第6話 『Former Rain deja’vu』
部屋に着き制服から私服に着替える。どさっ、という音をたてて二人用ソファに横になる。
「死ぬのをわかっていて、殺す……か……」
小説で読んだ内容を振りかえる。死ぬのをわかっていて殺す。小説の中の世界だが、なぜかどこかでそんな事があったような気がする。「死ぬ」ではないが、なにか「別れ」のようなそんな感じがさっきから脳内を巡り歩く。自分でわかっているということは「自覚心」になるだろうか。調べはしなかった。
そのまま小一時間ほど考えた後、お腹が悲鳴を上げたので夕食を取ることにした。
一人で使うにはあまりにも大きな冷蔵庫を開ける。食材は大量にあったが簡単な物にしようと思い非常食用のカップラーメンにお湯を注ぐ。カップラーメンなんて食べるのは何日ぶりだろうか、と考えつつも、直ぐにたいらげた。割り箸を半分に折りゴミ箱に捨てる。ベッド脇のギターを軽く弾く。昨日買った十二弦ギターではない。
ふとピアノの譜面台の乗っかっている楽譜を手に取る。バダジェフスカの「乙女の祈り」だった。朝、立てたままだったのだ。そのときも既視感を感じた。
そうだ、さくらが初めて弾いた曲、そして僕が最後に聞いた曲。あの時以来聞いてはいない曲、それが「乙女の祈り」。
なぜか、CDで聞く「乙女の祈り」と、さくらが弾く「乙女の祈り」はまったく違う曲に聞こえるのだ。なぜだろうか、楽譜は同じだが、プロより素人、しかも小学生が弾く曲の方がとても綺麗に聞こえる。生の演奏だからだろうか、いや、それもあるが少し違う。僕にとって、さくらは特別だったのかもしれない。いろんなことを教え、逆に教えられた。少年時代の青春というやつだろうか、もしかしたらさくらには人を変えられる能力があるのかもしれない。
僕は、小学校、さくらと出会うまでは音楽なんて全く興味はなかった。だけど、さくらの弾く、あのピアノの音色によって、僕の人生が変わった。
親に無理を言って買って貰ったピアノ。古いピアノなのでメーカー名が擦れて見えなくなってしまっているが、確か、シュタイナーとかいうメーカーだったはずだ。
そのピアノで毎日、さくらからピアノを教わっていた。到底、さくらに腕前に追いつくことは不可能だったが、今となってもピアノを引き続けることが出来るのは、さくらのお陰だろう。そんな事を思いながら、楽譜を元の場所、譜面代の上にそっと戻した。
ふと昼休みの時の会話を思い出した。山門もそんな気持ちでさくらに告白したのだろうか……。いや、違う、絶対違う。山門に対しては失礼だが、山門がそんな感情で物事を考える人間ではない。噂話が絶えない山門のことだ、ただ可愛いからと本人も言っていた。……まてよ、じゃあ、なんでさくらは山門の告白を受け入れたのだろうか。いくら口数が少ないさくらでも断る「いいえ」くらいは言えただろう。
そこまで、さくらは山門の事が好きなのだろうか。よくわからない……さくらのことも、山門のことも、僕自身のことも……
そのことを考えながらベッドに横になり目を閉じた。
その夜はなかなか寝付けなかった。
結局、寝付いたのは空が紫色に染まって、やがてこの部屋も灼熱のような太陽が昇る頃だった。