第三話 回想:魔女との邂逅
「レン――クアザルマに行ったらな、まずは頼りになる錬成師を探すんだ」
そうアドバイスしてくれたのは、もちろんジェイクだった。
「ライナーってのはつまるところ、生と不死の境界で魔物を狩って、腕を磨きつつ稼ぐ仕事だ。魔物素材は売れば金になるし、自分の装備を作るために集めてもいい」
十年以上、クアザルマでライナーをやっていたという、ベテランの箴言だ。
レンは生来の素直さもあり、真剣に耳を傾けた。
「それで、それで?」
「魔物素材ってのはな、必ず錬成師に加工してもらわないと、使い物にならねえんだ。自分用に集める時、こいつが大事になる。どんなに良い魔物素材をゲットしたって、錬成師がヘボだと台無しにしちまう。だから、ライナーは信用できる錬成師と懇意になって、契約を結ぶのが一般的なんだよ」
「な、なるほど……。でもさ、じゃあ売っちゃう場合には、別に錬成を頼む必要はないってことかな?」
「売るだけならな。でもそれだって、錬成してから売った方が、より高値がつくぜ?」
「な、なるほどっ」
「繰り返すが、腕のいい奴にしとけよ? ヘボと組んだら一生、うだつの上がらないライナーになるのがオチだぜ?」
「わ、わかったよ、ジェイク」
「逆に言えば、腕のいい錬成師とすぐに組めたら、それだけでライナー稼業はトントン拍子に捗るってもんだ。まあ、駆け出しと組んでくれる大物錬成師はいないと思うが、それでも選べる候補の中から、如何に最良を見抜いて、口説いて、契約するかが肝ってことだな」
「大事なことなんだね。僕、がんばるね!」
――と。
歳の離れた兄にも等しいジェイクの教えに従い、レンはクアザルマに来てすぐに探した。
ライナー御用達の酒場に行って、一杯奢る代わりに情報を求めた(この辺りの要領も、ジェイクが言い含めていてくれていた)。
「腕のいい錬成師かあ。それならやっぱレヴィアさんじゃないのか?」
「ああ、レヴィアさんだな。あの人なら間違いねえ」
ベテランを通り越して、もはやくたびれた感のあるライナーにそう教えてもらい、レンは全力でお礼を言うと、意気揚々とレヴィアの錬成屋に向かった。
「地図まで書いてくれて、なんて親切な人たちなんだろう! ジェイクもそうだけど、ライナーってやっぱりみんな尊敬できる人たちなんだな!」
と、レンは喜び勇んで錬成屋の扉を叩いた。
実際、看板の出てない店だったから、地図がなかったらきっと迷っていた。教えてくれたライナーたちへの感謝を新たにした。
そうしてレンは首尾よく、巨大クッションに身を横たえたレヴィアとご対面を果たしたのだ。
初めて会った彼女は、開口一番こう言った。
「君、だまされてるわよ?」
「ええっ!?」
まるで予想しない言葉に、レンは仰天した。
労なく腕のいい錬成師を紹介してもらい、自分のライナー人生トントン拍子だと夢見てきたのに、いったい何がだまされているというのか!?
「この私が、腕のいい錬成師だと聞いてきたんですって?」
「は、はい……。違うんですか?」
「ええ、違うわね。私はクアザルマ一――すなわち世界一の錬成師よ?」
「えええっ!?」
「見ての通り、売り物は売っているけれどね。それも別に売れなくてもかまわないし、お金に困ってないし、だから看板も出してないの。面倒臭いし、飽きたのよ。いろいろと、ね。ましてライナーと契約するのは、ずいぶんと昔に辞めたわ」
「ええええええっ!?」
「そのことを知らないライナー、クアザルマにはいないと思ってたんだけどねー」
「ええええええええええええええっ!?」
なるほど、自分はあの酒場のライナーたちにだまされたのだ。
タチの悪いイタズラをされたのだ。
(僕のお酒、あんなに美味しそうに飲んでたくせにぃ……)
その場にがっくり両手両膝をつくと、泣き虫レンは目尻を潤ませる。
「無駄足も可哀想だし、なんならお姉さんとおうちデートする? 君、可愛いし、好みだわ?」
「……そういうのはいいです。……てか、今はそんな心の余裕がないです」
「そ、残念。気が変わったら、いつでも口説きに来て頂戴」
同情たっぷりに言われて、レンはくよくよしながらも立ち上がる。
契約はしてもらえなかったが、悪い女性じゃない、むしろ優しい人かもと思えて、それだけが慰めだった。
もしレヴィアまでがひどい女で、こっぴどく追い返されていたら――だまされ、傷ついた心に追い打ちをかけられていたら、きっと人間不信になっていた。クアザルマに来た初日で、この街を嫌いになっていた。
「……すみません、お邪魔しました」
回れ右して、トボトボと帰ろうとする。
右袖で濡れた目元をゴシゴシこする。
まさに、その時だ。
「待って。ちょっと待って」
レヴィアにいきなり引き止められた。
何かと思って振り返れば、彼女は何かを嗅ぐように、クンクンと鼻を鳴らしている。
「ちょっとこっちに来てくれる?」
「え、わかりました……」
「もっとこっち。私の隣までズズイと」
「えええっ」
「いいから。遠慮しないで。初心なのね」
レヴィアのような美女に色っぽくからかわれ、それだけでレンは赤面しつつ、言われるままに素直に、彼女の隣に腰を下ろす。
するとレヴィアはレンの体に顔を寄せ、クンクンと体臭を嗅ぎ始める。
(長旅で、ずっとお風呂入ってないんだけどなあ)
レンは恥ずかしくて堪らなかったが、がまんしてされるがままに。
やがて、レヴィアは何かを嗅ぎ当てたように、レンの右腕の傍で顔を固定した。
確認作業のように、最後に何度か鼻を鳴らすと、
「その袖、めくってもらってもいいかしら?」
「…………いいですけど」
右腕の素肌を見せるのは、ちょっと抵抗があった。
その理由があった。
だけど、レンは逆らわなかった。
だまされたとはいえ、店をお騒がせしてしまったのは事実だし、それで迷惑がるどころか慰めてくれたレヴィアの頼みだ。聞いてあげたかった。
おずおずと右腕の袖をめくってみせる。
そこに入れ墨のように刻まれた、不気味な痣を見せる。
「……これは?」
「昔の古傷です。痕になっちゃって」
「そう。でもまるで、何かの紋様みたいにも見えるわね?」
レヴィアの言う通りだった。
レンの右手の痣は、見ようによっては七つの首をくねらせる蛇、あるいは竜のような奇怪な形をしているのだ。
だからといって今まで何か起こったわけではないのだが、不気味は不気味だった。
人にはなるべく見せたくなかった理由がこれだ。
「昔……僕の故郷の村が、オークの群れに襲われたんです。その群れを、トロールっていう魔人が率いてたんですけど――」
「じゃあこれは、トロールにやられた傷の痕?」
「はい。こっぴどく噛まれちゃって」
「そのトロール、今わの際に呪詛を吐いてなかった?」
「は、はいっ。その通りです。てか、よくわかりますね?」
「なるほどね。全部、腑に落ちたわ」
レヴィアはそう言いながら、レンのまくった袖を元に戻してくれた。
ひどく優しい、そっといたわるような手つきだった。
「気が変わった」
そして、対照的なまでに妖艶な微笑を湛えて、レヴィアは告げた。
「え……?」
「君が望むならタダで契約してあげる。君の専属錬成師になってあげる」
「ええええええ!?」
「ただし、条件があるわ。それも、決して楽ではない条件よ」
「といいますと!?」
「一つ目。君の冒険でどんなことが起こったか、土産話を私にしてくれること」
「そんなんでいいんですか!?」
「一つ目って言ったでしょう? 大事なのは二つ目。君はライナーとして、常にソロで活動すること。やむにやまれない事態の時はパーティーを組んでもいいけど、でも同じ相手と十日以上行動をともにしないこと。それ以上の長期に亘る場合は、私に判断を仰ぎ、許可をとること。以上よ」
「ソロ活動……ですか?」
それは確かに厳しい条件だ。
まして自分はこれからライナーになる駆け出しなのだから。
「返事は?」
今すぐ決めて頂戴とばかりの、レヴィアの催促。
今すぐ決めなければ、きっと彼女はまた気が変わってしまう。
レンの直感がそう告げている。
世界一の錬成師が、どうして自分なんかと契約してくれるのだろうか?
何が決め手となったのだろうか?
ソロでライナーなんて、果たしてやっていけるだろうか?
無謀にすぎるんじゃないだろうか?
思うところはたくさんあった。
でも、レンの返事は決まっていた。
「契約します! これからよろしくお願いします!」
だって、こんなところでまごついていられない。
こんな望外のチャンスを蹴るくらいなら、ライナーなんて最初から目指さなければいい。
だって、僕は英雄になりたい。
なりたいのだ。