始まりの街・犯罪街へ
家に帰るまでが冒険です。彼らの家はまだ遠い町にありますが、とりあえずひと段落でしょうか。
地下通路ではみんな無口で、ただ歩いた。だけど、抜けた先の樹海、そこではしんみりと無口でいるワケにはいかなかったんだ……。
「忘れてたけど、ここってば迷うから! あんまり遠くに行かないでね!」
叫んでから攻撃魔法を一発。
「だからあんまり凶悪な魔法使うなっ!」
すれすれを掠めていく攻撃魔法を躱しながら、リード。遠くからノイズの叫び声がけたたましく響いてくる。木々の間から彼女の姿がちらりと見えた。
そう、この樹海。最初にここに来たときにしっかりと目印をつけたはず。……なんだけど、どうやら木々も好き勝手に動いているのか成長しているのか……つけた目印がどこにもない。
……というワケで、僕たちは来たときと同じように、地道に目印をつけながら街へと戻る羽目になったんだ……。あれだけ苦労した、ロープを使う方法でね。
ようやく街に辿り着く頃には、陽もすっかり傾いてしまっていた。
ヴォイドと別れた悲しみも、直後の苦労に消されちゃったみたい。きっと同じ苦労をするんだろうけど、また会えるならそれもいいかな。
「なんだかえらく懐かしいのは気のせいかしら……」
埃と泥にまみれて、通称『犯罪街』の門の前に、僕たちは立っていた。充実した気持ちで門をくぐるのは、もう少し時間が経ってからのこと。
「おああっ⁈ お前らあぁっ!」
いきなりダミ声で叫びながら僕たちを出迎えてくれたのは、街に一軒しかない宿屋の主人、バズだった。
歪な門をくぐって間もなく、買い出しの帰りなのだろう両手に荷物を抱えていたバズが、その荷物を振り回しながらこちらに向かって走ってきたのだ。……荷物がいくつか飛び散ったよ……バズ。
「おお、バズのおっさん!」
「お前らあぁ! 無事だったんだなあ! よく帰ってきてくれたぁっ!」
「ちょ、ちょっと待て! その勢いで抱きつくんじゃねえぞっ!」
荷物を自分の一部のように扱ったまま、僕たちの中心にいるリードに向かって全力ダッシュしてくるバズ。あのガタイで抱きつかれた日にゃ、いくらリードでもかすり傷少しと大きな精神的ダメージが残るだろう。
なんとか身体を捩ってバズの抱きつき攻撃から逃れたリードが、勢いで吹っ飛んだ荷物のいくつかを拾って、バズの気持ちが落ち着くのを待つ。
「いやぁお前ら……そのナリ!」
勢いよく僕たちのいる場所を通り過ぎたバズが、戻ってくるなり今度は大爆笑を始めた。……人に言われるまであんまり自覚してなかったんだけど、僕たち、とんでもなくボロボロの格好をしてるんだよね……。
泥汚れは主にあの樹海が原因なんだけど、その他にも冒険の傷跡というか勲章というか……服も自分たちもキズだらけ。この街に最初に入ったときもボロボロだったけど、今はそれ以上だった。
「よほどの道のりだったらしいな?」
笑いを少しだけ引っ込めて、バズ。
「おうよ、土産話ならいくらでもやるぞ」
胸を張って、リード。
「話もいいけど、お宝とかはねーのか?」
「ある。あるが宿代以外は払わねえぞ」
キッパリと言い放つリードに、あからさまにがっくりと肩を落とすバズ。
「そんなこと言わないでよ、リード。出迎えてくれたりもしてるんだから」
「い〜コト言うねえ、嬢ちゃん!」
荷物を持ったまま、器用に手のひらだけで僕の背中を叩くバズと一緒に、僕たちは彼の経営する宿への道を歩き出す。
街は夕闇に包まれようとしていた。だけどこの『犯罪街』、昼でも夜でも関係ないみたいで通りは賑やかだ。静かなのは明け方だけだと、街で唯一の宿の主、バズが教えてくれた。
宿に着くと、買い出した食材でバズが夕食を作ってくれた。
この街での最初の食事が、この宿の地下にある酒場兼食堂でのアレだったんだけど、今回は別。バズが気を遣って部屋まで食事を持ってきてくれたんだ。……この味がまた意外も意外。
「美味いな……バズ」
「ええ……美味しいわ……」
「意外……すっごい意外……」
「……………………」
みんな想定外の味に言葉が出ない。いくら野宿続きだったとはいえ、そしていくら身体が疲れていたとはいえ……それを差し引いてみても、美味しい。
「なんか……久し振りだよね、こういうご飯って」
「だな、美味いしな」
「口にモノ入れたまま喋んないでよね」
「今日くらい許せ!」
「イヤよ」
「まあまあ、落ち着いてください二人とも」
いつも通りの、僕たちの食事風景。
みんなきれいに食べ終わった頃には、身体の疲れが一気に襲ってきた。満腹も手伝って、瞼がだんだんと重くなる。一人のあくびが伝染。眠気と疲労は極限だった。
「じゃあ、おやすみ……」
「おやすみぃ」
重い身体を引きずって、僕たちはようやくベッドに辿り着いた。荷物の整理もまったく手に付かない状態で、帰ってきて装備品を外したその格好で、あっという間に眠りに落ちた。
……目が覚めたのは、次の日のお昼だった。
「リード、いい加減に起きなさいよ!」
げしげしと遠慮のカケラもなく、毛布にくるまったリードを蹴り起こすノイズ。今回はクリストも止めることなく、代わりに少しだけ苦笑い。僕もその後ろで声をかける。
「あんまり寝てると脳みそにカビ生えるよ」
「そうよ、これ以上おかしくなったらどうすんのよ?」
もぞもぞっ、と毛布が動く。
「お前ら……その言い方はヒドくないか?」
「いい加減に起きなさいってことよ」
「ええ、そろそろ起きましょう、リード」
クリストも、穏やかだけど彼を起こす。
「そろそろ起きて、荷物整理しましょう。街の人にもお礼を言いに行かなくてはならないですし」
彼の言うお礼というのは、この街で情報収集をしたときにお世話になった人へのもの。あの遺跡で『お宝』を手にできたのは、その情報を教えてくれた人たちのお陰だからね。それを、少しだけどお礼として渡そうかって話してたんだ。
「そうだよ、リード。帰るための準備も進めていかなきゃならないんだし、起きてよ、もう!」
ちょこっと顔を出したリードの毛布を、僕は勢いよく引っぺがした。寝癖と寝跡だらけの寝ぼけた顔が、かなり不満気だった。
「うぅ……ダルい……」
「あんた……夜中に起き出して一人でこっそり酒場に行ったわね?」
「うん。お酒クサイよね。」
「一人でこっそり呑んだバツですね。さあ時間も時間ですし、お食事を頂いて、行動を開始しましょう」
「おう! そうだな!」
これ以上『こっそり一人酒場』を追及されるのを避けたのか、リードは勢いよくベッドから抜け出した。……もしかしたら、クリストの『お食事』に反応しただけかもしれないんだけどね……。
この時間のお食事というと、朝はすでに終わってしまっているので、必然的に昼食ということになる。だけど……
「またバズが作ってくれねえかなぁ」
大きく伸びをしながら、リード。
「それがねえ、さっき探してたんだけどいなくって。また買い出しとかかなぁ」
「となると、あのクソまずい食堂に行くしかないのか」
「まあ、そればかりは仕方がない……ですね」
というわけで、宿の地下にある酒場兼食堂で、僕たちは本日初のお食事タイム。
「おう、ちょっと待て!」
さて行くか、ってとき。不意にリードが僕たちを止めた。振り返ると、寝癖だけそのままのリードが片手で僕たちを制している姿が見えた。……ちょっとだけ、悪いことを考えている顔で。
「うし、食うぞ」
軋んだ音を立てて開くドアをくぐると、まだお昼なのにお酒の匂いが充満していた。
「相変わらず……お酒くさい」
「そりゃ酒場兼ねてるからな」
「なんか……逆だよね、食堂を兼ねてるって感じ」
「そうとも言えるな」
そんなことを言いながら適当に空いているテーブル席を探す。僕たち三人が席についたのに、リードだけは辺りをきょろきょろと見回していた。
「何してるの? リード」
「いや別に……あああああっ!」
がたがたっがたぁんっ!
何を見つけたのか、手近の椅子にクラッシュしながら、彼は慌てた様子で奥へと向かう。僕たちも、メニューを見るのをやめて彼を追いかける。
リードが向かった奥にいたのは……
『ああああああっ!』
僕たちの声がハモる。
目の前にいたのは、真っ赤な長髪が目立つファイター、色っぽい魔法使いに派手な吟遊詩人、嫌味な僧侶、そして無言の巨漢(多分格闘家とかそんな感じ)。
そう、僕たちがこの冒険に出発するきっかけを作った張本人たち! ……まだこの街にいたんだ……っていうか、住んでんのかな?
「ようお前ら」
「なぁによ……って、えっ?」
やっぱり呂律が回ってない。確か、この人たちも冒険者……なんだよね……?
「おあっ! お前ら!」
大袈裟に驚いた声を出したのは、吟遊詩人。僧侶は僕たちの顔を見ただけでびっくりしてるみたい。
「お前ら……行って来たのか? 行けたのか?」
信じられないといった口調で、二回も確認してくる。
「おうよ。お前らとは違うって言っただろ?」
自信満々のリード。僕たちもつい、一緒になって胸を反らしちゃう。やり遂げたっていう自信。冒険が、僕たちの誇り。その誇りを掲げて、酒浸りの彼らの前に立ってるんだ。
「し、信じられるかっ!」
でかい声を出していた吟遊詩人に代わって、赤い長髪のファイターが声を荒げた。
「そ、そうだ証拠! 証拠見せてみろよ!」
……その言葉を待っていた。
「よっく見てろよ?」
言ってゴソゴソと服の中を探る。……リードだけじゃなく、僕たちもね。
僕たちは目配せをして、ニヤリと笑う。
「せーの!」
じゃーん! とばかりに、彼らの目の前に金銀宝石の装飾品を広げて見せる。……リードの言ってた準備って、このことだったの。あいつら、俺たちを見たら絶対馬鹿にしてくるだろうから、見せつけてやろうぜって。結果は……ご覧の通り。
僕たちの両手からこぼれ落ちそうな宝飾品たちをしげしげと、瞬きもせずに見る彼ら。
「あんたらも、もうちょっと早くに行けてたら手に入ったのにな」
「申し訳ありません。我々も生活がありますので……」
言いながら、僕たちは出した宝飾品をそれぞれ懐に仕舞い込む。
「うああああぁ……ホント失敗したなぁ……真面目にやれば良かったかなぁ……」
ファイターが、その赤い頭を抱え込む。
「ま、今回を最後にしてさ。次からはまともに冒険やってみろよ? 結構できるんだろ? あんたら」
ちょびっとだけ上から目線だけど、彼らの実力はちゃんと認めてるリードの言葉。なんとなく、同業者だからかな、雰囲気でレベルがわかる(こともある……お酒が入ってなかったらなお良かったんだけど)。
「ま、……まあな……」
少しだけ自信なさげに、ファイター。お酒とは違った赤みが差している頬をポリポリ掻きながら、顔を上げる。気づくと、他のメンバーもお酒を持つ手を止めて僕たちとファイターを交互に見つめていた。
「もう少し……真面目に取り組みますか……」
ぼそりと呟くのは僧侶。軽く咳払いをして、お酒の瓶を隅に寄せている。その流れで、散らかり放題だったテーブルの上の食器やゴミを隅に寄せる。と、それを見ていた店主までもが手伝ってくれて、手近な空きテーブルを寄せて僕たちの分の席を作ってくれた。
……意外。こんな街だから、住んでる人もそれなり……なのかと思っていたら、こういう対応をされることが多くて驚いてしまう。人は見た目じゃないって、こういうことだね。
そのあとは、冒険者について熱く語り合う九人が、賑やかに昼食のお皿をつついていた。ついこの前はリードがいきなりファイターをぶん殴って思いっきり喧嘩腰だったのに……不思議だ……僕たち。
「お前ら、もう帰るのかよ?」
一度は避けたお酒を食後酒として飲みながら、赤毛のファイターがリードに声をかける。リードも同じお酒を飲んでいた。……心なしか寂しそうに聞こえたのは気のせいかな。
「ああ、荷物整理とかいろいろ済ませてからだけどな」
「そうか……この街に住んでみるのも悪くないと思うけど?」
「絶対やだ!」
赤毛のファイター(今さらだけど名前はダンっていうらしい)の冗談混じりの提案に、本気で本音を叫んでしまったのは僕。そのあと一瞬の間をおいて、僕以外の全員が吹き出した。ひどい、クリストも肩を揺らしてる……。
「……むぅ……だあって!」
「だって?」
「……ご飯が美味しくないのが多い……」
むくれて答える僕の言葉に反応したのは、うちのパーティメンバーだ。
「それにステージもないってのはね。あたしの魅力が半減しちゃうわ」
美味しいご飯に魅力的なステージ、そして落ち着いた教会のある、静かだけど楽しい町……僕たちはそれぞれに自分たちの町を思い出していた。そんなに長い間離れていたワケでもないんだけど、なんだか無性に懐かしい。
「みんなそれぞれの生き方とか、落ち着く場所っていうの? それがあるからいいんじゃないの?」
派手な衣装を身に纏った、吟遊詩人のやたらと明るい声。
「そうですね。お互いに落ち着く場所があるのなら、そこからまたスタートしていきましょう」
「ん……それがベストだ」
クリストの言葉に同意したのは、終始無言だった大男だった。すごく低くて、お腹に響いてくる声。……迫力だ。
「あーあ、みんなしてそういうこと言うのぉ? 寂しいよぉ……」
「情けない声出さないでよ! そんなに寂しいんならあたしが手紙でも書いたげるわよ?」
「い、いいっ、いらないわよ! アタシだってそんな子供じゃないわ!」
こっちはこっちで、いつの間にか仲良くなったらしいノイズと魔法使い。
それぞれに打ち解けて、楽しい食後のひととき。いろんなことを教えてもらうことができたし、僕個人としては、次の小説のネタにもなったし、すっごく得した気分になっちゃった。
ご飯の味は……まあ、すごくとは言わないけど、美味しかったかな。でもやっぱり、僕たちの町の、あの食堂が一番だね。
お読みいただきありがとうございました。
すっかり忘れられていたと思われる面子が再登場でした。
ご意見・ご感想よろしくお願いいたします。




