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新情報と出発の朝

いよいよ出発。

……ここまで前途多難だとは思わなかった、今回の冒険。

『をう……』

 覗き込んだ資料の内容に、僕とノイズは二人して奇妙な声を上げていた。


 僕たちがリードとクリストを見つけたのは宵の口。場所は町の小さな酒場。ここはリードがよく通っている店で、冒険者仲間たちが多く出入りする。安っぽいお酒の匂いと煙草の煙充満する薄暗い店内に、二人はいた。

「リード、そろそろ帰るよ」

「あんたねえ……まさかずっとここに居たんじゃないでしょうね……?」

 押し殺したようなノイズの声が、お酒片手のリードの動きを一瞬にして止めた。

「な……んなわきゃねーだろ、俺だってやるときゃやるんだよ」

「何の話よ? 飲み比べってんなら容赦しないわよ?」

「ま、まあまあ……ノイズ、落ち着いて下さいよ。私たちも集められるだけのものは集めたあとですから……」

 クリストが間に割って入る。その間に、僕はリードのお財布から彼が飲んだ分だけしっかりお感情を済ませておく。お酒が苦手なクリストは、彼に付き合わされただけみたい。お酒も煙草も苦手なのに……。

「おうっ、そこにいるのはノイズの姐さんじゃないですかい?」

「…………誰?」

 いきなり話しかけてきたゴツいおっちゃん。思いっきりビビった僕は、ノイズの後ろに思わず隠れて、ついでに小声でノイズに問う。

「ホールの常連よ。…………あたしに用なら、ステージのある時にしてよね。今は冒険者なの。悪いわね」

 踊り子として人気を集めているノイズは、地味な僕からしたらちょっと遠い存在になっちゃう気がして実は近寄り難かったりするんだけど、冒険者としてのノイズはすごく頼り甲斐があってカッコいい(時もある)。びっくりしたついでに自分の後ろに隠れた僕を軽く笑って、ノイズはゴツいおっちゃんに手を振って応える。

「それなら、冒険者のノイズ姐さんに一つ情報だ。……そのシナリオ、持ってきた連中には気をつけな」

「…………?」

 おっちゃんはそう言うと、酒瓶を片手にカッコよく店を出て行った。

「……何のこと? クリスト」

 片手に持ったお酒を空けているリードを無視して、僕はクリストに聞いた。

「実はついさっき……買っちゃったんですよね、シナリオ」

『シナリオ?』



 宿屋に帰って夕食を済ませ、まったりくつろいだ後のこと。僕たちは二階の一室に集まって、男性陣が買ってきたというシナリオを読んでいた。で、真っ先に出てきたのが僕とノイズの奇妙な声だったってワケ。

「これ……って、街のダンジョンの情報だよね?」

「ええ。怪しいかなとは思ったんですけど」

「俺が安値で買い取ってやった。」

 偉そうに胸を張るリード。クリストは半分呆れたような顔で、僕たちの様子を見ている。

「アンタにしちゃ上出来じゃないの。これ、かなり詳しいわよ? ね、ルシア」

 言って僕に意見を求めるノイズ。僕もこのシナリオの内容には文句のつけようもないんだけど、情報源が気になる。

「うん、かなり信頼できる内容に思える……けど」

「けど、何だよ?」

「酒場にいたおっちゃんが妙なこと言ってたじゃない。情報源が怪しいと、全部信用するってのもどうかと思うよ?」

 いつものように僕は慎重論。そしていつものように……

「ルシア、お前の慎重さは分かってんだけどよ、あんまり考えすぎても先に進めねーじゃん。なあノイズ?」

「そうよ、ちょっとは肩の力抜きなさいよ。このリードがこれだけの情報手に入れてくるなんてかなり珍しいんだから」

「今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたが」

「いいわよ、聞き捨てて」

 リードとノイズのやりとりを横目で眺めつつ、僕は軽く溜め息一つ。

「そうだね。今回はクリストも一緒だったし、まるっきりガセネタ、ってワケでもないだろうし……」

「おっし! 決まったな。早速……」

「ストーップ!」

 いきなり椅子の上に立ち上がり、そのままテーブルに片足を乗せて思いっきり意気込みかけたリードに、僕がすかさず『待った』をかける。挙げかけた握り拳を宙に泳がせ僕を睨んでくるけど、僕も負けじを視線を向ける。

「あのなルシア……まだなんかあんのかよ……?」

「うん。早速出発、って言いかけたでしょ? キャンプとかの準備、できてるの?」

「あ………………」

「まったく……」

 頬杖ついて呆れているのはノイズ。そこでまた例のアレが始まるのかと思いきや、リードは少し小さくなってがっくりしてる。

 今日はみんなで情報収集と買い物を振り分けたけど、パーティ用の荷物はまだちゃんと確認していないはずだし、薬草を煎じたり食料を確保したり、まだやらなきゃならないことが残っている。

 僕たちは今日の収穫を整理するために、一度シナリオを片付けようとした時。

「……あれ」

「どうしました? ルシア」

「ここの文字さ、新しいよね?」

「何? どうしたのよ?」

 手に取ったシナリオの一部のインクが、妙に真新しいのに気がついた。何でさっき気づかなかったんだろう……。

「言われてみると不自然ですね……」

「でも内容は特に変わったところなんてないわよ? トラップの位置を書いてあるだけみたいだし」

「そうだね……。ま、いっか」

「おう、細かいことは気にすんな!」

「アンタは気にしなさすぎなのよ」

 すかさず突っ込むノイズ。引っ張り出してきた荷物片手に、どう反撃しようか考えているリードに、それを眺めて笑っている僕とクリスト。

 ……慎重論は持っていても、根本的に能天気だったりする。リードのことは言えないね。



 さて。冒険への準備も万端、出発の朝。

 僕はレンタルした馬車(一頭引きだけど頑丈そうなやつね)を宿屋の前まで連れてきて、出発前に町の注目を集めてしまった。すでに野次馬と化した町の人に、これでもかってくらい激励されて、リードとノイズは有頂天だった。

「まだ出発前だっていうのに……」

「ちょっと照れますね」

「これで大怪我して帰ってきたとか、なんなら帰って来れなかったりしたら恥ずかしいよね」

「英雄として語り継がれたりするんでしょうかね……?」

 リードたちの浮かれっぷりを尻目に、僕とクリストは苦笑混じり。

「よし! 行くか!」

 号令と共に、リードが馬車の手綱を取る。ノイズはその横、狭い御者台の隅っこの小さなスペースに陣取ってポーズを取り、なぜか町の人たちに愛嬌を振りまく。僕たちは馬車には乗らずに、その横を歩いてくかたち。馬車に乗ってもいいんだけど、こんな天気の良い日に荷物に埋もれるのはもったいない。

 僕たちは声援を一身に浴びて、眩しい朝日の中、意気揚々と町を出発した。



 青空の下、ローブやマントについた埃を払いながら、僕は馬車のリードと後ろを歩いてくる二人に声をかける。みんな埃まみれだ。

「そう言えばさ、こっち側の街道って初めてだよね?」

 町を挟んで南北に伸びる街道、その南側に向かって出発した僕たち。そのまま南南東へ道なりに進む。目指す街へはこの街道が最短のルートなんだけど、実はこの街道をパーティで進むのは初めて。

 整備は行き届いておらず、乾燥してデコボコした地面。昔馬車か何かが行き交っていた名残を残しただけの道を、僕たち四人と馬車が行く。

「そうですね。両脇の森には猛獣やモンスターも生息しているらしいですから、要注意ですね」

 クリストの言う森。それは街道を挟むようにして生い茂る、かなり大きいものだ。この街道、僕たちの住んでいる町から他の街への重要なルートなんだけど、この周りの森が厄介者で、ここまでの街道をつけるのに何十年もかかったらしい。

 ……その理由。森に生息する猛獣やモンスターがやたらと強かったり、ありえないくらいにタチが悪かったりするから。

 だから今ではほとんど使われておらず、後から有名な聖者が魔除けの結界を張って作った道が使われている。その道も、僕たちが目指す街に繋がってはいるんだけど、森を迂回するルートなのでこの道を使うよりも時間がかかる。五倍ほど。なにより『犯罪街』なんてあだ名されるような街に好んで出入りするような人はいないからね。お陰で僕たちの他には人間の気配が全くない。

 その代わり……

「ちょおっとぉっ! また来たわよ!」

 いち早く異常を察知したノイズの叫びが響く。

「クリスト、結界!」

『聖なる壁よ!』

『ウィル・ガッシュ!』

  ゴオウッ……

 ノイズとリードの開戦合図に続いて、クリストの結界魔法、そして僕の攻撃魔法の声が重なる!

「しつっこいのよ!」

  げしぃっ!

 ノイズの回し蹴りがものの見事に炸裂し、突如両脇から湧き出てきた気持ち悪いモンスターを出てきた場所まで吹っ飛ばした。……サイズは大人の男の人くらいあったような……。

 僕たちが街道に入ってからずっと、こんな状況が続いている。いくら追い払ってもとことんしつこく出現してくる気持ち悪いモンスターのオンパレード。……気持ちのいいモンスターってのはいないだろうけどね。

 今出てきたのは、全身がぬるっと不気味に光っている巨大なヒル。大きさはさっきも言ったけど人の大きさくらいはある。ノイズの一撃で吹っ飛ぶくらいのレベルなんだけど、数で来られると厄介極まりない。連携して一人を襲ってくる習性があるらしく、今ターゲットにされているのは…………

「あれ、リードはっ?」

「ぎいやぁあああぁぁあああぁ……っっ!」

 僕の視界に入ってきたのは、情けなく間延びした悲鳴をあげ、巨大ヒルに担がれて森に運ばれかけている我らがリーダーの姿。

「ぬぁにとっ捕まってんのよぉっ!」

 同じく目にしたノイズが叫ぶ。そして疾る!

  どげしっ……!

 運ばれていくリードに向かって全力でダッシュしたその勢いで、何の躊躇もなくリード本人にドロップキック。

『メガ・フレイム』

  ぎうううううっ……

 ノイズの蹴りでリードが吹っ飛んでいったのを確認してから、彼を連れ去ろうとしていたヒルの塊に炎の術を一発。歪に畳まれて縮むような、奇妙な音とともに真っ黒い燃えカスと化した。


『はあああ……』

 ヒルたちを倒して、とりあえずみんなで大きな溜め息。最後のノイズの一撃で気絶したリードを囲んで、僕たちはぐったりとその場に座り込んでいた。

「まったく……何なのよこの街道……物騒っていうより何だか激しくタチ悪いじゃない」

「そだね……凶悪とか獰猛っていうよりネチっこい嫌がらせみたい。……あ、リード起きた」

「傷は大したことないようですよ。はい、もう動いても大丈夫です」

 ぽん、とリードの背中を叩きながらクリスト。その瞬間、リードは声にならない悲鳴をあげてのたうった。そんなに力は入ってなかったみたいなんだけど、リードの苦しみ方が半端ない。

「リ、リード……?」

「なに? 何なのよ、はっきりしなさいよ!」

 地面にめり込む勢いで呻くリードに耳を寄せるノイズ。

「……………………お前のドロップキックの後遺症…………」

 恨みがましい目つきでノイズを見上げ、ようやくそこまで言うと再びリードは沈黙した。

『……………………はぁ……』

 街道に入ってからずっとこの調子で、モンスターとの小競り合いが続いている。さすがにこれだけ続けば、相手が低レベルモンスターと言えどいい加減みんな体力の限界。

「ちょっとルシア、こんなことシナリオには書いてなかったわよねぇ」

「うん……森の猛獣注意とか、レベルの高いモンスター出没地域ってのは書いてあったと思うけど…………ん?」

 僕の鞄にしまってあったシナリオを取り出して、周辺情報を確認する。そして妙な文字を見つけてしまった。

「何よ?」

「いやちょっと…………嘘でしょお……?」

「どうしたんです?」

 僕は目眩すら感じてシナリオを二人に渡した。

「ん?」

 シナリオはノイズの前を通り過ぎてクリストの手に。ただ読むのと、『何かある』のを前提として観察するのとでは、視点が変わってくるのはよくあること。

「まさか……」

 クリストも僕と同じことに気づいた様子で、青ざめている。

「だから何なのよ? あたしにはさっぱり分かんないわよ!」

 ノイズが興奮して僕の胸ぐらを掴んで揺さぶってきたけど、僕には抵抗する気力も残っていない。がっくんがっくんと、なされるままに頭が揺れる。

「落ち着いて下さい、ノイズ。……このシナリオ、呪術がかけられているようです」

「………………は?」

 クリストが一言。

 ノイズが呆けて手を離した隙に、僕は目眩をなんとか治めて気力を振り絞って説明する。

「物凄く巧妙に仕掛けてあるみたいなんだけど、ここのインク見てよ」

 普段はじっくり読むことなんてないシナリオを、眉根を寄せて見ているノイズ。

「…………なんか違和感あるわ」

「うん。昨日見た時にはなかったと思うけど、ここの砂時計の絵と連動してるらしくて」

 丁寧に書き込まれた地図や情報。その文字のインクが、ノイズの言うように違和感を持たせていた。そして、地図の隅に方角と一緒に示された砂時計の絵。前に見た時よりも時間が経過しているように見える。

 そして極め付けの文章が、僕たちの現在地の辺りに真新しいインクで付け足されていた。


町を出てから次にこの地図を見るまで

雑魚モンスターと延々格闘


 …………怒気を孕んだ気まずい沈黙が辺りに流れた。


お読み頂きありがとうございました。

ご意見・ご感想頂けると幸いです。


今後ともよろしくお願いします。

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