第六十話 ジュノ編 ~夢の中の~
部隊を一新するにあたっては、新たな部隊長が必要となった。心機一転して戦意が高まっているとは言えど、やはり部隊長は隊員の命、そしてこの村自体の存続の運命を背負う、責任重大な役目だ。
誰もが躊躇う中、そこで名乗りを上げたのは他でもないドンガだった。
彼は村でも相当な豪傑であり、戦術に関しては抜きんでているところがある。つっけんどんなところは玉に瑕だが、それを覆いつくしてしまうほどに彼は全隊長と同等に村の者からの信頼は厚かったようだ。皆が納得する中で彼の隣に座っていたサナだけが不安げな顔をのぞかせていた。
そして、状況打開の突破口についての意見が交わされることとなる。
リューザも何か貢献しようと頭を巡らせたとき、ふとあることを思い出す。それはどうしても気がかりなことではあったが、今まで決して口には出さず、自分自身単なる偶然であると思い込んでいたものだった。
「もしかしたら、状況打開のヒントになるのではないかと思うんです。えっとボクが見た夢のことなのですが……」
リューザがふと口にしたその言葉は彼の深層でずっと不気味に残存していた物だ。
「それが何のヒントになるんだっていうんだ?」
ドンガが尋ねる。
こんな荒唐無稽な意見、一蹴されるのが落ちだろう。それでもリューザには一つ確信めいたものがあったのだ。
「狼たちの取った戦略……ボクたち村の人間が知りえない情報を活かして奇襲を仕掛けてきた可能性があるんです」
「だが、お前にそれを俺たちに納得させるだけの証拠はあるのか?」
ドンガが真剣な表情になってリューザに目をやる。心を許してくれたとはいえど、やはりそう簡単には信じてもらえないようだ。それもそのはずだろう、これはリューザにとってもある種の賭けなのだから。
「証拠は、ありません……」
リューザは正直に答えた。すると、少しだけリューザの発言に期待していたのかドンガは非常に残念そうな反応をして口を開く。
「それなら……」
「ですが、根拠ならあります!」
リューザは毅然とした態度で言い放つ。そんな彼の様子にその場の者は首を傾げ、半信半疑といった様子だ。
「ふんっ、なら言ってみな。それで俺たちを納得させてみればいい」
ドンガは挑戦的ながらも好意的にニヤついた表情を浮かべて見せた。
「はい! 全てを見たわけではありませんので、ボクの知っていることは飽くまでも断片的なものです。そこで、お聞きしたいのですが皆さんは密林の東部を流れる瀑布をご存じですか?」
「ええ、確かに以前東部に赴いた時に見かけたけれど……」
「その滝がどうしたって言うんだ?」
不可思議気味に隊員はリューザの問いに答える。
「ボクとギャレットさんが奇襲をかけられた場所というのが正にその滝の近辺だったんです。しかもあの時、狼が現れる前兆というのはボクには全く感じられませんでした。襲撃に対応できたのはギャレットさんが早くに察知してくれたおかげです」
一同がキョトンとした表情でリューザの方へと目を向ける。
「ボクが夢の中で見たもの……それが、まさにあの瀑布だったんです! ボク自身、ここへ来るのは初めてのはずなので、あの場所を見たのは討伐で密林に行った時が初めて……のはずです。それにも拘らず、ボクは夢の中であの景色を見たんです、それもそっくりそのままのものでした」
リューザは興奮気味になって話を続ける。
「狼の群れが予兆なく突然、密林東部に現れたこと、高度な探知魔術に発見されることなく大河を渡ってきたこと……。これらが地の利を生かした狼たちによって仕掛けられた巧妙な罠だったとしたら全てに説明が付くんですよ!」
「…………」
一同はポカンとした様子で、或者は驚愕、或者は呆れた表情でリューザを見つめている。暫くの沈黙の後、口火が切られた。
「なるほどねえ……でもリューザ君、その推論には穴があるんじゃないかな?」
そうリューザに問いかけるのはゼディックだ。
「穴、ですか……?」
「そうさ。並大抵の"魔術"ならともかくとして、この村の高名な魔術師である、あのニファ婆さんが狼の動向を見逃すというのもおかしな話だ」
「それは……」
リューザは思わず尻込みする。確かにそれもそうだ。彼自身、この村、この世界の現状など全く把握してなどいない。それは"魔術"だってそうだ、その正体がいったい何なのか皆目見当がつかない。
にも拘らず、それを勝手に軽視して不十分な予測を立てた自分がただただ恥ずかしかった。
そもそも夢と現実がリンクするなんてあまりにも迷信的だ。夢の中で見た滝も大河もきっと偶然が見せた唯の幻想だったのだろう。
リューザが口走った内容を撤回しようとしたその時、ドンガがそれよりも先に声を上げた。
「いいや、リューザ、むしろ今のお前の発言で信憑性が増したといっていいだろう」
「……どういうことですか?」
肯定されたことで拍子抜けしたのはリューザの方だった。
「この辺りの地層は表面上には肥沃な土壌が深く堆積しているが、その下は魔障岩の単層が広がってるんだ。魔障岩ってのは、"魔術"を遮る力を持つ岩盤で、シフォンダールを含む南北に伸びたこの平野を囲む断崖やここからマジェンダとこちら側をつなぐ大橋の両端の岩壁がそうだ。岩盤同士は接触せずとも近くにあることで互いに反応し合う。だから、穿たれた洞穴の中にいた狼は探知されなかったんだ。魔障岩は"魔術師"のポテンシャルを遥かに超えた代物だ、流石のニファ様でも対処はできなかったのだろう」
「へえ……それは初耳だね。同じ戦友なんだから言ってくれればよかったのに」
ゼディックの皮肉めいた物言いに、皆は顔を少し俯ける。それは、懇意の関係にあるはずのサーフェナも例外ではなかった。
やはりこの村の人たちは、人当たりはいいものの、部外者には潜在的に避けるような意識があるようだ。
「まあ、いいさ。俺が知らないってことは、つい数日前に訪れたリューザ君はそれ以上に知る由はなかっただろうからね」
「でも、そこまで聞くと確かにリューザの夢の内容が事実であった可能性っていうのは高そうね。言われてみれば、私たちが狼と剣を交えているとき、心なしか滝に近づかないように誘導されていたような気がするわ」
サナが悔しそうに言う。
すると、若い男性の隊員が得心いかない様子で皆に向かって尋ねかける。
「でも、どうして夢で自分の知らない状況を知ることができるんだ? テレパシー都かとは違うよな……。だったら、予知夢ってやつ、なのか? いや、それにしても現実感がなさすぎる……」
「"夢送リ"」
突然、円卓に座した内の一人が声を上げ、驚きとともにそちらへと皆の視線が一気に集まる。
言葉を発したのはギャレットだった。
「ソノ地二宿ル精霊、神霊、悪霊達ガ、本来己ノ干渉デキナイ所ヘト夢ヲ通ジルコトデ介入シヨウトスル、"夢送リ"……」
「ギャレット……なぜ"脈流"のないここで口が利けているんだ……?」
そんな疑問の声に、彼は落ち着いた声色で答える。
「フッ……今日ハ何故ダカ調子ガイイヨウダ……」
皆がギャレットに注目している中、その真反対にいたドンガは軽く咳払いをして注意を自身の方へとむけさせる。
「まあいい、それなら、俺に一つ考えがある……」
ドンガが低い声でそう言い放った。
※
「わかったな、手筈通りにやってくれよ」
ドンガがそう言った時、陽が沈みテントの外はすっかり暗くなっていた。皆が声を出さずとも頷き、了承の意を示す。
「そうと決まれば、今夜決行だ。こちらの戦意を削いだと油断しているところを全力で叩いてやろう」
ドンガの言葉がそう言うと、各々の思いを胸に皆その場から散っていくのだった。




