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泣き虫のバーサーカー ~いずれ英雄譚と呼ばれることになる物語~  作者: 福山松江


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第十六話  長老会議

 皆が対面する形で着席できるように、長机を四角く配置した会議の間。

 老若男女、果てはエルフやドワーフ、コボルトやケットシーといった亜人種まで、約百人。

 この都市の権力者、有力者、実力者のほとんどが、一同に会す。


 全員が一筋縄ではいかない面構えと、物腰を有していた。

 それも当然、この場の誰もが混沌の都市(クアザルマ)で、地位を極めた者たちなのだ。

 室内の光景はまさしく紳士名鑑ならぬ、怪人名鑑めいている。


 並の者なら、居合わせただけで卒倒しかねない、異様且つ重厚な雰囲気だ。

 しかし、レヴィアはどこ吹く風。

 アルファと隣り合って座り、この空気に溶け込んでいた。

 逆隣りにいた、比較的仲の良い宝石商ギルドの長と、談笑する余裕がある。


「――それでは、長老会議を始めます」


 と、司会の声にレヴィアは私語をやめた。


 上座に着席したその老人は、食糧ギルドの長である。

 自給率ゼロという点でも異常なこのクアザルマにおいて、食糧の仕入れと販売を一手に担う商人たちの組合を束ねている。

 クアザルマの胃袋はこの老人に握られていると言って、決して過言ではないだろう。

 とはいえ、独占的商売をする彼らとて、あまり阿漕な真似はできない。

 すれば、ライナーたちが黙っていないからだ。

 その圧倒的暴力を以って、略奪行為に走りかねないからだ。

 ゆえに歴代の食糧ギルドの長は、商才や人望のみならず、市民の不満の限度を見極めるバランス感覚や、たとえ建前であろうと自分は公平だと他者に信じさせる能力が求められる。

 まあ、一種の妖怪だ。

 この伏魔殿めいた会議の場で、司会を任されているのは伊達ではなかった。


「皆も既に耳にしているかもしれないが、この二、三日の間、〈常夜の国〉で深層種の発見報告が相次いでいる。はっきり言って異常な数だ。群れをなしていたという報告も絶えない」


 そう報告したのは、自警団の長である。


 クアザルマはどこの王国にも属さない、完全独立自治区だ。

 ゆえに国家権力による治安組織が存在せず、彼ら「自警団」と呼ばれる雇われ集団が、都市内の警察機能を担っている。

 といっても、さほどの実力も有していないし、畏れられてもいない。

 彼らはライナーとして生計を立てられるほど才覚のなかった「崩れ」や、引退者たちで構成された烏合の衆で、チンケな引ったくりや詐欺を取り締まったりするのがせいぜいだ。


 クアザルマにおいて、本当の意味で秩序を守らせているのは、この場にいる面々なのである。

 都市の治安が乱れて一番困るのは、都市で最も甘い汁を吸っている者たちに決まっている。

 ゆえに長老会議が「法を遵守すべし」と不文律を作り、「もし妄りに破ったら、この場の全員を敵に回すぞ」という空気を街に敷いている。


 ただ、それはそれとして、この自警団の長だけは、誰もが一目置いている。

 今年で四十五になる彼は、かつては伝説的な事績を残したライナーであり、五年前に引退した今でも、その実戦能力に衰えはないと言われていた。


「深層種というと、具体的になんのだ?」


 ドワーフの長が、挑戦的に鼻を鳴らした。

 そんなもんワシらが全部ひねり潰してくれるという、そんな態度だ。


 種族的に高慢なエルフが、この街に来ると現実を知って、しおらしくなるのに対し、彼らドワーフはその種族的な頑迷さを、決して手放そうとはしない。

 頑迷の頑迷たるゆえんだというのは、クアザルマでよく語られる笑い種であった。


()()()()だ。ゴブリン、オーク、オーガー、グレムリン、ファイアウルフ、アイスサーペント、報告は多岐に渡っている」

「なるほどなるほど、それは異常事態だ」

「うむ。原因を探るのは急務だな」


 自警団の長の報告に、喜びを隠さず相槌を打ったのは、武具商ギルドと鍛冶師ギルドの長たちだった。

 どちらも生と不死の境界(ボーダーライン)での戦闘が活発化すれば、儲かる連中である。

 他者の命などなんとも思っていない、人の皮を被った獣のような老人たち。

 商人たちはともかく、鍛冶師の中には職人気質の、「人も道具も大事に扱われるのが一番」と考えている者たちが多いから、ギルドマスターの評判は散々だった。


「誰か、何か知っていませんか? 些細な手がかりでもいいです。気づいたことでもいいです」


 そう周囲に呼びかけたのは、賢人会の若き――といっても三十八歳だが――主幹だった。

 これは魔術師ギルドと双璧をなす賢者たちの集いで、会員は知的好奇心あふれる者ばかり。とりわけ、その長は好奇心の化物として知られている。


 一方で、魔術師ギルドの長は高齢も高齢、全身が(しわ)でできているような老人である。

 長老会議にも必ず出席してくるし、その見識を求められることも多々だが、普段はずっと居眠りを続けるという有様。


 その魔術師ギルド長に倣って船を漕いでいたわけではないが、誰もが賢人会主幹の問いかけに答えられなかった。


「や、残念。いらっしゃらないか」

「やむをえない。差し当たり、ライナーたちには警告をしよう」


 建設的な提案をしたのは、「北派」の師範代だ。

 北の剣聖から免許皆伝を受けたほどの腕前だが、それよりも経営能力や交渉能力、政治力の方が優れている、世俗にまみれた中年である。

 しかし、自警団の長とは仲が良く、「北派」の剣士たちも自警団に協力的だ。

 自警団の長自身が、「北派」の剣聖の直弟子だというのが効いている。


「なれば、その布告は我々が。ただ、早急な調査も必要かと存じます」


 と、クアザルマ最大の新聞屋店主が、請け負うと同時に提案した。


 しごく真っ当な意見だった。

 生界(リィン)に比べ、生と不死の境界(ボーダーライン)の時間の流れは恐ろしく遅い。

 同じ一日でも〈常夜の国〉では、生界の住人(リィニィ)の感覚で十日分に相当する、長く緩やかな時間となる。

 すなわち、物事が進行するのも生界の住人(リィニィ)の感覚では十日分相当だ。

 深層種の発見報告例がここ二、三日で届くようになったということは、〈常夜の国〉では実質一月ほどの間に起きた事件という計算になる。

 生界(リィン)でまごまごしている間にも、〈常夜の国〉ではみるみる事態が進行していき、最悪手遅れになる。

 ゆえに生と不死の境界(ボーダーライン)で異変が発生した場合、長老会議は緊急招集され、素早く解決に乗り出すのが常だった。


「誰がどんな風に調査するかと、ダラダラ話し合っている時間が惜しい。ここにいる各自が、早急に調査に乗り出すべきだ。誰か気の利いた奴を、それぞれで〈常夜の国〉に派遣しろ」


 と、カジノギルドのマスターが横柄な態度で皆に命じる。


 売春婦ギルドの長・エフェメラと並んで、クアザルマの歓楽街を取り仕切る二大巨頭。

 顔にも脛にも傷を持つ、当代一流のヤクザ者だ。


 これもまた正論ではあったが、言い方というものがある。

 その不遜な態度に、大方の長老が不快げに顔をしかめた。

 ヤクザ風情が偉そうに仕切るなという態度を隠さなかった。

 すると――


「君たちもさ、手練れの一人や二人を惜しむほど、部下不足かって笑われたくないだろう?」


 また別の者が、場違いなほど爽やかな声で言った。


「大老」の一人である。

 その見目もまた場違いであった。

 この場の一同、混沌都市(クアザルマ)を牛耳る権力者たちなのだ。中年、老年が当たり前の中で、しかしこの彼だけが十代の少年姿。

 しかも、少女と見紛うような美しさ。

 天使のように輝く金色の髪と、悪魔のように危うい色気を備えている。

 名を、カイト・ブラッダンダーク。

 人ではない。亜人でもない。

 この姿は極めて高位の魔術で化けた、仮の姿。

 その正体は、生界(リィン)最強種族――竜種(ドラゴン)である。

 それも極めて歳経た、古竜エンシェント・ドラゴン

 推定、数千歳。エルフ族の長(キケロニア)など及びもつかない。

 

 まさに鶴の一声であった。

 少年の姿をした最強種族の言葉に――よほどの暴論ならば別として――面と向かって反論する蛮勇の持ち主などいない。

 あるいは挑発ともとれるその発言に、対抗心を刺激されたか。


 ともあれ、場は静まり返った。

 皆、腹の据わった顔つきとなった。


「皆の衆、異議はございますかな?」


 一人、司会役の食糧ギルドの長だけが、空咳を打って一同に問う。


「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」


 方針は決まり、皆が一刻を争うとばかり、退席していく。

 レヴィアもアルファを従え、皆に倣う。

 ただし他の者らと違い、事件に対して特段、何か手を打つつもりはない。

 レヴィアはもはや楽隠居を決め込んでおり、長老会議にも顔は出すが口は出さないし、躍起になってまで協力もしない。

 そういうスタンスなのである。


    ◇◆◇◆◇


 しかし、引きとめられることとなった。


「やあ、レヴィア。ちょっと小耳に挟んだんだけどさ、君って新たにライナーと専属契約を結んだんだって?」


 そう訊ねてきたのは他でもない――

 竜種、カイト・ブラッダンダークだった。


 レヴィアの隣で、アルファがあからさまに緊張と警戒をする。

 もっともカイトからすれば、アルファのことなど眼中にないだろうが!

 レヴィアは艶然と微笑みながら答える。


「ええ、そうよ。さすが耳が早いわね、カイト」

「珍しいことがあるものだと、びっくりしてね! 一度は引退し、もう誰とも契約しないと言いきっていた君が心変わりするだなんて、それほどの逸材なのかい? そのライナー君は」

「別に逸材ってわけじゃないわ。ただ、私好みの可愛い子だったから、囲いたいと思っただけよ」


 レヴィアは慎重に言葉を選んで答える。

 なぜ竜種がレンに興味を示したのか、まさか口で言っている通りの他愛無い好奇心なのか、判別がつかない。

 レヴィアをして判別させないだけの円熟味が、この数千歳の竜種にはある。


「今度、一緒にボクのところへ遊びに来てよ。とっておきの琥珀酒を出すよ?」

「やめておくわ? あの子はお酒に弱いから」


 レヴィアははぐらかして、その場を足早に去った。

 幸い、カイトも食い下がってはこなかった。

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『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
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