第2話 『Intro 〜epilogue〜』
2032年、僕は高校三年生だった。
僕は、その学校の三年E組出席番号八番、飛騨正午十八歳。
この高校を受験したのは親友がその高校を受験するからだった。特に別の理由はなかった。他の学校とも大して設備や教育方法が違っていたわけではない、だからテキトーな高校を、親友が受けるって言っていた高校に願書を出した。
合格発表は喜びよりは慰めの気持ちが強かった。何せ、その親友が落ちてしまったから。そして僕は、この学校でやることはな何もなくなった。僕の中学校からこの高校に入るのは僕一人だった。
僕は中学でも目立つタイプではなかったし、友人がたくさんできることはないだろう。そう思っていた。
「は〜……」
僕は家に帰り、大きなため息をついた。
「いったい僕は何のために学校に行ってるんだろ……」
ベッドに横たわると二回目のため息を吐き、勝手につぶやいていた。
確かにそうだ。学校に行くのに一時間、学校でも特別親しい友人はいない。部活動は強制ではないからやってはいない。理由、特に意味ないから。
帰りに一時間、途中相棒のスクーター(海外で作られ日本製のスクーターとは違う箇所がいくつかあり、このバイクのことを僕は『相棒』と呼んでいる)で通いなれた道、制限速度四十キロを軽くオーバーして週二、三回行くCDショップへ寄る。
ショップには楽器も置いてあり、たまにお金が貯まったら新しいギターを買う。そして、たくさんあるギターコレクションの中から使わなくなったギターを売る。たまにオークションとか若者向けの雑貨屋では買値よりも高く売れることもある。
今日も中古だが十二弦ギター(通常六弦のギターの副音として使うことで音に軽くコーラスをつける事ができる。しかし一弦押さえる所を二つの弦を押さえないといけないので素人には扱いは難しい)を買ってきた。少々高値だったけど十二弦の魅力に負けてしまい、勢いで買ってしまった。
僕はそのギターを弾いてみる。すると、買ってきたばかりのギターはものすごく鈍い音を立てて部屋の中に響き渡った。
ギターのチューニングはバラバラ、おまけにネック逆反り、ペグの老化、少し、いや大分後悔した。
「これは、お金が掛かりそうだ……」
そう呟いてから、とりあえず治せるところは治しておく。
今のチューニングマシンは性能が良い。昔と違ってマシンにマイクが付いててシールドを繋がなくても大丈夫だ。もちろん、細かい周波数を計算してチューニングしている物だ。現代の工学の進歩が目に見える。
ようやくチューニングが完成した。試しに弾いてみる。すると、またしても”ガリガリ”という音に似た音が響き渡る。やはりネックの反りが原因で上手く音が出せないようだ。
「今晩は徹夜かな? ははは……」
学生にとって一番辛い月曜日、の夜。とりあえず、笑っておこう……
夜もだんだんと更けてきて通常の人間が寝る時間。ちょうど父母も寝るところみたいだ。 その時、僕の携帯電話が制服のポケットから鳴った。着信曲は「忘れ咲き」。僕が生まれる前の曲だ。
昔のCDをレンタルして聞いてみると現代の曲のような美しさはない。だけど、僕は曲の歌詞がとても気に入ってる。普段は恥ずかしいから前奏だけ十秒を繰り返し鳴らすように設定してある。
そんなことを考えていると通常十秒で切れるメロディーが繰り返される。
僕が十秒にこだわる理由は二つある。一つは、ヴォーカルの声が昔の声なので恥ずかしいから。二つ目はやはり授業中に鳴っても恥ずかしくないように。
そんなことを考えていると携帯が止んだ。どうやら電話だったらしい。
「忘れ咲き」は友人関係からだ。こっちから電話を掛けなおすのは電話代がもったいないから掛けなおしてくるのを待つ。液晶表示には「山門」と映し出していた。
山門は同級生だ、三年のクラス替えの時に知り合って、学校では友達、普段は遊んだりするような友達ではない、いわゆる学校友達だ。
山門はいつも元気が良くて、クラスでも結構目立っている。少し短めの髪でルックスも良い分類に入る。友達になりやすいランキングでも上位に立つだろう。無論そんなランキングはやってはいない。
二十分後、ギターのネックを治していた時に再び「忘れ咲き」が鳴った。掛けてきたのはもちろん山門だった。
僕は携帯を手に取りくるんと回し開いて電話に出た。
「こんな時間にどうした?」
「よぅ、いきなり冷たいな〜」
山門の声は電話越しだというのにハッキリ聞こえる。というよりは声量が大きくてうるさい。逆に僕の声は声量も小さい割に低い。一番聞こえづらい声なのだろう。
「そんな事はどうでもいい用件を言え」
僕は少し早口の刑事口調で言う。設定が古すぎるような気がするが……
「い、いや、今日一度も話さなかっただろ? それで報告し忘れたんだけど……明日、持ち物検査をやるらしいぞ。気をつけてな」
どこからそんな情報持ち込んで来るんだか……
「僕は特に怪しい持ち物を持って学校に行っていないから大丈夫だ。山門はアレ、持って来るなよ」
アレとはアレである。高校生が学校に持ってきてはいけない物である。それ以上説明しても意味ない。
「いつまでも「アレ」呼ばわりするな。明日、タカに売る予定だったんだけど予定が狂ったな……」
ちなみに、『タカ』とは高橋の略らしい。別に話したこともない。下の名前も知らない。だから僕にとっては関係ない話なのだ。
「そうか〜残念だったな。他の人には連絡したのか?」
「さっきした。タカには「問題ない。ロッカーの上に張り付けとくから安心しろ。アレがないとお前は生きられないからな」って言っておいた」
「持ってくのかよ。アレを」
「だから「アレ」呼ばわりするな! タバコって言え、タ、バ、コ!」
未成年が堂々と発言することではない。ちなみに僕は吸わない。昔少し吸ったことはあるが気持ちよくもない。あれがないと生きていけないなんて大げさだ。
「わかったよ……煙草ね。でも、学校で吸うのはヤバイぞ。見つかった際には……」
話し終えない内に山門が割って入ってきた。
「大丈夫、大丈夫。一年の使ってない教室とかでもクーラー回ってんだろ? そこで吸って灰を校庭に蹴散らし、残ったフィルターは換気扇の中に……」
最悪だ。一年のせいにする気か。
「だからそれまずいって……一年の教室だし、長期休暇の時に管理人来て掃除とか検査とかやるだろ。せめて携帯灰皿に……あっ」
持ってくるのを止めるつもりが名案が口に出てしまった。
「なるほどね〜正午。たまには良い事言うじゃん!」
「たまにの割にはなんか納得しねぇ」
「それは明日早速決行してみよう」
また楽しそうに山門が電話の向こう側声で踊ってる。
「まぁ好きにしろ……こっちはネックの修理で立て込んでるから、用件はそれだけか?」
「ギターマニ……」
マニアと言う前に言い返す。
「マニアじゃねぇぞ。趣味だ趣味。それに僕はピアノができる、ベースができる、ドラムができる。いつでもバンド結成できるようなもんだ」
「それは音楽マニアって言うんじゃないのかな? ショーゴ?」
たまに山門は僕の名前を長く伸ばしてカタカナで呼ぶ。
「今度マニアって言葉使ったら煙草没収。そろそろ切るよ。このままじゃ明日学校にいけない」
これは本当だ。山門と付き合ってたら話が妙に長くなる。このままだと本当に朝を迎えてしまうことになる。
「ちょ、ちょっと待て! 俺さっきまで桜とデートしてた」
――少し身が引いた。
「桜ってさ、何もゲームとか持ってないみたいじゃん。会話が続かなくて困った、困った」
桜木桜。一週間前から山門と付き合っているという噂があったが本当だったのか……。
さくらは僕の幼馴染みだ。誕生日は僕と一緒の七月十九日。幼生学校と小学校までは僕らは一緒だった。
昔は僕と一緒に楽しく遊んだ記憶がある。誕生日会も毎年一緒にやった。プレゼントはお互いに毎年あげあっていた。
遊びではテレビゲームをよくやった。半分僕のわがままも入っていたのかもしれない。桜がやったことのないゲームをやったりしていた。それだけ桜はテレビゲームには疎かったのだ。最終的には僕は教える側になっていた。
家も近所で中学校も同じだと思っていた。しかし、さくらはどこかの附属中学の試験を受けその学校に合格した。
「ゲーセン行ってもレースもできないし……」
今まで友達だったさくらが、なんか遠いところに行ってしまうように当時は感じた。その勘は当たった。登下校も親が送り迎えしなければならない所にあるため、ぜんぜん会えなかった。
その後直ぐに、僕は都心に近いこの場所へ引っ越した。
「ぬいぐるみ取ってやるって言ってもいいって言うし……」
たまに休日、街で会った時なんかでは、お互い久しぶりだから何を言っていいのか分からなくて、結局お互い素通りしてしまった事が何回かある。
しかし、高校が一緒だったのはびっくりした。さくらは昔からの童顔から少し大人になっていた。その時もお互い声を掛けはしなかったし、このままずっと声を掛けたくても会話ができない存在になるものばかりだと思っていた。
一年二年は違うクラスだった、がついに三年になって同じクラスになった。
最初のホームルームで彼女は自己紹介をした。住んでるところは小学校の時から変わっていなかった。
趣味は昔からピアノ一筋。そう、僕がピアノを趣味としてるのは小学校の時にピアノを弾いてくれたさくらを羨ましがって教えてもらったからだ。自己紹介によると、彼女は今でもピアノをやっているらしい。小学校であのメロディーを奏でる事の出来たさくらは、今はもっと上手くなっているのだろう。曲はたしかバダジェフスカ(若くして亡くなった天才ピアノ少女。二十三曲を作りあげたらしいが現在楽譜となっているのは一曲しかない。その一曲は心を込めるか込めないかで曲風が大きく変わると言われている。)の「乙女の祈り」。
僕は高校から本格的にピアノを始めた。ところが、僕が見た楽譜はものすごく難しかった。小学生が通常弾く曲ではない。でも、その当時はとても美しく綺麗なメロディーだと素直に思ったのだ。ちなみに今でも僕は弾けない。
そして、夏季の長期休暇が明けても僕はさくらとほとんど話さなかった。いや、話せなかったんだ。僕だけかもしれないが、お互いずっと話をしていないと、どうしても話しかけづらい空気になってしまう。それが五年も続くと尚更だ……
「そんで〜……。おい、正午聞いてるか?」
急に山門に呼ばれて少し驚いた。すぐに受話器の声に耳をくっつけて言葉を返す。
「あんまり聞いてなかった。悪い」
下手に嘘をつくと逆に変に思われる。つくならバレない嘘を僕は言う、嘘はバレなければ本当になるから、でも真実にはならない。
「まぁいいや。暇つぶしにはなったし、それじゃ明日来いよ! またなー」
「あっ、うん。バイ、山門」
山門との電話が終わり、携帯を耳から離す。すると、携帯がものすごい熱を帯びている。まるで弱火で暖められたフライパンのようだ。確かに、耳にずっと当ててればそうなる。
僕は携帯の電源ボタンを押し、画面表示を見た。一時間半も電話してたみたいだ。僕から掛けてたら相当な金額の請求書に変わっていただろう。
僕は壁に掛けられている電光の時計を見る。二時半過ぎ……。
僕にずっと押し付けられて、こちらも熱くなっていた十二弦ギターをたくさんのギターが立てられているスタンドへと持って行き、空いているスタンドに壊れないようにそっと掛けた。
結局、ネックの修理はあまりできなかった。今日はもうやる気がない。
ふいにベッドに横たわる。
「さくら……か。…………」
そう小さく呟いて、静かに目を閉じた。すぐに眠りについた。夢は見なかった。