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泣き虫のバーサーカー ~いずれ英雄譚と呼ばれることになる物語~  作者: 福山松江


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第三十四話  混沌都市を超える混沌(3)

「タナさん!」


 レンは素早く決断し、背後の仲間に向かって叫んだ。

 これが最良の決断かはわからない。

 しかし、この恐るべきトロール相手に、最良の答えを求めて悩んでいたら、その間に全滅させられる。

 だから、今はとにかく動けだ!


「タナさん! クリスレイアさんとマーサさんを連れて、逃げてください! 僕が殿(しんがり)を務めます!」

「な、なんだと!?」

「押し問答してる時間が惜しいです! 早く! お願いします!」


 撤退――それがレンの下した決断だった。

 不死界(アロニア)の魔人が相手では、命がいくつあっても足りない。

 ならば、ここは逃げる。

 逃げてクアザルマで助けを求めるのだ。

 オグライだってきっと頼りになるはず。


 ただ、撤退するといっても順序というものがある。

 重甲冑をまとったクリスレイアや、老婆のマーサはどうしても逃げ足が遅い。

 だから、まずは彼女らを逃がす。

 レンが逃げるのはその後。それまでは自分がトロールを足止めする。

 クリスレイアたちが無事逃げおおせた後ならば、レンも全力で逃走できる。

 スピードだけは自信がある。


 ――そういう作戦だったのだが。


「悪いな! 一人も逃がすなって旦那の仰せなんだ!」


 トロールの後ろに庇われたビアンカが、せせら笑いながら弓に矢を番えた。

 妙にドス黒い、不気味な矢だった。

 弓は普段から彼女が使っているものだが、矢の方は目にしたことはない。

 恐らくはトロールが与えたもの……。


「おらよ!」


 ビアンカが矢継ぎ早に仕掛けてきた。

 射放たれた複数の矢は、奇妙な軌道を描いて迫る。

 奇妙なはずだ。狙っているのはレンたちではなく、月明かりにわずかに照らし出された――レンたちの影。


 レンとタナは回避に成功したが、雷撃のダメージが抜けきっていないクリスレイアや、魔術師のマーサにこれをよけるのは難しかった。

 ドス黒い矢が、二人の影に突き刺さる。

 そして、大地に縫い止めるように、二人を一歩も動けなくした!


 撤退プランは完全にご破算である。


「ビアンカさん! あなたって人はぁ!」

「言っただろ、レン坊? 今のアタシはこのトロールの旦那の仲間なんだ! 仲間のために戦うのは、当たり前の話だろ? アタシって仲間想いだろ?」

「ビアンカさん!!」


 怒りと軽蔑のあまり、レンはそれ以上、二の句が継げない。


「もういいよ、坊や」


 そんなレンの後ろから、マーサの声がかかる。

 感情を押し殺したような、ひどく冷酷な声音だった。

 なんだかんだと優しいこの老婆の、こんな声は初めて聞いた。

 その声音のまま、マーサは唱えた。


【紅蓮の饗宴。万華(ばんか)の烈火】


 彼女の得意とする火炎魔法が焼き払う。

 トロール――ではなく、その後ろで庇われていたビアンカを。


「ぎああああああああああああっ」


 熱に炙られ、ビアンカが絶叫する。


「旦那! 旦那! 助けてくだせえ!」


 全身を火傷で苛まれ、転がり、のたうちながら憐れに助けを求める。


「チッ。仕方のない奴だ。これだから猿は」


 トロールは舌打ちしながら、痛みで地面を転げまわるビアンカに、億劫そうに片手を向けた。


 治癒魔法をかけるつもりか。

 レンが、誰もがそう思った。

 しかし違った。


【着飾る獣ほど見苦しきもの、世になし。分を知れ。相応に還るべし】


 トロールが吐き捨てるように呪文を唱える。

 途端――ビアンカの体が膨張した。

 ぶよぶよと醜く膨れ上がり、巨大化していく。

 何か、人ではないモノへと変貌していく。


 ビアンカもその異常に気づいたのだろう。


「旦那! 旦那ぁ! これ違っ……絶対違う! やめて! やめてくれえ!」


 火傷の痛み以上に、もう発狂寸前のていで泣き叫ぶ。


「わめくな、猿。耳障りだ」

「せめて普通に殺してくれぇぇぇぇぇ」


 ビアンカは最後まで泣き叫びながら、人ではなくなっていった。

 堅そうな鱗に覆われた、醜く巨大なカエルの魔物と化した。


「フン。ようやく静かになったな」


 と、トロールが一人満足げにする。


 レンも、クリスレイアやタナも、あまりの衝撃的な事態に声も出せない。


「フン。愚か者には相応しい末路さね」


 マーサだけが冷え冷えとした声音のまま吐き捨てた


 しかし、レンはそこまで割りきれない。

 いくらビアンカに非があろうと、劣悪な人間性をしていようと、魔物にされてしまうなどあまりにひどい。


「どうしてこんな真似をするんだ……」


 レンは全身をわななかせながら、トロールに問う。


「どうしてこんな真似をくり返すんだ……」


 そう、トロールの非道はビアンカの件だけじゃない。

 この謎の集落の人々もまた、その体をめちゃくちゃにいじられている。

 恐らくは村人同士の体を、部位部位でバラバラに入れ替えられ、繋ぎ合わせられている。


「なぜ私の崇高な目的を、猿に教えてやらねばならん?」


 トロールは尊大に言い放った。


「だがまあ、この村の猿をオモチャにしてやったのは、ついでの暇つぶし。ただのつまらん人体実験だ」


 聞いて、レンはレヴィアの言葉を思い出す。

 その昔に、とある悪魔が実験で、人の頭を体から切り離して、頭だけで生き永らえさせたらどうなるか試したと。

 このトロールも、そんな外道の同類らしい。


「――YYYYY……」


 レンの口から、金属を引き裂くような不協和音が漏れ出る。

 最初は小さく。

 徐々に大きく。


(許さない……こいつ……絶対に……っ)


 レンの心が怒りで燃える。

 右手の傷痕が熱を放つ。

 トロールをキッとにらみ据える。

 怒りと悲しみで、涙ににじんだ両目で。


「YYYYYYYYYYY……」


 レンの口から、人とは思えぬ金切り声が漏れ出る……!

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新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
★こちらが作品ページのリンクです★

ぜひ1話でもご覧になってみてください。
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