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いつもの始まりの日

お久しぶりです。しばらくぶりに『冒険者の住む町』の新シリーズ更新してみました。

前回の『北の塔』編を読まなくても分かる内容ともなっておりますが、この機会に主人公パーティがいかに自由な人たちで神がかり的なラッキー者であることが分かるかと……。


今回は別の街へと向かいます。そのきっかけになる事件も、情報収集も、『冒険』に関わる全てのことを楽しんでしまう彼らを生暖かく見守ってくださると幸いです。

それでは、第一話、よろしくお願いいたします。

 のんびりとした午後の陽射しが、教会の図書室の窓から覗いている時間。睡魔と戦いに敗れてうとうとしていた僕は、後ろから近づいてきた人物に気づくわけもなく。

「……あ。」

 背後の気配で目が覚める。

「すみません、起こしてしまいましたね?」

 そう言って、寝ぼけ眼の僕に優しく微笑んでくれたのは、真っ白な法衣に身を包み、丸い眼鏡をかけた僧侶のクリスト。僕のパーティの一員だ。

「ごめんごめん、天気いいから寝ぼけちゃって」

 僕は決まり悪く後ろ頭を掻きながら、目の前にかなり近づいていた分厚い辞書から顔を引き剥がして苦笑。

 自己紹介が遅れたね。僕はルシア。自分のこと『僕』って呼んでるけど、一応女の子だからね。小さい頃からの癖なんだ。冒険者パーティの魔法使いで、得意分野は直接攻撃系の黒魔法。

 僕の後ろに現れたクリストは、僕よりも年上だけど誰に対しても敬語で話す、とても穏やかな性格。いつも落ち着いた雰囲気を持ってる彼だけど、僕たちの仲間である以上、冒険における戦いが嫌いというワケでは決してない。


 さて、今僕たちが暮らしているこの世界、お察しの通り『冒険者パーティ』が存在し、モンスターと呼ばれる存在もあれば、もちろん魔法も存在する。

 基本的に僕ら冒険者は、自分たちのレベルに見合った場所へと冒険に繰り出す。例えばそれは、近隣住民からの謎解き依頼だったりモンスター退治だったり、未知の土地に踏み込んで調査をしたり。

 冒険のレベルの基準は特に数値化されているわけではなく、以前に挑戦した人たちの実力が目安になっている程度。そういった場合は大体のレベル設定がわかるワケだけど、前人未到なんて場所では本当に何が起こるか分からない。いざ踏み込んでとんでもない事態になることも覚悟しなきゃいけない。

 そしてこの世界には、そんな謎を探してきては冒険の『シナリオ』として売るなんて商売も成り立っている。

 僕たち冒険者の生計は基本的にひと様からの依頼料だったり、ダンジョンや遺跡なんかで見つける宝物だったりするのが主。だけど、レベルが低いとか駆け出しだったりした場合、とてもじゃないけどそれだけじゃ生活できない。もちろん僕たちもまだまだ修行不足。だから僕たちメンバーにはそれぞれに副業があって、それで頑張って生活している。

 僕たち二人の他にはメンバーは二人。一応このパーティのリーダーであるファイター(ただしヘッポコ)のリード。そしてパーティ最強の格闘家であるノイズ。この四人でパーティを組んでいる。パーティとしてのバランスは取れているはずなんだけど……世の中そんなに甘くはない。

 

 僕は今、以前の冒険で手に入れた魔導書の解読をしていたんだけど、ついついのめり込んじゃって……クリストが迎えに来るまで時間を忘れていた(睡魔にも襲われたけど)。もうすっかり昼を回っている。

「そろそろ一息入れて、食事休憩にしませんか? お昼まだでしょう?」

「そうだね。思い出したらお腹空いてきちゃった。リードとノイズは?」

「彼らなら、いつもの場所で特訓してますよ。特訓といっても、リードが相変わらずノイズに遊ばれているだけのようですけどね」

 言ってクリストが苦笑する。僕もつられて苦笑。彼らの特訓風景ならば話を聞くまでもなく想像できるからね。

 僕は開いていた幾つかの分厚い本を片付けて、クリストと一緒に教会を出た。中天よりも少し西に傾き出した柔らかい陽射しが、建物から出てきたばかりの目に眩しすぎるほどに降り注いでいる。


「どうですか、魔導書の解読の方は?」

 肩を並べて歩きながら、クリストが聞いてくる。

「なかなか進まないよ……第一、使われてる文字自体がすでに死滅してるに近いからね」

「でも、結構楽しそうですね」

「へへ……分かる?」

 そんな話をしながら、僕たちは拠点にしているこの町の安普請の宿へと足を運んだ。

 僕たちはそれぞれ故郷が違う。この町に出てきてみんなと出会って、パーティになった。そして、この宿を普段の生活の場にしている。それまでどんなふうに過ごしていたのか、いつかみんなに聞いたこともあるんだけど、その話はまた別の機会にね。

 その安普請の宿。僕たちみたいな貧乏なパーティにとってはありがたいほどに、ご主人が親切にしてくれている。それに、僕たちが冒険者だっていうのを知って、裏庭には僕たち専用の訓練場まで用意してくれた。ちょっとした広場みたいなものだけどね。

 そこで僕たちが目にしたのは、いつもの光景。……つまり、リードとノイズの特訓なんだけど、いつ見てもリーダーたるリードがイジメられっ子に見えちゃうんだよね……。

   めごし……っ

「……ってー……」

 呻きながらノイズに気持ちいいくらいぶん殴られた後ろ頭を押さえつつ、地面から顔面を引っぺがすリード。

 リードが主に使う武器は、冒険で奇跡の連続の果てに手に入れた珍しい剣。リードは左利きなんだけど、その彼の左の手首にすっぽりと収納されて、恐らくは本人の意志に従って自在に伸び縮みできるという代物だ。『恐らく』っていうのは、自在に扱いきれていないのが僕にでも分かるから。

 一方でノイズは、武器という武器を使わない。……身につけているグローブやブーツの各所に鋼の板を仕込んである以外は。だけどリードとの特訓の時は別で、彼女は様々な武器を使う。今回使っていたのはトンファーだ。……これで思いっきり殴られたら……普通はノックアウトじゃ済まないかもしれない……。

「ったく……いい加減マジメに訓練しなさいよ? あたしが鈍っちゃうじゃない」

「少しくらい鈍ってくれ……」

「なんですって?」

「……いや……何でもないです……」

 そこで、どうやらリードの方は力尽きたみたいで、また地面と仲良くなっちゃった。

「あら、帰ってたのね二人とも」

「ええ、少し前に。それにしても相変わらずですね。リードは剣の師匠に弟子入りするとか言ってましたけど、どうなったんですか?」

「見ての通りよ。あまりにへっぽこだから誰も入門させてくれないみたいよ?」

 言ってノイズはちらりと横目でリードを見やる。完全に沈黙してるみたいだけど、リードの耳には痛い言葉だったに違いない。……かすかにぴくっと動くのを僕は見逃さなかった。

「そういえばさ、二人はご飯食べたの?」

「いえ、まだよ。あんたたちが帰ってくるまで待とうかと思ってね」

「それじゃみんなでご飯にしようよ、僕もうお腹空いちゃって」

「おう、メシにするか」

『…………………………』

 今の今まで地面に寝そべっていたリードが、何事もなかったかのように埃にまみれたまま、むっくりと起き上がった。彼の基本は頑丈であること。……まあ、このくらいじゃないとノイズも特訓のやり甲斐がない。


 僕たちは宿の一階にある食堂で、少し遅めの昼食のテーブルについた。注文した料理がテーブルに届くまで、僕たちは次に挑戦する冒険を選ぶ。

 僕たちが冒険を『選ぶ』っていう意味なんだけど、この町や他の大きな町には情報屋とかシナリオ屋っていう職業が存在する。どこかで聞いたような名前の商売なんだけど、これは以前誰かがクリアし損ねた冒険や、クリアしたものの謎が残ってしまっているような冒険を集めて冒険者に売る、っていう仕事。

 そんな情報屋から格安で譲ってもらったものが、僕たちの手元にいくつかある。

「さて、どれにしましょうか?」

 料理が運ばれてくる前のテーブルに、ずらりとシナリオを並べて切り出したのはクリスト。彼はいつでも沈着冷静、というより慎重派と言った方がいいかな。自分たちのレベルに合わせて色々と細かな調節とか準備の指示をするのは彼の役割。

 頭を使う仕事は僕とクリスト、主に体力を使う仕事はリードとノイズ。上手く分担できてると思うんだけど。

「そうね……懐具合もちょっと寂しくなってきたし……少し稼げるような仕事が欲しいわね」

 先に運ばれてきたジュースを飲みながら、のんびりとした口調で身を乗り出してきたのはノイズ。彼女は副業として町の中央ホールで花形ダンサーをしてるんだけど、稼ぎがいい分金遣いも相当荒い。格闘技術もさることながら、その柔軟な体を活かしたパワフルかつ華やかなパフォーマンスで人々からの人気も高いとか。

「……どっかのダンジョンで発見されてない秘宝が眠ってるとかなんとか……まあよくある話だけど……そんな話、あったよね?」

 僕は適当に『よくある話』をクリストに確認するように言ったつもりだったんだけど。

「それよ! それに決定!」

 全く中身のない話に飛びつくノイズ。

 思い出したと言っても、似たような話はいくつもある。このタイミングで僕たちのレベルに合っていて、都合よく秘宝が眠っているダンジョンなんて、持ってるシナリオの中にあるかな。

「うーん……」

 テーブルの上に並べられたシナリオをチェックしながら、クリストが難しい声を出す。

「確か一件、そんなようなのが」

「あるの?」

「あるにはあったかと……ですがその話、結構レベルの高い冒険者たちが断念したような難しいクエストだったと思いますけど……」

 曖昧な記憶だったけど、まさか手元にあったとは。

 テーブルの上から一つのシナリオを見つけ出して手に取り、少しだけ不安そうな声でクリストが言う。だけどそんなクリストの言葉は、ノイズの耳にはすでに入っていないみたい。彼女は今にも出発してしまいそうな勢いで、目の前のジュースをあっという間に飲み干していた。……彼女の懐具合も察しがつくというものだね。

「財宝か……確かに唆られるクエストだな」

 言って無意味に胸を反らしているのはリード。どこにそんな自信があるのか……いい加減自分の実力を認めて欲しいんだけどなぁ。

「どうするのクリスト? この二人がその気になっちゃったら、僕たちには止められないけど……」

「……仕方ないですね……とにかく、できる限りの情報は集めてみましょう。ルシアも手伝って下さいね」

 溜め息混じりにクリスト。すでに二人を止めることを断念し、僕たちは気持ちを切り替えてそのシナリオに挑戦する準備を始めることになった。考えをまとめる速さも、冒険者には大事だよね。

「うん、もともと言い出したのは僕だしね」

 まともな話し合いができたのかどうかすら怪しい感じだったけど、食事が運ばれてくるとその雰囲気もまた変わる。

 何の情報もないのに、どんなダンジョンだろうとか、近くの街はどんなだろうとか、どんなモンスターがいるのかとか、遠足前の子供たちみたいに賑やかな食事を楽しんだ。

 僕たちがこれからどんな冒険に足を踏み入れようとしているのか、今はまだ、知る由もない。

 どんな冒険だって、始まりはいつもこんなものだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

この先の展開を気になっていただけるとなお嬉しいです(笑)  このお話自体は完結しておりますが、少しずつアップしていく予定になっておりますので、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

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