第三十二話 シフォンダール編 ~お嬢暴走~
「ねえ……今の聞こえた?」
お互いが腕を握りあう揉み合い状態の中、ブレダが言った。
声の方へと二人は急いで向かう。
向かった先にあったのは暗がりの裏路地だ。そして、その奥でなにやら揉め事が怒っているようだ。リューザは人だかりの中心にいる人物を見てハッとする。
「あれって……」
その人物に見覚えがあった。
「何よ、アンタの知り合い?」
「う、うん……」
見間違えるはずもなかった。あの少年は今朝リューザと坂道で衝突した少年だ。少年の近くには白い覆いの被せられた台車が置かれていた。徒党の目的はあの台車に乗った荷物だろうか。
警備の兵である憲兵もいるはずだ。それなら、やるべきことは一つ……。
「なら急いで憲兵さんを呼びにいかないと! もしかしたら、この近くにハンフリットさんがまだいるかもしれない!」
「そんなの呼んでる暇なんてないわよ! いくわよ、リューザ! アイツらをぶちのめしてやりましょう!」
ブレダのせっかちな回答にリューザは狼狽える。
「ええ!? でも、ボクたちが行っても……」
「つべこべ言ってんじゃないわよ! 寄って集ってって言うのが気に食わないわ! 奇襲をかけて一泡吹かせてやりましょうよ!」
たしかに、ブレダは彼女が自称しているように頭は回る方だ。しかし、感情的になったときは例外だ。一度冷静さを欠けば彼女は後先なんて考えずに感情に任せて行動する。その姿はまさに瞳に捉えた獲物を猪突猛進に追いかける野獣だ。
「ああもう、歯切れが悪いわね! アタシは今すぐにでも、あいつらを叩きのめしてやりたいのよ! 行くわよ、リューザ!」
そう言うとブレダはリューザの上着のフードを乱暴に引いて裏路地の奥へと走り出す。
「嘘っ!? ちょっと待っ……ぐはぁっ!」
止めようとするもリューザの身軽な体でブレダに敵うはずもなく、そのままリューザは呼吸困難になりながら石畳を引きずられる。
引きずられながら、ふと後ろを振り返って確認すると渦中の様子が見えた。ざっと見えるところを数えてみると、八人程だ。どうやら、少年の方に夢中でこちらには気が付いていないらしい。ブレダはそこへ堂々と突っ込んでいく。
「あ、あなたは! ダメです、こっちに来ては!」
真っ先に二人に気が付いて、叫んだのは、囲まれていた少年だった。
「あ゛あ゛ん!? なんっだ、テメェら?」
少年の声に気が付いたのか、大柄な男がリューザたちに振り返り気が付くなり大声で威嚇をしてくる。彼がこの徒党のボスだろうか。
「ほら……言わんこっちゃない……」
リューザは恐々とした表情で小さく愚痴をこぼす。しかし、ブレダの方はこんな軽い威嚇で屈するほど軟ではない。彼女も負けじと声を荒げて男に対抗する。
「アンタなんかに名乗る名前なんてないわよ!」
「おいおい、こいつのお仲間かぁ?」
徒党の一人の女性が茶々を入れると、ブレダは怒りをあらわにして真っ向から否定する。
「違うわよ! そんな貧弱なガキと一緒にしないで!!」
「ならなンで来たんだよ? もしかして、この期に及んでヒーローぶってでもいるのか?」
「うっさいわねぇ!! アンタたちこそ、一人に寄って集って何が楽しい訳ぇ? 弱っちいやつをいびるのは結構だけど。やるなら差しでやりなさいよ! 大勢で一人を相手するなんて卑怯者のすることだわ、恥を知りなさい! ほら、リューザも何か言ってやりなさいよ!」
隣で黙りを決め込んでいたリューザをブレダは急かしてくる。
「彼も困っているみたいだから、どうかここは見逃してやってくれないかな? ……そうだ! ボク、今お金を持っているんだ。よかったら、欲しい分だけ上げるよ」
一歩前へ出る。きっとわかってくれるはずだ。そんな淡い期待を胸にリューザは彼らの方へと自ら歩み寄っていく。
しかし……。
リューザは突如腕に鋭い痛みを覚える。腕を見ると緑色一色の上着が真っ赤に染め上げられていく。そして、目の前にいる赤い液体を纏って不気味に光る刃物。隠し持っていたナイフで刺されたようだ。
「リューザ!」
「お兄さん!」
ブレダと台車の少年が同時に声を上げる。
その様子に驚いたリューザは恐ろし気な表情で声を漏らす。一体なぜ刺されたのか、リューザには理解できなかった。敵意の一つも抱いたつもりはなかった。
「そ、そんな……どうして……」
「あ゛ん? どうしてだと、決まってるじゃねえか。いきなり現れたお前なんか信用できるかってんだ! 突然俺たちの邪魔をしやがって、正直うぜぇんだよなあ! 俺たちは誰かの施しなんて受けねえんだよ! そこの下品な阿婆擦れを連れてどっかへ行っちまいな! じゃなけりゃ、今ここで死んでもらうしかねえな!」
男がそう言ってまもなく、彼はナイフを振り上げる。リューザは動くことができない。突然に襲い掛かる絶望感にリューザは打ちひしがれたのだ。
そして、男がナイフを振り下ろそうとしたその時。
突然、金属を叩く鈍い音が鳴る。
「なっ!」
声を上げたのは、刃物を手にしていた大柄な男だ。何が起こったのかわからずリューザはその男に目をやると、いつの間にか彼の手からリューザの血のついたナイフが消えていた。
そして、すぐさま時間差でナイフは男の後ろに音を立てて落ちる。
次の瞬間、今度は男がリューザの目の前から吹き飛ばされて後方の民家の煉瓦の壁に背中から打ち付けられる。そして、その背からは血が壁を伝って石畳に滴っていく。
リューザが慌てて隣を見ると何とそこには左足を軸に右足を上げて蹴りを終えたような格好をするブレダがいた。
まさか、あの一瞬の間にナイフを弾いて彼を蹴り飛ばしたとでもいうのだろうか。
「おま……え……」
男は一瞬カッと目を見開いて信じられないといった表情をすると、そのまま地面に倒れこみ気絶してしまう。
「アタシが阿婆擦れだなんて、随分大層なこと言ってくれるじゃない?」
リューザはハッとする。
ブレダは村では喧嘩で負けたことなど一度もなかった。それは、子供に限ったことではない。売り喧嘩に買い喧嘩は日常茶飯事。しかも、彼女の短気で喧嘩っ早い性格と相まってか、ブレダはしょっちゅう村で喧嘩を起こしていた。そのため、彼女は喧嘩慣れしていたのだ。
そして彼女はどんな手を使おうとも、人間相手の喧嘩では決して負けることがなかったのだ。まさに負けず嫌いの執念が生んだ化け物といえるだろう。
「あら? さっきまでの威勢どうしたの? ほら、かかってきなさいよ! それともなに? アンタたち、そこのデカい男がいないと雑魚で、今の見てビビッて手も足も出せなくなるような、どうしようもなく救いようがないやつらだったのかしら?」
「なんだ……この女……」
徒党の一人が怯えるようにつぶやく。
「さあ、アタシは今とても不機嫌なの。どうしてだかわかるかしら?」
「アタシをよくも侮辱してくれたわね? 確かにアタシって容姿端麗で品行方正、知性が常に溢れ出ているから嫉妬するのはよくわかるわ。でもね言っていいことと悪いことがあるってことをアンタたちは弁えるべきだったわね!」
ブレダは大柄な男を叩きつけた勢いで、すっかり血に気づいてしまったようだ。
しかし、リューザの目に映った彼女に比べて、実際の彼女はいたって冷静だったようだ。ブレダは少年の持っていた白い布のかかった台車の持ち手を両手で握ると、道をふさぐ徒党たちに向けて突進していき、戸惑う彼らを台車で轢くようにブレダは次々と吹き飛ばしていく。
「どきなさいよ! ブレダ様がお通りよ! おほほほっ!」
そんな狂乱する彼女の姿に唖然としていると、ブレダは走りながら振り向いてリューザに呼びかける。
「リューザ! なにボーっとしてんの!? 早くなさい!」
その言葉にリューザは漸く我を取り戻す。隣にいる、少年の腕を掴むとリューザはブレダが通った道を後ろから急いで追いかけてその場を後にするのだった。




