頑張れ……トラップだらけの街道
勢いで読んで頂けると幸いです。
「誰よ……何なのよこれ……あたしたちに何の恨みがあるってのよっ!」
浮き出てきた濃い緑色のインクに向かって怒鳴りつけるノイズ。
「落ち着いて下さいっ!」
「怒鳴ったって何の解決にもならないよ! 体力消耗するだけだって!」
シナリオに向かって今にも突進しそうな勢いのノイズ。僕とクリストの二人がかりで止めに入ったけど、その力の強いこと……。地面を踏みしめる足元から砂埃が立ち上がるくらい。
「ちょっとシナリオっ! あんた紙切れのくせしてあたしたちに挑戦しようっての?」
「ノイズ! シナリオに怒鳴ったって……」
「相手は紙ですよ、そう、『たかが紙切れ』!」
「もうっ! じゃあ誰にこの怒りをぶちまけろってのよ!」
「とにかく落ち着いてよ! このシナリオを持ってきた奴らを探せばいいんだからっ」
「そうですよ……今はこの状況から抜け出すことを考えないと!」
そこまで言うと、ノイズはようやく暴れるのをやめた。
二人がかりで押さえ込んでいた力を少しずつ抜いていく。ノイズはまだ鼻息荒くしてるけど、僕たちは大きく肩で息を吐きながら、さっきから地面に転がっているリードの傍に改めて集まった。リードが動けない以上、進み続けるには無理がある。
「ルシア、一応……」
「そうだね」
クリストが言いたかったのは、防御結界のこと。僕の術の中に炎を媒介にして造る決壊術がある。僕たちの気配がその外に漏れ出ないように作用するというもの。
手近な場所から薪を集め、小さな焚き火を起こす。その周りに五芒星になるように杭を打ち、それを囲むように魔力を込めた糸を張り巡らせることで、結界は完成する。
その中で、僕たちは小休憩を兼ねた作戦会議を開いた。ちなみに、地面に伸びていたリードはノイズの強烈な喝でふらふらしながら復活した。
「さて……まずはシナリオの呪術を解かなければいけませんね」
宿屋のご主人が厚意で作ってくれたお弁当をそれぞれに広げつつ、シナリオを覗き込む。
「クリスト、解除できるの?」
「詳しく調べてみないことには何とも言えませんが」
クリストは広げていたお弁当を傍らに置くと、例のシナリオをじっくりと観察し始めた。僕たちはお弁当を食べながらそれを見つめる。
「でもよぉ、それ持ってきた連中ってさ、そんなに嫌な連中じゃなかったんだけどな?」
口いっぱいに食べ物を詰め込み、もごもごしながらリード。
「汚いわねぇ、口の中にもの入れたまま喋るんじゃないっていっつも言ってるじゃない!」
「うるせーな、人の食い方に文句言うなっての!」
「常識でしょそんなの! もう少し上品にしなさいって言ってんのよ!」
もごもごしながら反論するリードに、ノイズがしっかりと飲み下してから注意する。ご飯を食べる時には必ずと言っていいほど、この光景が繰り返されるんだよね。それでいて食べ終わるのは僕たちよりも早いんだから、器用なことをする人たちだ。
「あの……リード……飛ばさないで下さいよ……」
「お、悪ぃ」
今回はクリストにまで被害が及んだらしく、その一言でリードは静かになった。……さすがはクリスト。無駄な体力を消耗することなく二人の不毛な喧嘩を仲裁した。
「ごちそうさま。……クリスト、どう?」
シナリオを穴が開くほど見つめているクリストには悪いけど、僕は食べ終わったお弁当の箱を置いて、彼に聞いてみる。お弁当は、食べたら荷物にならないように使い捨て。深く掘った穴に投げ入れて後片付けは完了だ。
クリストからの返答はなかなか来ない。
僕は自分の水筒に水を満たしながら、頭を抱えているクリストに視線を送る。あ、ここで一つ。僕の魔法の中には、飲料水を造るっていう便利なものがあって、大気や周辺の緑あるものから少しずつ水分を集めて凝縮させるっていう魔法なの。
その水でクリストの水筒を満たしていると、クリストが不意に顔を上げた。
「…………無理ですね」
『え?』
クリストを除く三人の声がハモった。
「……え? ちょっ……無理って……?」
一生懸命考えてからの結論だったけど、彼がこんなにキッパリと諦めることはかなり珍しい。僕だけじゃなく、リードもノイズも同じ顔をしている。
「ええ、無理ですこれは。どうやら術者にしか解けないようにプロテクトがかかっています。……それに」
「それに?」
「見て下さい」
『?』
クリストが持っていたシナリオを僕たち三人に見えるように広げた。
「ここの砂時計の絵、こうしている間も少しずつ時間の変化を表していますし、この文字」
言って緑色のインクが浮き出た部分を指差す。
『…………ああッ!?』
インクがまるで生き物のように紙の上を這い回っている。ゆっくりとではあるけれど、確実に別の文字を作ろうとしているようだ。
「何よ……なんなのよ? 気持ち悪いわよっ?」
ノイズが悲鳴に近い声を上げて両腕をさすりながら飛びのいた。若干青ざめているようだ。……こういう気味悪い系のものに関しては本当に弱いんだ、彼女は。……だから得体の知れないモンスターなんかには一番に攻撃を仕掛けるのかも知れない……。
「砂時計は僕たちが町を出てからの距離と時間を正確に示しているみたいだね。あとはこのインクだけど……」
「ちょっと! なに冷静に分析してんのよ、ルシア!」
「いや……これから僕たちに起こることを予言してくれるみたいだから」
我ながら呑気に答えながらシナリオを見つめる。一瞬、僕が持ってるインクで書き直してやろうかと思ったんだけど、これ以上状況が悪くなったら責任取れないし、ブービートラップがないとも限らないからやめておいた。
「お? なんか読めるようになってきたぞ?」
ノイズとは正反対に、興味津々に覗き込んでいたリードが声を上げる。
「どれどれ?」
改めて、インクが象った文字を読んでみる。
僕たちから距離をとっていたノイズも、結界の外には出ていないから、出てきた文字を読み上げる声は聞こえるはず。
森から凶悪な野生動物が出現
三十分間全力で逃げ回る
『……………………へ?』
みんなの目が点になった。
ガサガサガサ……っ
タイミングを見計らったように聞こえてきた不吉を告げる森の悲鳴。一瞬にして目で合図を送り、お互いに確認すると同時に頷く。……背筋に冷たいものが走る。
ガサっ……バキバキバキバキィッ!
「走れっ!」
リードの鋭い声に合わせて、全員が一気にその場を離れる!
たった今まで僕たちが居た場所に、焚き火を蹴散らして現れたのは巨大な牙と巨大な耳。猫のようなしなやかな巨体、明らかに肉食とわかる猛獣。一瞬だけ振り返って確認したのはそれだけで、あとは必死に走った。ちなみに馬車は僕たちよりも先にスタートダッシュを切った。
本格的なキャンプの準備を始める前だったのがせめてもの救い。まだある程度まとまっていた荷物を抱え、かなり不自然な格好で僕たちは走っていた。
獣が僕たちにターゲットを定める前に、残っていた火で遊んでいたのも幸いした。
暴走してパニック状態の馬車を追いかけるように先頭を走っていたリードが、うまくそれに飛び乗ることに成功したのは、獣が僕たちに標的を絞って突進してきた直後だった。
「どうっ! どうどう!」
リードの制止の声と馬の嘶き。
「ちょっとっ! 止めんじゃないわよ! 飛び乗るからそのまま走らせるのよっ!」
「わあってるよ! 真っ直ぐ走らせねーとお前はともかくルシアとクリストは乗れねえじゃねーかっ!」
二人が言い合っている間にも、僕たちと獣との距離は弾丸のように縮まっていく。
「リードぉ……っ」
僕は泣きそうになりながらも荷物を抱えて必死に馬車に追い縋って走っていた。……ほんのちょっとでいい……魔法を使える時間があれば……。
「ルシア!」
走る僕に鋭い声をかけてきたのはノイズだった。見ると自分が持っていたアクセサリーを長く繋いだ紐を馬車の荷台にしっかりと固定してある。
「あんたの荷物こっちに投げるのよ! 一発かましてやんなさいっ!」
「……うんっ!」
走りながら前方に物を投げ飛ばすという動作は非常に難しいものがあるのだが、必死だった僕は自分で何をどうやったのか、一瞬の後には荷物は見事にノイズの胸元に届いていた。……チャンス!
持っていた杖を力を込めて握り直す。同時に風の呪文を口の中で唱え、走っている勢いそのままに振り返る! 瞬間、目の前にまで迫ってきていた獣の凶悪な顔つきに悲鳴を上げそうになったけど、なんとか踏みとどまって、悲鳴の代わりに魔法の言葉を解き放つ!
『エア・ブラストぉっ!』
ばぼおぅんっ……っ!
突風が僕たちと獣との間に壁となって生まれる。もろにカウンターを喰らった獣は、まともに風の壁に弾き飛ばされてゴムボールのように遠ざかる。
「ナーイスルシア!」
「油断すんじゃないわよ! まだピンピンしてるっ」
リードに続いてノイズの緊張した声。実際、弾き飛んだ獣はすぐさま体勢を立て直し、いきり立ってさらにスピードを増して襲いかかってきている。……が、こちらもそれを黙って見ていたワケでは決してない。
風の余韻が残る街道を全力疾走しながら、この間にクリストが馬車に飛び乗っていた。クリストを押し込むようにしてノイズも続いている。
僕はまだ走っている。けど、今度の魔法は僕のオリジナルだ。
『ボム・エアル!』
……ッゴウっ
乱れる呼吸の間から一気に魔力を開放する! 瞬間、空気圧の塊のようなものが、僕とモンスターとの間で凝縮され、一気に解放される! すごい爆風に煽られて、視界が交錯する。
「よしっ……!」
どっかんっ
「っきゃあああっ……ってルシアあんたっ?」
「ごめんごめん、とにかく走らせて!」
僕以外のメンバーは何がどうなったのか、まったく理解できなかったと思う。
獣は馬車の遥か彼方まで吹っ飛び、地面に叩きつけられてそのまま動かなくなったようだ。僕は爆発の風に乗って、荷台に乗り込んだ。……乗り込んだって言っても、単に爆風に吹き飛ばされて荷台の後ろに激突しただけなんだけどね………………痛い。
僕が唱えたのは風の魔法をアレンジしたもので、目の前で風の塊を爆発させるもの。それで獣は僕たちと反対側に吹っ飛んで、僕も馬車に向かって吹っ飛んだってわけ。……一つ間違えれば地面に激突して死んでたかもしれないことに後から気づいたんだけど……ま、結果良ければ全て良しってことで……。
「お前……無茶すんなぁ……」
手綱を握りながら、リードが呆れたような声で言う。
何とか獣から逃げ出すことに成功した我らが馬車は、少しずつスピードを落として走っていた。全身で荷台に体当たりをかましたにも関わらず、馬車は全くの無傷。きっと全身青あざだらけになるだろう。
「仕方ないじゃない……アレしか思いつかなかったんだからさぁ……痛い。」
「そりゃ痛いわよ」
「ルシア、顔には怪我してませんか?」
「うん。顔面は死守した」
身体中をさすりながら、揺れる馬車の中で僕はシナリオを確認する。……酔うかも。
クリストは僕の顔のことを心配してくれたけど、結構顔面って大事だよね。見た目の問題ではなく、目とか耳とかの感覚器官や口の怪我は致命的。特に僕たち魔法使いにとっては集中力を欠くことは、命に関わることだしね。……まぁ、一応、僕も女の子、だし……ね。
「あ……文字消えてる」
「まだ予言の時間じゃないですけど、ひとまず安心ですね」
「……んん……それはどうかな……」
シナリオからは目を離さず、多分僕はその時、かなり複雑な顔をしていたと思う。不思議そうに覗き込んでくるノイズとクリストを交互に見ながら、僕は口を開く。
地面いっぱいの落とし穴出現
四回はまって三回脱輪
「リード、聞こえた?」
「なんかヤベえ……」
『え?』
がったぁんっ!
『……ッ!』
ハマった。言ったそばから。……それからもシナリオの予言通りにきっちり落とし穴にはまり続ける馬車。馬も落とし穴に足を取られてパニクって暴れるし、車輪も不自然な轍にきっちりハマる。……馬ももう限界だ。これだけの障害で怪我をしていないことは不幸中の幸い。
だけどシナリオの予言は容赦なく僕たちを襲ってくる。
モンスターには襲われるし食人植物なんてものも現れた。いきなりキャンプの道具が損壊したり、ノイズのメイク道具が忽然と消えてヒステリーを起こしたり、積んでいた食料が獣にぶん盗られて狩りをする羽目になったり……クリストの眼鏡が壊れたり僕の鞄の底にでっかい穴が開いたり馬の機嫌が悪くなったり……。すごくタチの悪い嫌がらせのオンパレード。
明らかに何者かの悪意を感じさせる嫌がらせを乗り越えて、それでも僕たちは前に進んだ。
そしてついに、やっとのことで僕たちは、執念で目的地に到着した。……かかった時間は予定の三倍。精も根も尽き果てて、崖から転がり落ちたような出立ちで、僕たちは目的地、通称『犯罪街』と呼ばれる街の門を見上げていた。
「着いた……」
「着いたな……」
「着きましたね……」
「着いたわね……」
「……ひひぃん……」
口々に同じ言葉。しばらくの沈黙。
どれくらいそうしていたのか、僕たちは門をくぐるでもなく、力尽きてその場に座り込むでもなく、ただその場に立ち尽くしていた。
まだ始まってもいないのに、すでに一つの冒険を成し遂げたような奇妙な達成感。僕たちがこの街の門をくぐるには、もう少し時間が必要だった……。
お読み頂きありがとうございます。
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