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出会いは必然、騒ぎも必然

「私……苦手ですね、こういう場所は……」

 クリストの何度目かになる呟きが聞こえた。

 僕たちは、もと牢屋だったらしい狭い部屋の片隅に荷物をまとめて置いてから、地下の酒場兼食堂へと下りてきていた。

 煙草の煙とお酒の匂い、男たちの低い声と女たちの黄色い声が入り混じる空間。まだ陽は高いのに、かなりの人数でごった返していた。

「んじゃ取り敢えず、冒険者らしい奴に……?」

 言いながら階段の上から酒場のホールを見回していたリードが、あるグループに視線を止めた。

「どしたの?」

 彼の視線を追っていくと、そこには五人組の冒険者パーティのような人たちがテーブルを囲んで話しているのが見えた。特にこれといった問題はなさそうなんだけど、リードの雰囲気がちょっと気にかかる。

「あいつら……」

「あ、あの人たちは……」

「え? クリストも知ってる人?」

「ええ……確か、私たちにあのシナリオを売ってきた人たちですよ」

『ええっ?』

 僕とノイズの声がハモる。……じゃあ、あの呪術をかけたのって、あの人たち?

「あ、リードっ」

 僕が質問する前に、リードは大股で問答無用とばかりに五人組が座るテーブルへ近づいていった。……どうやら、平和に情報収集とはいかないみたい。僕たちの周りには、早くも喧嘩ムードが漂ってきたようだ。

 僕たちが階下の酒場に降りていく様子を、酒と煙草が混じった視線が取り囲んでいる。

「なぁによ……あんたたち……?」

 気だるい声で僕たちを迎えたのは、すでに酔いも回って半眼になっている色っぽい女性。一見して派手な装いなんだけど、よく見ると僕と共通している部分がいくつかあったから、恐らくは彼女も魔法使い。……共通と言っても、ごくごく小さなことだけどね。どちらかというと、雰囲気はノイズに近い。

「ねえダン、こいつら知り合い?」

「さあ……こんなもっさい連中知らねえよ」

 呂律も怪しいくらいに酔っているようだけど、僕らに一瞥をくれる程度に目線を寄越すと、またすぐにジョッキを傾ける。

 色っぽい魔法使いも、その隣にいるダンと呼ばれた真っ赤な長髪のファイターも、僕たち、リードやクリストのことなど記憶にないという雰囲気なんだけど……その様子を見たリードはすでに怒りモード全開。

「おたくら……ここから北に行った小さな町で俺たちにシナリオ売ったよな? それとも、この数日間の出来事を記憶できないほどの容量なのか、その頭?」

「………………何だと……?」

 リードの押し殺した低い声にしっかりと反応するダン。逆に僕たちはただの一言も喋っていない。実際のところ何を話していいのか分からないだけなんだけど、それが相手にとってはどうやらプレッシャーになっているらしい。他のメンバーもこちらを気にしている。

「……北の町……ねえ……」

 何かを思い出すように呟いたのは、これから舞台にでも立つのかというような派手な衣装のひ弱そうな兄ちゃん。初めて見たけど、多分滅多にいない吟遊詩人なんじゃないかな。

「ああ! あれじゃないの、ダン? ほら、腹立たしいダンジョンのシナリオ、田舎モン冒険者に売ってやった〜って言ってたでしょ? そん時のお客!」

 顔や衣装に似合わぬ軽い口調で、派手な吟遊詩人が一気に捲し立てる。

「え? ……ああ、アレか! え? ってことはこいつら、マジであの話に飛びついてここまで来たっての?」

「あはははははッ! 笑えるーっ!」

 とぼけた様子で馬鹿みたいに大声を上げるダン、それに続いて黄色い声でバカ笑いの魔法使い。

「その様子から察するに、呪術もまともに喰らったのかな? キミたち」

 嫌味な口調が癪に触るのは、イカサマ宗教の勧誘でもしてそうな(一応)僧侶っぽい男。その後ろではあのバズよりも一回りくらい大きな男が無言で頷いている。そして、あの吟遊詩人がとどめの一言。

「ま、お前の呪術がこんな田舎モンに破られるワケないでしょ? ポルタ」

「ええ、当然ですね」

「……………………てめえら……ッ」

 リードは拳を震わせキレる寸前。ノイズも背中を震わせて何かを耐えているみたいだったけど、僕とクリストは怒りを通り越して呆れてしまった。……こんな人たちが僕たちと同じ冒険者だなんて……自分の職業が情けなく思えてくる。

「お? 何なに? お兄ちゃんやる気?」

「やめときなさいよ、あんたみたいなお子様がダンに勝てるワケないじゃん。怪我するわよ〜」

「……せぇよ」

「え?」

  ゴンッ! がっしゃあああんっ!!

「きゃあああっ⁉︎」

「うるせえって言ったんだよ」

 リードが放った渾身の一撃がダンの顔面に炸裂。まともに吹っ飛んだダンは、隣のテーブルを薙ぎ倒して沈黙した。

「…………ナイスパンチ、リード」

「おう」

 突き出した拳もそのままに、頭から湯気でも出しそうな雰囲気でリードが応える。

 いくら油断していたといっても、これだけ派手に男一人を吹き飛ばせるほどに、リードの拳は強かった。

「……ま、今回はあんたに譲るわ」

 腕組みしたまま、ノイズは怒りも露に呟く。

 吹っ飛ばされたダンはそのままの格好で顔だけあげてこちらを見ているし、魔法使いは僕たちとダンとを交互に見比べ放心状態。……ちょっと気持ちいいかも。

「当たっちゃいましたね、リード」

「いやまさかこの程度、軽く躱してくれるモンだと思ってたからよ」

 さっきのお返しとばかりに皮肉を込めた二人の言葉は、吹き飛ばされたダン以外のメンバーをも巻き込んだとどめになったらしい。僕たちを見る彼らの目が突如変わった。

「あのさあ」

 呆けていた空間に声を届ける。気づけば店内の視線をほとんどを集めていた。

「僕たち喧嘩しに来たワケじゃないんだよね。ただあのシナリオが本物かどうかを知りたいの」

 僕たちに向けられている視線は気になるけど、とりあえず、一番知りたいことを聞いてみる。杖を床について彼らに迫る僕の後ろには、拳を収めたリードとノイズ、クリストが控えていて、傍から見ると僕がパーティリーダーみたいだ。

「あ……ああ……」

「……そうよ」

 てっきり無視して反撃に出てくるかと思っていたダンとそのパーティの面々は、意外にも素直に首を縦に振った。

「そうか」

 五人のパーティに向かって、リードが一言だけ短く答えた。

 僕たちは打ち合わせてでもいたかのように、お互いに顔を見合わせて大きく頷く。心なしか、みんなの口元が緩んでいる。……もちろん、僕も。

「は? なになにおたくら……まさか」

「まさか……それじゃ正気を疑われますよ?」

 僕らの表情を見て、吟遊詩人と僧侶が、少しだけ青ざめたような顔で僕たちに言ってくる。……こんなこと言うなんて、この人たち、冒険者としては絶対に成功しない人たちだね。

「冒険者なら、当然の選択でしょ?」

 我ながら呆れるほどにワクワクしてる。

 だって僕たちの本業は冒険者だよ? 未知の冒険に挑戦できるチャンスに出会えて……嬉しくないワケないじゃない!

 誰も知らない土地に踏み込む。道がなければ自分たちで創る。行き詰まったら何回でもやり直して、幾通りの方法を模索する。謎があるなら考えて……何もかも自分たち次第で何通りもの道ができる。誰も挑戦したことのないものならばなおのこと、恐怖心や不安感よりも好奇心が強くなる。それが『冒険者』が『冒険者』たる所以でしょ? それを放棄するなんてもったいない! 好奇心が他の何かに負けてるようじゃ……

「それでもあんたら冒険者かよ?」

 リードが僕の言葉を引き継ぐように、挑戦的に言い放つ。挑戦するのは、今目の前で呆けている五人組なんかでは決してない。つい先ほど『本物』と確信できた、このシナリオだ。

「良い情報、感謝します」

「早速準備を整えるわよ! モンスターがあたしの攻撃を待ってるわぁっ!」

 クリストの丁寧な謝辞の次には、拳を胸元に掲げてうっとりしているノイズが続く。

「ノイズてめえ、俺の台詞を取るんじゃねーよ!」

 言いつつも、リードの顔は緩んでいる。

 シナリオの真偽を確かめたなら、もう迷うことはないもんね。

 すっかりテンションの上がった僕たちは、本格的な冒険への準備を整えるため、それぞれの役割へと戻ることになった。

「あ、あのさぁ」

 その場から離れるその前に、僕は一つ気になっていることを聞こうと振り返った。

「今度はなんだよ?」

 リードに殴られた場所を未ださすりながら、妙にびくついた態度でダンが応えた。

「この街でまともに情報収集できる場所ってある?」

「そ、そりゃセオリー通りにいけば……ここか、家を持ってる年寄り連中だろうな。まともに話せるのは」

「年寄りって……」

「や、ただのチンピラとかじゃなくて、それをまとめ上げてる親分肌の連中のこと」

 僕の問いには吟遊詩人が答えてくれた。

「ふーん……じゃ家を持ってる人ってのはそれなりに経験あるってことだよね? あとは? シナリオにあった情報は信用してもいいんだよね?」

 彼らから買ったシナリオについても念を押す。腹いせにガセネタ摑まされたままってのもあり得るからね。

「シナリオはあたしたちがちゃんとしたスジで仕入れた物よ……いじったのは街道のトラップだけ」

 ダンの様子を心配しながらも、魔法使いが静かな口調で答える。……この様子から察するに、どうやら嘘はなさそうだ。

「あ、そうだ」

 突然思い出したように口を開いたのはクリストだ。

「この呪術、解けませんか? 帰り道でも同じように発動されても困りますので……」

「え、ええ……そうですね……」

 こちらもまた素直に言うと、渡されたシナリオに何やら呪文を唱えた。どうやら解呪してくれたみたい。

「よし、一旦部屋戻って出直すか」

 シナリオを受け取ったのを確認して、リードが仕切り直す。


「さて」

「じゃあまずは、シナリオの再確認だね」

 小さな部屋に集まった僕たちは、直接床に座り込んで作戦会議。部屋の片隅には、馬車に積んであったパーティの荷物がちょっとした山を築いている。

 僕たちの中心には、例のシナリオが数枚。

「一枚は地図。これは割と一般的なものだと思うけど、その他はちょっと見ない感じだよね。今は使われていない文字もうっすら見えるし」

「あたしたちの町からここまでの地図は今は必要ないわね。……あら?」

 一枚一枚を見比べていたノイズの台詞に疑問符。

「何? ノイズ」

「これ、この地形って、この街なんじゃない? ……なんでわざわざ街の中のマップなんてあるのかしら」

「そう言われてみれば、そうですね」

 シナリオの一枚、今の街並みからは想像しづらいものがあるけど、大きな通りやこの宿屋の位置関係は確かにこの街のものだ。だけど、街の名前も通りの名前も、僕たちが来てから目にしていない。

「この街、『犯罪街』っていうのはただの通り名なんでしょ? だったら、こんな風になっちゃう前のこの街のものなんじゃないかな? ……ほらこれ」

 僕が言いながら指差したのは、この街の正式名称らしい文字。……『ルゥ・ド・パスラン』。

「パスラン……」

「ルゥ・ド・パスラン……」

 さすがにこの名前を聞いて、みんながまさか、と思ったはずだ。

 この名前、歴史の教科書なんかでは必ず出てくる有名な名前なんだ。ただし、実在したかも怪しい伝説の都市とされている。

「こんな形で実在してたっての?」

 ノイズも驚きを隠せない表情で小さく頷いた。

「僕だって信じられないよ……僕たちの町の近くにパスランがあったなんてさ。これは」

「調べてみる価値はあるだろうな。……なんかとんでもない冒険になりそうだぜ?」

 にやりと口の端を笑いの形にして、リードがやはり挑発的に言う。

「パスランの謎……楽しみですね」

 クリストも、眼鏡の奥で好奇心を光らせる。

 

 僕たちが言っている『この街の謎』っていうのを、まずは知ってもらいたい。

 ルウ・ド・パスラン。

 かつてこの地域に映画を誇った幻の都市。パスランと呼ばれるこの名前の由来は、この地域だけで見られたという植物にある。今では絶滅種とされていて、図鑑や古い文献でしかその姿を確認することはできないのだけれど、それによるとこの植物、とんでもない治癒能力や幻覚作用を持つと言われていて、悪魔の種とも言われている。

 その植物を利用して繁栄したのがこの街で、それを破滅へと導いたのもパスランなんだ。

 都市が有名なのはパスランのおかげだけではない。賢者と呼ばれる知識を生み出し、他にはない独特の文化を創りあげて発展していった。……都市の破滅とともに、その文明も歴史の彼方に伝説となってしまっていて、今となってはそれがどんな文明だったのかさえ、知る者はいない。

「……あれ? ねえここ」

「ん? なんだよルシア」

 僕がふと目を留めたのは、地図の西側。

「これってさ、この先まだ地形が広がっているって意味だと思うんだけど……この街の敷地から出ちゃうよね?」

「ええ、私も気になってましたけど、昔はもっともっと広い……大都市だったのではないでしょうか……? ほらかつては帝国都市……帝都とも呼ばれていたくらいですから」

「だったら、この街の西にある樹海も、パスランの一部だったってことじゃないかしら?」

 僕たちと一緒に地図を眺めていただけかと思っていたノイズだったけど、ちゃんと目を通しているみたいだった。

「実は樹海の方が中心部だったってことはないかしら。中心の都市が滅びて、そこから何らかの影響を受けて、特殊な森になった……とか?」

「うむぅ……」

「? どうしたのリード?」

 右手を顎に当てた考えるポーズで、リードが急に呻いた。ま、彼のことだからあんまり頭使うことは得意じゃないのは分かってるけどね。

「いや、ここで推測したって答えは出ねーし、やっぱ行動あるのみじゃねえか?」

「ま、正論だね」

「でも、もうそろそろ陽も暮れそうですし、詳しい情報収集は明日にして、休みましょうか」

「そうね、あたしもさすがに疲れたわ……アノ街道でね……。久々にベッドで休めるんだし」

 クリストの提案に、あくび混じりのノイズも賛成。小さくて硬そうなベッドでも、野宿続きだった僕たちにしてみたら結構寝心地はいいだろう。それに、彼女が言うように、ここまでの道のりで溜まった疲労が悲鳴をあげている。

「思い出したら急に疲れてきちゃった……」

「それじゃ明日はまず、家を持ってる奴ってのに話聞くのが先だな」

 明日の行動が決まったら、みんなで大合唱している腹の虫に応えるための腹ごしらえだ。僕たちはまた先程の酒場に戻り、空腹を満たすことにした。

 階下にあるこの酒場、半地下なのか、窓は上の半分くらいしか外の景色を映していない。食堂も兼業しているんだけど、メインはお酒とおつまみばっかり……申し訳程度に扱っている定食メニュー……これがかなり不味い。宿の外にある店に行っても、似たり寄ったりらしいというバズの言葉を信じて、ここで済ませることにしたんだけど……この街の人たちの味覚って……お酒で麻痺しているのかもしれないなぁ……。 

お読み頂きありがとうございました。

今後ともお付き合いのほどよろしくお願い致します。

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