第二十五話 ただ怒りのままに
吹き飛ばされ、動かなくなったオグライに、妖魔はすかさず追撃をしかけた。
「オグライさん!」
そこへレンが割って入る。
マーサが魔術でオグライを治癒する暇を作ろうとする。
「「「どけ! 雑魚は後回しだ!」」」
今や妖魔の首から生えた、五人の少女たちの頭がそろって口を歪め、邪悪な台詞を吐いた。
悪夢のような光景だった。
しかし、レンは臆することなく――
「〈ファストブレード〉!」
スピードを威力に変えて刀身に乗せ、少女の顔をした首の一つを斬り飛ばす。
「「「貴様! よくも少女相手にムゴい真似ができるな!?」」」
「黙れ、卑劣な妖魔め!」
妖魔の言いがかりに、レンは怒気とともに言い返した。
この魔物がいきなり少女の首を生やしたのは、「生贄に捧げられた村の少女たちを、人質にとっているぞ」と、こちらを脅迫する意図だろう。
オグライはその策略に、咄嗟に引っかかってしまったのだろう。
だが、レンは知っている。ニーナの母親から聞いている。
生贄に捧げられた少女たちは、五人ではなく二人だ。
しかも、その二人の身体的特徴も聞き取りしておいた。
もしまだ生きていたとしたら、救出するためだ。
そして、妖魔の首から生えた五人の少女たちの顔に、該当する少女はいない。
つまりは、フェイク。
第二層である〈魔海〉には、赤子の泣き真似をしてだまし、獲物を呼び寄せる怪鳥がいるが、この妖魔も変化の魔術の類を使って擬態したに違いない。
まだ新人の域を出ないとはいえ、ライナーとして経験を積んだ――それもソロゆえに、特に慎重さを問われる――レンだからこそ、引っかからなかったのである。
(とはいえ、胸クソ悪い!)
擬態とはいえ少女の顔へと刃を向け、剣を振り下ろさなくてはいけないのだ。
恐ろしく気分が悪かった。
ますますこの化物の邪悪さが許せなかった。
「「「チッ。この手が通用せぬとは、可愛い顔をして存外にしたたかだな、小僧」」」
妖魔の首から生えた、四人の少女たちが憎々しげに舌打ちする。
「村からさらった女の子たちはどうした!? 返せ!」
「「「ハッ。そんなもの、とっくに心臓をえぐり、儀式のために使ったわ」」」
「儀式だと!? いったいなんの!?」
「「「ペラペラしゃべると思うてか、バカめがっ。我が主の崇高な目的のためとだけ言っておこう!」」」
妖魔は誇らしげに叫びながら、左右の爪を振りたくってくる。
「貴様こそ、よくもそんなムゴいことを!」
レンはその猛攻を〈剣光鉄火〉で捌き、〈ファストブレード〉で逆撃を見舞う。
「この外道が!」
「死ね!」
クリスレイアとタナも左右から、〈ヘヴィスラッシュ〉と〈ダブルブレード〉を見舞う。
「「「洒落臭いわッ!!」」」
妖魔は凶悪な爪を振るい、二本の蛇尾の毒牙を剥き、さらに邪悪な魔術で衝撃波を放った。
レンは持ち前のスピードで、左右から迫る毒牙を回避!
しかし、クリスレイアは魔術をまともに浴びて叩き飛ばされ、タナは剣を持つ肘から先を妖魔の爪で切り飛ばされた。
「クリスレイアさん! タナさん!」
「だ、大丈夫だ、レン君……っ。私は頑丈なのが取り柄だ!」
「……強い……これが妖魔……」
クリスレイアは気丈にも強がりで答えたが、右手を半ばから失ったタナはもはや戦意喪失していた。
レンの両目から、決壊したように涙があふれる。
「クソオオオオッ! クソッ、クソッ、クソオオオオオオオオオオッッッ!!」
レンは単身、妖魔を相手取り、その猛攻を掻い潜り、カウンターをお見舞いする。
その立ち回りは、熟練のライナーでも「こうも鮮やかにはいかない」という見事なものだった。
しかし、相手が悪すぎた。
不死界の妖魔の強さは尋常ではなかった。
レンがどれほど斬りつけようと、その傷を端から治癒魔術で再生させた。
「「「貴様らの心臓も残らずえぐって、次の儀式に使ってやろう! 乙女のそれに比べて、さほどの足しになるとも思えんが、ともに逝くニーナは寂しくあるまいよ! ゲヴァラヴァラヴァラヴァラヴァラ!」」」
得意絶頂、妖魔は哄笑した。
「クソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
レンは喉も裂けよと叫びながら、斬りかかった。
この邪悪のことが、許せなかった。
この人類の敵を、許せなかった。
許せなかった。
許せなかった……!
ゆえにレンは戦い続ける。
泣きながらも戦い続ける。
勝てるとか勝てないとかじゃない。
斃せるとか斃せないとかじゃない。
ただ感情のままに――怒りのままに剣を振るい続ける。
「――YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
いつしか――レンの喉から迸る叫びの質が、変わっていた。
金切り声などという比喩ではない。
本当に金属と金属をこすり合わせ、軋ませるような、不協和音へと変わっていた。
「GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」
それは、およそ人の雄叫びではなかった。
あたかも魔物の咆哮であった。
レンの右手にも異変が起きていた。
七ツ首の竜の痣が、爛々と赤熱していた。
周囲の肌を焼き、かすかに煙を上げていた。
まるで、レンの感情に呼応するかのように――




