第三十一話 忍び寄る影
「また新しい村が見つかったんですか? 〈常夜の国〉で?」
驚きのニュースに、レンは両目をぱちくりさせた。
報せてくれたのはクリスレイア一行である。
女剣士のタナ、女狩人のビアンカ、老魔術師のマーサと勢揃いで、レンの定宿である「赤いトサカ」亭を訪ねてくれていた。
クリスレイアとデートをしたのが一週間前。
まだ記憶は生々しく、二人きりだとドギマギしたかもしれないが、マーサたちがいてくれたのでそれはない。
ちょうど夕飯前だったこともあり、皆で「毎日笑顔」亭に移動する。
すっかり給仕娘が板についてきたニーナが、今日も「いらっしゃいませ!」と元気に迎えてくれる。
六人掛けのテーブルを囲み、注文した料理が運ばれてくるのを待ちつつ、本題に入る。
「アタシの知り合いのライナーが、その村を発見したんだ」
と、ビアンカが切り出した。
「どんな様子だったんですか? やっぱり妖魔みたいな奴と、取引してたんですか?」
「さあな、その辺まではさっぱりさ」
ビアンカはどことなくイラッとする口調と態度で、大仰に肩を竦める。
「そいつらはレン坊みたいに蛮勇持ちでもお節介焼きでもないからな。怪しげな村を外から軽く探って、すぐに退散したそうだよ」
「むむむ……」
「だからだよ、レン君。私たちで一度行って、村の様子をしっかり調査しないかと誘いに来たんだ」
レンが唸っていると、正義感あふれるクリスレイアが提案してきた。
「またもし妖魔が裏にいるなら、しっかり退治してやらないとねえ」
「そ、それで魔物素材を売り捌くんですね、マーサさん……」
「当たり前じゃないかい! 今度は坊やにもちゃあんと分け前を渡すからね。期待してるよ、バーサーカー!」
「ハハハ……」
業突く張りなマーサが、疑うことを知らないレンでさえわかる綺麗事を唱えた。
思わず苦笑させられた。
「詳しい場所は聞いてきたから、案内はアタシに任せてくれ!」
前回は我が身可愛さに妖魔との戦いから逃げたビアンカが、そんな過去などなかったかのような態度で、率先して言った。
疑うことを知らないお人好しのレンは、その身勝手さを特に気にしなかった。
「今日はもう遅いから、出発は明朝ということでいいかな?」
「はい、クリスレイアさん! よろしくお願いいたします!」
「ならばここは壮行会と洒落込もうか。私が奢るから皆、英気を養ってくれたまえ」
「ヒャッハー! さすがリーダーは太っ腹だぜえ」
「僕までいいんですか、クリスレイアさん?」
「遠慮することがあるものか、レン君。私の懐は今、前回の妖魔討伐で潤っているからね」
そう言ってクリスレイアはウインクする。
約束だったとはいえ、前回著しく取り分が少なかったレンへの、それがフォローであることは疑いなかった。
さすがのリーダーシップだった。
レンはクリスレイアたち一行と一緒になって――途中、客が引けてからはニーナも参加して――皆で良く飲み、良く歌い、英気を養った。
◇◆◇◆◇
結局、閉店まで騒いで、クリスレイアたちが帰っていった後、レンはニーナの店仕舞いを手伝い、彼女が両親と起居している宿まで夜道を送った。
それからレンは、改めてレヴィアの錬成屋へと赴く。
今日の昼間分の土産話をするのと、明日クリスレイアたちと村の調査へ行く報告をするためだった。
既に夜更けだったが、レヴィアにはいつでも好きな時に訪ねてよいと言われている。
実際、どんな深夜にお邪魔しても笑顔で歓迎してくれるので、レヴィアはいったいいつ寝ているのだろうかと、首を傾げることしばしば。
今夜もまた同じだった。
待ってましたとばかりにレヴィアに寝室に招かれ、ベッド代わりの巨大クッションに並んで寝そべり、土産話をする。
それが一頻り終わると、今度は明日の予定の話に。
「ほほー、あのお嬢さんたちと〈常夜の国〉へ、村の調査か。ふーん。ほーん。最近、ずいぶんと仲がいいのねえ?」
「あ、あの……基本はソロ活動するっていうレヴィアさんとの約束、忘れてないですから……ね?」
レンはビクビクしながらお伺いを立てる。
「それはわかっているわよ。第一、やむにやまれぬ事態なら、パーティー組んでも構わないって私は言ったわ? 前回はレン君が彼女らに助けを求めて、今回は彼女らの要望を無視なんて、そんなつれない真似はさすがにできないわよね」
「ご、ご理解ありがとうございます……」
「それに十日制限にも引っかかってないし、ちゃんと私に相談してくれたし、そういう事情なら許可も出してあげる。レン君が最近妙にモテモテなのは気になるけど……約束を守る守らないの話で、レン君を疑ったことって一度もないのよ?」
「な、なんか、うれしいです。恐縮です」
「うふっ」
隣に寝そべっていたレヴィアが艶然と微笑むと、いそいそとにじり寄ってくる。
「急になんです!?」
「レン君が可愛いから、襲いたくなっちゃった」
「やめてください!!」
淫靡な蛇ににじり寄られ、からめとられる獲物の気分になるレン。
「冗談よ、冗談」
レヴィアは口ではそう言いつつ、しなやかな両腕をレンの頭にからめてきて、彼女のたわわな胸元に抱き寄せられる。
(あうあうあうあうあうあうあうあう……)
柔らかい感触で顔を包まれ、レンはのぼせ上がってしまう。
「〈常夜の国〉で深層種の発見が相次ぐ事態はまだ続いてるし、原因も突き止められてないわ」
また急にレヴィアは真面目なことを言い出した。
どんな表情で言っているのか、顔がおっぱいに埋まったレンは当然確認できない。
「でも、村が見つかったなんて報告、レン君たちからしか出てない。これは果たして偶然かしらね?」
「な、なんか、よくない事態ってことですか?」
「正直、わからないわ。ただ、充分に気をつけて行ってきてね?」
心配するように、レヴィアがいっそう強く抱きしめてくる。
「は、はいっ。忠告ありがとうございます!」
「いい子ね。ご褒美」
レンの頭頂部に「ちゅっ」と何か柔らかいものが触れた。
レヴィアの唇だと気づいた時、レンはもう羞恥と興奮で目を回しそうになった。




