冒険準備は念入りに
冒険準備の始まりです。
遠足その他、準備段階が一番ノリノリで楽しいと思うのは自分だけではないはず。
翌日。みんなで遅めの朝食を摂りながら、僕たちは入念に、これから挑戦する冒険に向けての段取りを話し合っていた。頭脳担当・体力担当っていうのは大体決まってるけど、準備もちゃんと役割分担している。
テーブルの上には、冒険のシナリオに関する資料。リードもノイズも覗き込んで見ていたけど、実際に資料の文字に目を走らせているのは僕とクリスト。二人は説明用のイラストに見入っているだけだ。
「これは……遺跡……でしょうか」
昨日言い出したのは僕で、ほとんど中身のないような話のネタみたいなものだったんだけど、実は確かにそんなシナリオが存在していたのを思い出していた。
「そう、ちょっと特殊らしいんだけどね」
「というと?」
クリストと一緒に、あとの二人も興味深そうに視線を僕に移す。
「古代の都市遺跡らしいんだけど、この遺跡周辺の森が特殊で、一定範囲……かなり広い範囲が樹海になってるんだって」
「樹海?」
そう。資料によると、遺跡を囲んだ一定範囲の森は、陽の光さえも届かず、コンパスも使えなくなるそうだ。地磁気の異常発生と深い木立、空の星さえも道標にならない天然の迷宮……多くの冒険者たちが財宝目当てに挑戦したが、その大半は遺跡に到達することさえ諦めてしまったという。
「ふふふ……面白い……」
低く含んだ笑いが、僕たちの視線を一気に集めた。もちろん、期待の眼差しでは当然ない。リードがこういう言い方をしても、まるで説得力がないからね。
「言っとくけどねえリード、あんたがいくら意気込んだって、ルシアとクリストの準備待ってからじゃないと出発できないんだからね?」
珍しい言い方をしたのはノイズ。いつもの彼女なら、リードに続いて意気込んでいてもいいはずなのに。
僕の考えていることが分かったのか、クリストも少し苦笑を浮かべている。
「お前にしちゃ慎重なんじゃねーの? いっつも俺とタメ張って出発したがるのによ」
「なによ、あんたと一緒にしないでよ。あたしはいつも慎重よ」
「はっ、どの口がんなこと喋ってんだよ?」
「何ですって?」
僕とクリストの表情が見えないらしい二人は、いつものようにいつものパターンで、恒例の掛け合いが始まった。『口喧嘩』というよりは、台本があるような『掛け合い』で十分。いくら喧嘩腰になっても、この程度のことで殴り合いの喧嘩に発展することはないから。
「ま、二人のことは置いといてさ」
「そうですね……地図で見ると今回の拠点になるのはこの街のようですけど、ここまでは歩いて五日ほどはかかるでしょうね」
「うん。乗合馬車も出てるけど、僕たちの身分じゃちょっとね。となると……片道分の食料にキャンプの荷物……結構多くなりそうだね」
僕たちが冒険に出るときの基本スタイルは、個人が持つ荷物と、パーティの共有荷物を手分けして持っていくのが通常。個人っていうのはそれぞれの装備品が主体。野営の必要がないのなら大抵はそれだけで出発しちゃうけど、今回みたいに片道に何日もかかるとなれば話は別。都合よく宿屋が並んでいるワケじゃないし、当然野営しながら次の拠点を目指すことになる。共有の荷物っていうのは、キャンプ用品が大半かな。
僕とクリストは、自分たちの蓄えなんかを考えて、一番安い馬車を借りることを考えた。小さな荷台がついた程度のものだけど、自分たちで運ぶよりも遥かに効率がいい。それに、いきなり戦闘、なんてことになってもすぐに対応できるだろうし。さすがに大荷物を抱えたままで凶悪モンスターと戦うなんて器用な真似、できそうにないもんね。
「それが得策のようですね。この街道、結構物騒な噂もありますし」
「え、そうなの? ……でもルートはここしかないから仕方ないか。食料はここのご主人にお願いして、細々した買い物もして……困ったのは、遺跡周辺の情報がほとんどないってことなんだけど」
僕たちが見つけてきた資料には、一番欲しい部分が欠落している。テーブルに突っ伏して資料を片手に持って、未だに埒の明かない掛け合いを続けているリードとノイズを眺めながら、どうしたもんかと後ろ頭を掻いてみる。それにはクリストも答えようがない。
「そんなん行ってみりゃ分かるだろ」
いきなり割り込んできたのはリードだ。どうやらノイズとの決着は放棄したらしい。
「一理ありますけどね」
「何? 何か問題でもあるわけ?」
と、ノイズもこちらに合流。
「ええ。噂で聞いた程度ですけど……ここにある街、無法者の街と呼ばれているらしいですよ」
『無法者?』
三人の声がハモった。
「ええ、そのまま『犯罪街』なんて不名誉な通り名で呼ばれているほどで、各地から犯罪者たちが流れてきてできた街だとか」
「そんな場所で上手く情報収集できるかな……」
「でもよ、どっちにしろ行かなきゃなんねー街なんだろ? だったらここで考えてたって無駄じゃねーか?」
「そりゃそうだけど」
珍しく的を射たリードの意見に、みんな思わず納得してしまった。
確かに、大きな荷物を抱えたままでダンジョンに向かうのは得策じゃない。近くに街や村があるなら、拠点を決めてから改めて攻略を目指すっていうのが定石。今回の拠点は、考えなくてもその『犯罪街』になる。
そこで話し合いは一段落。
僕たちはそれぞれ分担した情報収集に乗り出すことになった。物資的な準備をしつつ、この町でできる限りの準備をね。
出発予定は二日後だ。
昼下がり、場所は表通りから少し離れた馬と荷車の店。僕は一人でそこの主人と交渉していた。……周りから馬の鳴き声が嫌というほど……そんなにアピールしないで。
「だからさおじさん、一番安いのでいいんだって」
「いやあ、お前さんアレだろ? 前にでかい冒険達成したパーティの魔法使いだろ? そんな人たちにこんなショボいモンは貸せねえよ」
「そんなこと言ったって、お金ないんだってば。それにさ、まともな形で返せないかもしれないんだよ? 立派なもの借りても……」
「なに謙遜してんだよ嬢ちゃん」
なかなかに難儀な交渉である。普通は逆なんじゃないかと思うんだけど、このおっさんも粘る。僕らとしては荷物が収まればそれでいいんだけど、どうしても僕たちの希望よりも二つも上のランクの馬車を貸したがっている。
この店の主人が言っている『前にでかい冒険達成した』パーティ、かなりの奇跡が重なった結果の話であって、全て僕たちの実力ってワケではない。……けど、運も実力のうちってね。
「謙遜なんかじゃないんだけど……」
困り果てて溜め息が出ちゃった。人の話を聞いているのかいないのか、おっさんは何故だか誇らしげ。
「いやあ、この町じゃあんたらは有名だよ。そんな冒険者に馬車を貸した店ともなれば、こっちも助かる。な、人助けだと思って。料金は一番安いのでいいし、壊れたって構いやしねえし!」
「え? 本当にその条件でいいの?」
おっさんの言葉に自分の耳を疑う。願ってもない条件だけど。聞いた途端に手のひら返す僕の態度もなかなかだと思う。
「おう、男に二言はねえよ! その代わり、今度の冒険の話をする時にゃこの店の名前を忘れねえようにな」
「OK! そんな条件でいいんだったら是非借りるよ、ありがとう!」
「今度も無事に帰ってこいよ!」
「うん!」
そういうわけで、当初の予定よりも立派な馬車を借りることになった。僕は荷馬車屋さんの中でも丈夫で健康そうな馬を選んだ。さすがに宿屋まで連れて帰るのは目立ちすぎるから、出発までそのまま預かってもらうことになった。
これで馬車の準備は完了。一頭引きなんだけど、屋根付きの小さな軽量型荷台を引き連れた立派な馬車を格安でレンタルし、僕に割り当てられた仕事はひとまず終わり。買い物借り物、売り物なんかの交渉はいつでも僕の役目なんだ。
僕はその足で、ノイズと合流するために別の店に向かった。
ノイズは不足分の装備や日用品の買い足し、リードとクリストは二人で情報収集を担当している。
「もう、聞いてんのっ? あたしが欲しいのは傷薬になる薬草だって言ってるのよ。誰が冷え症の薬欲しいって言ってんの!」
賑やかな商店街の一角。けたたましいノイズの声と同時に机か何かを思い切り叩く音が、店の外にまで聞こえてきた。
「……ここか」
分かりやすいことこの上ない。人々が往来する商店街でノイズがいる場所を探し出すのは簡単だ。彼女の声はよく響いてくるからね。
「ノイズ、どうしたの?」
声が聞こえてきた店を覗き込んで、片手は腰、片手は机を叩いた姿勢のままで店主のお爺さんを睨みつけているノイズに声をかける。どうやらこの店主、耳が遠いようだ。ノイズの剣幕も見事にスルーしたまま愛想の良い笑顔を浮かべている。
「あ、ルシア! ちょっと何とか言ってやってよ、このじーさんったら……」
矛先こっち向いた……まずい。
こっちに八つ当たりする気だ。
「耳が遠いんじゃないの?」
僕が小さく溜め息をついても気づかれなかったみたい。
「……傷薬だっけ、買い足すもの」
「そうよ。クリストが少し買い足しておいてって」
ノイズの文句を聞いていたら、いつまでたっても買い物なんかできないから、僕は半ば強引に話題を戻して店内を見て回る。店内に置かれた棚や壁際には薬草や薬瓶が所狭しと並んでいる。僕はその商品の中から傷薬用の薬草を選んで店主に見せながら、少し声を張り上げる。
「すみません、これと同じ種類の薬草を売って欲しいんだけど、在庫ある?」
店主のお爺さんは人の良さそうな微笑みのまま、ややしばらくしてから大きく一つ頷いた。やおら立ち上がって店の奥へと引っ込んだ。
「……何なの?」
八つ当たりの方向を見失ったまま、こちらも呆けたノイズが聞いてくる。
「あのね、ノイズの声って大きいけど高いでしょ? それにノイズってば結構早口だし。それで聞き取れなかったんだよ、あのお爺さん」
「あっそ……あたしの苦労はどうなんのよ……」
慣れないことで疲れたのか、ノイズは手近の椅子を引き寄せてどっかりと座り込む。
それから少しして、店主が黄色っぽい包に入れた薬草を持って出てきた。満面の笑顔のお爺さんにお金を渡し、僕たちは店を後にした。
「ああもう! あたしこれだから自分の物以外の買い物って苦手なのよね。薬草なんか自分じゃ使わないもの」
「ノイズが使わなくたってクリストが作ってくれた薬は使うでしょ。あとは何買うの?」
いつもならこういう買い物は僕とクリストが担当する。だけど、今回のシナリオは謎が多く情報不足だったから、そちらの情報収集にクリストも回ってもらってる。それでノイズが慣れない買い物担当になったわけだ。普段から薬屋とかには馴染みがないからね、ノイズは。
ノイズはクリストが作ってくれた買い物メモを覗き込む。
「傷薬はこれで良いわよね? あと……ランプの油とチョコレート……ガーゼに包帯ね」
「あ、それからインクとメモ用紙も」
「それはあんた専用よね?」
「うん」
ドサクサでパーティの物と一緒に買ってもらおうと思って言ってみたけど、あっさりバレちゃった。ノイズってお金のことに関しては結構細かい。金遣い荒いくせに。
僕たちは店を見比べながら、お買い得品ばかり選んでは必要なだけ買い込んだ。
商店街を歩いている間中、二人ともしょっちゅう声をかけられた。僕は普段の格好からして魔法使いってバレるし(杖持ってるから余計にね)、ノイズはノイズで露出度の高い派手な格好で歩いているから、踊り子としてのノイズのファンが集まってきてしまう。荷馬車屋の店主が言っていた、あの『でかい冒険』の印象が結構ついているらしい。
でも確かに、ノイズに固定したファンがつくのは頷ける。すらりと背が高くてスタイル抜群(胸も大きい)。綺麗に染めた長い髪は二つに分けて、大きな髪飾りで結いあげていてかなり目立つ。
ちなみに僕はノイズとは正反対。明るい色で派手なノイズに対して、僕は黒が基本。黒いローブやマントは地面につきそうなほど長い。もうちょっとお洒落しなさいよ、なんて言われたこともあるけど、僕はそういうの苦手なんだよね。見習うべきことなのかなぁ……。
「リードたちはどこかしらね?」
一通り買い物を終える頃には陽はだいぶ傾いて、空気がうっすらとオレンジ色を帯びてきた。
「情報集なら図書館に居そうだけど、リードが一緒だからね……そうなると、酒場とか……」
「ホールとか、よね」
僕たちは人が集まっていそうな場所に見当をつけて、二人を探すことにした。
彼らがどのくらい情報を集められたかは分からないけど、宿に戻ったら情報を整理して、もう一度装備を確認して……出発までできるだけのことをやらなくちゃならない。結構な時間と労力を必要とする。
「これも全て隠された財宝を手に入れるためよ!」
夕陽に向かって密かに拳を固めたノイズの呟きを僕は聞き逃さなかった。みんな同じ心境だしね。町並みは焼けるようなオレンジ色。僕たち二人の影を長く映し出していた。
お読み頂きありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。