第三十五話 ジュノ編 ~ジュノ村~
リューザが村に着くころには既に日はすっかり沈んでいた。村は石塀で囲まれていたためその境界はわかりやすいものだった。
クレルが暮らしているというジュノの村は至って普通の村だ。舗装が行き届いていない土の地面が道となっており、平屋の家々がその道沿いに並び建っている。そして、その家々はと言うと木造のものが大半であり、その煙突からは煙が昇っている。煉瓦の建造物が密集して立ち並んでいたシフォンダールと比べれば、牧歌的で居心地がよさそうだ。
そして、見渡してみれば村のいたるところに篝火が立ち並んでいる。流石に日も暮れていたため外に出ている人は見当たらず、民家では明かりがともっている。
「お疲れ様です。ここがジュノの村ですよ」
クレルがそう言うと、ブレダが早速反応を示す。
「ふーん。なんとなく予想はしてたけど、地味な村ね」
ブレダはそう飾り気もないことをあっけらかんと言ってのける。そんな、彼女をリューザは慌てて咎め諭す。
「ちょっと、ブレダ! ごめんね。ブレダはたまに心にもないことを口にしちゃうんだ。あんまり気にしなくてもいいからね」
「大丈夫ですよ。地味なのは、ぼくも思ってますから。では、行きましょうか」
そう言うとクレルは村の入口の目の前の二手に分かれる道のうちの、向かって左側の方へと進んでいく。ふと反対側の通路を見ると、そちらの奥には他と比べて立派に造られた木造の建物が建っていた。あそこには村の有力者が住んでいるのだろうか、あるいは儀式や村の行事のために建てられたのか。
そんなことを考えながらリューザは道に立つ篝火に照らされる中、クレルの後を馬を引いてついていく。
村の端辺りまで来たところだろうか。目の前にぽつんと一軒の民家が見えたものの、その先には家らしきものは見当たらない。
しかし道はまだ続いているようで、その先には暗い森が広がっている。その森を指さしながらクレルはリューザたちに話しかける。
「この村の唯一の"解術師"はあの森の奥に住んでいるんです」
「態々村から離れて暮らしてるだなんて偏屈なやつなのね」
「確かに変わり者っぽい人なのかな……」
ブレダの言葉にリューザも乗っかる。
「そうですね。しかも、森の奥も奥の方ですからね。歩いていくのに時間がかかる分、なかなか村の人も会いに行くことが少ないんですよ」
そう言いながら歩いていると、クレルは先ほど遠目に見えていた村の端に建つ小さな民家の前で立ち止まる。
「ここが我が家です。今日はもう遅いですから、良かったらぼくの家に泊まっていってください。"解術師"の所へは、明日改めて訪れるのがいいですよ」
「そんな、悪いよ! ……と言いたいところだけど、流石にまた野宿するのは御免かな。ありがとう、クレル」
クレルはリューザの言葉に軽く笑みを浮かべる。
「いえ、お気になさらず。ぼくもあなた方の恩に少しでも報いたいですから」
「はぁあ……。アタシも歩き疲れたし、そろそろ休みたいわ……」
家の裏に二頭の馬を繋ぎとめると、クレルは荷車を道端に置いてゆっくりと木扉を開け放つ。彼が入っていくと、その後ろにブレダとリューザが続く。
内装は天井が低いせいかかなりこじんまりしている印象を受ける。それがどこか隠れ家を連想させてリューザは少し気分を高揚させる。正面にはテーブルがあり、右手には衣服などの生活用品を仕舞うための箪笥がある。
そして、左手を見るとそこは台所になっているようだ。
竈では火が焚かれている。そして、その前には一人のくすんだ橙色と白のワンピースを身に纏った女性が立っていたのだ。
「おかえり、クレル。今日は大分遅かったみたいだけど?」
女性は振り向かずにクレルが帰ったのを察したのか声をかける。
「ごめん、お姉ちゃん。町で面倒ごとに巻き込まれちゃったんだ」
クレルに姉さんと呼ばれた女性は上半身を半身でクレルの方へとむける。彼女がクレルの姉だということなのだろうか。茶髪や温和な顔立ちと優し気な瞳はクレルにそっくりだ。
そして、彼の後ろに立っていたリューザたちを見ると少し驚いた表情をする。
「あら? その人たちは?」
「ああ、紹介するね。この方たちは町で襲われたところを助けてくれたんだよ」
そう言われてリューザは慌てて自身の名を名乗る。
「ボクはリューザです! それで、こっちは……」
「アタシはブレダよ。よろしくね、えっと……」
「私はサーフェナよ。クレルは私の弟。今はここで二人で暮らしてるの」
そう名乗るとサーフェナは儚げな笑みを浮かべる。
「そうだったんですね。急に押しかけてしまってすみません……」
事情を知らずに家へあがってしまったことを、リューザは申し訳なさそうに悪びれる。
「いいのよ。それより、こちらこそクレルを守ってくれてありがとう。私も少し心配していたから……」
「お姉ちゃん。体調は大丈夫なの?」
クレルはサーフェナの傍まで寄って尋ねる。
「ええ、この通り。丁度、夕飯を作っていたところだったのよ。粗末なものではあるけど、あなた方もいかが?」
竈の上の鍋の生身をかきまわしながら、サーフェナはそれとなくリューザたちを食卓に誘う。
そんな彼女の提案に、朝から一口も食べ物を口にしていないリューザはお腹を鳴らしてしまいそうになる。今の状態であれば、どんな料理だろうと美味しく食べられてしまいそうだ。漸く食事にありつけると、喜びに浸っているとクレルがそっとサーフェナに声をかける。
「ああ、ぼくは後からにしておくよ。その前にすることがあるからね」
そう言うと、クレルは茶褐色の上着を身に纏う。
「あら? これから出かけるのかしら?」
「村長への報告。それと武器を納屋に届けに行くんですよ」
「そうね。今頃、村長さんもきっと心配しているわ」
そう言ってサーフェナは竈の前から少し退くと、クレルはしゃがみ込んでその竈の火を松明に移していく。
「ふーん。ならアタシたちも行った方がいいかもしれないわね。ここの長に聞きたいこともあるわけだし……」
ブレダがリューザの方へと目を向けながらそう言うので、リューザもその言葉に重ねる。
「そうだね。ボクたちもせめて挨拶くらいはしておいた方がいいかも……。君が迷惑じゃないなら、ボクたちも村長さんのところへついて言ってもいいかな?」
「もちろんです! あなた方のお力添えを是非とも村長にも伝えたいです! 早速行きましょう!」
そう言うと、クレルは扉を開けて外へと出ていったのでリューザたちもそれに続く。
「こっちです。暗いので躓かないよう気を付けてください」
クレルは松明を手に来た道を戻って村の賑やいだ方へと足を進めていく。
ふと、リューザが夜空を見上げると満天の星空が見える。シフォンダールの町への道中もこんな景色を見たけれど、ここでの景色は格別だ。村のすぐ近くに聳え立つ山々の稜線が空との境界を縁取り、神秘的かつ澄み渡った雰囲気にリューザは吞まれていく。
冷涼な空気を胸いっぱいに吸い込んでリューザはクレルの後を追って歩みを進めた。
キャラクター紹介
サーフェナ 19歳、ジュノ村に住むクレルの姉。病弱体質で頻繁に寝込んでいる。




