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第3話 『いつもの朝〜Free school〜』


 じりじりと太陽が上がってきて、やがてこの部屋にも光が差し込もうとしていた頃、僕は起きた。僕は毎日、日の出と共に起きる。

 春夏秋冬によって太陽が上がる時間は違うが大抵は時間通りに起きる。低血圧な割にはすっと起きられる。

 学校の授業は九時半からだ。普通なら七時半に起きれば間に合うのだが身体が覚えているためどうしようもない。

 起きてからまずすること。まずは熱いシャワーを浴びる。朝に浴びるには熱すぎる程の熱で、まずは身体を温める。浴室の中には大量に蒸発した湯気が足場を曇らせる。

 シャワーの後にはクラシックの曲を聴きながら読書をする。本を読むのは好きだ。中学の時に買った本が面白く、小説から参考書、地図まで幅広く読んでいる。今読んでいるのは、旅人がいろんな国や街を見て回る短編式の小説だ。


 読書を続けて約一時間、フランツ・リストの曲集が終わる頃に読書も切り上げる。

 次にやることは朝食だ。僕は父母と同居しているが2LDKの部屋を上手く使い、キッチンからシャワールーム、ダイニングルームまで自分一人で使っている。親は仕事上、めったに帰ってくることはないし、帰ってきても僕の部屋にはこない為、親の顔を見ることも少ない。

 毎日、朝食は軽めに取る。一人分のスパゲッティを作り、宗教的な挨拶はせずに少しずつ食べ始める。

 朝食を食べ終えて食器を自動洗浄機の中に置く。電源は入れずに水だけを溜めておく。どうせ夕食の分も入れて洗うのだ。少しでも水道代を節約したい。


 まだ、登校時間にはだいぶ余裕がある。

 いつもはピアノをしばらく弾く。しかし今日は、昨晩できなかったギターのネックの反りを治すことにした。

 ネックの反りは少し治すのにも結構時間が掛かる。まずは十二弦全ての弦を外さなくてはネックは治せない。

 僕は十二本の弦を全て外す作業に取りかかった。しかし、以外と疲れたのでネックの反りの部分はまた後日に治すことにした。


 その後、僕はピアノの前に向かった。

 このピアノは僕がまだ小さい頃に親にねだって買って貰った物だ。とても子供がねだったから買って貰う物ではない。明らかに五十万円以上する物だ。しかし、その値にあった技術を、僕はまだ持ててはいない。

 鍵盤の上に両手を乗せ、軽くユニゾン音をだす。調律の狂いもなく、美しい倍音の周波数が部屋の中に響き渡った。

 手首と肩をゆっくり回す。一呼吸後、ショパンの「別れの曲」を弾くために頭の中の譜面を精一杯手を伸ばして取り、ゆっくりと鍵盤に手を乗せ身体の体重を前に倒し最初の音を出した。

 一度もミスをしなで曲を弾き終える。次は何を弾こうか、と迷った。いつもならフランツ・リストの「愛の夢 第3番」を弾くのが習慣だ。ちなみに、この曲は、僕が一番好きな曲だ。この曲は深い。愛の全てが詰まっているような気がするのだ。

 だけど今日はバダジェフスカの「乙女の祈り」を弾いてみることにした。昨日、さくらがその曲をピアノで弾いている姿を思い出したからだ。幼いながらもとても凛々しく、そして優雅な旋律を奏でてくれていたあの頃のさくらを……

 僕は「乙女の祈り」の楽譜をギターのスコアやピアノの楽譜がびっしり詰まった本棚から探し出す。メロディーは覚えているのだが、楽譜がないと弾けない。いくら、絶対音感や相対音感を身につけていても、それはまた別物なのだ。


 ソレは、昔使った楽譜欄の中にあった。

「懐かしいな……」

 少しほこりを被った楽譜を譜面台の上に載せ少し眺める。相変わらず難しい譜面だ。今となれば練習すれば弾けるだろうが、今日は見るだけにした。


 八時。登校する時間だ。着慣れたワイシャツに濃い緑色のネクタイをすばやく結ぶ。さすがに二年半も結んでいると十秒もしないでで出来上がる。

 シックな腕時計を左腕に付け、トートバックに財布と携帯、さっきまで読んでいた本を入れて部屋を出る。親とは別ルームなので挨拶せずに家をでた。

 

 外は晴れていて気温も高い。夏の空を絵に表したかのような天気だ。

 じりじりとコンクリートから湧き上がる熱と東から浴びる太陽の光と熱でぐんぐん気温を上げていく。

 僕はワイシャツの袖を腕まで捲り上げる。黒皮の左腕の時計が太陽の反射を受け光る。

 八時五分、僕は自宅から学校までの最短距離ではない方角に、いつも乗っている『相棒』という名前のバイク(自動二輪車を指す。この場合オートマチック型スクーター型バイク)を向けた。ヘルメットをかぶり首元でロックする。セルスターターでエンジンを付ける。

 重低音と共にバイク本体にもエンジンの振動が響く。低音の効いた最高速タイプだ。

 

 僕は少し雲一つない空を見上げて、

「今日も良い天気だ。走ろう」

と独り言をつぶやき、学校とは違った方向にバイクを発進させた。

 爽やかな風が身体に当たっては逸れて後ろに流れる。朝の街並みを僕と僕のバイクの音が、静かな沈黙を破る。僕らの音は空の果てまで響いた。


 十五分後、その場所に到着した。その直後に、

「ショーゴ遅い! 五分も待った!」

腰に両手をあてた少女が僕に向かって甲高い声で怒鳴りつけた。

「毎日送ってるのにその態度はどこからでてくるのか……」

「遅刻は遅刻! それに一年もすればそんなこと気にしない! さっ行くよ!」

と、言ってピンク色のヘルメットをかぶって、僕に何の許可もなくバイクの後部座席に座った彼女は「山本かおり」。二年の時のクラスメイトだ。現在は学年も変わりクラスも違う。



 かおりと出会ったのは二年生の五月だった。

 僕はいつもどおりの授業を受け下校しようとしていた時、彼女はやってきた……

「お〜い! 飛騨くん! 飛騨正午く〜ん!」

いきなりフルネームを大声で叫ばれた。

 その女の子は恥ずかしくないのか、手をぶんぶん振りながらこっちを見ていた。

 彼女は見覚えのある顔だった。確か、同じクラスで楽しそうに女子同士の会話に入っていて、いつも元気いっぱいの女の子。名前は確か「山本さん」。

 僕はエンジンを切り彼女のところまで当時乗っていたスクーター(一人乗り専用)を押して行った。

「どうしたの? 山本さん」

僕は彼女とあまり面識もなかった。だからと言って無視をするのは良くない。今思うと、無視なんかしていたらどうなったことか分からない。

「かおりでいいよ。みんなそう呼んでるし」

自分のことを「かおり」と名乗った彼女は笑顔だった。あまりの笑顔に僕の作り笑顔は引きつってしまう。

「……で、かおりさん。どうしたの?」

女子のことを下の名前で呼ぶのはさくら以来だったから正直、少し恥ずかしかった。

「帰り……」

「えっ……?」

風のせいだろうか、それとも作為的だろうか、よく聞こえなかった。しかし、次の瞬間、彼女はとても早口で話した。僕は半分くらい聞き取ることが出来なかった。

「帰りいつも乗ってるバスが行っちゃたの! 次のバスまで三十分もある! それに…………」

「……そうなんだ。でも、三十分だったらアーケードでも歩いてれば、時間潰せるかもよ?」

この学校の近くには大きなアーケードがある。都心には負けるがいろいろな店が立ち並んでいて見ていて飽きることはない。ちなみに、僕がいつもいっている楽器屋もそこにある。

「早く帰らないといけないの! 三十分も待ってられないの!」

よほど急いでいるらしい。両手で大きく円を描いたり、振り回したりして、どう忙しいのかを懸命に伝えようとしているが……正直、理解できない。でも、彼女の癖は手を振り回すことだと、くだらない事を考えていた。

「でもどうして僕に? それほどの急ぎだったらタクシーでも……」

「乗せてって!」

彼女はなんのためらいも何も感じさせないまま、僕のバイクの後ろに乗りたい、という意思を表明した。

「……あの、このバイク、一人乗り用だけど……」

その当時乗っていたバイクは原動機付き自転車。二人乗りは法律で禁じられている。しかも去年、また法律が変わり、該当者には厳しくなった故に、簡単に許可する訳にはいかない。しかし彼女は、

「前につめれば二人乗れるはずだよ? ヤマトに聞いたから」

この時はまだ山門と知り合っていなかったから誰だかわからなかった。僕は、しばらくどう断ろうか考えた。……が、断れる気がしなかった。彼女の笑顔に負けたような気がしたのだ。しょうがないのでパトカーが通らない道を彼女に断って五分くらい考えた。その間も彼女は、早くしてと言わんばかりの態度を取っていた。……本当に乗せて貰う自覚があるのだろうか……?

 その後、ルートが決まると、学校から少し離れた所まで彼女を誘導して僕のヘルメットを彼女にかぶせてバイクを発進させた。

「乗せてくれてありがと! でも、急いでね!」

と、彼女は言う。”ありがとう”の後に”急げ”と言われて、僕は複雑な気持ちになった。

 僕は、ミラーと前方方向、彼女に気をつけながら事故を起こさない程度のスピード、なるべく速くこの緊張状態から開放されようと結果的には速いスピードで一人乗り用スクーターを走らせた。彼女には両手をしっかり僕の腰に回しておくよう言い、彼女はすぐに従った。


「着いたよ」

やがて、彼女の目的の地へと着くと、僕は大きな緊張から解放されて大きなため息をついた。が、しかし

「ありがと! 明日の朝も八時にここに寄ってちょうだいね! じゃまた明日!」

と、彼女は言って宙に浮いているのではないかと疑う早さで去っていった。僕は、「明日も?」「なんで?」「八時?」と、訳がわからず少々時間をその場で唖然とした気持ちでいた。

 その次の日もまた、一人乗り用スクーターで彼女を後ろに乗せて学校まで通った。それが現在まで続いている。 

 それが、かおりとの出会いだった。



 「今朝はなんで遅かったの?」

しばらく考えていた僕は話しかけられていたことにようやく気づいた。ちなみにもう僕らは走り出している。

「えっ? あぁ、ちょっとピアノの楽譜探しててさ」

「そんなの言い訳になりません」

「いや、それ以外ないんだけど……」

 今は外国製有名メーカースクーター(二人乗り可)に乗っていて、警察に引っかかることはない。無論スピードオーバー、事故率が高いオーバーテイク(追い越し)は禁止、公道五十キロ指定。十年前までは六十キロ指定だったらしいが交通事故が多いため五十キロに指定された。 

 バイクの免許は十六歳の時に取得した。よくバイクの免許は取ってはいけないと昔は言われていたが、今の時代は年齢さえ守れば列記とした資格として学校でも全面バックアップをしてくれている。だから十八歳になれば公欠扱いとして車の免許を取りに行っている生徒も少なくないのだ。


 現在、僕は六十キロでかおりを乗せて国道を走っている。朝のラッシュにも関わらず、クルマはものすごいスピードで僕らの横を走り去っていく。スピードオーバーだが用は捕まらなければいいというやつだ。横を走るクルマなんて平気で七十キロは出している。

 スピードは毎日決まったペースではない。遅刻しそうな時は二人乗りでフルスロットル、九十キロで走る。時間に余裕がある日などはきちんと指定どおりに五十キロ以下で走る。

 ちなみに、このバイクの最高速は百五キロ、計測したときに信号で止まってしまったため正確な数字ではない。もっと出るかもしれない。しかし、バイクの最高速は「壊れる速度」なので測り直してはいない。


 左手を僕の腰に手をあて右手でキャリアを握りながらかおりが僕に言う。

「そういえば今日E組で持ち物検査やるんだって?」

「山門から聞いたのか? あぁ、やるらしいよ」

山門は学校の中では顔が広い。かおりも、一年の時から山門の事を知っているようだった。

「そうだよ。わたしのクラスの担任はそうゆうの興味ないから安心、安心」

やっぱり。でも、いつかはやると思うよ。持ち物検査。

「C組でも今日、もしやるとしたら何かまずい物持ってきてた?」

女子はなにか取られる物でもあるのだろうか?ぶっきら棒に聞いてみた。

「なにも〜」

「なにかあるだろ?」

「さぁ?」

「まぁいいや、なにか買ってく物は?」

 毎日通る公道、学校の近くにはコンビニエンスストア(以下、コンビニ)がある。たまにかおりは急に「止めて!」と言って無理矢理後輪を滑らせドリフトしながら止める時がある。さすがに世界有名メーカーのタイヤを使っているだけにドリフトはあまりお勧めできる行動ではない。と、言う以前に危ない。危険。もうやらないでくれ。

「今日はいいよ、そのかわり帰りも乗せてって」

普段かおりはバスで帰る。帰りも乗せてけってことはどこか寄る所でもあるのだろう。

「あまり遠くだど拒否するよ」

あいにく他の学生のように電車で通学していないためにガソリン代は自分持ちだ。ちなみにこの相棒はレギュラーでは言う事を聞かない。レギュラーだと直ぐにエンジンの調子が悪くなってしまうのだ。だから毎回ハイオクを入れるはめになる。ガソリンスタンドのバイト君は毎回「レギュラーで宜しいですか?」と聞いてくる。僕は毎回環境にいいのかどうかもわからないハイオクを注文する。毎回「こちらの方へ」と言われハイオクの場所まで押していく。慣れた僕はスタンドのバイトに誘導された方向とは違うハイオクの給油口の方に止める。「すんません、レギュラーはこっちですが」と、何十回言われただろうか?僕は腹立つ気持ちを最小限に抑え「ハイオクでお願いします!」と毎回言う。レギュラーとハイオクの値段の差は約五十円、満タン十リットルなので軽く三千円は超す。しかし、レギュラーを入れると相棒はエンジンが焼きつくので嫌でもハイオクを入れるはめになる。だから遠出はあまりしたくないのだ。

「大丈夫、ココから十キロくらいだから」

「遠っ! ガソリン代払うか?」

十キロは遠い、いくら燃費が良いバイクだとしても二リッターは持ってかれる。往復で四リッターだ。今、ガソリンメーターはフルとエンプティの真ん中、ややエンプティ寄り。帰りハイオクを飲ませてやる必要がある。無論、返事はノー、却下だ。

 しかし、学校の敷地内、駐輪場に着いても、どうしても行くと聞かないからどんな所かと興味を持ち、致し方なく、承諾した。


 九時二十分、校門をくぐり校内に入ってもかおりは横にいる。

 半年くらい前から、僕とかおりが「付き合っているのではないか?」という噂が切って立たない。本当にかおりとは付き合ってはいない。かおりはどう言い訳しているだろうか?でも、聞きたくても聞きずらい。何度か考えたがやっぱり聞かない事にした。

 理由、特に意味ないから。そんな事を考えながらC組の前でかおりと別れて、四階にあるE組へと速くもない、遅くもない足取りで階段を上った。

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