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サブドリームファンタジー  作者: たけのりたま
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第一章:夢の終わりと悪夢の始まり

 その日、私は休日を満喫していました。

 満喫とはいっても、根がインドアですので、起きてしばらくは部屋でダラダラ過ごしていました。そうして四時ぐらいになってから、本でも買いに行くかなと全財産の半分を持って外へ出ました。知り合いに合わないよう微妙にひっそりとショッピングモールへ向かい、書店の中を一時間ぐらいウロチョロして、目当ての本がなかったことに肩を落としながら負け惜しみにカルピスを買って外に出る、というあんまり意味の無いことをして家路につきました。

 現在時刻は六時。ゆっくり歩いても三十分あれば家に着くので、ギリギリ門限には間に合う時間です。ですが、何があるか分からないので念のため少し小走りに帰ることにします。

 途中の信号にギリギリ遅れて立ち止まったタイミングで、唐突な立ち眩みに襲われました。頭が急激にくらっときました。小走りとはいえ引きこもり気味の私のことです。体力が尽きてしまったのでしょう。赤信号なのを良いことに視力の回復に努めます。

 ところが、どうしたことか立ち眩みが一向に治ってくれません。前が見えない上にとんでもなく気持ち悪く、ちょっと命の危機を感じました。

 信号が青になったことを感じましたが、一旦帰ることは諦め、電柱に体を預けます。呼吸がかつてないほど荒くなり、足にあまり力が入りません。ただ、なぜか頭は普段通り周り、状況を妙に冷静に判断できました。小走りのお陰で門限には間に合いそうですし、しばらく様子を見ることにします。

 そうして電柱に支えられているうちに、少しずつ気持ち悪さが無くなり、視界が僅かに回復しました。もう大丈夫そうなので、私は電柱から手を放しました。微妙に恥ずかしいですからね。

 信号の音が聞こえないということは、今は点滅中でしょうか。未だにほとんど何も見えない上信号はもうすぐ赤です。次に信号が青になる前に回復しておきたいです。

 というわけで、目を閉じて十秒数えます。十秒後に視界が回復していることを祈って。


 一体何がいけなかったのでしょう。小走りで帰ろうとしたことでしょうか。電柱に体を預けたことでしょうか。そもそも今日に限って外出したことでしょうか。

 何を悔やんでも今となっては後の祭り。

 十秒後に目を開けた時、私は全く知らない場所にいました。

「・・・」

・・・えっと。


 ああ、これが異世界転移ってやつかあ。

「ちょっと、え?どういうこと?え?」

 ここはどこ?私は私。

 そう、私は私です。服装も持ち物も性別も変わっていません。良かったぁははは。

「違う、そうじゃないんですよ!」

 あの立ち眩みでさえも回っていた私の頭が完全にお花畑になりかけます。

「落ち着け私・・・落ち着くんだ・・・」

 なんとか脳内のお花を散らし、周囲の状況確認に努めます。混乱は後回しです。

「…………っ」

 ここはどこかの大通りでしょうか。私の横をたくさんの人が通り過ぎていきます。私はどうやら道のど真ん中に立ち往生しているようで、完全に邪魔になっています。

 慌てて隅に駆け寄ってから状況確認を再開します。目の前を通り過ぎていく人々は赤髪や青髪、金髪とファンタジー感が溢れています。しかも日本の実写映画のような染めた感じではなく、自然にその人に似あっていてとてもお洒落です。

 周囲には噂に聞く中世ヨーロッパのような建物が並んでいます。文字は全く読めませんが、看板らしきものと定員らしき人の存在からどうやら何かのお店もあるようです。会話も聞こえてきますが内容は――

「何かお困りですか?」

 と、ここまで考えたところで声をかけられました。相手は金髪の女性です。何を言っているのかさっぱり分かりませんが、どうやら道の端で固まっている私を慮ってくれたものと思われます。

「あ、えっと、その……」

「道に迷っているのでしたら、あちらの道を五分ほど歩いた先に交番があります。 そこに行くといいですよ」

 言葉は分かりませんが、女性が右の道を指しているので、多分そこに行くと何かがある、ということなのでしょう。

「えっと、ありがとうございます。そっちに行ってみます」

相手も言葉は通じないはずですが、どうやら身振り手振りで察してくれたようです。女性は笑顔で手を振って左の道へ歩き去っていきます。

「・・・ふう。よし」

 ここにこのままいても仕方がありません。色々考えるのは後にして、ひとまず女性の指し示してくれた目的地へ向かってみることにし、歩き出します。

 にしても引きこもり体質のコミュ障にいきなり会話イベントは厳しいものがありますね。できればこれ以上話しかけられることは避けたいのですが、真新しいものが多く、ついついキョロキョロしてしまいます。

ここは何処なんでしょうか。もしここが本当に異世界だとすると色々困るんですが・・・

暗い考えが頭をよぎりかけ、慌てて考えることを止めます。カルピスを一口飲んで腕時計を見ると、歩き始めてからおよそ十分が経過しています。女性の指し示したものが何なのか分からないので、通り過ぎていないか不安ではありますが、ここまで一本道だったので大丈夫なはずです。そのまま歩き続けます。


十五分経過。わたあめのような食べ物が売られている屋台がありました。気になって見つめていると、屋台のおじさんが一つ差し出してくれました。おずおずと受け取って食べてみるととても甘くて美味しいお菓子で、何度もお礼をしました。少しでも気持ちが伝わっていたら嬉しいなあ・・・


 二十分経過。若い男女に声をかけられました。

「珍しい服と髪の色だね。凄くお洒落だと思うよ」

「え、えっと・・・」

「セス、この子困ってるよ。きっと遠くから来た人だよ」

「あ、ごめんなさい。この町を楽しんでね!」

 手を振って去っていきました。何と言っていたのかは分かりませんが、何かとても心温まる言葉をもらった気がします。


 三十分経過。寒くなって体が冷えてきました。ですが、わたあめとカルピスのお陰でまだ歩けそうです。左右には商店街が広がっているようで奇抜な服や帽子が多々売られていました。


 四十分経過。何を目指して歩いているのか分からず不安になります。また暗い考えが頭をよぎりかけ、慌ててカルピスで不安を流して歩きます。


 五十分経過。カルピスが尽きました。


 一時間経過。体力と精神力が尽きました。

……帰りたい。

 一度その考えを持ってしまえば頭から引きはがすことは不可能です。

帰りたい。ここにいたくない。

 暗い気持ちばかり浮かびますが、理性がそんなこと考えてもどうしようもないことを訴えてきます。帰りたいと思って家に帰れるのなら世の中に迷子なんていません。

 そう。私は迷子でした。

 もうここまで歩けば目的地は通り過ぎてしまった可能性が高いことくらい分かっています。家でなくても、目的地があれば人は迷子ではありませんが、今の私は目的地の場所すら、自分がどこに行きたいのかすら分からない完璧な迷子でした。それでもどこだか分からない目的地を目指そうとするのなら、今すぐにでも引き返すべきなのでしょうが、立ち止まって来た道を引き返す勇気は私にはありません。引き返すのは、今まで頑張って歩いてきた過程を否定することは、とてもできません。

帰りたい。疲れた。休みたい。ここにいたくない。一人になりたい。

 そんな願望ばかり頭に浮かびます。ですが、そろそろ引き返すか進み続けるかの選択をしないといけません。というよりも引き返す決断をしないといけないのですが、今の欲望まみれの疲れ切った頭ではその選択ができそうにありません。

 悩みに悩んだ結果、私は理性と欲望の折衷案を実行することにしました。

一人になって、少し休もう。その後のことは、その後決めよう。

 言ってしまえば問題の先送りです。ですが、今の私にとっては、すでに出ている結論を選び取れない小心者の私にはそれが一番重要なことでした。

 目的を決めてからの私の行動は早いです。横にあった裏路地へ駆け込み、人がいなくなった所、なるべく静かな所に座り込みます。

 座った瞬間、どっと疲れが溢れ出てきました。歩くことには自信があったのですが、見知らぬ場所で会話も出来ないなか、人込みを一時間も歩けば流石に疲れます。

 休むついでに考えをまとめる予定でしたが、そのままうとうとして、やがて眠ってしまいました。




 急に頭に強い衝撃を感じて、慌てて目が覚めます。

「っつ・・・・?」

 鈍器で殴られたような痛みでした。慌てて目を開けると、私は横倒しになっていました。体育座りで眠ったはずなので、横倒しになった覚えはないのですが・・・

「おい。お前、ここが誰の縄張りか分かってんのか」

 と、そこへ頭上から声が聞こえました。相変わらず内容は分かりませんが、何となく怒っている雰囲気は伝わってきます。

 慌てて体を起こし、声の主を見て、直ぐに見なきゃ良かったと後悔しました。明らかにごろつきです。しかも五人くらいいます。

 途端、強烈な蹴りが私のお腹を直撃しました。

 あまりに痛く、呻いているうちにまた声が降ってきます。

「おい!聞いてんのかよ!」

「親分。こいつ多分遠くから来た奴ですよ。状況が分かってないんじゃないですか」

 未だに頭が痛いです。せめて相手が何を言っているか分かれば・・・

「・・・なるほど。おいお前ら。こんな所にサンドバッグが落ちてるぞ。日頃のストレスを発散するといい。ついでに身ぐるみを剝いでやれ」

 男の言葉に、後ろの下っ端っぽい人たちが歓喜し、こちらに近づいてきます。言葉は分からなくてもこの流れで自分がどうなるかの予想はつきます。

 慌てて逃げ出そうと背を向けますが、思いっきり背中を蹴られ倒れます。とてつもなく痛いですが、多分お腹を蹴られるよりはマシでした。倒れた後、半分恐怖半分本能でお腹を隠すようにうずくまります。

 そのまま背中を殴られたり蹴られたりされ続けます。物凄く痛いです。痛いですが、耐えられないほどではありませんでした。私はどうすることもできず、すぐ終わる、すぐ終わると自身に暗示をかけてやり過ごせることを必死に願っていました。痛い、痛い。でも、あと少し、あと少しできっと終わってくれる。きっと・・・


 そして、終わりは突然訪れました。

 急に背中の衝撃が無くなりました。背中が痛いのは変わりませんが、新しい痛みが無くなったことに動揺しつつゆっくり顔を上げると、男たちが何か言いながら走り去っていくところでした。何故……?

「まったくもう。いつの時代にもああいう輩はいるんだよなあ」

と、背中で声が聞こえ、慌てて振り返って愕然としました。

「やあ。君、大丈夫かい?」

 タヌキでした。タヌキが浮いていました。茶色の体に丸い耳、凛としたお鼻と、完全にタヌキです。そのタヌキが日本語を話していました。そう、日本語です。あの日本語。

「さては君、僕の姿に驚いているね。なんだか新鮮で嬉しいなあ」

 タヌキ、浮遊、日本語、動物が話す……

 私はぐちゃぐちゃになってパンクしそうな頭をなんとか使って、言葉をひねり出します。

「えっと、あなたは・・・?」

 私の言葉にタヌキは笑ってこう答えました。

「僕はぺル。ただの悪魔さ。・・・君の名前は?」


これが、私と一匹の悪魔の出会いでした。


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