束の間の休息、緑の平穏
冒険者に平穏という言葉は似合わないと思います。が、たまには体力の回復を願って休んでもらいましょう。
お読みいただければ幸いです。
仄かな灯りが照らし出していた地下通路は、突如として終わりを迎えた。
「あれ、出口っぽいよね?」
「おう」
柔らかな素材の壁に四方を囲まれていた通路の先に僕たちが見たのは、四角い通路そのままの形の光。この地下通路を照らしている仄かな灯りとは違う、外の光だ。
少し見上げるようにして見えたその光。僕たちの目の前に続いているのは、急勾配の上り坂。とはいえ、この通路に入った時の下り坂を考えると、まだ少しだけ地上には遠いような気がするんだけど……。
「窪地になっているようですね。それも、かなり広大な面積の……」
一気に坂を登りきって光の中に出る。明るさに目が慣れてきた頃、クリストが呟いた。
僕たちは今、眩しい陽の光に包まれていた。これまでの地下通路とはまるで別世界。
「すごい……」
「おお……」
あまりの光景に、言葉が出ない。
広がる景色は、緑。
遠くには、天井のように枝葉を広げる巨木が一本。ドーム状に僕たちの上に広がって、その隙間から光が燦々と溢れていた。
そして僕たちの周りには、古代の遺跡というべき建物の名残がいくつも立ち並び、あちこちからは豊かな緑を湛えた草木が無数に枝を伸ばしている。ただそこには……
「……道がないね」
一通り、見える限りの景色を眺めて、僕が一言。
「そう言われれば……そうね」
ノイズも気づいたらしい。クリストも、屋根のように広がっている巨木から目が離せなかったみたいだけど、僕たちの声に我に返って頷いた。
……ふと気づいたらリードがいない。
「おーいっ、この辺、俺たちが歩けるような道がねえぞ?」
「ちょっとあんたどっから叫んでんのよっ!」
遥か遠くからリードの叫び声。反射的に叫び返したものの、ノイズも彼の姿を見つけてはいないみたい。
「リード? どこにいるのーっ?」
がさっ!
「うわっ!」
すぐ近くの木の枝が、僕の頭の上で大きく揺れて、反射的にそれを見上げる。けど、彼の姿はない。
「こっちだって」
「うわきゃあっ!」
げしいっ!
僕の後ろにある崩れかけの建物の影からにょっきり顔を出したリードの顔面に、驚きついでに放ったノイズの回し蹴りがクリーンヒット。
「うを……っ」
ゆっくりと仰け反って、再び建物の影に沈むリード。
「……あら」
びっくりしたからっていきなり回し蹴りを放つ人間はそうはいないよね……。リードは、僕たちの後ろにあった塀みたいな壁の上から顔を出したみたいで、モグラ叩きよろしく瞬間的に姿を消したようだ。
僕とクリストは、リードが顔を出した壁によじ登って、沈んだリードを覗き込む。顔面に綺麗な足跡をつけたリードがまだピクピクしてたけど、ま、いつものことだから、特に何もしないで彼の復活を待つ。
とにかく進むべき道が見つからないので、僕たちはそこに留まって地図を確認する。
この辺りは、どうやら樹海のど真ん中。で、昼間でも太陽の光は届かないっていう樹海のはず。それが、ここには燦々と光が降り注ぎ、一帯に広がる緑は、ちゃんと天に向かって聳えている。ずっと向こうに見える巨木があるらしい場所は、ここより少し地面が低くて、その向こうにも緑が広がっている。
あの巨木を円の中心としたドーナツみたいな地形になっているらしい。
そして、さっきリードがよじ登っていた建物の名残なんだけど、かなり古いもののようだ。柱とか壁の一部とか、中には屋根が残っているものもちらほら見える、そんな程度に朽ちていた。地面には石畳のような場所も見えるけど、一部に限られていて『道』と呼べるものではなかった。だから多分、見えている石畳は建物内部の床だった場所じゃないかな。道ではないけれど、朽ちた建物の床だった場所や、残っている壁や柱の上を通れば、なんとか移動はできそうだ。
「よし、まずはあのでっかい木まで行ってみようぜ」
いきなり起き上がったリードが提案する。
「前触れもなく復活するよね、リード」
「ここがパスランの遺跡なんでしょうか……?」
朽ちた建物や植物を観察しながら、クリスト。
「え? そうじゃないの?」
クリストの言葉に疑問を投げかけたのは、僕ではなくノイズだった。
「あ、いえ……。この辺りの植物を見ても、とてもパスランが生息していたとは思えないので……。パスランについてはほとんどが憶測に近い記述しか残っていないんですけどね」
その記述を思い出す限り、パスランと同じ地域には生息しない植物しか見られない、という。
「でも一本道だったし、パスランが滅んだ原因に関係してるんじゃない?」
「それもそうですね」
「きっとそうよ。それより、みんな疲れてない?」
手近な石に腰掛けて、ノイズがみんなに言う。言われてみると……この景色を見るのに夢中で忘れていたけど、気づけば足が痛い。そして魔力もかなり消耗している。クリストも同じような顔をしていて、目が合ってなんとなく苦笑い。リードは体力だけは僕たち以上だから平気そうな顔をしていたんだけど、どうやら腹の虫が鳴ったらしい。早足になって戻ってきた。
僕たちは、かつて建物の床だったらしい場所に丸くなって座り込み、枯れ枝を集めて焚き火を作った。あまりにのどかな雰囲気だったから、いつもの結界は作っていない。
「今は何ができるんだ?」
鞄の中をごそごそ探っていた僕を覗き込んで、リードが聞いてくる。
「リードの鞄にも分けて入れてあると思うんだけど……小麦粉とか干し肉、入ってたでしょ? それ出してくれる?」
「おう」
僕たちがいつも持って歩く荷物の中には、小麦粉なんかをミックスした粉の袋が必ず入っている。それに水と塩を加えてこねて、簡単なパンを作る。いつもの定番メニューなんだけど、串に刺して遠火で焼くだけのお手軽なもの。直火で炙った干し肉と、塩漬けにした野菜や香草をサンドして頂きます。
長い旅になると、持参の食料だけじゃ足りなくなるから、その場で狩りをしたり、食べられる野草を補給しながら進んでいく。だけどこの辺り、今までとは違った雰囲気がある。この先思うように食料補給ができるとは限らないんだよね……。しょっとした心配が僕の頭をよぎる。けど、程よく火の通った干し肉の匂いが、僕の思考回路を遮った。
串から抜いた簡易パンを二つに切って、焼けた肉と野菜を挟む。例によって真っ先にかぶりつくリード。親指を立ててOKサインを出しながら、あっという間に平らげる。……少しは味わってから飲み込んで欲しいなぁ……。
一通り食べ終わって、僕たちはこれからの行動についての作戦会議。
今のところ、僕たちに危害を加えるような気配はしないけど、なんといっても未知の土地。何があってもおかしくないから、全員装備はしっかりと整えておく必要があるよね。……なんて言いつつも、結構どっしり構えてしまった。休憩中に何事もなかったことに感謝した。油断大敵っていう言葉を忘れていた。
「さすがに……マップには載っていませんね。シナリオの方はどうです?」
「うん、これ」
言って僕が差し出したのは、シナリオの一部。シナリオの中には、僕たちの町から『犯罪街』までの道のりやその街のこと、それから樹海に関する記述があった。そして、その他に何のことを示しているのか分からない記述があったのだ。その数枚をクリストに渡す。
「パスランについての記述のようですね。過去の冒険者たちが残したものでしょうか」
「おい、何て書いてあるんだ?」
「あたしたちにも分かるように説明してよね」
「そうだね」
と、僕が差し出したシナリオを目で追いつつ、リードとノイズ。その数枚は、魔道文字で書かれている。僕たちは当然読めるけど、魔法に関するものには一切触れることがないリードやノイズは読めない代物だ。
「まず最初の部分、これは様々な歴史書に書かれているものと同じような内容ですね」
「『我らの歴史以前の大地、溢れる緑に包まれた広大な森の中に、彼らの文明が起こった。我らには持ち得なかった知識と技術が、彼らにはあった』……って部分だね。ほらここ」
シナリオの文字を追いながら、ゆっくりと二人に聞かせる。これはよく目にする歴史書にある一説。その後も、抽象的な記述で帝国都市パスランを描いているんだけど、はっきり言ってそれを読んでも漠然としたイメージしか浮かんでこないのが現実なんだ。
過去この地域に広く生息した植物、パスランについての記述と、それをもとに発展した都市が持つ知識と技術。
パスランについて改めて。
現在では絶滅した植物で、毒にも薬にもなるという万能薬みたいなシロモノだ。一般的に知られている説で有力なのは、このパスランの『毒性』によって帝国都市ルゥ・ド・パスランは滅んだとされている。
それから記述の中にある都市の技術、それは『植物』を全ての根源とした考え方に基づくものだった。今では木の代わりに様々な金属やガラスなんてものが広く使われているけれど、ここでは全てが植物だった。食物として、建築材料として。あるいは布、あるいは寝具、そして、ものを食す、ペットとして。
「え? 木がペットかよ?」
「ものを食べる植物なんて……気持ち悪いわよ?」
「だって、そう書いてあるんだもん。ね? クリスト」
僕たちが説明している内容に、思いっきり胡散臭そうな顔で突っ込んでくるリードとノイズ。……気持ちは分かる。だって、読んでる僕だって信じられないもん。……建築材料とか布の原料にするなんてことは当然のことだから簡単に想像できるし、木の実とかを食べたりもするけど……ペットって……。
「……意志を持つ植物……とか」
「え?」
「会話とまではいかなくても、意志を持って人の言葉を理解したり、もしかすると自力で行動できる植物だったのかもしれませんね」
じっくりとシナリオに目を通していたクリストが、顎に手をやったまま小さく呟く。
「ちょっと……そんなのいたら気持ち悪いってば!」
「いや待てノイズ。そんなもの……そんなものだが……確かに薄気味悪いが……」
若干青ざめて見えるノイズの言葉に、意味深に待ったをかけるリード。その言葉を僕が引き継ぐ。
「ねえ……見て……みたくない?」
「………………………………見たいかも」
「……私もです」
不気味さと、好奇心と少しの恐怖と、わずかな疑心が混じったなんとも不可思議な顔のみんな。……僕も同じ顔をしていることは間違いないんだけど。
「……ぷっ」
『ぷっ……あははははははっっ!!』
緊張感が途切れた途端の大爆笑。ここまできて、こんな風景見て、押し黙ったままでいられないのが僕たちだった。物凄い悪戯でも思いついた子供たちみたいに、僕たちはしばらく笑っていた。
「おい気ぃつけろ、結構脆くなってる」
「うん……わたったっ!」
がらんっ……!
足場にしていた建物の残骸が、乾いた音とともに大きく崩れる。思いっきりバランスを崩した僕の手を、ノイズが掴んでくれたおかげで落下は免れたんだけど……。
「大丈夫? ルシア」
「あ、ありがとノイズ……」
先頭のリードがひょいひょい進んでいくのは、建物の残骸の上。柱だったり崩れた壁だったり、所々に残っている屋根の上だったり……。床部分を除いては全てが植物でできた建物たちは、そのほとんどが腐食して脆く崩れかけていた。
「クリスト、大丈夫か?」
下見を兼ねて先頭を進んでいたリードは、時々振り返って様子を見てくれるんだけど、僕やクリストにとってこの『道』はかなり過酷。白状すると、魔法使いや僧侶って、まあ見た目通りというかなんというか……体力や反射神経という面には自信がない。はっきり言って苦手。戦闘場面ではもうちょっとマシなんだけど……。
それでも何とか、前を行く二人がペースを落としてくれているためか、かなり覚束ないながらも都市遺跡の中心である巨木に向かって進んでいた。
「あ、あのさあ……」
「何?」
足元から視線を離せないまま、僕はふと思ったことを口にする。……声が震えているのは聞かなかったことにしてほしい。
「地面の所々に穴があるでしょ? 埋まりかけてるのもあるけど……あれ、何だろう?」
「おう、何だろな」
前を行きながら僕の声を聞いていたリードが、片足で器用にバランスを取りながら振り返る。
僕の背の高さくらいのところを平均して歩いているのだけど、そこから下を見ると、大きなモグラでも出てきたのかと思うような穴がいくつも空いている。覗き込める範囲で見たところ、中は真っ暗で何も見えない。……吸い込まれそう。
「私も気になっていたのですが……、私たちが通ってきた地下通路、ありますよね?」
「うん」
「あれの延長……のようなものではないでしょうか」
ふらふら危なっかしく歩きながら、クリスト。そう言えば、記述の中にも『地下通路』って言葉があったような……。さっきの入口の通路とは別にね。
「地上に道がないってことはさ、もしかするとマトモな道は地下にあるんじゃない?」
『……………………言われてみると……そうかも……』
思いついたことを言ってみただけだけど、その可能性は十分にある。壁と壁の間には、僕たちが歩けそうな道幅はない。僕たちに持ち得なかった技術があったとしても、道のない街を造るだろうか? そして建物の区画ごとに開けてある、ひと一人が余裕で抜けられそうな穴。
「……入ってみるか?」
言うとリードは、ひょいっと柱の上から飛び降りる。軽い着地音を立てて、手近な穴を覗き込む。
「……中から何か出てきたりしない?」
続いて飛び降りた僕たちも近づいて、同じ穴を覗き込んでみる。……真っ暗で、何も見えない。
「マップや目印になるものもないと思いますけど、行きますか?」
「んー……まず俺が行って、ちょっくら様子見てくるから、お前らここで待っててくれ。ルシア、灯りくれ」
「うん、気をつけてね」
言って、僕は差し出されたリードの手に、魔法の灯りを入れたランプを渡す。……さっきの反省を踏まえて、ランプにはロープを括り付けて足元にぶら下げられるようにしてある。
リードはランプを受け取ると、比較的頑丈そうな柱と自分の胴体に別のロープを括り付け、ゆっくりと穴の奥へと姿を消していく。
「…………大丈夫かな?」
「さあ……」
リードが先陣を切って偵察に行くのはいつもの彼の役割なんだけど、今回はいつにも増して不安だった。その不安は的中し、次にリードの姿を見たとき、僕たちの状況は一変することになる……。
お読みいただきありがとうございました。
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