第二十二話 いざ出陣!
待ち合わせの時間まで、レンは〈不死界への門〉へ先に来て、砦内で皆を待った。
三十分足らずでクリスレイアとタナも姿を見せ、後はマーサだけ。
「知り合いを助っ人に呼べるかもしれないと、声をかけに行ったんだ。でも、ちゃんと時間通りに来るとマーサは言っていた」
「本当ですか!? 助かります!」
「マーサは私たちよりずっと昔からライナーをやっているし、この街でも顔が広いからね」
クリスレイアが太鼓判を押し、レンは期待に胸躍る。
ワクワクしながらマーサの到着を待つ。
と――
自分に負けず劣らず、タナがウキウキしていることに気づいた。
いつも無愛想だったこの女剣士が、だ。
腰に提げた剣の柄や鞘を、まるで子どもみたいに忙しくなく、撫でたりいじったりしている。
「剣を新調されたんですか、タナさん?」
初めて会った時、彼女が使っていたものとは拵えが違うことに、レンも気づいた。
「あんたと一緒に、オークの深層種をたくさん狩っただろう? その時の稼ぎで買ったんだ。ベレッシの剣だぞ!」
いつも無口なタナが、めっちゃ早口で自慢してきた。
「ベレッシ……?」
「匠の名前だ。クアザルマに彗星の如く現れた新進気鋭の、しかも謎に満ちた名匠だよ! 腕がいいだけじゃない。仕事が速くて精力的で、数年前から急激に市場に出回り始めた。残念ながら、こいつは『数打ち品』でしかないが、それでもドワーフが打った逸品と遜色ない。いや、こいつの方が優れていると私は見る(早口)」
よほど刀剣のことが好きなのだろう。マニアなのだろう。
タナは饒舌且つ雄弁に教えてくれた。
隣でクリスレイアが「面白い奴だろう?」と苦笑しているほどだ。
「いつかベレッシの『真打』を手に入れるのが、私の当面の目標さ。とてもじゃないが手の届かない取引額だけど……妖魔を狩れたら、それも不可能じゃないかもしれない(早口)」
タナはタナなりに、熱意を以って妖魔討伐に臨んでくれているのだと知り、レンはうれしくなってきた。
「へええ、ベレッシの剣ですかあ」
「興味があるなら見せてやろうか? さわらせてやろうか?(早口)」
「いいんですかっ。ぜひぜひ」
レンも男の子だし商売道具だしで、刀剣の類には当然興味がある。
さらには〈剛鉄山脈〉のアレサンドラのところで鍛冶修業をして以来、名匠と呼ばれる人たちの「仕事」にますます興味を持つようになっていた。
自慢たっぷりにベレッシの剣を貸してくれるタナに、礼を言って受けとると、その「仕事」ぶりを観察する。
すると、びっくり。
(こ、これは……!?)
予想だにしない事態に、レンは絶句させられた。
この拵えの癖、刀身の鍛造法、果ては原材料の選び方まで、何から何までアレサンドラが打ったものとそっくりなのだ。
(いや……ちょっと違うな。技法とか全部アレサンドラさんと一緒なんだけど、もっともっとヘタクソが打った剣だ、これは。いくら『数打ち品』でも、アレサンドラさんはもっともっと凄い剣を打つし)
じっくりと検分しながら、レンは考察を進めていく。
そして、結論を得る。
(ていうかこれ僕が打った剣だよねええええええええええええ!?)
助手の修業がてらアレサンドラの失敗作を、途中からレンが代わって鍛えたやつだ。
(は、恥ずかしいっ……)
礼を言ってタナにお返ししながら、頬を薄く染めるレン。
彼女がこんなに自慢にしている以上、「これ実は僕が打った習作です」だなんて、まさか真実を打ち明けるわけにもいかない。
(てか、ベレッシって何? どっから出てきたの? アレサンドラさんの剣じゃないの?)
その自問への答えも、レンはすぐに推察できた。
アレサンドラは己が打った剣の出来にはこだわるが、いくらで売れるかとかには、まるで興味がない。
だからいつもカイルという出入りの商人が、生活必需品と引き換えに預かっていく。
それで恐らくはカイルが勝手に「ベレッシの剣」と名付け――アレサンドラと違って男性的且つ、どこか神秘的な響きの名だ――ブランド化し、クアザルマで売り捌いているのだろう。
「ところでレン、さっきから気になってたんだが――」
「な、なんですか、タナさん?」
「あんたも剣を新調してるな。というか、それもベレッシの剣じゃないか?」
「ぎっくぅっっっ」
「図星か?」
「いやいやいやいや! わかんないですっ。誰さんの剣か全然知らないですっっ。レヴィアさんに借りたものなのでっっっ」
真実を知ったタナが傷つくのを避けるため……とはいえ、つい嘘に嘘を塗り固めてしまうレン。
「じゃあ、ちょっと見せてくれよ。じっくり検分すればわかる。剣の目利きには自信があるんだ」
「ど、どうぞ……お手柔らかに……ハハハ……」
自分は見せてもらっておいて、嫌とは言えない。
レンは諦観とともに、タナに佩刀を差し出した。
タナは真剣な目つきになると、レンの〈剣光鉄火〉を検めた。
そして――
「ベレッシの『真打』じゃねえかああああああああああああああああ!?」
タナの絶叫が〈不死界への門〉の砦に木霊したのだった。
◇◆◇◆◇
待ち合わせ時間の少し前に、マーサがやってきた。
しかも、首尾よく助っ人を連れてきてくれた。
がっしりとした体つきの、中年男だ。
眼光穏やかで、荒事の似合う雰囲気ではない。
しかし、レンにはわかった。相当の剣士だと。
立ち居振る舞いや足運びに、無駄や隙というものが皆無なのだ。
「オグライという。よろしく頼むよ、レン君」
「はいっ。もうなんてお礼を言ったらいいかっ。とにかく、ありがとうございます!」
「ははは! マーサの頼みとあってはね。それに妖魔と聞いては、私も腕試しをしてみたい」
差し出された右手を、レンは両手でとって握手する。
長年剣を振るい続けたのだろう、オグライの掌の皮は分厚く、なんとも頼もしい。
そして一方、クリスレイアとタナは「オグライ」の名を聞いて、呆然となっていた。
「まさか……まさか……」
「北派の師範代のオグライ殿!?」
「あの剣聖の直弟子――いや、高弟の!?」
そう、レンは知らなかったが、この男こそ“北の剣聖”から免許皆伝を受けた達人剣士にして、北派の道場運営全般を取り仕切るやり手の師範代、オグライその人であった。
加えればクリスレイアたちも知らなかったが、クアザルマの最高権力機関「長老会議」の一員でもある。
「マーサ……あなたはなんという御仁を連れてきたのか……」
「おや、迷惑だったかい、クリス?」
「迷惑なものか! これで妖魔を討伐できる可能性がグッと高まったっ。ただ驚きを禁じ得ないよ、まさかあなたにこんな知り合いがいただなんてね」
「ハッ、亀の甲より歳の功ってね」
そんなクリスレイアたちのやりとりから、レンもオグライが何者かを理解し、興奮する。
「本当に……なんとお礼を言っていいか……っ」
マーサに向かって深々と頭を下げる。
「良しなよ、坊や。これは善意なんかじゃない、アタシらの稼業の話さ。可能な限り妖魔を仕留めたい、必ず生きて帰りたい、ただそれだけの話だ。違うかい?」
「違います! 善意の話です!」
「フン、そうかい。あんたがどう思うかは勝手にすりゃあいい」
この老婆の憎まれ口は、全て照れ隠しだとレンにはわかった。
マーサという人物の、わかりづらい優しさがわかるようになっていた。
「では出陣と洒落込もうか」
「はい、オグライさん! よろしくお願いします!」
「いやいや、レン君。こたびの発起人は君なんだ。君が音頭をとりたまえ」
「エッ」
思ってもみないことを急に言われ、レンは戸惑う。
しかしクリスレイアたちも「そうだ」「その通り」とばかりに、レンの号令を待っている。
期せずして注目を浴び、レンは緊張。にわかに冷や汗をかく。
そして、なんと声をかけるべきか散々考えた結果――
「よ、よろしくお願いします!!」
皆に向かって深々と頭を下げた。
「あっは! それだけかい、レン君?」
「もう少し気の利いたことは言えないのかねえ、この坊やは」
「まあまあ、実直でいいじゃないか。私は気に入ったよ、この少年が」
と、グダグダになってしまいつつ、なし崩し的に〈境界の裂け目〉へと突入していく。
でも、レンは思った。
妖魔の脅威に怯え、死の予感に震えて出陣するより百倍いいと。




