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リューザの世界紀行  作者: 長倉帝臣
第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』
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第五十五話 ジュノ編 ~密林の一夜~

 日が暮れ、ただでさえ曖曖とした森が次第に暗さを増していく。


 狼を完全に引き離したかと思われたところで、ナハトは手綱を引いて黒馬の足を減速させる。そして、完全に黒馬が足を止めたかと思うと、黒馬は突然雲のように実態が薄くなったかと思うと、霧のように夜気の中に溶け込んで完全に消失した。


 呆気にとられている間に、そのまま体勢を立て直すことができずにリューザは地面に落下して尻もちをついてしまう。


「いててて……」


 腰を打ち付けられた衝撃に声を漏らしていたが、ふと上を見上げるとリューザを見下ろしながら憤怒に顔を歪めているナハトがいた。


「リューザ……。なぜ戻ってきたんだ! 何を考えてる!? 一人で大河のこちら側に来るなんて無謀にもほどがあるぞ!」


 ナハトはかなり興奮しているようでリューザに怒声を浴びせる。


「勝手なことをしてごめんなさい! ただいてもたってもいられなかったんです!」


 リューザの必死な様子に、ナハトは冷静さを取り戻す。


「いや……すまない……。俺も焦って気が立ってた……」


「狼が向こう岸に現れたからですか?」




「どうしてお前がそれを……」


「ジュノの森の小道まで逃げてきた隊員がいたんです。その人が教えてくれました。今、ブレダがそのことを村に伝えに行っているはずです」


「そうか……すまないな。お前たちにこれ以上迷惑をかける気はなかったのだが……」


 一瞬悲痛な顔を見せたものの、ナハトは直ぐに気を取り直したように取り繕う。


「お前もここまで来て疲れているだろう。少し休憩するか?」


「大丈夫です! まだまだ行けますよ!」


 強がってリューザはそう言うが、ナハトは彼の全身を上下させるように見て言い放つ。


「その泥だらけの服を見ればわかる。お前、大河を泳いで渡ってきただろ。全く……突拍子のないことをするものだ」


「うぅ、えぇっと……」


 ナハトが半分呆れたような態度で指摘されてリューザはまごまごと返答をあぐねてしまう。


「それに、狼も夜になれば動きにくくなる。森にいる間は休めるときに休んで置くべきだ」


「そうなんですか? 狼って夜行性のイメージがあったんですけど」


「この森の狼は特殊なんだ……。さあ、お前も火を点けるための木を探してくれ。この雨のせいでかなり湿気てはいるが、出来るだけ乾燥しているものを頼む」


 リューザは言われるがままに、辺りの木の枝や木の皮を採り始めたのだった。




「炎よ。大いなる炎の守り手よ。我は精霊の僕、神々の信徒なり。その光輝の炎の糧を我に恵まれよ」


 ナハトが手の平を翳しながらそう唱えた途端、リューザ達が集めた木々が赤く仄かな光を灯す。とはいっても、木が湿っているせいか幾ばくかの煙が立ち込める。リューザは数回咳き込んだ後に再び目をやると、集めた木々からは真っ赤な炎が煌々と燃え盛っていた。


 焦っていたせいかナハトに指摘されるまで気が付かなかったが、白いシャツは大河を流れる土砂によって泥汚れに染まっていた。


 そのシャツも、まだ乾いていなかったので、丁度いい木の棒を見つけてそこに引っ掛けて火に当てて乾かした。


 そんなリューザは今、ナハトから借りた鎧の上から来ていた赤い羽織で身体を包んでいる。リューザのちんまりとした身体は、羽織一枚で覆うので十分だった。


 ナハトは非常食として所持していた乾肉をリューザに分け与える。リューザはそれに必死で噛みつくが、これが中々噛み切りにくい。


 焚火の明るさと暖かさも相俟って彼らのもとに一時の安息が訪れる。


「そう、がっつくことはない。誰も奪ったりはしないんだ」


 急いで肉一杯に入れるリューザにナハトが言う。


「それでも、いつまた狼が現れるかわかりませんから。常に臨戦できるようにしておかないと」


「安心しろ。お前のことは俺が責任をもって守ってやる。必ず……必ずな……」


 何か口籠るような素振りを彼が見せるので、その様子が気になったリューザはふとその原因が気になり尋ねてみる。


「どうかしたんですか?」


 その言葉にナハトは一瞬だけ戸惑いの表情を見せて黙り込んだが、その後に意を決したように口を開く。


「お前もここに来るまでに見ただろう、死屍累々の地獄の景色を……」


 そう言われてリューザは大河での光景を思い出す。多くの討伐隊のメンバーが物言わぬ屍体となって無残に地べたに転がされていたのだ。あまりにも惨すぎる光景……リューザは一刻も早く忘れたかった。


「はい……なんだか、とんでもないことになってしまったみたいですね……」


「俺が心もとないばかりに……。以前から腕っぷしには自信があったが、討伐隊を率いる指導者となれば勝手が違ってくる。……というのは言い訳にしかならないか……」


 その言葉にリューザの心は沈む。初めて会った時から感じていた勇ましさはなく自身の失態に激しく落ち込んでいる様子が見て取れた。


「元隊長が狼の牙にかけられて代役として立てられたが……所詮俺では実力不足だったようだ……」


「そんなことないですよ! 皆さんナハトさんのことを期待しています、きっと隊長に相応しい人物はあなたの他にいないと思っているはずです!」


「そんなことが……どうしてわかる……?」


 リューザは立ち上がるとナハトに正対して自分の胸をどんと叩く。


「そんなの村の皆や討伐隊のメンバーを見ればわかります。ナハトさんへの信頼がとめどなく伝わってきましたから! それに、こう見えてボク、結構強情なんですよ! どんな絶望に打ちひしがれても、生きてる限り何とかなります! もし、ナハトさんが倒れそうになれば、その時はボクが支えになりますよ! そうしているうちに、きっと打開する方法も見つかるはずです!」


「…………」


 リューザの言葉にナハトはしばらく沈黙するが、その直後軽く苦笑する。その様子を怪訝に思ったリューザが尋ねる。


「ナハトさん?」


「ああ、すまない。何でもないんだ。……ただ……君たちには本当に悪いことをした……」


「気にしないでくださいよ! 困っているときはお互い様ですから! 一緒に頑張っていきましょうよ!」


 そう言い切った途端、リューザに眠気が襲い掛かる。


「ふわぁぁぁ」


 大きな欠伸をすると、ナハトが座ったまま炎越しにリューザに声をかける。


「そろそろ、夜も更けてきたな……。お前は今のうちに寝ておきな」


「ナハトさんは……?」


「俺は辺りを見張ってる。いくら狼が夜に行動的じゃないからと言って、絶対に襲ってこないなんていう保証はどこにもないんだ」


「それなら、ボクも交替しますよ。ナハトさんにばかり気苦労をかけさせるわけにはいきません」


 そう声をかけるリューザをナハトは軽く笑い飛ばす。


「ははっ、子どもがそう気を使うもんじゃない。今は休んどけ、明日がきつくなる」


 ナハトにそう言われると、リューザは漸く納得する。そして、身体を横に倒すと、ちろちろと燃える炎の方へと顔を向ける。


「リューザ……」


「はい……?」


 リューザは寝ぼけ眼になりながら返答する。


「ありがとう……。調子が戻ってきたよ」


「それは……よかった……です……」


 その炎越しには勇ましい様子で佇むナハトが見える。その姿が温かくて、心強くて……リューザの信頼感、そして、この村を救いたいという気持ちを高まらせていくもののように感じたのだった。

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