第二話 魔女レヴィア
レヴィアの錬成屋は、外に看板を出していない。
店主である彼女に、まともに商いをするつもりがないからだ。
にもかかわらず、レヴィアの錬成屋はクアザルマで最も有名な店の一つである。
中に入れば、「特級」に分類されるほど稀少で強力なマジックアイテムや魔物素材が、所狭しと陳列されている。
如何にクアザルマ恐るべしといえど、レヴィアの店ほど揃えのいい錬成屋は、二つとして存在しないだろう。
広い店内いっぱいに、無造作に並べられた陳列棚の、間というか隙間を縫ってレンはおっかなびっくり奥へ進む。
この中のたとえ一つだとて、落として壊そうものなら大変なことになる。
「そうそう、慎重に慎重に♪」
奥からレヴィアの、からかい声が聞こえてくる。
艶があって、蟲惑的で、まるで耳を直接くすぐられているような、妖しい声だ。
初心なレンはそれだけでもう真っ赤になりながら、返事をする。
「わ、わかってますってばっ。絶対に落としたり壊したりしませんっ」
「そうそう、そこにあるどれか一つでも、台無しになんてしたら――」
「超一流っていわれる境界人パーティーの、数年分の稼ぎに相当する価値だっていうんでしょっ? もう耳タコですってばっ」
「あるいはレン君の人生が、千回買えちゃうくらいの値打ちかもね」
「そんなの絶対弁償できないですから、誓って壊しません!」
「フフ。私は君の人生が買えるなら、その辺りのマジックアイテムの十個や百個、惜しくもないけど……ぜひ壊してくれていいのよ?」
「もうっ、からかわないでくださいよっ。タチの悪い冗談にもほどがありますっ」
「冗談じゃないんだけどなぁ? まあ、いいわ。フフフフ」
半ば悲鳴みたいになって抗弁しながらも、レンはようやく店の一番奥にたどり着いた。
思わず笑いそうになるほど、デッカくてフカフカのクッションが置いてあって、美人店主が半ば埋もれるように寝そべっていた。
「その顔だと、火吹き狼の胆石は首尾よく手に入ったようね?」
その美女が、妖艶な微笑を湛えて確認してくる。
見た目は若い。せいぜい二十歳くらい。
でも、彼女の本当の年齢を知る者は、誰もいない。
クッションの上に、まるで金色の炎のように波打ち広がる、豪奢な髪。
スタイルもまた豪奢の一言だ。男だったら誰でもむしゃぶりつきたくなるような、肉感的な肢体がしどけなく横たわる。
しかも素肌が半ば透けて見える、薄絹一枚をまとっただけの格好なので、レンなどは目のやり場に困って仕方ない。
それがこの錬成屋の店主――レヴィアだ。
クアザルマの人々は“魔女”と呼ぶ。
そう、この混沌の都市には「●●の魔女」と呼ばれる存在が掃いて捨てるほどいるが、何も付けずにただ「魔女」と呼ぶ時、それはレヴィアを指すのである。
それほどの実力者なのである。
「今回はどれくらい籠ってたのかしら?」
「えと、生界の時間で五時間くらいです」
「すると常夜の国で五十時間換算……ね。レン君は本当に頑張り屋なんだから」
「だって欲しいんですから、ドロップするまで籠るしかないでしょ?」
「それは正論だけれど。人は誰もがみんな、そんな風には勤勉じゃないものよ?」
レンを見つめるレヴィアの目が、好ましげに細まる。
「せっかく苦労して入手した素材なんだし、早速加工しましょうか」
「お願いします!」
「ええ。おいで」
レヴィアはそう言って上体を起こすと、色気を感じさせる手つきで手招きした。
レンはまた赤面させられながら訊く。
「い、行かなきゃダメですか?」
「ええ。来ないと加工できないでしょう?」
レヴィアは屈託のない笑顔になって、だが頑として言った。
やむなく、レンはおっかなびっくり彼女の傍へ向かう。
クッションの上に股を開いて座った格好のレヴィアの、その股の間に腰を下ろし、背中を預けるようにする。
「ほーら。もっとくっついて、くっついて」
レヴィアに後ろから抱き寄せられ、密着状態になる。
レンの背中に、柔らかい二つの感触が当たって! たわわな乳房が潰れて!
「さ、最近聞いたんですけど、ふ、普通の錬成加工はこんなやり方しないって……」
「だってこれ、特別な錬成加工だもの。そもそも普通じゃないもの」
「そうだったんですか!?」
「ふふ。私だって、普通のお客にここまでのサービスはしないわよ? レン君だから、ト・ク・ベ・ツ」
耳たぶに後ろから吐息を吹きかけられ、レンはもう堪らなくなる。
「さ、始めましょ? 出・し・て?」
「ははは、はいっっ」
背中に感じるレヴィアの肢体の、温かくも柔らかい感触にドギマギしながら、レンは両掌の上に火吹き狼の胆石を載せる。
そこへレヴィアが後ろから両手を回してきて、レンの両手ごと一緒に胆石を包み込むようにする。
「ただ錬成加工するだけじゃつまらないでしょう? だから、レン君の『氣力』によく馴染むように、共同作業をした方が良いの。より特別な素材に仕上がるの」
「な、なるほど」
レンはうなずきながら、両手で包んだ胆石へ、〈ファストブレード〉を打つ時の要領で氣力を注ぎ込む。
さらにレヴィアがレンの手の外側から、胆石へ「魔力」を注ぎ込む。
「力まないで。素直に、自然に、氣力を注ぎ込んで?」
「は、はいっ」
「ほーら、力んでる」
レヴィアが心から楽しげに、くつくつと笑う。
かと思えば耳元でささやいてくる。
「私のおっぱい、当たってるでしょ?」
「!?」
「気持ちいいでしょ?」
「!!!???」
「そっちに意識を集中していいから。遠慮なく堪能していいから。その方が、リラックスして氣力を注げるというものなのよ」
「!!!!!?????」
レンはもうびっくり仰天だったが――やがてレヴィアの言葉に素直に従った。
“魔女”のアドバイスはさすがで、リラックスして氣力を注入できるようになった。
「うふ、上手♪」
「ありがとうございます……」
「本当に上手になったわね? レン君が私の店を訪ねて、まだ二か月しか経っていないのに」
「あ、あの時のことは忘れてくださいっ」
「ダーメ。一生忘れない。だって――」