エピローグ
今日も今日とて朝から晩まで、レンは冒険に明け暮れた。
「毎日笑顔」亭で晩御飯も食べて、それからレヴィアの練成屋に向かう。
土産話をどっさり持ち帰る。
「お帰り、レン君。今日もたくさん素材が採れたみたいね」
「わかります?」
「君のうれしそうな顔を見ればね」
「またレヴィアさんにたくさん練成加工してもらわなくちゃいけないんですけど……」
「任せて。遠慮は要らないわ? 私は君の専属練成師なんだから」
「ありがとうございます!」
そんな挨拶を交わしつつ、レヴィアに招かれるまま寝室へお邪魔する。
ベッド代わりの巨大クッションに二人で寝そべり、これがすっかり定着した土産話報告スタイルだ。
時には夢中で話しているうちに、疲れて寝こけて、気づいたら朝だったということも多々。
「そういえば、レヴィアさんの予想、当たってましたよ」
「〈常夜の国〉の深層種狩りは、そろそろ頭打ちでしょう?」
「ええ。もうそこら中に上級ライナーがうろうろしてて、僕の出る幕がないです」
「彼らだって第一層で深層種が狩れるなら、わざわざ生と不死の境界の奥まで遠征する必要がないものね」
「で、その分、第二層が本当に穴場になってました! レヴィアさんのアドバイスのおかげで稼げましたっ」
「うふ、それは何よりだわ?」
「やっぱりレヴィアさんはすごいなあ。伝説の練成師は伊達じゃないなあ」
「もうっ。褒めてもキスくらいしかしてあげないわよ?」
「キっ、キスっっっ!?」
「冗談よ」
こっちの目をじっと見つめながら、くすくすと色っぽく微笑むレヴィア。
大人の女性のこの手のからかいや色香に、レンはいつまで経っても耐性がつかず、赤面させられる。
そして一方、レンのこの手の初心な態度が、レヴィアは大好物なのだろう。
「レン君、かーわい」
両手を伸ばして、レンの頭の後ろに回す。
(まさか本当にキスを!?)
とドギマギさせられる。
ところが――
レヴィアはそのまま、ピタリと動きを止めた。
かと思えば急に、すんすんと鼻を鳴らし始めた。
レンの匂いを嗅ぎ始めた。
もしや汗臭かっただろうか? とレンは焦りつつ、
「れ、レヴィアさん?」
「………………他の女の臭いがする」
ギクリ、とレンは体を強張らせた。
「どうしてそれを!?」
「女の勘よ。でも、当たったみたいね」
「順を追って話そうと思ってたんです! お土産話で!」
「そう、納得。でも、真っ先にその話から聞きたいわ?」
「今日は〈魔海〉に足を伸ばしたんですけど……」
「第二層にある海ね」
「ほら、レヴィアさんのおかげでついに〈小瓶の中の魔法艇〉も完成しましたし。せいぜい四人乗りのちっちゃなやつですけど、もう試乗したくてしたくて」
「あれがあって初めて〈魔海〉での探索可能になるわけだし、駆け出しライナーの目標の一つよね」
「はい! で、実際、初航海で大はしゃぎしてたんですけど、他のライナーパーティーの魔法船も見つけて。しかもベビークラーケンに襲われてて」
「助けに入った、と。相変わらずお人好しねえ……。で、上手くいったのかしら?」
「その人たちは無事助けられたんですけど、僕が魔法艇から叩き落とされちゃって……あはは……」
「呆れた! よくそれでレン君の方は無事だったわね――って読めてきたわ」
「あはは……そこで運よく、人魚さんに助けてもらえたんです」
「ハァーーーーー」
「そんな大きなため息つかなくても! でもホント、とってもいい人魚さんだったんですよ! すぐ仲良くなれましたし」
「君って奴は相変わらず、見境なしに女の保護欲をかき立てる子ねえ……」
「言い方ぁ!」
「でも実際、そこでバイバイしなかったんでしょう? どうせまた会う約束したんでしょう?」
「だ、だってその人魚さん、僕に魔法まで教えてくれるって……。弟子にしてくれるって……。念願で……」
「あのね、レン君」
「……はい」
「そいつ、人魚じゃないわよ」
「エエッ!?」
「生と不死の境界にマーメイド族は棲息していないの。第一、マーメイドは魔法なんてもの、使えないの」
「ウ……ソ……で……しょ……」
「そいつの名前、ウェパルって言わなかった?」
「言いましたっ」
「そいつ、悪魔よ。“色欲”の魔王の不興を買って、不死界を永久追放された」
「…………」
あまりに衝撃すぎて、レンは二の句が継げなかった。
レヴィアがもう一度「ハァーーーーー」とクソデカため息を漏らした。
「でも、絶対いい人魚さんでした!」
「あくまで仲良くする気なのね……」
「念願の魔法を習うチャンスですから!」
「まあ、レン君の冒険なんだから、レン君の自由にやりなさいな……」
レヴィアは呆れつつも、ダメだとは言わなかった。
レンもホッと胸を撫で下ろした。
安心した勢いで、土産話を再開する。
今日は報告したいことがたくさんあって、まくしたてるレンの話を、レヴィアが目を細めて聞いてくれる。
にぎやかに夜が更けていく――
◇◆◇◆◇
しゃべり疲れて眠ってしまったレンを、レヴィアは隣で見守っていた。
細い髪質の少年の頭を、飽きもせずに撫で続けてやる。
そうしてやるとレンは気持ち良さそうで、実際に良い夢が見られるみたいだ。
だけど、今夜のレヴィアはずっと唇を尖らせていた。
「魔法なら私が教えてあげるのに。今はまだ早いと思って、時期を見てただけなのに」
ぶっちゃけ嫉妬を禁じ得なかった。
「まあ、水と幻の魔法だけならウェパルもイイ線行ってるしね。レン君にはうってつけの魔法にも思えるしね。難度の高い私の魔法をいきなり学ぶより、ウェパルから初歩を習っておいた方が、順序ともいえるしね」
自分に言い聞かせるため、道理やよかった探しを始めるレヴィア。
「でもやっぱり悔しい! レン君は私のレン君なのに!」
かと思えば、もう堪らずぎゅ~~っとレンを抱き寄せる。
「あ~あ。レン君がこのおっぱいでコロリと参る子だったら、話は早かったのに」
独白してから、いや待てと思い直す。
「そんな意志薄弱な子だったら、私の方が参ってないか」
これこそ道理だ。
「君はこれからも、大勢の人たちと出会っていくんだろうね。その中には、可愛い子や綺麗な子もさぞかしいっぱいいるんだろうね……」
レンの寝顔を至近距離から見つめながら、柔らかい頬をつっつく。
「君はそんな出会いから、持ち前の素直さでいろいろと吸収して、すくすくと成長していくんだろうね」
そしてレヴィアは、そんな少年をずっと傍で見守り続けるのだ。
極上の娯楽として。
何より最高の恋愛として。
嗚呼、刺激的な日々!
これでこそ不死を捨ててまで、時の止まった不死界から遥々出てきた甲斐があるというもの。
「本当に楽しみだわ。いつか君の通った道が、英雄譚と呼ばれる日が――」
これにて完結です!
ここまで読んでくださった皆様に感謝を!!
本当にありがとうございます!!!




