第二十六話 ただ怒りのままに(2)
「GYGYGYGYYYYYYYYYYYYYYY!」
レンの喉から、金属を無理やり裂くような咆哮がほとばしる。
レンの右腕で、七ツ首の竜の痣が赤熱する。
そして、放たれる〈ファストブレード〉。
一太刀――妖魔の左肢を斬り飛ばす。
二太刀――妖魔の脇腹を深々とえぐるように斬り裂く。
その威力は、オグライが究めた〈ファストブレード〉に、勝るとも劣らぬ域へと高められていた。
「「「なんだ、こいつ!? なんだ、急に!?」」」
さしもの妖魔も当惑しきり。
攻め手を止めて、レンの変貌に観察の視線を注ぐ。
否、そもそも魔術による自己再生にかかりきりにならねば、嵐のようなレンの暴威に討滅させられるだろう。
「XYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
しかも、怒りで我を忘れたレンの剣威は、際限なく上昇していった。
妖魔が魔術で左肢を再生させたその端から、叩きつけた刀身がかすめたその余波だけで左肢を木端微塵に粉砕する。
レンの体に――特に右腕に、恐るべき膂力が漲っていた。
それが彼のスピードをさらに、次元違いの域にまで底上げさせ、結果、〈ファストブレード〉の威力を激増させていた。
妖魔がいかな治癒魔術の使い手でも、レンの剣のただただシンプルな破壊力の前に、再生が追いつかなくなっていた。
「「「バカな……バカな……こんなバカな……っ」」」
妖魔はレンの剣威を怖れ、逃げ惑いながら絶句する
少女の顔を擬態した四つの首が、全て目を瞠る。
その視線は、全てレンの右腕に注がれていた。
そこにある七ツ首の竜を模した痣に、気づいていた。
「その紋様、まさか“憤怒”の御方の――」
妖魔が何か言い終えるより前に、レンの剣の一振りで、少女に擬態した四つの首全てが吹き飛んでいた。
たまらず妖魔は魔術を唱え、元の大猿の首を再生させるが、その顔はすっかり恐怖で歪んでいた。
己がいったい“何”を相手に戦い、弱者と勘違いして嬲り、粋がっていたのかと気づき、後悔で引きつっていた。
――一方、クリスレイアたちもまた、レンの凄まじい戦いぶりに愕然となっていた。
タナなどはもう、腰を抜かしてへたり込んでいた。
「なんだ……レン君はいったいどうしてしまったんだ……」
クリスレイアが立ち尽くし、誰にともなく問いかける。
レンが妖魔を滅多打ちにするのはいいが、不安の方が勝った。
そして、彼女の問いにマーサが答える。
治癒魔術によって意識を取り戻したオグライと、口をそろえて、
「「狂戦士……」」
震え声にすらなって。
「バーサーカー? なんだ、それは? マーサ! オグライ殿!」
「……はっきりとは私もわからない。知らない」
「古株のライナーや都市のお偉いさん方は、その存在だけは確認しているのさ」
「深層を探検できるようなごく一握りの凄腕ライナーたちの中に、さらにごくまれに現れるんだ。バーサーカーは。そいつはある日いきなり、病の如く発症する。あるいは呪いの如く憑りつかれる。原因は不明……」
「共通しているのは、どんな呼吸法を究めたライナーでも不可能な、超人じみた膂力と耐久力をいきなり発揮し、怒りで我を忘れて暴れ回る」
「ゆえについた異名が、狂戦士だ」
「レン君がそのバーサーカーになってしまったというのか!? 見境のない狂戦士に!?」
「……ああ。……そうだ」
「……他に説明がつかないよ」
マーサが、オグライが――経験豊かで、あたかも泰山の如く腰の据わった二人が、狂戦士と化したレンを見て動揺していた。
止まらぬ冷や汗を何度も拭っていた。
「〈ファストブレード〉の真価……つくづく痛感されましたよ、師匠」
オグライが剣士としての感想を、うめくようにつぶやく。
様々な要素が最終威力に加算(乗算)される、基礎剣技の〈ファストブレード〉だからこそ、バーサーカーの異常膂力が丸々暴威となっていた。
もしレンの習熟しているのがもっと高度な、複雑な剣技であったら、バーサーカーのせっかくの膂力も持て余していたに違いない。
その結果、剣をただ棒のように振り回すだけの、無様で野蛮な戦いぶりに終始していたに違いない。
「しかし、レン君――君はたとえ狂戦士と化しても、剣士のままなのだな……」
ならば〈北派〉の剣の、自分でもたどり着けぬその先を見せてくれ。
オグライは口中でそう呟いた。
「レン君……」
そんなオグライを、クリスレイアはレンと交互に見やる。
北派の師範代をして、もはや固唾を呑んでレンの戦いぶりを見守るしかないというこの状況、まして彼女に何ができようか。
「がんばれ……レン君……!」
見守り、応援する以外の何ができようか。
「ZYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
そんな仲間たちの視線や声援を受けて、レンの剣が唸りを上げて走る。
とうとう一撃で、妖魔の胴体の三分の一を吹き飛ばす。
それでも即死には至らず、再生魔術を行使できる妖魔は、正真の魔物ともいうべき存在であった。
しかし、バーサーカーと化したレンを前に、もはや戦意はしおれ、心は折られていた。
「降参する! 降参する! だから、剣を止めてくれ!」
もはや泣きわめきながら懇願した。
レンは怒りで真っ赤になった瞳から――涙を流し――〈剣光鉄火〉を振り上げながら叫ぶ。
「だったら、さらった女の子たち二人を返せ!」
「!?」」
「どうした!? 返せ! 今すぐ!」
「む、無理を言うな! それはできぬ相談だ!」
「それが僕の答えだ、外道ッ!!」
レンは亡き少女たちを憐れんで滂沱し、妖魔への怒りの咆哮とともに〈剣光鉄火〉を振り下ろした。
「GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
妖魔は断末魔の叫びを上げる。
そう、最期の叫喚であった。
もはやレンの剣の前に再生魔術が追いつかず、肉体の半ばを失って息絶えたのである。
◇◆◇◆◇
「おおおおおおおおおおおおおおっ」
「やったな、レン君!」
「……すごい! ……信じられない!」
「ああ! 君はやっぱり最高だよ!!」
不死界の妖魔を相手に、ほとんどソロで勝利する。
レンの雄姿を見届け、たちまちクリスレイアとタナが歓声を上げた。
クリスレイアもまた脱力してタナの隣にへたり込み、互いに歓喜のまま抱き合った。
その一方で、マーサとオグライはだんまりを決め込んでいた。
全く喜色を露わにしなかった。
「どうして?」
と訊ねるクリスレイアだが、すぐに理由を悟る。
妖魔を斬り伏せたレンが、そのまま前のめりに倒れたからだ。
「レン君!?」
「どうした!?」
「バーサーカーと化したものはね、怒りとともに命を燃やし尽くすように、そのまま絶命するんだよ……。今まで一つの例外もない」
「超人と化した代償だな……」
「そんな!?」
マーサとオグライの口から出た信じられない事実に、クリスレイアは顔面蒼白となった。
「レンくううううううううううううううううううううん!」




