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犯罪と名のつく街は物騒で……

街のイメージがしづらいかもしれませんが……乾いた空気感を感じられたら幸いです。

 街に入って気づいたことがいくつかある。

 まず、あのシナリオの予言のインクが跡形もなく消え失せたこと。歪な形の巨大な門をくぐってからこちら、文字が動く気配は微塵もなかった。

 それから……、

「ねえ……」

「気づいたか? ……ま、当然だよな……」

 小さく呟いた僕の声にリードが答える。僕の方は見ず、周囲を警戒しながら進む背中から聞こえた声は呆れているみたいだった。

 色んな素材を継ぎ接ぎしたような歪な門から、一本の大きな通りが街を貫くように走っている。その大通りを進む僕たちには、痛いほどの視線が刺さってきていた。……『あ、冒険者だ』なんていう好奇の目ではなく、獲物を狙う盗賊のような目だ。

「なんか……殺伐とした街ね……」

 背中を少し丸めて歩く僕とは正反対に、豊かな胸を反らして両手を腰に当て、堂々と視線を受け止めて歩いているノイズが、やはり呆れた声を出した。クリストはというと、僕と同じような格好で歩きながら、十字架を握りしめていたりする。苦手なんだよね、こういう雰囲気。

 聖職者たるクリストは、いつも真っ白な法衣を着ているのだけど、その法衣もこの街じゃ多分極上の獲物なんだろう。それに、ざっと辺りを見回してみたけど、教会らしき建物は一切見当たらなかった。こんな信仰のなさそうな街では、彼のもつ神聖な雰囲気も小さな光にしかならない。

 ……クリストにとって、こういう雰囲気の街は初めてなんだろう。そういう僕も、初めてではないにしろ苦手であることに違いはない。僕たちにある程度の戦闘能力がなければ、道の真ん中を堂々と歩くなんて芸当はできなかったに違いない。

「ちょっとクリスト、大丈夫なの? 真っ青よ?」

 振り返ったノイズが心配するほどに、彼の顔色は悪かった。

「ええ……すみません、情けないですが、こういう街は苦手ですね。慣れるまでは」

「分かるわ。あたしたちは平気だけどね。ルシアも大丈夫なの?」

 背中を丸めて杖を握りしめた僕のことも、彼女は気にしてくれていた。

「え? うん……多分……」

 これでも僕たちは冒険者。クリストも言っていたけど、こういう雰囲気は苦手でも、慣れてしまえば案外平気だったりするんだよね。

「リードから離れるんじゃないわよ。馬車と荷物はあたしとリードが見てるから」

 最後の言葉は少し小声になった。僕たちはゆっくりと歩くスピードを落とし、大通りのど真ん中で立ち止まった。

「白昼堂々……どうなってんだよこの街は……?」

 呆れた声でリード。

 ……そう。今僕たちは、白昼の往来で物盗りと思しき数十人のチンピラに囲まれてしまったのだ。

 目の前には山賊のような出立ちの、そろいもそろって髭面の男が五人ほど。そして左右には頭の悪そうなチンピラ気取りのひ弱そうなお兄ちゃんや、半ば泥酔状態で酒瓶を武器代わりに掲げた脂っこいオヤジ、中には大振りのナイフをギラつかせた派手なオバちゃんまでいる。……色とりどりなメンツ。

「どうするの? リード」

 僕もクリストもさっきまで怯えて歩いていたんだけど、こういう状況になると話は別。相手がただ僕たちを襲ってくる敵ならば、怯えるよりは戦闘の方に意識が向く。

「どうするったってなあ……一応街中だぞ?」

「関係ないわよ。襲ってきたのは住人みたいだし……あたしたちにとっては正当防衛よ」

「それもそうだね」

「……そういうことなら、私も」

 言うとクリストは防御呪文の詠唱に入った。

 この街の人間には聞き慣れないだろう言葉の羅列は、銀色の光を帯びて僕たちの周りを踊り出す。

 リードは左手に装備した剣をロングソード程度の長さに調節する。装着された部分もきっちり変形して、しっかりと柄の役割を果たす。

 ノイズは鋼板入りのグローブを嵌め直し、ぐっぱーと握っては開いて準備万端。

 僕は乾いた地面に杖を突き立て、大地の魔法を詠唱する。

 円を描くようにして集まってきていた物盗り連中は、僕たちがびびって逃げ出すどころか、一気に戦闘態勢に入ったことに驚き、じわりと後退り、一瞬だけ統率の取れた動きを見せた。

「いつでもいいぞ……」

「ええ、あたしも」

 答える代わりに頷いて、戦闘開始の合図を放つ。

『大地よ! 我が声に応え鳴動せよっ!』

 威嚇の意味も込めて、いつもより大きく魔法を解き放つ!

  ッ……ゴウッ!

 一瞬の地面の静寂ののち、僕たちの周囲の大地がいくつも隆起、そのまま螺旋を描くようにしてその腕を伸ばした!

「ぎゃっ……っ」

「うおあっ⁈!」

「きゃあああっ!」

 色とりどりの悲鳴を上げて、何人かは地面の乾いた砂と一緒に宙を舞った。運良く逃れたかに見えた残りの連中は、砂埃を目隠しに飛び出したリードとノイズの標的。

「悪いが俺は、剣の、練習不足でな!」

 言うたびに連中が一人また一人と倒れていく。……が、血は出ていない。どうやら刃は収めているらしい。剣術なんてもんじゃない、リードの振り回した刃のない剣が、人影を砂埃の中に沈めていく。

「あたしは、女だからって、容赦しないわ! ごめんなさいねっ!」

 リードが敢えて避けていた女たちが繰り出す凶器を華麗に躱しながら、その強烈な拳と蹴りで次々と沈めていくのは、今や叫ぶ凶器と化したノイズ。……心なしか生き生きとして見えるのは僕だけだろうか……。

 二人を見ながら僕は、杖を空に構えて風の魔法。殺傷能力は低く、牽制するだけの弱い魔法だけど、パニックになっている相手にはこれで十分。

 攻撃の手段を持たないクリストも、今回ばかりはいつもと違う。防御の魔法を終えたあと、僕たちの攻撃の合間を見て、放つ魔法を詠唱していた。

『ウインド・ロンド!』

  びゅごうっっ!

 上空に構えた杖から放たれたのは、連中を牽制するための突風。僕を中心に綺麗に円を描いて吹き抜けていく。

「クリスト、そろそろいいんじゃねーか? ノイズがこれ以上暴走すると厄介だ!」

「何ですって? あたしはいつでも冷静よっ!」

 苦笑いを浮かべたリードとノイズがこちらに戻ってくる。それを確認して、砂埃の中の物盗り連中にクリストがとどめの一発。

『大いなる慈悲と癒しの神よ……

 我らに仇なす者たちに

 汝の赦しを与えたまえ』

 音のない光が、僕たちを大きく包み込む。……クリストの静かな声に応えるように、光は巨大なドラゴンの姿を形創る。

「…………?」

「………………」

 今までの悲鳴やら怒号やらが飛び交っていた街の大通りが、まるで別世界。突如降りてきた静寂に、何が起こったのか分からず呆然とする街の連中。

 この魔法、クリストにとって唯一の『攻撃』と言うべきもので、相手の戦意を殺ぐ効果がある。

 ……本来、人間を襲うモンスターというものは、何らかの『悪意』があって行動すると言われている。それが人間である場合、『悪意』というものは大抵の場合『戦意』に移行するという説がある。クリストが使った魔法は、その『悪意』に直接働きかけて、行動を起こす意志を根本から無くしてしまおうというもの。彼の信仰するホワイトドラゴンの教えから来ているらしい。

 ……ちなみに言うと、人間への効果は絶大だけど、本来『魔』の領域にあるモンスターへの効果には疑問が残る。相手との実力差と相性が如実に出るから、実践向きではない。

 無法地帯と化していた辺り一帯を見回し、満足気に、光のドラゴンはゆっくりと消えていった。

「…………はい。成功しました」

 掲げていた十字架を下ろし、ほっとしたようなクリスト。

「おう、見事なモンだな」

 剣を収めて、リード。

 改めて周囲を見回すと、未だ呻いて起き上がれない人や、起き上がって呆然としている色とりどりの連中。その上に舞い上がっていた砂埃が降り積り、黄土色にデコレーションされている。

 大通りに面していた殺風景な建物にも被害が及んだらしく、飛び散った小石たちが窓にヒビを入れ、看板は軋んだ音を立てて落ち着きなく揺れていた。

 最初にクリストがかけてくれた防御魔法のおかげで、馬車と荷物は全くの無傷。暴れることもなかったのは立派だと思う。僕たちも多少の砂埃は浴びているものの、怪我はない。

「さて……これからどうするかな」

 腕組みしながら、リード。

「これだけ騒ぎ起こしちゃったからね……普通に宿に泊まるのもどうかなぁ……」

 いくら犯罪街と呼ばれる街でも、さすがにこれだけ暴れた後で文句も言わずに泊めてくれる宿なんてあるかな……。

「あら? 誰か来るわよ」

 呑気に両手を腰に当てながら言ったのはノイズ。彼女の言葉に視線を向けると、黄土色をした連中の隙間を縫って近づいてくる人影があった。

「よおあんたら、見かけによらずやるなぁ!」

 片手を上げて、妙にフレンドリーなダミ声をかけてきたのは、歳の頃なら四十前後、筋骨逞しい……やたらゴツい感じの男だった。使い込んでいるのかただ汚れているのか、黒っぽいエプロンがやけに似合う、迫力のある大男だ。

「そりゃどうも。……あんた警備隊?」

 リードが少しだけ警戒して問いかける。……どう見ても警備とか守衛とかっていう仕事をしているような人には見えないけど、一応ね。

「まさか! 俺を見て警備隊か、なんて言う奴がいるとはな。あんたら、この街のモンじゃねーな?」

「馴染んでるように見えるかよ……」

 リードは呆れたように返すと、大男と二人で苦笑。

「まったくだな。ってことはあんたら、これから宿を探したりするよな? もう決まってんのかい?」

 ……何やら勧誘されそうな流れ。つい今しがた大通りで派手なことをやらかした僕たちを勧誘するなんて……これまでいた町じゃ考えられないんだけど、この街でなら別に驚くことでもないのかな。

「いえ、まだよ」

 リードの代わりにノイズが答えた。

「街に入ってすぐにこの騒ぎだもの。……こんな街にも宿屋なんてあるのかしら?」

 ノイズの声は少しばかり皮肉が込められていた。

「キツいこと言うなぁ姉ちゃん。……ま、こんな街だから仕方ねえわな。宿だって一軒しかないんだしな」

 言って大男は大笑い。

「え? こんな大きな街なのに一つしかないの?」

「そうなんだよ、チビちゃん。ま、競争がなくて平和なもんよ。そういうわけで、俺は一軒しかないその宿の案内人ってわけだ。俺の仕事を全うさせてくれねえかな? ああそれから、野宿しようなんて考えんじゃねーぞ? 想像つくと思うが……タチ悪いからな」

 言って僕の頭をがしがし撫でる。……チビちゃん……チビちゃんって……確かに、僕は彼の胸の辺りにようやく届くかなってくらいの身長だけどさ……。

 そんなわけで、僕たちはこの大男の仕事を全うさせることになってしまったようだ。

 僕たちはまたいくつか言葉を交わし、この大男(名前はバズ)に連行され……もとい、案内されて、彼が経営しているという宿屋に向かった。

 ついさっき、この騒ぎが始まる前までは警戒心丸出しで歩いていたのが嘘のように、僕たちは落ち着いていた。……あの騒ぎのおかげで、僕たちを狙う視線が明らかに減ったしね。冒険者やってて良かった……身ぐるみ剥がされるところだった。

「おう、ここだ」

『…………………………』

 彼が案内した宿屋を見て、僕たちは一瞬絶句。……この街らしいといえばらしいんだけど……これを見たらこれまでの疲れが一気に溢れてきちゃった。

「これが……宿?」

「おうよ」

「宿っていうより……」

「おう」

「監獄を彷彿とさせるんだけど……?」

「おう、だろうな」

 僕の言葉に怒るでもなく、『当然だろう』という反応のバズ。

 僕たちが言葉を無くしている間に、バズが説明してくれたんだけど、実はこの宿、昔は監獄だったらしい。いつの間にか監獄の主になってしまっていた先々代の店主が脱獄して、舞い戻ってお役人から奪い取り、宿屋としてオープンさせてしまったという華々しい歴史があるらしい。

 高い鉄格子に囲まれた、頑丈な石造りは四階建て。どの部屋の窓にも鉄格子がはめられ、華やかな装飾などカケラも見えない。正面には多少歪んで軋んでいるけど、立派な、これまた頑丈そうな分厚い木造のドア。

 そのドアを豪快に開け放ち、バズは僕たちを率いて中に入っていく。

「じゃあこの宿帳に名前書いてくんな。馬車は裏に繋いどくから……ああ、荷物は全部部屋に持ってってくれよ?」

「ああ、サンキュ」

 てきぱきと指示するバズ。……なんだか、このままこの街に馴染んでしまいそうな錯覚が起きたのは僕だけじゃないだろう。絶対に馴染めないと思っていたこの街の第一印象だったんだけど、バズのおかげで少しだけ、この街のことを知ってみたくなった。

「姉ちゃんには悪いが……防犯の都合上相部屋で頼むわ」

「ま、仕方ないわね。ただ一つ、訂正してくれる? この子にも、ちゃんと断ってよね」

 ノイズはそんなことを言いながら僕の頭に手を乗せる。

「へ? おチビ……女の子だったのか?」

「……悪かったね」

「いやあ悪い悪い……てっきり坊主だとばっかり思ってたよ。こいつぁ失礼した」

「……うん」

 意外にも丁寧に謝れちゃったから、僕もそれ以上の文句は出てこなかった。

 大荷物を手分けして運ぶ僕たちは、バズを先頭に階段を登っている。頑丈そうな手摺りと殺風景な壁に囲まれた殺伐とした雰囲気は、外観から連想されるものを忠実に再現している。と、一つの扉の前で足を止める。

「じゃ、狭いがゆっくりしてくんな」

 部屋に案内してくれたバズを呼び止めてくれたリードだ。妙に意気投合している。

「なんだ?」

「冒険者連中が集まりそうな酒場とか、ねえかな?」

「それならこの宿の地下だ。騒ぎは起こしてくれても構わねえけど、建物を壊すのは勘弁してくれな?」

 そう言うと、バズは階下へと降りていった。

お読み頂きありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。

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