第四十六話 ジュノ編 〜ジュノの密林〜
ジュノの大河を渡りきった先は大木が連なっていた。ジュノの密林というだけあって、大河の向こう側のジュノの森と比べても木々の密集具合は増し、樹木もより巨大化している。人の手がほとんど加えられていないせいか、木々は自然のままにその特異な形を形成し、木々のいたるところに苔が生えている。ここからは完全に野生の世界だ。
湿気た凹凸の地面の密林を行くと、漸く木々の合間の平地に出た。
そこへ来て、リューザの浮ついていた心は平静へと収束する。
とうとう足を踏み入れてしまったのだ。そんな気持ちが、ひたひたとリューザの内を侵食してくる。これが恐怖なのか興奮なのかリューザにはわからない。しかし、隣で真っ青になって震えている三編みの少女パンタローナを見ていると、そんな緊張感も少しは薄れてくる。
彼女も第一部隊に所属していて、探知の魔術に優れているらしい。攻撃的な魔術を持たない彼女だが、狼による急襲に対応するためにこの部隊に配属されたのだ。
こういうとき、本来はそっとしておくべきなのだろうが、先程からなにか言いたげな様子で周りをキョロキョロとしていたため、リューザは堪らず話しかける。
「パンタローナ、どうしたの? 顔色悪いけど?」
リューザが声をかけると、彼女はすぐに振り向きリューザにすがるように悲痛そうな声を上げる。
「リューザ……エヴはどこにいるの?」
唸るように震えた声で彼女はリューザに尋ねる。エヴとはエッヴィネットという少年のことで、彼もまた第一部隊に配属されていた。
「エッヴィネットのことだよね? おーい、エッヴィネット!」
リューザは、四方を見回して見つけた別の隊員と会話をしているエッヴィネットを見つけると、彼の方へと呼びかける。すると、その声に気がついた彼がリューザたちの元へと怪訝そうな顔で駆けつける。背丈はそれほど高くないが、がっしりした身体で、身軽さとフィジカルを両方備えている人物だ。
「なんだ、どうした?」
エッヴィネットがパンタローナの様子に驚がくしていると、彼女は彼の声に青い顔を上げる。
「うーーーん……ごめん。エヴ、見張りの役目、代わってくれない……? なんだか一人になるのが怖くて……」
本来、狼の接近を見張るのはパンタローナの役目だ。探知の魔術が効果的に発揮する大木のてっぺんへと上って狼の気配を他の隊員に知らせるのだ。
しかし、エッヴィネットも彼女ほどの範囲や精度ではないが探知の魔術を会得している。そのため、その探知の役割を代わってほしいと懇願しているのだ。
「ああ、俺かよ? すぐ下に俺たちがいるから大丈夫だって言うのに……」
「ビビり過ぎなんじゃないの? パンタローナの探知能力なら、遠くにいる狼でも正確に探知できるんだから」
ハノンの言葉にパンタローナは両手を合わせて、頭を思いっきり下げる動作をする。
「一生のお願い! このとおりだから。緊張して声が出なくなったらと思うと怖くて仕方なくて……」
掠れた声で蹲る彼女を見て、エッヴィネットは呆れてしびれを切らす。
「流石にこっちに知らせられないのはまずいか……。はあ……しゃあねえな。こうなったら、俺が人肌結でやるよ!」
「ありがとう、エヴ! 恩に着るよ!」
すると、途端に今まで怯えた様子だったパンタローナは顔をぱっと明るくさせるのだ。
「ちぇっ……。調子のいいヤツ……」
そう言ってすぐにエッヴィエトは大木の苔がびっしりとついた幹を猿のように器用に上っていく。暫くすると彼は木々の合間へと入っていき、しまいには地上からは見えないところへと行ってしまった。
そんな、彼らを見てリューザの心にふと陰りが落ちる。勢いに乗って、ここへ来たのはいいものの、自分は本当に彼らに貢献できるのか。今になってそんなことが頭を巡ってしまう。
苦しんでいる彼らを救いたいという気持ちに嘘はない。しかし、自分が実際に狼と対峙した時に剣を抜いて振りかざすことができるのか。リューザはそんな自分自身を想像できずに不安感を覚えてくるのだ。
気がつけばリューザは部隊の皆がいる方とは真逆の森の方へと足が向いていた。
「どこか行くのか?」
そんなリューザにふとハノンが尋ねてくる。
「暫く一人になって、少し落ち着こうと思って……」
「なるほどね。なら、早く戻ってきなよ。そろそろ始まるはずだからさ。まっ、部外者同士、お互い死なない程度に頑張ろうぜ。なっ!」
「うん……わかったよ」
そう言うと、リューザは森の奥へと一人足を進めていくのだった。
キャラクター紹介
パンタローナ 17歳、緊張に弱い第一部隊隊員の少女、エッヴィネットとは村での幼馴染。
エッヴィネット 18歳、第一部隊の少年、身軽な体躯を持つ。




