第5話 『Former Rain After School』
終業のチャイムが鳴った。本日の持ち物検査では二人捕まったらしい。一人は煙草、もう一人は化粧道具だった。放課後呼び出しをくらっていた。
終業のチャイムが鳴った途端、クラスのみんなは早々と教室を出て行く。さくらもその波に少し遅れて出て行く姿が見えた。山門とは一緒ではなかった。僕は山門を探す。教室には姿がない、もしかしたら、と思いロッカールームを見に行く。
「いた」
山門はタカと一緒だった。どうやら例の取引を行っているようだ。僕は邪魔をしないようにロッカールームを足音を立てないようにそっと出た。教室に戻り荷物をまとめる。机横のトートバッグに財布、携帯、本が入っていることを確認する。そして、トートバッグを持ち十人くらい残っているクラスメイトを背にエントランスへ向かう。エントランスには既にかおりがいた。
「遅い!」
どうやら終業のチャイムとともにその場にいたらしい。ロッカールームに行っていた為、五分ほど待たせてしまったようだ。
「悪い、山門に呼び止められて」
これは上手い嘘である。確かにロッカールームで山門を見たが、呼び止められてはいない。もしこの嘘がバレたとしても山門は言い訳をできない。学校で例の取引のことは話せないだろう。自動的に話を合わせる事は得意な奴だ。が、しかし……
「嘘。さっきロッカールームの方に高橋君と一緒に行ったのを、この目でしっかり見ました。この時間帯でロッカールームに行くのは部活の道具を取りに行く者、何らかの委員で資料を取りに行く者。そして、夏休みが終わった三年生は部活を行ってない。山門は部活はもう引退して、何らかの委員ではない。それと高橋君と一緒にE組のロッカールームに行くのはおかしい。きっと、何か隠し事、又は何らかの取引をしようとしている証拠。ショーゴのアリバイは山門に問い詰めれば結論は出てくる。違う?」
「……相変わらず、見事な推理だ。いつからこんなに推理作家家としてデビューしていたのか。だが一箇所違う部分がある。確かに山門とは会ってない。しかし、ロッカールームに行ったのは確かだ」
「アリバイを証明できる人はいる?」
降参だ。元々、嘘がバレた時の事など考えてはいない。見事に僕は容疑者となった。
「……! さぁ行こう!」
僕はかおりの隙を見て駆け出した。このままじゃ時間だけが過ぎていく。要は逃げたもん勝ちだ。だがまたしても……
「待てー! 確信犯ー!」
元陸上部のかおりによって僕は見事に確保された。でも、かおり。確信犯の使い方、間違ってる……
「どういうことか、説明してもらうわよ……」
もう参った。降参だ。かおりにすべて話す事にした。プロレス好きのかおりは僕にチョークスリーパーをかける。あと五秒以内に落ちる。あわてて腕をタップする。
「……わかった相棒に乗りながらゆっくり話すよ」
「前から思ってたけど、相棒って趣味悪くない?」
「…………」
僕とかおりは相棒に乗って都心へと向かった。僕は、先ほどの山門の取引を自白した後、この相棒についての話になった。
「山門も相変わらずだね……。で? なんでこのバイクが『相棒』なの?」
「文字通り、そのままだよ。『相棒』に名前をつける理由なんてない。それとも正午号とか、後部座席専用かおり号とか?」
「どっちも嫌。せめて『キャリー』とか『キャサリン』とか……」
「なんで『キャ』から始まるの……?」
「もう! いいから、それよりなんで『相棒』なのかちゃんと説明しなさい!」
ヘルメットの鍔で僕の後頭部を叩いた。しょうがないから早口で説明してやった。
「一番初めに乗ったスクーターは一号。そのあと友達が事故ってバラバラ。友達は足と手を縫う、ちょい重症。ちなみに事故はクルマとの衝突。そのクルマはひき逃げ、まだみつかってない。二号はアメリカンバイク、むちゃくちゃ改造して暴走族の乗るバイクみたいになったから三十五万で売った。三号はかおりが知ってる、あのうるさいスクーター。十万で買って改造したけど、扱いが難しいし燃費がむちゃくちゃ悪かったし、たまに排気漏れしてたから二十万で売った。で三十五万で買ったのがこの相棒。燃費良し、改造なしで百キロは出る、なんせ、二人乗りできることが大きかったかな?」
一通り説明した。ちなみに残ったお金の半分は貯金、もう半分はギターに使った。
「じゃあ、これ四号じゃん。なんで相棒?」
「相棒に名前をつける理由はありませーん。勝手にそう呼んでただけ。やっぱ外車はいいよ」
「詳しい人じゃないと外車かどうかなんてわからないけど……どこの何て言うメーカー?」
「*****だよ」
「知らない」
バイク&クルマ界では有名なのに……
そうしているうちにかおりが行きたいところ周辺に着いた。
やはり、都心に来ると人の数や、クルマの数が違う。まだ明るいのに街中イルミネーションが光り輝いている。そして、やたら大きな交差点の信号待ちの最中に、
「ここでいいよ」
「いや、店の前まで送るよ」
「ここでいいので待ってなさい」
かおりはカタコトでそう言うと、アーケードの中に入っていった。僕も相棒を自転車がたくさん止まっている場所に止めて、楽器屋かバイク屋はないだろうか、とアーケードの中に入っていった。
一時間ほど探したが結局、楽器屋もバイク屋も見あたらなかった。若者向けの衣類屋はたくさんあった。「ここはファッション通りか?」と思えるほど……。僕が服を買う時は、雑誌などに頼らず自分で決めている。別に買いたい服はないし無駄遣いはしたくなかった。しょうがなく相棒を止めてある道路脇まで戻った。しかし、まだかおりは帰ってきていないようだったので、僕は相棒が見える喫茶店で時間を潰すことにした。
喫茶店に入り、窓際の席に座る。相棒がよく見える。僕はアイスレモンティーを注文した。僕はコーヒーも好きだが、アイスレモンティーは懐かしの飲み物なのだ。
外を見ると、やはり若者ばかりだった。高校生だったり、中学生だったり、どちらかというと女子学生が多かった。どうりで楽器屋もバイク屋もない訳だ。
僕はトートバッグから読みかけの小説を取り出し、アイスレモンティーを持ってきた店員さんに「どうも」と一声かけ読み始めた。
その旅人、二人は、バイクに乗って各地を旅している。片方は男性、もう片方は女性。
世界不況に陥り、世界経済の悪化、そして戦争が絶え間なく発生している。主人公二人は、その世界不況の実態に迫るべく、世界を旅して回っている。
今回の話のタイトルは『病気の話』。
主人公は、医療が発達した街へと入る。そこで出会った長年入院している少女と主人公たちは出会う。そして、色んな旅の話をした後に、少女は「私はもう、長くは生きられない」と言う。悲しみにくれる少女に対して、男性の主人公は、心配いらない、と励ましの声をかける。なかなか説得力がある話をする。そうして、少女は元気を取り戻すのであった。
しかし、その後に少女の母親が登場したときに、男性主人公は母親に対して、「あの子はもう長くはありませんね」と言う。母親は、そうです、と答える。
母親は、もう長くない子供を安楽死させようと考えていた。しかし、女性主人公が反論する。子供の命を母親が奪ってどうする、と。
その後、少女は亡くなってしまうのだが、自分がやってみたいこと、これからやりたい事を記した日記が見つかる。その日記を見て、母親は酷く後悔するのであった。
一通り短編の小説を読み終え、達成感なような気持ちでため息をついた。この小説は内容が深い。今まで読んだ中で一番深かった。
僕はアイスレモンティーを飲み干して、ふと、道路脇に目をやった。しかし、そこには腕を組み、足踏みをしているかおりがいた。
「しまった……」
帰り。ガソリンスタンドに寄りつつも、かおりの怒りは収まることはなく、いつもの場所にかおりを下ろした。下ろした後もかおりは、むっ、としていた。両手にはビニール袋に入っている紙袋。
「じゃ明日! もし、遅れたらショーゴのギターで頭ぶっ叩くからね!」
恐ろしい言葉を残し、かおりは帰って行った。無論、そんなことはさせない。まぁ、二時間も待たせたら怒るのも当然か……そんなことを考えながら僕も自宅に向けてバイクを発進させた。