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鈴谷さん、噂話です

無責任な暴力と毒殺疑惑

 ――社会的制裁。

 ネットが普及する以前からあった事はあったらしい。けれど、ネットが普及してからはより酷くなって性質も悪くなった。

 無責任な立場から行われる匿名性の高い人々による断罪。

 司法に乗っ取って行われる刑罰と違って、それらは真っ当に捜査も行われないし、罪に照らし合わせて罰を決めようというような配慮もない。

 ただ単に面白そうだったり、皆が同じ事をしているという一体感だったり。そんな曖昧な群集心理のようなものが原動力となって行われる。

 場合によっては、何ら信憑性がない単なる噂や勘違いを根拠に、個人が標的にされてしまう場合だってある。しかも、それが数年間も続いたりすることもあるらしい。

 ――そして。

 その時、僕が見つけたのも、そんな“ネット社会の社会的制裁”の一つだった。

 

 『妻が夫を毒殺した。当に毒婦だ』

 

 それは、そんなあまりセンスのよくないタイトルの記事だった。本人は笑いを取っているつもりなのだろうが笑えない。

 その記事によれば、ある男性が死んでしまったらしいのだが、その死因が服毒だったらしいのだ。

 どうしてその家の奥さんが疑われたのかと言えば、「夫婦関係がギクシャクしている」とその男性が知人に漏らしていたからで、自殺するような素振りもその男性には見られなかった事もあって、“妻が怪しい”とされたのが発端だったようだ。

 ただし、警察はその奥さんを完全に白と断定している。

 これだけで奥さんの犯行が疑われるのも酷い話だけれど、実はまだ奥さんが犯人と疑われてしまった原因はあった。

 その事件で、その男性の死因となった毒が何であるのかは公表されていない。何でも、その奥さんが必死に公表を拒んだらしいのだ。

 隠されると想像力が膨らんでしまうのが人の性。それで色々と言われるようになってしまったのだ。

 ある程度、話題になった時点で、その奥さんは釈明なのか何なんか「多く飲み過ぎると毒でも、少量ならば薬になる薬品もこの世にはあります」という謎の発言をしている。

 どういう意図があるのかさっぱり分からず、それが火に油を注いでしまった。

 『あんたの夫が何かの病気だったってんなら、何の病気なのか言ってみろよ!』

 過激な連中はそんなような発言までして彼女を糾弾した。奥さんは何も返さなかった。ただ、黙って耐えていたようだ。

 話題が広がる内、夫の方の交友関係が徐々に分かって来た。

 その夫は昆虫マニアで、ここ最近はツチハンミョウを集めるのにはまっていたらしい。女性はあまり昆虫を好まないだろうから、それが原因で夫婦仲が悪くなってしまったのじゃないかとそんな噂が流れた。

 

 「――ねぇ、佐野君」

 

 そこまで僕が説明した段階で、鈴谷さんはそう僕を止めた。

 僕は大学の新聞サークルに所属している大学生で、鈴谷さんは民俗文化研究会に所属している。ちょっと地味だけど、綺麗で可愛い女性だ。

 僕は、まぁ、何と言うか、彼女に惚れていて、それでいつも僕はネットに転がっている怪談系の噂話を見つけては、その手の話が好きな彼女に話しに行くのだけど、その時もそうだったのだ。もっとも、良さげな怪談は見つけられなかったから、毒殺事件の話題だったのだけど。

 「口ぶりからいって、佐野君はその女性が犯人ではないと思っているのでしょう? それで無実の罪で責められているのが許せないと思っている」

 「うん。まぁ、そうだけど」

 「もしかして、私に解決を期待していたりするの?」

 僕はそれを聞くと少し考えてから、「そうかも」と答えた。

 彼女は民俗文化研究会に所属しているだけあってその手の知識に強いのだけど、それだけじゃなく、妙に勘が鋭くて、こういう謎を簡単に解いてしまったりするのだ。

 僕の返答を聞くと、彼女は軽く溜息を洩らした。

 「佐野君。私の予想が正しければ、この事件はその女性の疑いが晴れても晴れなくても、悲しい結末しか待っていないわ。

 ただ一つある望ましい結末は、自然とこの話題が消滅していって、誰も話題にしなくなることよ。

 だから、もしその女性の為を思うのなら、“何もしないで黙っておく”が最も適切な対応だと思うわ」

 僕はその言葉に驚いてしまった。もう彼女には真相が分かったのだろうか。

 「何か分かったの?」

 「分かったというか、単なる予想だけどね。でも、どうしてその女性が疑いを晴らそうとしないのか、その理由を考えるのなら、それしかないと思う」

 僕はそれを聞いて不思議になった。

 「この奥さんが悪くないって言うのなら、やっぱりそれを分からせてあげた方が良いと思うけど」

 僕がそう言うと、鈴谷さんはやや強めの口調で言った。

 「佐野君。

 もう一度言うわ。自然消滅を待つの。

 でも、どうしても気になるって言うのなら、これだけは言っておくわ。その女性は、死んでしまったその男性を護ろうとしているのよ。だから、真相は不明のままの方が良い」

 そこまで彼女に強く言われてしまっては、僕には何も返す事はできなかった。

 ただし、それから彼女はこんな事も言ったのだけど。

 ちょっと切なそうな顔で。

 

 「……だけど、ツチハンミョウにまで辿り着いているのなら、いずれ、誰かがそれに気が付いてしまうかもしれないけれど」

 

 やっぱり僕には何の事か分からなかった。

 

 でも、それから数日後、僕は彼女の言った意味が分かったのだ。

 こんな書き込みが話題になっていた。

 

 『夫の死因は、恐らくはカンタリジンだ。ツチハンミョウから得られて、古くから催淫剤として用いられてきた。

 ただし、摂り過ぎれば毒だ。

 つまり、セックスレスの所為で夫婦仲がギクシャクしていたのを、この男はなんとかしようとして、ツチハンミョウからカンタリジンを取って飲んでいたんじゃないか? それで摂り過ぎて死んじまったんだ』

 

 “なるほど”と、それを読んで僕は思った。

 奥さんは、夫の為を想って、これを隠したかったんだ。

 奥さんの疑いはそれで晴れたけど、その死因を面白がる書き込みがそれからネットの掲示板には増えていった。

 果たして、奥さんはどんな思いでこれを見ているのだろう?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎の提示と、結末の意外性がともにあり、素敵なミステリーでした。 そして、そんな毒薬?があるんですね……ためしに飲んでみたい気もします←
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