第七話 女騎士クリスレイア(2)
「あ、あのっ、僕なら一人で平気です! 〈剛鉄山脈〉には何度も行ってますし、今も向かう途中だったんです!」
クリスレイアに抱き寄せられた腕の中で、レンは訴えた。
いつまでも美人のお姉さんに密着して、クラクラしている場合じゃなかった。
ところがすると、クリスレイアが何か言うより先に、
「ハァ? 嘘つけ、ボケ」
口の悪いビアンカの矛先が、今度はこちらに向いた。
「〈剛鉄山脈〉っつったら第二層だぞ? ソロで、しかもてめーみたいなオークにも手こずるザコ君が、たどり着けるわけねーだろ。美人の前だからって、見栄張るのもたいがいにしとけよ?」
「いえ、そうじゃなくてですね……」
レンはたじたじになりつつも、しっかりと反論する。
しないと、また優しいクリスレイアがフォローに入ってくれて、短気なビアンカとの口論が再開するという悪循環に陥ることが、想像に難くないからだ。
「ただのオーク原種なら、僕も手こずったりしません。さっきの奴は違います」
「ハンッ、男ってのはこれだからな。一度見栄を張ったら引っ込みがつかなくて、際限なく嘘に嘘を塗り固めやがる」
「違います! 僕は嘘なんかついたりしませんっ」
「じゃあ、ただのオークでなけりゃあ、なんだっつーんだよ!?」
居丈高に詰問するビアンカ。
レンは答えようとして――だが、先を越される。
「オークの、深層種ってことかい?」
ベテランライナーにして、魔術師のマーサだった。
ずっと面白げに様子していただけだった老婆が、たちまち目つきを鋭くさせていた。
魔物というのは、より深い層に棲息する奴ほど、より不死界に近い場所で生まれた奴ほど、強力になっていく。
同じオークでも第一層である〈常夜の国〉の在来種と、例えば第五層である〈火炎山〉の在来種では、強さのケタが違ってくるのだ。
そして、本来その層にいるべきでない――生と不死の境界のより奥底から彷徨い出てきた、在来種よりも遥かに強力な魔物を指して、「深層種」と呼んで区別するのである。
「ギャッハ! 『酒場で聞いた、うだつの上がらないライナーの言い訳』ナンバーワンいただきましたー! マジで多いんだよなあ。『オレちゃんがオークに負けたのは、オレちゃんが弱いからじゃなくて、あのオークが深層種だったカラー』って言い張るダッセー奴!」
「ビアンカ! いい加減にしたまえ!」
「ハァ? 悪いのは、ホラ吹きレン君だろ? 雑魚ライナーはすーぐ深層種が出たぞーってわめくけどよ、実際にゃ滅多に出るもんじゃねえ。たいがいは腕前がヘボだって自覚ねえ奴が、相手を強く錯覚しちまうだけだろ。そんなんライナーあるあるだろ」
「確かにあるかるかもしれない。が、だからといって、初めて会うレン君にそれを当てはめて考えるのは、偏見というものだ!」
「ハンッ、クリスの優等生発言は聞き飽きたぜっ」
ビアンカは辟易したように吐き捨てると、もう口論するのもバカバカしくなったのか、そっぽを向いて押し黙った。
レンとしてはなんだか居たたまれない。
パーティーは仲良くするべきなのに(組んだことないから知らないけど、きっとそう)、自分のせいで険悪になってしまったのではないかと、気が気じゃない。
後にレンも知ることになるのだが――
実は、クリスレイアとビアンカは犬猿の仲で、利害の一致によってパーティーこそ組んでいるものの、ケンカや口論は日常茶飯事であった。
が、そんな事情は会ったばかりのレンにはわからない。
タナやマーサもわざわざ教えてくれたりはしない。
ゆえに、ずっとおろおろしっ放しになる、お人好しのレン。
そんな不安げな態度が、クリスレイアの誤解を招いてしまう。
「いいことを思いついたよ! レン君の意思も堅そうだし、実は我々の目的地も〈剛鉄山脈〉なんだ。だから、途中まで同行しないか? 人数は多い方が、お互い安心だろう?」
「ええっ」
レンは咄嗟に言いよどむ。
パーティーを組むのは、レヴィアに禁止されている。
しかし、やむを得ない事情の場合は、十日(この場合は生界基準)以内なら、組んでもかまわないとも言われている。
クリスレイアの親切に、ここで強行に辞退するのも変だろう。
〈剛鉄山脈〉までの同道なら、余裕で制限時間内だろう。
と――真剣に検討して、「わかりました。よろしくお願いします!」と頭を下げる。
クリスレイアが「こちらこそよろしく頼むよ、レン君」とサバサバした笑顔になる。
タナもマーサも特に異論はなかったようだが、
「カーッ、始まったよ、クリスの病気!」
一人、ビアンカだけが皮肉った。
「おまえのそのコドモ好き、どうにかならんの? ちょっと可愛いガキンチョ見つけたら、すーぐガッつきやがって。そのくせ少しでも野郎クセー奴はダメな男嫌い――いや、男性恐怖症だとか、いっそ笑えるんだよ!」
「し、仕方ないだろうっ。可愛い子には、保護欲をかき立てられるんだっ」
クリスレイアは頬を染めつつも、居直って認めた。ヤケになって胸を張った。
「……コドモ……可愛い……ガキンチョ……」
一方、レンはずーんと落ち込んでいた。
自分は女性からは、そんな風に見えちゃうのかと。
「あああ、すまないレン君! 君だって男の子だものなっ。そんな風に言われたら面白くないよなっ。でも、これだけは信じてくれっ。男嫌いの私だが、レン君は接しやすくていいなと、さっきから思っていたんだ。好意は本物なんだっ」
「わ、わかりました。もういいですっ。うれしいですっ」
自分も内心クリスレイアのことを、あまりオンナオンナしてなくて接しやすい、緊張しないと思っていたところだ。おあいこだ。
(案外、僕たち気が合うのかも……?)
そう思うとちょっとおかしかった。