前編 あっちの世界
夏のホラー2021用に書き下ろしました。前、後編のホラー作品になります。
僕の名前はハイド・オグル、18歳。
本当はちゃんと自己紹介したいのだけれど、今はそんな余裕はない、なぜならここはこの世界の最凶最悪な男が住んでいる城、魔王城の中だからだ。
そして目の前には人骨で作った悪趣味で巨大な玉座に腰かけている魔族の長、魔王シティパティがいる。
「勇者パーティーよ、良く我の所までたどり着いたな、褒めてやろう」
魔王シティパティは僕達四人に向かって語りかけて来た。
僕は小さな声で皆に言った。じゃあ予定通り始めるよ。準備はいいね? 皆は静かに頷いた。
「ユニークスキル『かくれんぼ』発動! 魔王シティパティ! 今回の『鬼』はお前だ!」
「あ!?」
魔王シティパティは困惑している。
<ピコン かくれんぼを始めます。参加人数は5名。鬼は魔王シティパティ>
僕の脳内にいつもの機械的な声が聞こえる。
「よし、魔王にも通用する様だ! 賢者おねがい」
僕は仲間の一人の賢者に向かって指示を出す。
「転移魔法発動!」
そう言うと賢者は持って居た杖を高く掲げた。すると床に巨大な魔方陣が現れ僕達勇者パーティー4人を包み込むようにして青白く光だし、拡散した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
今はお昼時、そしてここは僕達の生まれ故郷の街ビギニングの酒場。さっきまで僕達が居た魔王城とは数万キロ以上離れている。
「ハイド、お前のスキルあの魔王にも効いたな。これはもう最強じゃね?」
勇者パーティーの剣士がハイテンションで言ってきた。
「うん、ぶっつけ本番だったけど効いてよかったよ」
「あとは24時間経つのをここで待って居ればそれで終わりね、ハイド様様ね」
勇者パーティーの紅一点、聖女が言ってきた。
「おいおい、ハイドばかり褒めてなんだよ、この作戦は賢者である私の転移魔法があってこその作戦だろう」
「ははは、そうだった、ごめんごめん、でも俺と聖女は何もしていない事には変わりがないがな」
「何言っているの! 私は魔王城にある転移系の魔法を阻害する結界を破壊するのを頑張ったわよ」
「それを言うなら四天王の内2人に止めを刺したのは俺だぜ」
「2人とも落ち着きなよ、皆が頑張ったから、4人の功績だよ、それにまだ24時間経って居ないんだからもしかしたら何か起こるかもしれないし」
「大丈夫たと思うわ、きっとあの魔王様は何は起こったか分かっていないようだし、そもそも自ら動いて私達を探しにくるような性格でもなさそうだしね」
僕が先程魔王に使ったユニークスキル『かくれんぼ』はその周りに居たメンバーでかくれんぼを強制的にさせるスキルだ。鬼は僕が指定できる。そしてその鬼はゲームが開始されてから24時間以内にかくれんぼの参加者全員見つけないと負けになる。
鬼が負けた時の罰はその鬼の『死』だ。言葉のあやでも比喩でもない。ただの『死』だ。
そして逆に隠れる側の僕達参加者が負けた場合の罰は……分からない、なぜなら今まで負けた事が無いからだ。
18年前僕は向うの世界で死にこっちの世界に転生した。いわゆる異世界転生だ。僕はオグル家と言うこの国の名家の長男として生まれ変わった。
そして僕が15歳になった時、眠っていたら女神様から神託があった。その女神様は名をイシュタム様と言い、僕と学院の同級生の3人で魔王を倒しに行きなさいと言われた。貴方達なら倒せる、そして魔王を倒した暁には一人一つだけどんな願いごとでも叶えてくれると言う。
仲間達と3年間強くなりながら旅を続け、いつしか『勇者パーティー』と呼ばれるようになるまで成長し、そして目的地の魔王城に着き、魔王と対峙した。戦ってはいない、対峙してユニークスキルを使っただけ。
奴の配下の四天王でも死ぬほど強くて、かくれんぼを駆使したりして何とか勝てたのに、その親玉の魔王と正面から戦って勝てる気がしない。女神イシュタム様もきっと僕の『かくれんぼ』を当てにして居たのだろう。
「早く時間経たないかしら? ねぇ皆は女神様に叶えてもらう願いは決まっているの?」
僕以外の三人は転生者でも転移者でもないが、転生者である僕は元の世界に帰りたかった。向うに居た頃の自分の名前も顔も、家族や友達の事もそして死因すら思い出せないけど……なぜだか向うでやり残している事、やらなければならない事があるみたいでずっと心の奥底に引っかかっている、思い出せなくてずっと気持ち悪いのだ。
「本当に気が早いな」
「大丈夫よ、魔王がもし仮に転移魔法を持って居たとしても、ここの場所は分からないだろうし、仮に見つかったらまた賢者の転移魔法で逃げればいいわ、それに念の為、今私はここに認識阻害の結界を張ってあるんだから」
「まあそうだな、だが一応酒だけは飲むのを止めておこう、後は皆明日の昼まで一緒にいれば何かあっても大丈夫だろう」
「分かったよ、私はどっちみち酒を飲まないからその代わりいっぱい食うぞ!」
「もう、あはははは」
まだ終わっていないのにその夜は皆で騒ぎあかした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
次の日、目を覚ますと部屋には誰も居なかった。まさか? と一瞬思ったが食堂でご飯を食べていた。
「おはよう、みんな」
「おはようハイド、お寝坊さんね」
「ごめん、ずっと長旅で疲れていたんだろうか、昨日はぐっすり寝てしまったよ」
「そんな事よりハイド、そろそろ24時間経つぞ」
「もうそんな時間か、本当によく眠っていたみたいだね」
<ピコン かくれんぼ終了です、24時間経ちました。鬼は参加者の4名を見つける事が出来ませんでした。よって鬼の魔王シティパティの負けです>
突然、僕の脳内にいつもの機械的な声が聞こえる。
<ピコン 罰ゲームを執行します>
<ピコン 鬼の魔王シティパティの死亡を確認しました>
……どうやらいつもと同じように魔王にも負けた時の罰が下った様だ。
「皆、魔王シティパティは死んだよ」
「やったぜ!」
「ほら、私の言った通り大丈夫だったでしょ」
「よしこれで願いを――」
三人ともとても嬉しさそうだ――すると突然空気が重くなった気がした。周りを見ると僕以外の人達が皆動かなくなった。いやどうやら僕以外の人達の時間が止まっているようだ。
すると僕の目の前に一人の美しい女性が現れた。3年前に聞いた事の有る声が聞こえてきた。
「お久しぶりですね、ハイド・オグルさん。魔王シティパティを倒してくださり礼を言います」
「女神イシュタム様?」
「はいそうです、約束通り1つだけ貴方の願いを叶えに来ました」
「女神イシュタム様なぜ他のパーティーメンバーの時間まで止まっているのでしょうか?」
「それは貴方が特別だからですよ、ハイド・オグルさん。他の者達は貴方の願いを叶えてからです」
「そうですか、僕の願いは決まっています、元の世界に帰る事です!」
「……元の世界にですか」
「あっ、そうだ、元の世界に戻ったらこっちの世界で覚えた魔法やスキルってどうなるんですか? やっぱり使えなくなっちゃうんですか?」
「それに答えることは可能ですが、そうするとそれが願いになり元の世界に帰る事は出来なくなりますよ? それでも聞きたいですか?」
「え? そうなんですか? じゃあ答えないでください、元の世界に戻してください」
「こちらの世界は楽しくなかったですか? もう戻っては来られないのですよ?」
「勿論楽しかったです、貴族の生活も体験できたし、仲間と一緒に冒険して魔物とも戦えた、魔法だって使えたし向うでは出来ない色んな経験をした。でも戻らないとダメなんです」
「貴方は向うの世界に居た時の記憶は無いはずなのですが……本当に願いは元の世界に帰る事でいいのですね?」
「ずっと心の奥底に引っかかっているんです、向うにはきっと大切なモノを残してきたんです、それが物なのか場所なのか、両親なのか恋人なのか、友達なのか仲間なのか、何も思い出せないけど……だから戻って確認したいんです」
「本当に帰るのですね?」
「はい!」
「そうですか、分かりました……記憶消去は上手くいかなかったようですね、いえあやふやな記憶が残るくらいなら消去などしない方が良かったのかも――ごめんなさい」
「えっ?」
そして女神イシュタム様が両手を天に掲げると空に魔方陣が現れた。僕はそれに吸いこまれていった。
「私の願いを聞いて魔王を倒してもらったお礼をこんな形で返す事となるとは……私は女神失格ですね……本当にごめんなさい」
後編は明日投稿予定。
現在連載中の『僕が一番外れスキルをうまく使えるんだ!』も宜しくお願いいたします=^_^=猫出R