第十四話 はじめての剣
「完成したぞ、レン坊」
「ありがとうございます!」
仕上げの研ぎが終わったばかりの剣を、アレサンドラから受けとる。
出来合いの品を店で買ったのではなく、必要素材を一から自分で集めて、鍛冶の師匠に手ずから打ってもらった一点物だ。
自分のためだけの剣だ。
素材集めに、生界換算で一か月もかかった。
特に火吹き狼の錬成石を入手するのには時間がかかった。
無論、鍛造にあたっても、大変な助手作業をがんばった。
苦労の日々が脳裏をよぎり、レンは思わず涙ぐむ。
ついに手に入れた感動はひとしおだった。
「おいおい、なに泣いてんだよ? デキが気に食わなかったか?」
「ち、違います! これは、ちょっと、うれしくてっ」
「ハハハ! うれしいのに泣いてんのか。レン坊はホント泣き虫だな」
「くぅっ」
レンは羞恥で頬を染めるが、本当のことなので反論できない。
それに今はそんなことよりも、自分の剣だ。
「綺麗ですね、ホントに!」
「当たり前だろ。おれが打ったんだぞ?」
レンは刀身を眺めて、うっとり見惚れる。
両刃の剣だ。
刃渡りといい、幅といい、厚みといい、握りの部分といい、全てがレン一人のために誂えられている。
レンの体格や呼吸法込みでの膂力から、アレサンドラが逆算して、レンが一番扱いやすいように、打ち込みやすいようにと、完璧に整えられているのだ。
そして、磨き抜かれた刀身の美しいこと!
光沢は赤味を帯びており、それがますます目に映える。
「それに、おれとしてもこいつは会心の一振りだな」
「ホントですか!? うわあっ、感激です!」
「どこに出しても恥ずかしくないデキだ。だから、銘を付けようと思うが、いいな?」
「アレサンドラさんが付けてくれるんですか!? むしろ光栄ですよっ」
レンはますます喜ぶ。
高名な鍛冶師たちはしばしば、会心の自作に対して銘を付ける。
そういう業物は、非常に高値で取引されるものだ(レンはもちろん、売る気はないけど!)。
そして、アレサンドラの助手を続けたレンは、この誇り高き女鍛冶師が滅多に銘を付けないことを――少なくとも、会ってからは一度もないことを――知っていた。
この剣は、それほど自分に厳しい彼女の、お墨付きの逸品というわけだ。
(どんな銘を付けてもらえるのかなっ)
レンはドキドキして待った。
ワクワクが止まらなかった。
〈エクスカリバー〉とか〈ティルヴィング〉とか、カッコイイ銘かもしれない。
〈叢雲〉とか〈刹那〉とか、渋い銘かもしれない。
「うーん、そうだなあ……」
アレサンドラは一度、レンから剣を受けとると、まじまじと見つめながら、ウンウン唸る。
彼女が悩めば悩むほど、待たされれば待たされるほど、レンの期待は高まっていく。
「よっしゃ、決めた」
アレサンドラは一つうなずくと、ちょっと芝居がかった、もったいぶった仕種で、レンに剣を授けるようにする。
「教えてください!」
レンも捧げ持つような、恭しい仕種で受けとる。
そして、アレサンドラの宣言を聞いた。
「銘――剣光鉄火」
…………。
……………………。
……………………………………ビミョ。
レンは正直、そう思った。
別にカッコ悪い銘ではないが、カッコイイというほどじゃない。
ダサいとまでは思わないが、渋いとも思えない。
ゆえに微妙。
これがアレサンドラのネーミングセンスなのであろうか。
恐らく「電光石火」をもじっているのだろうが、彼女の中ではオサレなのだろうか。
「あ、ありがとうございますっ」
「そーか、そーか。泣くほどうれしいか、レン坊!」
アレサンドラは大変満足げだった。
レンは目尻に溜まった液体をこっそり拭った。
◇◆◇◆◇
アレサンドラに何度も何度も礼を言って、彼女の小屋を辞す。
この〈剣光鉄火〉を、見せたい相手がいた。
喜びを分かち合いたい女性がいた。
クアザルマの隠れた錬成屋で、レヴィアが待ってくれていた。
しかし、生と不死の境界は一筋縄ではいかない異世界。
ましてここは第二層の〈剛鉄山脈〉だ。
山から山へ、呼吸法で強化した脚力で駆けていく途中、レンは魔物と遭遇した。
鋼毛の羆。
この〈剛鉄山脈〉でも、最も危険といわれる魔物である。
昨日までのレンなら、回れ右して全力で逃げ出していた。
でも、今日からは――
「〈ファストブレード〉!」
裂帛の気勢。
ほとばしる霊力。
それに〈剣光鉄火〉が応えてくれる。
レンの霊力によく馴染むようにと、レヴィアが素材を錬成してくれたおかげだ。
剣を一閃させた瞬間、刀身が紅蓮の炎を纏った。
斬閃。
そして炎上。
スチールグリズリーは為す術なく、横腹を大きく切られると同時に全身を炎上させて、轟沈した。
レンのスピードに全く対応できず、〈剣光鉄火〉の秘めた攻撃力に耐えきれなかった。
「す、凄い……っ」
自分でやっておきながら、レンは興奮する。
〈剣光鉄火〉をにぎる手が、ブルッと武者震いする。
(早く、早く、レヴィアさんのところへ戻って、見てもらおう!)
街へ帰る足が、これほど軽いと思ったのは初めてだった。




