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リューザの世界紀行  作者: 長倉帝臣
第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』
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第四十四話 ジュノ編 ~少年クレルの夢~

 ジュノの森北部。

 



 大木が折り重なるように聳え立ち、昇り始めた日の光を遮る。辺りの様子はニファの元へのものと同じものだったが、こちらには人の手のつけられた道はなくただひたすらに草木が地面にびっしりと蔓延っている。時折、木の根が地表に飛び出ている場所があり、足を引っ掛けないようにリューザは慎重に進む。幸いなことにリューザはフエラ村で頻繁に森の方へと行っていたこともあって、このような地形も難なく歩いていける。



 背負った剣が鞘と軋み合って鳴らす音と頻繁に木の葉から降り注ぐ朝露がリューザの被る緑色のフードに滴り落ちるのが少々気になる。



「大丈夫、クレル?」



 リューザは隣を行くクレルにふと声をかける。



 広場での解散後、討伐隊たちは別々に分かれて大河の方へと向かっていったようだ。出遅れたリューザだったが、迷わないようにと彼が大河への案内役となってくれたのだ。



「こう見えてぼく、体力には自信があるんですよ」



 クレルは少し得意げに答える。確かに彼の言うように、小さい身体にも拘らずクレルはリューザに後れを取ることなく、息切れしている様子すら見えない。



「お姉ちゃんのためにも、ぼくが頑張らないといけませんから!」 



「お姉ちゃんのため……?」



 リューザがそう聞き返すと、クレルは突然足の速さを緩めるので、リューザもそれに合わせる。



「ぼくは物心ついた時から両親がいなかったから、お姉ちゃんはぼくが知ってる唯一の肉親なんです。マジェンダ王国って知っていますか?」



「もちろん知ってるよ。それがどうかしたの?」



 マジェンダ王国といえば、シフォンダールの町で何度も耳にした国の名前だ。町の北東部の関所のある渓谷を越えた先にある位置している王国でかつてはシフォンダールと提携を結ぶことで互いに富を得ていた。しかし、今は関所を閉ざして"巨人の足跡"を封鎖したことで、シフォンダールの民から目の敵にされている王国でもある。



 まさか、彼ら姉弟も王国と関わりを持っているというのだろうか。リューザがキョトンとした顔をするなか、クレルが続ける。



「お姉ちゃんから聞いた話なのですが、ぼくたち姉弟はマジェンダ王国出身だったみたいんなんです」



「どういうこと!? クレルたちはジュノの村人じゃないの!?」



 驚愕するリューザにクレルは淡々と答える。



「はい。詳細なことは聞いてはいないんですけど、王国で人攫いに遭ってまだ幼かったお姉ちゃんと赤ん坊だったぼくは渓谷を越えてシフォンダールまで運ばれたみたいなんです」



「人攫い……」



 リューザは生まれてこの方、そんな物騒な言葉を聞くことなどなかった。人攫いなどと言われてもそれが残酷なことだとはわかっても、実感など一切わかなかった。



「初めて聞いたときにはぼくも疑心暗鬼でした。自分がジュノ村の一族じゃないだなんて夢にも思いませんでしたから。それに村長のガストルさんに問い詰めたら、ぼくが村の人間ではないことを教えてくれたんです……。攫われた子供はぼくたち姉弟以外にも何人かいたらしいですよ。幸い姉は赤ん坊だったぼくを連れて彼らの目を盗んで逃亡できたのですが……。もし、その時逃げられていなかったら今頃どうなっていたのか、考えるのも恐ろしいです」



「そう、だったんだね……」 



 今のリューザには彼の気持ちが痛いほどわかる。自分の所属していない世界に放り出された感覚、それは具体的な形は違えど正に今リューザが置かれている状況に類似しているのだ。



 仮にもリューザは後にも先にもフエラ村の人間で父はウィリアムズ、母はアーネスだ。出自と自分自身は切っても切り離せないほどに固く結ばれているのだ。クレルはそれをいきなり切られてしまったのだ。まだ10歳のクレルにとってその衝撃は決して小さくはなかっただろう。



「お姉ちゃん、昔から病弱なのに幼かったぼくをいつも気にかけてくれたんです。シフォンダールを抜けた後も、ジュノの村で迎え入れられてからも。だから、今はこうして代わりにぼくがお姉ちゃんのために頑張ろうって思ってて。この戦いが終わったら、お姉ちゃんとこの村を出るつもりです」



「村を出る……?」



「はい。マジェンダ王国へ行くための手掛かりを探しに行くんです。今もぼくたちの両親は王国にいる。その両親にぼくと二人で再会することがお姉ちゃんのかねてからの願いなんです。きっと、渓谷の向こう側に行く方法はこの広大な"巨人の足跡"の大地のどこかにある。だから、ぼくは病を持つお姉ちゃんを守って、その方法を見つける。今は頼りなくてもいつかは……」



 クレルは噛みしめるようにして言う。気のせいか彼の歩みが少し早くなる。



「そっか……。でも、今のクレルはもうサーフェナさんにとっても十分心強いんじゃないかな? 少なくともボクからはそう見えるよ」



 リューザの励ましの言葉で、クレルは安堵で表情を緩ませる。



「そう言っていただけるとぼくも少し救われる気がします。それに、今はマジェンダ王国の両親に会うことはお姉ちゃんだけじゃなくて、ぼくの夢でもあるんです。ぼくはお姉ちゃんと一緒に必ずマジェンダ王国に戻りますよ」



 そう言うクレルの顔には不安の一つも浮かんでいなかった。将来への希望に満ちたその双眸は一筋の濁りもない。そっとそこらじゃ打ち砕けない、彼には確固たる夢があったのだ。



「今はぼくの夢はささやかなのか、途方もないものなのか、まだわかりません。でも、この夢は あきらめずに信じていれば必ず……」



「そっか、すごいんだね。クレルは。……ボク、そんな大層な決心なんてなかなかできないから」



 フエラの村で暮らしていたころは、少しの不満はあったものの平穏な変わりない日々を送って、村に骨を埋める。そんな人生の道筋しか頭になかった。意思はあっても夢なんてものを抱くことも、その必要もなかったのだ。それが、幸か不幸かというのはまた別の話だが……。



 しかし、この世界に来てリューザは初めて自身の決断の重要性に気が付いたのだ。生きるか死ぬか、村に帰れるか帰れないか。全てを決めるのは自分自身にかかっている。その点に関して、クレルは年下にも拘らず自分以上に優れているとリューザは引け目を感じてしまう。



 そんなリューザにクレルは言う。



「それでも、勇気があって寛容なところはリューザさんの良い所だと思いますよ?」



「へへっ……ありがとう」



 リューザが照れくさそうに答えると、クレルはハッとした表情を浮かべる。



「ってゆっくりしてる場合じゃなかったですね。ごめんなさい、ぼくの話が長すぎたばかりに」



「ううん、クレルがどうしてそんなに自立してるのかが分かった気がするよ。ちょっと……いや、とっても尊敬しちゃうな」



 そう言うとクレルは少し照れて俯いてしまう。



「いえ、ぼくはただ、…………」



 言葉を言いかけたクレルが突然黙り込む。



「どうしたの……?」



 そう問いかけたとき、漸くリューザは彼が突然黙り込んだ理由に気がついた。風が木の葉を撫でるものとはまた別に、リューザたちへも近づいてくる草木を踏みつける音が聞こえたのだ。明らかになんらかの生き物がこちらへと迫ってきている。



「野ウサギといった獣の類でしょうか」



「まさか……狼……」



 警戒感を示すリューザに対して、クレルは至って冷静な様子だ。



「そんなことはないと思いますよ。さすがに大河の境界を越えてこちら側には来ない……はずです」



 更に音はより近くなる。ふと、近くの草むらが不気味に揺れる。



 かと思うと、突然その場所から何かが現れたのだ。



 そして、草むらから飛び出したそれはリューザたちを見るなり声を上げる。

 


「んん? 誰かと思ったらクレルじゃないか」

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