第五十九話 ジュノ編 ~再び~
村に戻ると、どんよりとした雰囲気が漂う。空の色は相変わらず不安定だ。黒雲が立ち込めたかと思えば、時折陽が差し込んでを何度も繰り返している。
これからの方針を固めていく必要があるということで、討伐隊の主要なメンバーが本部のテントに集まった。とはいえ、皆、ナハトの死から立ち直ることはできておらず、とても会議を始められる状況ではない。すっかり士気を失って意気消沈の状態だ。
「そうか……ナハトが散ったか……」
円卓で真っ先にその言葉を言ったのは村長ガストルだった。その瞳は悲哀に満ちている。村の長として、そして彼に隊長を任じた者として責任を感じているのだろう。
「ねえ、私たちこれからどうなってしまうの……。隊長が不在となった今、私たちは戦っていけるの……」
不安げな声色でそう言うのは、クレルの隣の席に座っていたサーフェナだ。
「お姉ちゃん……」
「はっ……ごめんなさい! 不安なのは皆さん同じなのに、弱音を吐いてなんていられないよね……」
クレルに呼ばれたことで彼女は現実に引き戻されたかのようにハッとして、自身の言葉を撤回しようとする。しかし、その考えはここに来た者たちの総意であったといえるだろう。ナハトの死による衝撃を未だ拭えない者たちは少し俯いた。
「いいのよ。いざとなったら、クレルやゼディック、ニファお婆さん、ギャレットと一緒にリューザとブレダちゃんを連れてここを発ちなさい。あなたたちは本来この村に縛られるべき人間ではないのよ」
サナが落ち着いた口調でそう言う。彼女はナハトの死を聞いたときには顔を真っ青にしていたが今は何とか冷静さを取り戻している。
「私にはそんなことできません……。いざとなれば弟だけを村外へ逃がしてでも、この村に貢献させてください」
彼女の隣にいるクレルは何とも言えない苦渋の表情を浮かべる。本当なら姉を守るために
村のことを考えればそんなことを軽々しくは言えないのだろう。
「これ以上抵抗を続けて、一族以外の者が犠牲になってはそれこそ本末転倒だ。このまま最悪の最後を迎えるのならば、ここで死を待つのも選択の一つだ。すまんな、村の皆よ。わしが力不足なばかりにな……」
その場の空気は完全に諦めに持ってかれている。
「皆さん」
しかし、そんな雰囲気を打ち切ったのはリューザだった。
突然の発言に円卓に座した者の視線が悉くリューザの方へと集中する。
「このまま諦めてしまって……本当にいいんですか?」
「だったら、どうしろって言うんだ!? 俺たちには、このまま死を待つしか……」
リューザの言葉に無責任さを感じ、一人の男が怒りとともに途方に暮れたように言った。
「もう一度、戦うんです!」
「隊長は村じゃ一番の手練れだったんだ。そいつでも相打ちになることすらなく敵わなかったってことは、狼の首領を斃すのなんて不可能ってことだ」
傷ついた肩に包帯を巻いたニアが落胆したように答える。
「必ず打開する方法はあります! 絶対に立ち止まっちゃいけない……逃げ出しちゃいけない。最後の最後まで足掻きたいんです!」
「ここまで追い詰められて頭まで失った……勝算はほぼ皆無だといっていいだろうね」
隊員の一人から声が上がると、リューザは少し遠慮気味に答える。
「それでも、諦めたくない、希望を捨てたくない。これは綺麗言です。ボクはこの村にかかった呪縛の何たるかを知らない。それでもこの村の人たちが大切にしてきたもの、ナハトさんたちが守ってきたもの、守りたかったものが一緒にいるうちに何だかわかってきてしまって……。だからボクもそれを守りたい。それでも、皆さんが抵抗を覚えるのなら、ぼく一人ででも解決策を考えます!」
「なぜそこまで言える……」
ガストルが静かに、しかし威圧を伴うような低い声でリューザに尋ねる。
「ボクはこの村が、好きだから」
リューザは柔和な表情ではっきりとそう答えた。
そしてリューザが勢いよく席を立つと、座っていた丸椅子はそのまま倒れて地面に転がった。そんなことにも気が付かずに、彼は円卓に額を打ち付けるかのように頭を思いっきり下げる。
「どうか……もう一度、立ち向かってください……」
その言葉で円卓の間は静寂に呑み込まれる。空気は相変わらず重苦しい。
身勝手なことだ。村を守りたいなんて自分の感情が勝手に起こしたエゴでしかない。それでも、"偽善"だとしてもこうして叫ばなくては自体は結局変わらない。
「小僧……」
暫しの沈黙の後、開口したのはドンガだった。
何の力もない、部外者である自分がこんな大口を叩くなんて、烏滸がましいことこの上ないことは分かっている。それでも村の皆を支え信じた彼の言葉、そして信念をどうしても伝えておきたかった。
どんな罵りを受けようとも構わない、それでもリューザはナハトに言葉を託されたのだ。ナハトは素性の知れない自分を信頼してくれた。だからこそ、なんとしてもその期待に応えたかったのだ。
しかし、そんな心持ちでいたリューザに掛けられた言葉は、彼にとって想像もしえないものだったのだ。
「いい心持ちしてんじゃねえか」
その言葉にリューザは目を丸くする。
ただただ信じられなかったのだ。賞賛の言葉を賭けられたのは勿論のこと、それを言ったのは他でもないドンガだったのだ。
ドンガはそんな驚くリューザに対して軽快に笑いかける。その笑みは正に彼の心からのものであり、その時初めてリューザは彼に心を許されたような気がした。
「おい、お前たち! 俺たちのために一人の非力な小僧が立ち上がろうとしてるんだ! それを当事者である俺たちが傍観なんてしていられるか!」
彼はその場にいる者全員に向かって豪快に叫ぶ。
「忘れたのか、俺たちには王国の御蔭がある! 呪縛を解くのは他でもない俺たち自身だ! こんなとこで怖気づいてたら、死んだナハトに合わせる顔なんてないだろ!」
そして、そんなドンガの発破に呼応するかのように立ち上がったのはサーフェナだった。
「私も戦うわ! ここは私の第二の故郷、村の皆は私の家族なんだもの! 見捨てることなんてできないよ!」
それを聞いたクレルも口を開く。
「守りたいものがあるのはぼくも一緒です! 同じ志を持つものとしてぼくだって村の力になりたい」
「はぁ……お人好しなやつらだぜ。命あるうちに逃げておけばいいものを」
「あなたにそこまで言われてしまったんじゃ、こっちも断れないよ」
「みなさん……!」
リューザは歓喜のあまり、言葉を詰まらせてしまう。正に崩れかけていた物が再び再構成されて一丸となっていく姿に一種の感動さえ覚えたのだ。
「「ガストルさん!」」
そして皆の視線は最終的な決定を下す村長へとむけられる。期待に輝く目を向けられた彼は軽く眉を顰めるが、その後開口する。
「はぁ……本当に命知らずな村民を持ったものだよ……まったく」
答えは口にしなかったものの、その先程とはうって変わったような穏やかな表情から、暗黙の裡にその答えは誰もが理解するに至った。
――ナハトさん……。あなたの守ろうとしたものはこれ程までに輝かしいものだったんだね。
リューザは胸の中で厚いものがこみあげてくるのを感じていた。




