第2話 カナダドル
ギターを掻き鳴らす毎日。
バイトは首。
職業はまだ無い。
親の家に住み
親の飯を食い
親の車で寝る。
そんな寝る前の話。
おやすみ前の話。
「そうだ!バイトでもしよう!」
そろそろアルバイトでも始めようと
コンビニで求人雑誌を買った。
付き合いの良い友人・常盤木氏は
私と一緒にコンビニに入り
雑誌のコーナーで佇んでいる私に付き合ってくれた。
「俺も一冊、買うとするか。」
私は「フロム・エー」という雑誌。
常盤木氏は「an」という雑誌。
当時のアルバイト求人雑誌の二大巨頭を一頭ずつ
脇に抱えた。
そして、車の中で足を伸ばして寝ている
もうひとりの友人・卯月氏は
女とパチンコにしか興味が無い。
ここのコンビニの店員だったりもする。
私は早速、車に戻り、
座席にお尻が着く前に
もう雑誌のページを開いていた。
ドキドキする。
お宝を発掘する時の気分と同じ高揚感。
でも宝を探しに出掛けた事はなかった。
なんと!
私の買った雑誌は当たりだ!
最初に雑誌を持った時の手触りが違ったのだ!
良い予感がしていたのだ。
その「当たり」の部分とは、
巻末に「レアバイト特集」がフロム・エーにはある。
いつもはあまり掲載されていなかったが、
今日は、なぜか3つも載っていた。
レア特集にいつも載っているレギュラーメンバーの
「遺跡発掘調査員募集」はトップの椅子に鎮座。
なぜ
いつも載っているのだろう?
きっと仕事が辛すぎて、みんなすぐ辞めるのだろう。
面接に行ったら即採用だな。
そして、こう言われる。
面接官「いつから働ける?なんなら今日、いや今からどうだ?」
私「いえ、面接官殿。拙者、今日は心の準備が出来てませんので
明日、いや来週からでお願い致します。
必ずや、この御身おんみ、献身いたしたく存じますー!!」
そして、一日たりとも行かないのがいつものパターン。
遺跡発掘という作業が私にとってレアなだけだ。
何もした事がない私には全ての作業がレアだった。
そんなトップの一項目だけで
私の脳みそは妄想でいっぱいになった。
あと2つもある。
私は心の中で思った。
さすがはミラクルな友人・常盤木氏だ!
一人で居る時は何も起こらないのに
この人と居ると、
なぜか、いつも何かが起こる。
たとえば、
変なおっさんが近づいて来て話しかけられたり、
キャンプに行ったのにテントが無かったり、
女の子の方から声を掛けてきたり、
終電が終わったはずなのに電車が来たり、、、
奇跡的なハプニングが必ず起こった。
これからは「ミラクルときわぎ」と呼ぼう。
さて2つ目のレアバイトだ。
【時給7カナダドル・住み込み・家賃会社負担・・】
なんだこれは??
わずか5センチ四方の紙の情報だけで
カナダになんて行けるのか?
そんなバカな!
それとも日本に居るのに
カナダドルでお給料がもらえるという
新しい世界の住人か!
そのほうが得なのか!
なんか興奮している私。
早速、横にいる友人二人に声をかけてみる。
「なぁなぁ、これ見て!
時給7カナダドルと書いてある。
なぜかカナダドルで給料が貰えるらしいで。」
またアホなことを言ってると思われているに
決まっているので、雑誌を見せてみた。
ミラクル使いのほうの友人・ミラクルときわぎ氏が応えてくれた。
「ほんまやな、怪しいけど。
でももし、これに書いてある事がホンマやったらオモロイな。」
現実感の無い返答だった。
私は言った。
「じゃあ明日早速電話してみるわ。面接になったら行く?」
「おー。行ってもええで。」
もう一人のコンビニ店員の友人卯月氏の返答は
聞かなくてもわかるが、一応聞いてみることにした。
「卯月はどうする?行く?」
「俺はええわ。遠慮しとく。」
この返事が、
人生の運命の分かれ道だったのかもしれない。
もう夜も遅かったので家に帰った。
次の日の昼間の13時に電話を掛けた。
もう求人雑誌はボロボロだ。
電話番号はカナダではなくて日本でしかも大阪06だった。
時計をずっと見ながら電話の受話器を持つ。
緊張する。
番号を押し切った!
プルルルルー。
ガチャ!
出た!
女の人だ!
ますます緊張した。
あらかたの説明を終えて、
その女性は最後に言った。
「それでは説明会と面接をするので
履歴書を持って江坂に来てください。」
「はい。わかりました。あっ、すいません!
友達と二人で行きたいんですけど、良いですか?」
「良いですよ!
他にも友達同士で来られる方もいますので!」
なんて、感じの良い人だ!
電話の声だけで好きになってしまいそうだ。
年上の女性には、いつも憧れる。
行く手筈になったことを
早速、常盤木氏に連絡した。
「わかった。行くわ。」
さすがミラクルときわぎ氏!
いつでも心はポジティブでウエルカム!
そして当日。
着いた先はペットショップとカフェが
合体した様な不思議なお店。
ウッディーな雰囲気のカフェの壁には
首輪がぶら下がっている。
これで私達も繋がれてしまうのだろうか。
説明会が始まった。
この時代にオフィスっぽくない所での面接は珍しく、
このカジュアルなスタイルがますます
カナダへの期待を大きく膨らませた。
でもまた現実感は全くないふたり。
説明をただ聞きに来ただけのようなラフな格好。
コーヒーが美味い。
そして話はどんどん魅力的になり
女の人も魅力的になっていく。
私たちの他に、もう四人来ていた。
みんな、女の子だ。
魅力的過ぎて私は段々とネガティブな思考に
負けようとしていた。
少し私には場違いな気がするし、
男だし無職だし、なんの取り柄もないし
英語も話せないしと自分を蔑みながら
話を聞いていた。
説明だけされたら終わりなんだろうな。
「ではまずご自身でワーキングホリデーのビザを取得して下さい。
そして次にエアチケットを取って下さい。
カナダのこの場所に来て頂きましたら
住む家と働く場所を用意しています。
毎年40名ほど雇っているので仲間はいっぱいいますので
安心してくださいね。
観光地で日本人のお客さんが多いから毎年募集してるんです。
残念ながらビザの有効期限が一年間。
見込みがある人は延長のピザを会社で取得する人も出て来ています。
私もその一人です。
英語は話せなくて大丈夫!健康で笑顔なら大丈夫です!
それではみなさま、
ワーキングホリデーのビザを取得したら私に連絡をください。
今日は以上です。」
あれれ?
行く手はずに、なってしまった!
私はプータローで、いつでも行けるが、
友人ミラクル氏は大学生。
私はフラれ坊主だが、
友人ミラクルときわぎ氏はしっかり彼女がいる。
私の親はまだ若いが
友人ミラクルときわぎ氏の親はもう歳だ。
二人に共通しているのは
お金がないことくらい。
ん?
カフェから出て角を曲がった所で
後ろから肩を叩かれた。
「めっちゃ面白いやんけ。ええもん見させてもらったわ。
行けるかどうかはわからんけど、楽しかったわ。」
友人「ザ・ミラクル常盤木氏」は、
そのまま彼女の所へと旅立った。
暇な私は早速、本屋に行き
「地球の歩き方 カナダ」を買う。
カナダ大使館にも電話をした。
「あなたは大阪に住んでいるのでカナダ領事館の方へ
連絡してください。」
なるほど。
カナダ領事館へ電話する。
「えーっと、ワーキングホリデーのビザを取りたいのですが、
【今年から申請方法が変わる】と本に書いてあったのですが、
どうすれば良いですか?」
まるでお客様感覚。生徒が先生に質問する様だ。
しかし早速、受話器を持っているであろうその人は答えてくれた。
「あー!少し遅かったねぇ。
今年の分の応募はもう締め切ったんですよ。
昨年までは人数に制限がなかったんだけど、
応募者が多くなってきたから・・・」
このあたりから脳みそがボーッとしてきた。
無理なのか?
行けるのか?
行けないのか?
夢だったのか?
さっきまで楽園はどこへ?
おっさんの長い話の続きがあった。
「今年から人数に制限を設けましてね、
もう締め切ったんですよ。残念だったね。」
なぜおっさんは敬語とタメ口が混ざるのか?
とりあえず絶望しながら電話を切り、
領事館がダメなら大使館だ!と
もう一度東京のカナダ大使館の方にも電話を掛けてみるが
結果は同じ。
中身は少し違って女性だったので丁寧に教えてくれた。
「次は来年の10月1日からの応募になるので、
次は早めにご連絡ください。お待ちしていますので。」
その声は優しかった。
まあ、
本当にカナダにそんな簡単に行けるとは思っていなかったし。
こんなに積極的に行動したのも珍しいから自分で自分を褒めよう。
チャンチャン。
いや、諦めきれない。
面接してくれた女性に伝えよう。
他に方法はないだろうか?
先に友人に連絡する前に、
面接をしてくれた女性に電話してみることにした。
もしかしたら別の方法で私たちをカナダに
連れて行ってくれるかもしれない。
「もしもし」と私がこちらから事情を話す前に、
向こうから話し始めてくれた。
「先ほど私も大使館の方に連絡したら
今年のワーキングホリデーの申請が締め切られていました。
今年から申請方法が変わるとは聞いていたのですが、
まさか人数にまで制限があるとは知らずに、
のんびり面接していて申し訳ないです!
カナダにいる社長達に今連絡していますので、
また結果がわかったら連絡しますから。
連絡しても大丈夫ですか?」
「も・ち・ろ・んです!よろしくお願いします!」
「ではまた。」
連絡はすぐにやって来た!
「今回面接した全員採用します。
ただビザの取得が一年先になってしまったので
もしあなたが一年後もカナダに来たいということでしたら、
こちらはOKなので連絡下さい。
一年先になってしまいましたが、あなたと働ける日を楽しみにしています。」
私がほとんど話すこともなく、どんどんと話が展開していく。
まるで映画を見ているみたいな感覚だ。
せっかく来た大波に乗ることが出来なかった。
いや、一旦波は「また来る」と約束して去ってしまった。
一年も先に。
このポッカリ空いた空白の一年間をどうしてくれようか?
今まで地蔵のように何もせずに暮らしていたくせに
一度覚えた波の感覚にすっかり活動的になっていた私。
サーフボードを脇に抱えたまま
沈む夕日を眺めるように
きっかけになったアルバイト雑誌を
小脇に抱えたまま
ぼーっとカナダドルのほうを眺めていた。
〜つづく〜