第一話 “異次元隣接都市”クアザルマ
「〈ファストブレード〉!」
裂帛の気勢が木霊する。
レンの強烈な息吹である。
故郷の村がオークの群れに襲われたあの事件から、早や七年の歳月が経っていた。
レンは十四歳になっていた。
ジェイクに懇願し、鍛えられたその肉体は、少年なりに逞しく成長していた。
両手ににぎって振るう剣も、大人用のものだった。
返り血に染まったその刀身が、新たな獲物を求めて斜めに走り、火吹き狼の頸部を両断する。
ジェイクの手ほどきを受け、一意専心、膨大な修練を重ねた〈ファストブレード〉だ。
熟れに熟れ、その威力、その速さ、その鋭さ、並大抵のものではない。
レンはファイアウルフの群れに囲まれながら、一太刀ごとに一匹を屠り、敢闘していた。
また、その立ち回りも鮮やかなものである。
火吹き狼がその名の通りに炎のブレスを吹くためには、大きく息を吸って狙いを絞る必要がある。
レンはその習性というか予備動作のことを学んでいるから、右に左に捷っこく動いて、狙いを絞らせないようにする、
ジェイクのように、実体のない炎を斬るような芸当は未だできないけれど、これならファイアウルフの群れと渡り合うことができる。
否、レンの方がはっきり優勢だ!
「こいつで……終わりっと!」
ついに最後の一匹を仕留めて、一息つくレン。
ソロで群れを狩る、激戦の後だ。
肩で息をするほどに乱れた呼吸を、ゆっくりと整えていく。
見上げれば、星一つない真っ暗な空に、二つの月が並んで浮かんでいた。
まるで巨大な双眸がこっちを睥睨していて、視線と視線が合うみたいだと、レンはいつも思う。
底知れぬ気味の悪さを覚える。
いや、覚えて当たり前だろう。
ここは、レンたち人類のような定命の生物が住む、生界ではなく――
不死界との狭間に存在する境界なのだから。
決して明けぬ夜と、満ち欠けはすれど天頂から微動だにしない二つの月に照らされた、〈常夜の国〉と呼ばれる異次元なのだから。
本来は、尋常の生物が立ち入るべき場所ではない。
わずかに、「境界人」と侮蔑される命知らずどもが、富と栄光を求め、冒険と探検に明け暮れるのみ。
(今じゃ僕もその境界人だけど……)
まともな神経をしていれば、気味の悪さを覚えて当然。
危険な臭いを感じて当然。
(用が済んだら、長居は無用だよね)
呼吸も整うと、レンは狩りの総仕上げにとりかかる。
周囲にはファイアウルフどもの屍が、ごろごろと散乱していた。
こいつらは、生界に生態系を持つ尋常の「生物」では、決してない。
不死界、もしくはこの狭間の世界に棲息する「魔物」どもだ。
その尋常ならざる皮を剥ぎ、内臓を暴くのだ。
売って金に換えるため。
あるいは稀少な素材が手に入るのを期待して。
それが境界人たちの一般的な生業である。
慣れなかったころはいちいち悲鳴を上げながらの作業だったが、今は心を無にして解体できるようになっていた。ライナーになってまだ二か月ほどしか経っていないが、もうすっかり板についていた。
ファイアウルフは魔物の中では弱い部類とされる。一人前のライナーなら、そして一対一なら、苦戦したりなどしない。だから、ファイアウルフの皮は売っても大して金にならない。
だが塵も積もればなんとやら。ソロ狩りだから分け前の問題もない。
後は内臓の中身次第だが――
「あった! ついにゲットォォォ!」
一匹の胃袋を開いた瞬間、レンは思わず快哉を叫ぶ。
中に、レア素材である〈火吹き狼の胆石〉が入っていたのだ。
こいつを探し求めて常夜の国に籠ること、いったいどれだけか。ファイアウルフを狩り続けること、いったい何百匹か。
ようやく、ようやく、入手できた。
「帰ろう!」
鼻歌混じりに独白し、レンは意気揚々と常夜の国から引き上げた。
◇◆◇◆◇
クアザルマという名の街がある。
“異次元隣接都市”の異名でならば、知らぬ者はいないだろう。
生と不死の境界の、生界側の玄関口――それがクアザルマだ。
世界中の命知らずどもが冒険を求めて集まり、エルフやドワーフといった亜人たちさえ往来を闊歩し、また彼ら相手の怪しげな商売が横行する、まさに人種の坩堝。
目抜き通りの店先に並ぶ珍品奇品は全て、生と不死の境界由来の魔力を帯びた代物で、この街以外ではまず滅多にお目にかかることはできないだろう。
となれば、世界中の交易商たちもマジックアイテム目当てに、群がるようにやってくる。街が経済の中心地として発展する。大陸の富の十分の一が、今やクアザルマ一都市に集中しているという説さえあるほどだ。
生まれて初めて村を出たレンが、二か月前にやってきたのは、そんな猥雑と混沌に満ちた、怪しくも妖しい街であった。
目的も、漠然とながらある。
大昔にジェイクに聞いたのだ。
「いったいどこで何をやったら、ジェイクみたいに強くなれるの?」
対するジェイクの答えは明瞭だった。
「俺みたいになりたかったら、クアザルマでライナー稼業をやるしかないな」
――と。
英雄にならんと憧れるレンは、その時からクアザルマを目指し、ライナーになることを決意し、「おまえにゃまだクアザルマ行きは早い」と口を酸っぱくするジェイクの修業に耐えて、十四歳になったこのほどようやく許可をもらったのだ。
夕暮れ。
ドワーフとケットシーの酔っ払いが早や肩を組んで歩き、エルフの娼婦が辻に立ち、立ち並ぶ怪しげな商店が売れ残りを出してなるかと声高に宣伝をし始める。
クアザルマならではの様相を呈する往来を、レンは鼻歌混じりにゆく。
左手を開いては、そこにある火吹き狼の胆石を見て、「へへへ」と誇らしげに、うれしげにほくそ笑む。
名前こそ「胆石」と付けられているが――そこは生と不死の境界の魔物から得た素材であるから――見た目は大粒のルビーに似ている。中心が、炎のように揺らめいているのが違いであり、特徴か。
そのレア素材を持って、レンはとある店を訪ねた。
「こんばんはー。レヴィアさん、いますかー?」
「そんな大声を出さなくても、君の帰りをちゃーんと待ってたわ?」
中からすぐに応えがあった。
若く、すこぶるつきの美女が、言葉通りにレンの帰りを待ってくれていた――