第八話 女騎士クリスレイア(3)
一時的に、五人パーティーとなったレン。
おかげで道中が、ずいぶんとにぎやかになった。
実際、夜の森をさらに南下する道すがら、クリスレイアたちが何かと話しかけてくれる。
「レン君も剣士のようだけれど、師匠筋は北派かな? 南派かな?」
「あ、どちらでもないです」
クリスレイアに訊ねられ、レンはブンブン首を左右にする。
クアザルマには、“剣聖”と謳われるほどの凄まじい剣豪が二人いて、それぞれ町の北と南に道場を構えている。
そして、その二人が体系化した流派をそれぞれ、俗に「北派」「南派」と呼ぶのである。
また二人の流派はどちらも、魔物との戦いを想定した実践的な剣筋で、ライナーの間でも人気が高い。
実際、剣を使うライナーのほとんどは、一度は彼らの道場の門を叩くとさえ言われている。
剣聖その人に直接指導を受けるのは難しくても、彼らの弟子や孫弟子は大勢おり、支部道場もたくさんあるのだ。
「ふむ。どちらでもないということは、我流なのかな? いや、その歳で大したものだ」
「あ、そうじゃなくて、師匠はいるんです」
感心したように唸ったクリスレイアへ、レンは慌てて手を左右に振り、説明する。
「昔、村を救ってくれた英雄で、ものすごく強い剣士なんです。なのに気さくで、頼りになる兄さんみたいに接してくれて。剣も一から丁寧に手ほどきしてくれて」
「うむむ、それは素晴らしき御仁だな! 世の男どもも皆その彼みたいな人物ばかりなら、私だってこんなにも苦手意識を持たずにすんだかもしれない。一度、お会いしてみたいものだ」
「名前はジェイクっていって、ずっと以前はクアザルマにいたらしいです。けっこう有名なライナーだったらしいです」
ジェイクは昔のことをあまり語りたがらなかったのだが、一度こっぴどく酔ったことがあって、その時はライナー時代の武勇伝を、何時間もまくし立てていた。
ろれつが回ってなかったのと、レンに前提知識がなかったのとで、ほとんど何をしゃべっているのか理解できなかったが、とにかく「すごいライナーだった」ことだけは伝わった。
「むむむ、寡聞にして存じ上げないな。私も二年前にクアザルマに来たばかりだし、恐らくそれ以前に活躍なされた御仁なのだろう」
「あ、僕の村を救ってくれたのが七年前なので、それよりもっと昔の話です」
「それほど以前の話となると――マーサは聞いたことがないか?」
「さあてねえ、ジェイクなんて名前は珍しくもないから。クアザルマにいったい何百人のジェイクがいるとお思いかい?」
「しかし、一世を風靡したほどの剣士殿なら、絞れるのでは?」
「“剣の申し子”ジェイク、“閃剣”ジェイク、“二太刀要らずの”ジェイク、アタシが知ってるだけでも、数え上げたらきりがないよ」
「そういうものか……」
クリスレイアは腕組みして唸った。諦めた。
一方、レンは躍起になる。
もしライナー時代のジェイクを知っている人がいるのなら、ぜひ話を聞いてみたい。
だから、もっと手がかりをとマーサに説明する。
「ちなみにジェイクは、北派の剣士だったと思います」
北派と南派には、それぞれの特徴がある。
スピードを重視するのが北派で、パワーを重視するのが南派。
技の名前が基本、「●●ブレード」で統一されているのが北派、「■■スラッシュ」で統一されているのが南派。
「髪は金で、瞳は青。背丈は普通です。歳は今、三十半ばで――」
「ふうむ……それだけの手がかりじゃねえ」
「ダメですか……」
レンはがっくりとうなだれる。
すると、ケラケラと耳障りな嘲笑が聞こえてきた。
またビアンカだ。
「てめーはホントにホラ吹きだなあ、レン?」
「ホラじゃないですよ! 言いがかりはやめてください!」
「いい加減、自分を大きく見せようとするのはやめろよ。そのジェイクさんが有名ライナーだったってのも、村を救った英雄だってのも、ホラなんだろ~? ああ~ん?」
レンは全力で訴えたが、ビアンカはまともに取り合ってくれなかった。
「僕は大したライナーじゃないですけど、でもジェイクは本当にすごい人なんです!!」
「じゃあ、てめー、スゲエ技の一つや二つは教わったんだろうな? 言ってみ?」
「ふぁ、〈ファストブレード〉だけですけど……」
「ギャッハ! 初歩も初歩じゃねえか! 北派の道場行ってみろよ、十歳未満のガキンチョだって立派にマスターしてるぜ?」
「おまえこそいい加減にしないか、ビアンカ! 基礎は大事だ! そのジェイク殿の指導法は間違っていない!」
見るに見かねてか、クリスレイアがフォローに入ってくれる。
「わーった、そこはそういうことにしてやるよ。じゃーさー、レン? その英雄様ご自身は、当然スゲエ技が使えるんだよな? 〈ハイドラブレード〉とか〈コキュートスブレード〉くらい、バリバリ使ってらっしゃるよな?」
「……〈ファストブレード〉を使ってるところしか……見たことないですけど」
「そら見たことか! ど~こ~が凄腕だっつんだ! こうなると、てめーの村を救ったっつーのも眉唾もんだな? 〈ファストブレード〉でいったい何が救えるんだ? 言ってみ?」
「だから嘘じゃないですってば! 昔、僕が生まれた村が、オークの群れに襲われて――」
「ギャッハ!」
レンは最後まで説明させてもらえなかった。
ビアンカが爆笑とともに遮って、
「クアザルマの話じゃねえんだから! オークっつっても、そいつら原種ですらねえ生界在来種だろ? それジッシツ魔物ですらねえじゃん。駆け出しライナーでもボコれて当然じゃん。あ、あれか。そいつらも深層種だったのかなー? そりゃコワイなー?」
「い、いえ、生界在来種だったと思います。だけど、その群れを率いてたのは、トロールだったんです! ジェイクはそいつをやっつけてくれたんです!」
「はい、ダウトー! 無知なレン君に教えてやるよ。トロールってのは生と不死の境界の深層どころか、本家本元の不死界にしかいない魔人なんだ。そんな奴が、おまえんとこのド田舎村に出没するわけねえだろ。ましてソロで倒せるわけねえだろ。ホラならもうちっとリアリティを考えろよ!」
「ホラじゃないです! 本当のことなんです!」
レンがどれだけ髪を振り乱して訴えても、ビアンカは嘲弄するばかり。
(僕自身のことだったら、どれだけバカにされても平気だけど……)
お人好しのレンでも、許せないことはある。
ふつふつと込み上げる怒りを、禁じ得ないことはある。
疼いた。
右腕の古傷が。七ツ首の蛇竜の如き形をした痣が。
じくじくと疼いて堪らなかった。
「私は信じるよ、レン君」
クリスレイアが、そっとレンの肩に手を置いた。
「え……?」
「私はね、こう見えて伯爵令嬢なんだ。まあ、家系の古さ以外は大して自慢のない、ナンチャッテ貴族だけどね。それでも、おかげで書庫にはたくさんの文献があった。子どものころの私は、瞳を輝かせて読み漁った」
苦笑混じりに語る、クリスレイア。
果たしてどこまでが謙遜で、どこまでが事実か。
ただ、伯爵令嬢だと言われて、腑に落ちるものもあった。
クリスレイアは女だてらに騎士をやっていても、粗野なライナーパーティーに身を置いていても、一人どこか隠せぬ気品があった。
凛とした芯のようなものがあった。
「それでね、レン君――私が学んだことは、『世の中、あり得ないと思ったことが、いくらでも起こる』という物語より奇な事実さ。だから、私はレン君の言うことだって、信じるよ。荒唐無稽だからって、それだけを理由に否定しないよ」
「ほ、本当に……ですか?」
「ああ! 言っておくけど、誰でも彼でも信じたりなんかしないよ? こちとらスレッカラシのライナー稼業だからね。ちゃんと相手は見るさ。そして、レン君はつまらない嘘なんかつく奴には見えない」
クリスレイアはそう言って、自信満々に胸をドンと叩いた。
「伯爵令嬢と言っただろう? 幼いころから、たくさん人を見てきた。おべっかを使う奴、こっちの言うことを内心どうあれ絶対に否定しない奴、胡散臭い商いを持ちかけてくる奴、家財をだましとろうとする奴――そういった嘘つきばかりを、ウンザリするほどね。だから、人を見る目は肥えているんだ」
「……ありがとうございます。……本当に、ありがとうございますっ」
言下に否定されなくて、信じてもらえて、我がことのようにうれしかった。
レンにとって、ジェイクは憧れの英雄だから。
自分がいつかなりたい理想像だから。
そして――
(クリスレイアさんに会えてよかった。クリスレイアさんがいてくれてよかった。じゃないと、せっかく助けてくれたパーティーを、僕は嫌いになっていたかもしれない。そんなの、僕が一番嫌だよ。あんまりな話だよ)
レンは目尻に溜まった涙を、右腕で拭った。
痣の疼痛もスッと収まった。
「チッ。お利口さん同士、仲の良いこって」
ビアンカだけが面白くなさそうに、まだ憎まれ口を叩く。
ところが、
「そこまでだ。いい加減にしろ、ビアンカ」
それを厳しく注意する者がいた。
クリスレイア――ではなく、寡黙な女剣士タナだ。
彼女の声を、レンは初めて聞いた。
そして、今まで一言も口を利かなかったタナが、どうして急にビアンカを窘めたのか、その理由にも遅まきながら気づいた。
暗い夜の森の中、姿の見えない危険な気配が、じりじりと迫っていた。
それも、複数。
(囲まれてるっ――)