第17話 『Former Rain Tandem&Racing』
放課後、みんなが帰っていく中、山門が先に帰った事を確認し、帰り支度をしているさくらに勇気を振り絞って声を掛けた。
今回も少し緊張したが前回の、さくらの優しい声のおかげで少しは気軽になった。
「さくら」
さくらはびっくりもしなかった。むしろ待っていたに近かった。
「ショーゴ、どうしたの?」
手は帰り支度の最中だ。
「ちょっと喫茶店にでも寄っていかない?」
ダメならこれで終わりだ。電車の時間だから……と言われるのはわかっていた。
「いいよ」
ほよ? 思い持たない答えに逆に僕がびっくりした。
「いいの? 電車大丈夫?」
「電車なら待てばすぐ来るし、またショーゴと話できたらな、って思ってたし」
少し照れ笑いをしている。無理矢理にならなくて安心した。
「それじゃ一緒にいくのはマズいから先にヴェローチェに行ってるよ」
「ヴェローチェね。わかった。それじゃ後で」
笑顔で会話の約束をした。さて、先に席取ってないとな。ヴェローチェはあまり人気のない喫茶店だ。他に有名チェーン店がたくさんあるだけに普通の喫茶店と言っておこう。この学校の生徒はなかなか行かないとわかってあえてヴェローチェにした。
最近、帰りも一緒なかおりにメールを打つ「さくらと話してくから今日は先に帰ってて」返事はすぐに来た。「わかった」一言のメール、まぁしょうがないか……。僕は急いで駐輪場へ行き相棒を走らせた。
やはりその喫茶店は空いていた。
店内は結構綺麗で、クラシックが流れている。僕らにとってこれ以上ない環境だろう。
僕は窓際ではない禁煙席に席を取った。後はさくらを待つだけだ。
でも、どうやってさくらと山門の恋人関係を確かめるか、その問題の良い案はまだない。どうやって確かめるか……。ダイレクトに聞いてみる、という案も意外と良いかも知れないが少し危険性がある。でも本心で山門と付き合っている可能性は低いと考えている。
うーん、どうするか考えている途中にさくらが来た。
「おまたせ」
「お疲れ様、突然呼び出してゴメンね」
「呼び出すって、ただ話をするだけでしょ」
「ははっ、そうだね」
僕とさくらは昔から好きだったアイスレモンティーを注文し普通に会話していた。他愛もないテストの話、校長先生が変わってから校則が厳しくなったこと、クラスのみんなの事。一時間ほど普通に会話できた。本当はこれで十分だ、でも聞かなければならない事がある。そのために呼び出してしまったのだから。
「ところで、さくら」
「どうしたの?」
ここまで来たら言うしかない。
「さくらは山門と付き合ってるんだよね?」
「……ぅん。」
さくらがか細い言葉で言った。ここまでくればわかることだが一応聞いておこう。
「あまり追求したくはないけど、どうして山門と?」
あまりにもストレートな質問にびっくりするかと思ったら意外とそうでもなかった。
「いきなり告白されてどうしようって思って、つい「うん。いいよ」って言っちゃったの……」
「っていうことは本心では山門のこと好きじゃないの?」
「……ぅん。遊びにとかは行ってるけど、特別好きってわけじゃないの……」
やっぱりそうか……。僕の勘は当たっていた。嬉しさ半分、安心半分といったところだろうか。
「それだったら、別れるといいよ」
自分でも何を言っているのか半分わからなかった。でも、正直、そうするべきではないかと思った。
「えっ……?」
「付き合うっていうのは本当に好きな人同士が一緒になることだよ。このままじゃ山門にも悪いと思う。それにさくらだって半分無理矢理みたいなもんじゃないのかな?」
「……そうなのかな?」
「僕も付き合った経験ないからわからないけど、付き合うってものはそうなんだと思うよ」
さくらはすこし首を傾け、う~んと深刻に悩んでいるようだった。
「でも、どうやって別れるのかな?」
そこまで考えてはいなかった。しかも、そんな打開策なんて知らない。普通は女の子の方から振るっていうパターンが多いとは聞くけど……。
思いついた言葉だけでフォローしてみることにした。
「……さくらは別れたいんだよね?」
「別れたい……と、いうか。なんか私勘違いしてたみたいだし……。なんか山門君に悪いことしちゃったかな?」
「大丈夫だよ、山門はそんなに弱くないよ。僕がなんとかするからさ」
「本当?」
あぁ、言ってしまった……なんの策もないのに……。でも引く訳にはいかない。
「任せといて。でも僕一人じゃ出来ないから少しはさくらに協力してもらわないと……」
「そうだね……正午一人じゃ何もできないもんね……」
「…………」
それは結構、心にグサってくる言葉ですが……。
「…………」
その後少し二人とも黙ってしまった。ちらっと時計を見る。もう三時間も話していた。この時間帯の電車は少し待たせないといけない。そうだ! さくらを僕の相棒に乗せて送っていくのはどうだろうか? ヘルメットはかおりのがある。このまま会話がないよりはましだ。
「そろそろ帰ろうか?」
「……うん、そうだね。」
「今日は家まで送っていくよ」
「えっ?」
「僕のバイクで送っていくよ。さくらバイク乗ったことないでしょ?」
「……でも」
「たまにはスピード感を味わうのもいいと思うよ。昔やったレーシングゲームでは楽しめないような本当のレース!」
「でも、私乗ったことないし……」
バイクに乗ったことがない人なんてたくさんいる。だからこそ誘ったんだ。
「乗ったことないから乗ってみるんだよ。さぁ行こう」
僕は伝票とさくらの手を取り、喫茶店の出口へ向かう。さくらの手は小さかった。まるで昔のままみたいな感じだった。懐かしくて、もう離したくないと心の中でそう思った。
後で気がついたが、僕はさくらのことが好きになっていたようだ。
それは、子供の頃の好きという気持ちからはまるで次元が違う位、感情も何もかもがさくらの方に傾いて、自分のことよりさくらの事を守りたい。そう感じる事だった。
「これ、ヘルメット」
「うん」
さくらはもう乗る覚悟を決めているようだ。僕もそれなりに飛ばして帰ろう。さくらにレーシングゲームでは楽しめないこのスリルを楽しんでもらおう。
「ショーゴ、これつかないよ?」
さくらは半帽を首に付けれないようだ。
「ほら、こうやって」
僕はさくらの首に手を当ててホックを締めた。さくらは照れくさそうに小声で、ありがとうと言った。
「足場はここ。それで運転中は僕の腰にしっかりつかまっているように」
「うん……」
最低限、また最大限の注意事項をさらっと説明し出発の準備をする。(本当は後部座席にも掴まる所はあるのだが)
「それでなるべく体重を前に倒してね」
「わかった」
体重を前に倒すと半帽の鍔が背中に鈍い音を立てて痛かった。苦痛の表情だがあいにく後ろからは見えていないのだ。痛いからといって身体を前に倒さなければさくらはすぐ後ろめりになってしまうだろう。
僕は慣れた手つきで相棒のエンジンをつける。相棒からは最高速タイプの排気音が夕焼け傾く空へ向かって噴出した。
「バイクってカッコいいね」
「これから音速を超えるよ」
もちろん嘘だ。バイクで音速を超えるのは不可能だ。ちなみに音速とは、約1224km/hだ。でも、さくらにとってはクルマでも電車でも感じれない風を感じてもらう。最初は怖いだろう。かおりだって最初は喚いてた。その時は減速とか考えている暇などなかった。なんせノーヘル、違法二人乗りだったからだ。今日は思いっきり楽しんでもらおう。さくらが怖がるところも見てみたいが……。
そう思いながら僕はさくらを後部座席に乗せて出発した。






