第10話 『Former Rain After school days』
放課後の事。
「――で、結局さくらちゃんからアドバイスはもらえなかったって訳ね」
僕とかおりは相棒に乗りながらアーケードに向かっていた。それほど遠くではない。
「でも、久しぶりに話できて嬉しかった」
僕のテンションが今朝に比べて非常に上がっていることがわかる。
「ふーん、でも上手くいったのは誰のおかげ?」
「かおりと僕のテクニック」
「私だけだと思うんだけど……まぁいいや。今日は良く頑張りました。指が動かなくなった原因や治す方法は結局わからなかったけど、今日はどっちかというと、さくらちゃんとの会話がメインだったから今日は褒めてあげる」
そういうとかおりはヘルメットの上から僕の頭を撫でた。「よしよし」と。正直、意味ないと思うのだが……。その前に少し恥ずかしい。
「ご褒美として楽器屋に入れる時間を二時間から二時間十分に変更してあげよう!」
「……一本のギター試し弾きするのに約二十分は掛かるんですけど……」
「じゃ二時間十一分」
「……変わってねぇよ」
「一つ十秒くらい縮めれば間に合うよ」
「……ちなみにギターは一つじゃなく、一本って数えるんだよ」
「はいはーい。素人にはわかりませーん」
「そう……とりあえず今日はありがとね。山門にはなんて言ったの? 五時限目になっても戻ってこなかったけど?」
「あぁ、山門と取引しようとしたんだけどダメだったみたい」
「具体的には?」恐る恐る聞いてみた。
相棒を路肩に止め、ヘルメットを二つメットインに入れる。ハンドルロックをして鍵を抜きながらその取引とやらを聞く。
「例の取引がバラされたくなきゃ明日までに百ドルもってこい。または現金で一万千円ほど用意しろ。バラされたくなかったらこの承諾書にサインしなさい」
「怖っ!」
「で、話を伸ばして結果的にサインしてくれなかったから先生呼んで逮捕させた」
「そこまでやれとは言ってないんですけど……。月曜日、山門になんて言われるだろうか……」
「大丈夫、大丈夫、ショーゴが目撃したとは言ってないから。それに連れてかれる前にもう一言、言っておいたから」
「なんて言ったんだ? 何かとんでもない企みが背景に見えるが……」
「さっきのことバラしたら「ミッキーロークの猫パンチ」だからね。ぴーす」
「怖っ! 怖すぎ! っていうかミッキーローク(元ボクシングチャンピオン。猫の様な上から叩き落すパンチで有名)知ってる人あんまりいないから! 山門は知ってるから相当怖かっただろうに……」
「それぐらいじゃないとね」
僕は誰にも聞こえない声で「鬼……」と呟いた。
「なんか言った? 正午?」
「なにも言ってないよ」機械的に答えた。はぁ……
その後、僕は楽器屋へ、かおりはとても難しい顔をしながら「ザ・初心者ギター」と書かれた本をとても、とてーも難しい顔をしながら読んでいた。
結局、僕は二時間十一分ギリギリまで楽器屋にいた。
「二時間も暇だったんですけど……」
かおりが云う。確かにそうだ。楽器に興味がない人が楽器屋にいても意味がない。
「ついて来たのはかおりだろ? 他の店行ってくればよかったのに」
「ショーゴの見張りしてたの。逃げられて置いてけぼり喰らったらどうしようもないしねー。ふぁ、暇だった」
嘘をつけ。ずっとギターの本に夢中だったじゃないか。なんてことを、あくびをしながらだらだらと後部座席でうとうとしている本人に話したらどうなることか。
「寝るなよ?」
「寝るかも」
左足はステップの外でぶらぶらしていて右手だけでキャリアを押さえている。ただでさえバランス取りにくいのに寝られたらかおりを落っことしてしまう。しっかりお押さえておくように言う。かおりはすぐに僕の腰を両手でがっしり掴み僕の背中を枕に眠りについた。ヘルメットの鍔が当たって痛い。いつもの場所に着くまでかおりは僕の腰をがっしり押さえていた。
「かおり、着いたよ」
「ふみゃ?」
拍子抜けした声でかおりが目を覚ます。すっかり熟睡状態だったようだ。運転してるこっちは必死なのに……。
「家まで送っていくか?」
かおりは実にこの言葉に弱い。
「だ、大丈夫、大丈夫!」
ちなみに僕はかおりの家を知らない。「何度も送っていく?」と言っているのだが、いつも断られる。ホームレスなのだろうか? それとも最近見ないお魚屋さんとか? 少し気になる。
「それじゃ、また月曜日ねー」
かおりが焦って駆けていく。僕は相棒のエンジンを切りこっそりかおりの後をついていく。まるでストーカーだ。訴えられてもおかしくない。今度こそ容疑者だ。
かおりはやや新しめのアパートに入っていった。二階の右から二番目の部屋に鍵を開け入っていく。一階のポストの名前を見る。「山本かおり」一行だけだった。どうやらかおりはここで一人暮らしをしているようだ。高校三年生で一人暮らしか……。なんかすごいな。生活費とかはどうしているのだろうか? かおりがバイトしている様子はない。……ここにずっと居れば間違えなくストーカー扱いされるので僕は相棒の止まっている場所に戻った。気がつけばかおりの部屋の窓からいつもの場所は丸見えだった。どうやら僕が着いたら部屋を出る。僕がまだ着いていなくて時間になったら部屋を出る。そして「遅刻」という。そういうことだったみたいだ。僕は相棒のエンジンを掛け自宅へ帰る。
帰ってきて自分の部屋に入ってベッドに横になる。昼間と夕方の疲れだろうか突然睡魔が襲ってきて夕食を取らずに眠りについた。