーフ王国と言えば、香辛料の効いた海鮮料理が有名な国である。トゥイリアース王国にも無いわけではないが、本場はやはり使われている香辛料の種類が違う。下処理が違うのか、香りも全然違って感じるのだ。今回の旅ではグルメも楽しみにしていたマクスウェルは、純粋に喜んだ。
賑やかに回廊を進んで行く一行だったが、さすがに王宮とあって無人では済まない。事前に立ち入りを制限して貰っていたものの、どこから話が漏れたのか、客人を一目見ようという連中がいつの間にか回廊の端に並んでいた。大半が役職に就いていそうな雰囲気をしていたが、それ以外の者も多い。年若い着飾った貴族も居て、マクスウェルはなんだか嫌な予感がした。
「見物人が居ますね」
そっと囁くように言うと、ヒースは申し訳なさそうに唸る。
「う〜ん。実は、グレンリヒトから念を押された事もあって、閣僚以外が近付けないようにしたんだけど。一目でも拝みたいって連中が殺到してしまって、政治が機能しなくなって」
「は?」
「簡単に言うと、人集りで王宮内の移動が出来なくなった」
「……それは、ご迷惑を」
「いや、ちょっとこっちも想定外だったと言うか……甘く見ていたよ、噂のヴァーミリオン公ってやつを」
ヒースは笑って、ちらりと肩越しに後方を見る。
トゥイリアース王国のヴァーミリオン公と言えば、海を越えたここエル=イラーフでも高名だった。数々の便利な魔道具を作り、かつて無い規模での産業を展開してきた切れ者。新たに拓いた交易路は数知れず、富が富を呼ぶという領地は豊かで、近隣諸国で最も繁栄していると言っていい。
その才能に溢れた当主は絶世の美男というから、人が群がるのは仕方ないだろう。がしかし、今日ばかりはそれだけではない。
「無い用事を取り付けて、有力貴族の令息が押しかけて来てしまったんだ」
「まさか……」
「そ。奴らの目当ては女神様さ」
ヒースの視線を追うようにして、マクスウェルは辺りを見回す。回廊の壁に沿うように並んでいる閣僚らしき人々の間に、ぼうっと呆けた令息の姿があちこちにある。そんな彼らの視線の先に居るのは、ヴァーミリオンの至宝ことリリアンだ。
こちら風の衣装を纏ったリリアンは、慣れているマクスウェルが見ても相当に美しかった。髪を覆うように重ねられたベールでは、顔を伏せると表情を隠してしまう。が、ふと視線を上げた時に見える瞳。色素が薄いところへ、純白のドレスを着たリリアンの青い瞳は、特別目を引いた。エル=イラーフの海よりも空よりも、ずっと澄んでいるのではないかと感じてしまうのは何故だろう。ほのかに色付く頬、薄い桃色の唇が弧を描いて楽しげに開かれると軽やかな笑い声が響いて、こちらまで気分が上昇してしまう。
彼女を射止める事が出来れば、女神の様な彼女自身と、ヴァーミリオン家の資産が手に入るのだ。おそらくやる気満々だったであろう令息達は、実際に目にしたリリアンの姿に我を忘れている。
そういう奴は取るに足らないが、問題はぎらりと目を光らせる者どもだ。想像よりもずっと美しいリリアンに、縁を結ぼうと騎士が制止するのを無視して我先にと前に出る。壁際から雪崩のように押し寄せる彼らからリリアンを守ろうと、レイナードとクラベルが一歩前に出た。一拍遅れてマクスウェルとヒースが声を上げようとした時、二人の間を突風が駆け抜けていった。
ゴウッと吹き抜ける風は、騎士もろとも令息達を吹き飛ばした。まるで嵐のようだ、木っ葉の如く飛ばされた令息達は悲鳴を上げる。
「父上……」
レイナードがぽつりと呼ぶが、アルベルトはそちらを見なかった。リリアンを背に憤怒の表情で木っ葉共を睨み付けている。
その突風を巻き起こしたのはアルベルトで間違いない。漏れ出る魔力からもそれが分かった。
「蛆虫共が」
実際に害虫を見る目で蔑んだ視線を送るアルベルトは吐き捨てる。
壁に打ち付けられて咳き込む令息達をリリアンが気遣うのも本当は気に入らない。が、リリアンの手前、それを表には出せない。苛立ちを魔力に乗せて、アルベルトは威嚇を続ける。猛烈な魔力と怒りを突き付けられた令息達は身動きが出来なくなった。
そんなアルベルトの背後から、こっそり近付く青年が居た。睨み付けていない方はまだ殺気がましだから、背中側に回れば少しは動けるのだ。
「ヴァーミリオン公爵令嬢、ぜひご挨拶を」
が、だからと言って安全なわけではない。そう言っただけでまだリリアンに触れてもいない青年は、「バッチィン!!」という激しい音を立てて、大きく後方へと吹き飛んでいく。
「ぎゃああああ! う、腕がっ……!」
「腕ではない、肩だ」
「ぐうっ、ううぅぅぅ」
リリアンに向けて伸ばそうとした腕が、体を残して宙を舞う……ように見えて誰もが驚愕に目を見張る。どしゃりと床に落ちた彼の体にはきちんと腕が付いていたから、本当にそう見えただけのようだ。
その彼は、左の肩を押さえもがいている。脱臼しているようだ。
青年に何があったのかを見ていたヒースは、うわあ、と手首をさすった。
「下から振り上げたら肩が抜けるのか……上から叩かれて助かった」
「そういう問題ではないのでは!?」
どうやら、伸ばした手を下から掬い上げるようにして打ち払われたらしい。あまりにも力加減が出来ていないせいかてこの原理なのか、それで青年は吹き飛ばされた。そういうわけらしい。
やり過ぎなのではと青褪めるマクスウェルの前で、次から次へと近付く令息達を、バシンズバンと引っ叩き続けるアルベルト。その度にぐわあ、ぎゃあ、と悲鳴が上がる。誰もが肩を押さえて床を転がっていた。
立ち入りを制限している中で姿を見せるということは、彼らはエル=イラーフ王国の高位貴族の令息に違いない。そんな人達を傷付けて良いわけがなかった。あと、いくら彼らの方が不文律であったとしても数が多かった。これ全部が被害者になる可能性がある。
「お、おい、レイ。叔父上を止めてくれ」
マクスウェルは慌てて従兄弟を振り返った。が、視線の先のレイナードは仁王立ちをして動かない。
「レイ?」
呼びかけにまったく反応しない。そんなレイナードを訝しんだマクスウェルは、すすすっと回り込む。
「お前を石像にしてやろうか」
レイナードは腰を抜かして座り込んでいる令息に無表情で凄んでいた。
彼はアルベルト同様、魔力を漂わせている。土属性持ちのレイナードの魔力はどこからともなく砂塵を集め、令息を薄っすらと取り囲んでいた。
「何やってんだよレイ!」
「黙ってろマクス。僕達に無断でリリーに触れようとする連中を見逃すわけにはいかない」
「落ち着けって! んな事に魔力と体力を使う必要はない」
「いいや、ある。二度と好き勝手にリリーに近付けないよう、動けなくしてやる」
「こんなとこに石像作ったら邪魔だろ、やめろ!」
説得しても、レイナードの表情は無のままだった。これはだめだと見切りをつけ、マクスウェルは残る良識人を呼ぶ事にした。
「クラベル嬢、レイを……」
「あなた、女性を連れているくせにリリアンに声を掛けるつもり? えっ、婚約者? 婚約者が居る身でありながらリリアンに言い寄るというの? なんて不誠実で身勝手な。そんな男がリリアンに相応しいとでも思うのかしら。夢を見るのは自由だけれど生まれ直してから出直しなさい」
だが、そのクラベルは取り込み中であった。女性を伴った令息を前に言い募っている。
「な、なん」
「聞こえなかった? リリアンの前から消えなさいと言っているの」
「こ、この、無礼ではないか!」
「無礼? それはあなたでしょう。面識も無いのに、レディの手を後ろから握ろうとするだなんて、無礼もいいところだわ。そっちの彼女も止めもしないだなんて、一体何を考えているのやら」
「わ、わたくし達を誰だと思って」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。わたしを……むぐっ」
捲し立てるクラベルの口元をマクスウェルが覆う。
「クラベル嬢、落ち着け。ここで君の生家を出したら、厄介な事になる」
「止めないでちょうだいマクスウェル。女にはね、戦わなければならない時というのがあるのよ……!」
「多分それ今じゃないと思うぞ!」
リリアン同様、エル=イラーフ王国の衣装を纏うクラベル。淡い黄色のドレスとベールは、柔らかい風合いの彼女の色によく馴染む。一見地味に見えるが、ブラウンの髪と瞳はどんな色のドレスにも合うのだ。少し高めの身長とスタイルの良さがシンプルなドレスを引き立てている。
そんなクラベルの存在は、リリアンの美しさを際立たせた。一同の中にある純白を纏うリリアンは限りなく目を引く。さながら野に咲く一輪の白百合のようなリリアンに、次々と令息が群らがる。
そんな令息達はアルベルトに吹き飛ばされ、レイナードに石像にするぞと脅され、クラベルにめちゃくちゃにこき下ろされる。
歴史ある王宮の回廊は、令息達が転がる地獄と化していた。
「わぉ、想像以上」
「ダメだ、さっさと行きましょう! これ以上被害が出る前に!」
ヒースは頰を引き攣らせ、収拾がつかないと判断したマクスウェルはぐぬうと表情を歪める。
騎士達の手を借りて暴れ回るアルベルト達を落ち着かせ先を急がせようとするが、三人はそんな騎士をも邪険にするものだから更に混沌とした。悲鳴に甲冑のがちゃがちゃとした音が混じって阿鼻叫喚である。
「お父様、お兄様、お義姉様。落ち着いて下さい」
そんな中で聞こえたリリアンの声は静かなもので、とてもではないが場にそぐわないものだ。なのに回廊に居る誰もの耳に届く。しんと静まり返った中で三人はすぐに手を止め、リリアンを振り返った。
視線を受けるリリアンはいつもの口調で言う。
「せっかくご用意頂いているんですもの、案内に従いましょう?」
「リリアンがそう言うなら」
「……仕方ない」
「そうね。落ち着きましょう、リリアンの為に」
そうして、何事も無かったかのように再び回廊を進んだ。背景に蹲る令息達が居なければ、取り囲まれる前と何ら変わりない姿だ。
引き攣った笑みを浮かべるヒースに、マクスウェルは「まあ、大体いつもあんなもんっす」と囁くのだった。




