第11話 『Former Rain アンダンテ』
翌日、土曜日。相変わらず僕は日の出と共に起きた。今日と明日は出校日ではない。目を覚ます為に夏なのに暑いシャワーを浴びる。冬でも同じことだ。シャワーを浴び髪を乾かした後すぐにピアノの前に座った。基礎練習からではなく一発目、フランツ・リストの「愛の夢 第3番」を弾こうと思った。指は動くのだろうか? 僕はピアノと対峙するように鍵盤を見つめた。楽譜を頭の中から引き抜く。初めの音はGの音、鍵盤に手を乗せた。
指の重さが鍵盤にのし掛かる。それと同時に鍵盤はゆっくりと沈んでいき、中音のソの音が部屋に響いた。
手に力を入れてはいない。それなのに指が動いている。指に負けないように頭の中の楽譜と合わせる。中盤の連盤も完璧だ。そしてラスト、指と手、自分の身体が一体化したような気持ちで弾き終えた。
東から昇る明るい太陽の日差しと共に笑みがこぼれる。僕はしばらく弾き続けた。持ち曲(目の前に楽譜がなくても弾ける曲)をすべて弾き続けた。頭の中は嬉しい一色だ。最高の気分、初めて曲が弾けた時のような気分だ。しばらくその気分に浸っていた。
大抵、土曜日は買い物に出かける。食料とその他雑貨類。買い物が終わっても僕の中の「ピアノが弾けた」という嬉しい感情は収まらなかった。
自宅に帰り一人で使うには大きすぎる冷蔵庫に最低限の買い物を詰め込む。もう一度ピアノの前に座る。今朝と同様すらすら弾けた。でも「乙女の祈り」だけは弾けなかった。仕方ないか……
挑戦したのは去年以来だ、でも練習すれば弾けるようになるだろう。僕はピアノから離れソファに腰掛けた。
そういえば、十二弦ギターを修理しないといけない。購入してからいじってないから未だボロボロギターのままだった。
まず弦を全部外す。十二弦もあると外すのにも時間が掛かる。ちなみに弦も錆びてて使い物にはならない。新しいのに変えよう。でも十二弦の弦って普通に売っているのだろうか? 三十分ほど掛かり弦を外した。ヘッド部分のねじを外す。六角の形ををした穴が見える。ここでネックの反りを治す。かなりの逆反りだったので通常より強い力で逆に回す。硬い。休憩をはさみながら筋肉痛になりそうなくらいの力でネックを治していく。太陽は西へ大きく傾き街がオレンジ色に染まっていく。未だにネックは一度治ったかどうかってところだ。今日は疲れた。明日に回そう。そして違うギター、今度はエレキギターをアンプとエフェクターに繋いでディストーション+コーラスで激しく弾く。このときの快感は最高だ。弾いてるうちに太陽は完全に姿を消し、細い月が見え始める。