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泣き虫のバーサーカー ~いずれ英雄譚と呼ばれることになる物語~  作者: 福山松江


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第三十話  妖魔討伐の光と影

 また別の日。

 レンはクリスレイアに「時間をくれないか」とお願いされ、探索を休みにした。


 待ち合わせ時間の午後三時。

 待ち合わせ場所の〈不死界への門(アロニアンゲート)〉。

 万が一にもクリスレイアをお待たせしないよう早めに到着したのだが、彼女は先に来ていた。

 しかも、ちょっとした騒ぎになっていた。


 クリスレイアがいつもの甲冑姿ではなく、女性らしい服装をしていたからだ。


 外出用のカジュアルドレスとでもいうべきだろうか?

 普段着ともまた違う、動きやすいけれど刺繍や装飾がふんだんにあしらわれ、スカートにはひだ(プリーツ)までついた、華やかな衣服である。

 クリスレイア自身も美人だし、そりゃあ似合うし目立っていた。


 しかも、生と不死の境界(ボーダーライン)への玄関口とも言えるこの場所だ。

 通りかかるのはライナーばかり。

 同業者(クリスレイア)の顔くらいは知っている者も多い。

 いつも甲冑姿で、よく言えば凛々しく、悪く言えば男勝りなクリスレイアの、見たこともないおめかし姿を目にすれば、驚くのも無理はない。


 ゆえに通りがかったライナーたちが、思わず足を止め、まじまじと見つめてしまう。

 遠巻きにする彼らで、ちょっとした人だかりができてしまう。


「おい……あれ、クリスレイアか?」

「ああ。最近、妖魔を討伐したっていう」

「その話、俺も聞いたぜ!」

「うーん、やっぱこうして見ると美人だよなあ」

「でもなんで急にオシャレしてんだ?」


 ――などなど、ささやき合う声で騒ぎになってしまうという具合だ。


 実際、レンも驚きを禁じ得ない。

 声をかけることもできず、足を止めてしまう。

 クリスレイアの美貌に改めて見惚れてもしまう。


「そんなところで突っ立っていないで、早く声をかけて欲しいのだがな、レン君?」


 こっちに気づいたクリスレイアが、恥ずかしそうにもじもじしながらも、ぶっきらぼうに声をかけてきた。

 急いで彼女の元へ駆け寄り、


「す、すみません! 遅れましたっ」

「いや、時間の十分前だ。遅刻はしていない。ただ、こんな可愛い女性を、いつまでも独りにしておくなど罪だぞというだけだ」

「す、すみません! クリスレイアさんがあんまりにも綺麗だから、つい見惚れてっ」

「見惚れて!?」


 レンがもう必死に弁解すると、クリスレイアがカーッと喉元まで紅潮させた。

 そして、そんな二人を通りすがりのライナーたちが見ていた。

 心なしかニヤニヤしながら。


「な、なんか目立ってますね、僕たちっ」

「な、なんだか目立っているな!」

「そもそもなんで、こんなところを待ち合わせ場所にしたんですかっ」

「よく考えたら、私とレン君が共通して知っている場所がわからなかったからだっ。ここなら間違いないと思ったんだっ」

「それなら僕かクリスレイアさんの宿でよかったのでは……?」

「そ、それでは味気ないと思ったのだっ」

「味気ない……?」


 どういう意味かと、きょとんとするレン。

 クリスレイアはもごもごと答えた。


「……それではデートっぽくない」

「デート!? これデートだったんですか!?」

「あ、当たり前だろうっ。女が男を『時間をくれ』なんて言って誘ったら、他にないだろう!」

「ぼぼっ、僕っ、デートの経験なんかないんでわかりませんっっっ」

「わわっ、私だってないやい! マーサがそう教えてくれたんだ!」


 お互いもう耳たぶまで真っ赤になって言い合う、レンとクリスレイア。

 そして、そんな二人を通りすがりのライナーたちが見ていた。

 心なしかニヤニヤしながら。


「とにかく場所を変えよう!」

「ええ、それが先決ですね!」


 ライナーたちの不躾な視線から逃れるように、レンたちは早足になって移動した。


    ◇◆◇◆◇


「お茶でも飲もう」


 そう言ってクリスレイアが連れていってくれたのは、閑静で瀟洒な喫茶店だった。

 渾沌都市(クアザルマ)らしい猥雑な表通りからはかなり離れたところにある、知る人ぞ知る店だ。


「ここもマーサさんに教わったんですか?」

「む。失礼な。ここは私の行きつけだ」

「へええ」

「だから意外そうな顔をするな! 前に言ったと思うが、私はこう見えて伯爵令嬢なのだぞ?」

「そ、そういえばそうでした……」


 平民の人生とは縁がなさそうなほどオサレな店で、茶を嗜むくらい当然だった。

 実際、カップを傾けるクリスレイアの所作は、優雅にして楚々たるものだった。

 一緒に冒険した時にはそこまで悩まされなかった、クリスレイアの女性らしさを強く意識させられて、レンはドギマギする。


「い、言われて見ると、その格好も似合ってますね」

「そうだろう、そうだろう」


 クリスレイアはハッハッハと満更でもなさそうに笑った後、


「すまない。もう一度言ってくれないか、レン君?」

「に、似合ってますね?」

「そ、そうか……。こんな格好も、似合っているか。……くふふ」


 本当に満更でもなさそうに、クリスレイアは口元をにやけさせた。


 それから、彼女は照れ臭そうに言い出した。


「不意打ちでデートになんか誘ってしまって、申し訳なかったな」

「い、いえ! びっくりしただけです! うれしいです!」

「君も知っての通り、私は男嫌いだ。まったくこの私が誰かとデートする日が来るなどと、思いもよらなかったよ」

「こ、光栄ですっ」

「光栄? 君は()()()()()()()()()()()()()()()()? もっと他に言いようはないのかい?」


 意地悪な顔になって言うクリスレイア。

 純情なレンは、はにかむばかりで何も答えられない。

 そんなレンの顔を堪能するように見つめた後、クリスレイアは改まって切り出した。


「レン君――君が妖魔と切り結んでいた姿は、かっこよかったよ。本当にかっこよかった」

「あ……ありがとう、ございます。…………照れます」

「同時に、狂戦士となった君は危うかった」

「うっ。……反省してます」

「だからだよ」

「え?」


 クリスレイアはテーブルの上に組んだ手に顎を載せ、じっとレンの目を見つめて言った。

 真摯に。それでいて情熱的に。


「君からますます目を離せなくなった」


 レンはますます羞恥を覚えて、顔をうつむけた。

 十四歳の、恋愛経験皆無の少年には、クリスレイアの熱い眼差しは刺激が強すぎた。


    ◇◆◇◆◇


 レンとクリスレイアがデートを楽しんでいたそのころ――


 クリスレイアのパーティーメンバーの一員で、しかし我が身大事さで妖魔退治に参加しなかった女狩人のビアンカは、酒場でクダを巻いていた。

 独りで酒をやっていると、周囲の客――ライナーばかりだ――の声が、聞きたくなくても聞こえてくる。


「おい、聞いたか? クリスレイアのパーティー」

「おうともよ。妖魔を討伐したって話じゃねえか」

「すげえなあ!」

「いいなあ!」

「妖魔から採れる素材なんて、いったいいくらに換金できるんだろうな?」

「オレら中堅どころじゃ想像もつかんぜ、まったく」

「ああ、羨ましい!」


 と、ビアンカが店の隅にいるのも知ってか知らずか、好き勝手言ってくれる。


(チクショウめ……)


 ビアンカは内心激しく毒づいた。

 飲んでも飲んでも酔えなかった。

 他のライナーたちが、一人討伐に参加しなかったビアンカのことを、嘲笑っているかのような強迫観念に襲われた。


(アタシはなんであの時、一緒に行かなかったんだ……)


 ビアンカは後悔し続けた。


(クリスはなんでアタシを強引にでも連れてってくれなかったんだっ。仮にも仲間だろう!?)


 後悔は彼女の胸の内でドロドロと、身勝手な八つ当たりに変わっていった。

 それがビアンカという女だった。


 やりきれない嫉妬と恨みを誤魔化すために、さらに強い酒を浴びるように飲む。

 すると――


「君に美味しい話を持ってきたんだけど?」


 いきなり――本当にいきなり声をかけられた。

 忽然――本当に忽然と、テーブルの対面に誰かが座っていた。


 天使のようにあどけない顔をした少年だった。

 悪魔のように邪まな笑みで口元を歪めていた。


 余人は知らない。

 彼こそが「竜種」カイト・ブラッダンダークであった。

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