第十三話 回想:鍛冶師との邂逅(3)
そしてレンは、アレサンドラの厳しい指導の下で鍛えられた。
「まあ、ぼちぼち使いモンになってきたね」
と、お墨付きをもらえるまで、いったいどれだけの歳月をこの小屋で、二人ですごしたかはわからない。
数えるのは、途中でやめていた。
ただ、体感にすぎないが、半年は経っていないように思う。
毎日飽きることなく、一心不乱に鎚を振るうアレサンドラを、レンは手伝う。
主な仕事は、炉の温度管理だ。
フイゴや適切な燃料を使って調節する。
炎の色合いから炉の温度を知る方法や、どんな作業工程で何度に炉を保つべきか、女鍛冶師に叩き込まれた。
また、アレサンドラは「鎚打ち」から「折り返し」、そして「焼き入れ」まで、基本的には自分でやって、レンにはさわらせない。
だが、途中で「ダメだ。こいつはイマイチだな」と、最終的なデキがわかってしまうことがあって、そんな時は「残りはレン坊がやってみろ」と押し付けてくる。
アレサンドラ的には納得のいかない「作品」でも、カイルに売りつけることはできる(たとえ二束三文でも回収できる)ので、残りの工程を修行がてら、レンに丸投げするわけだ。
根が素直で直向きなレンは「これも恩返し」と、文句一つ言わずに鎚を振るう。
横で眺めていた師匠が、「やっぱ呼吸法が使える奴は呑み込みがいい。それにこいつはアホほど真面目だから、上達も早い」とこっそり感心していたのだが、一生懸命作業に没頭していたレンは気づかない。
逆に、レンから質問したこともあった。
作業の合間の、休憩中のことだ。
「暑っづぅぅぅぅぅぅぅ!」
鍛冶は、高温の炉の前で続ける重労働。
汗だくになったアレサンドラは、休憩のたびにいつも服をポイポイ脱いでしまう。
長身相応に大きな乳房を、気風よく丸出しにしてしまう。
「め、目のやり場に困りますから!」
とレンが抗議しても、聞いてくれた試しがない。
「二人きりなんだから、別にいいだろ。おれはレン坊に見られても困らないし、レン坊も本当は見たいだろ? ホレ、遠慮しなくていいぞ、ホレホレ」
「二人きりで暮らしてるからこそ、慎みってものが必要だと思うんです!」
「まあまあ、堅いこと言うなって」
「言いますよ!? 僕は言い続けますよ!?」
「まあまあ、堅くするなら股間だけにしとけって」
「#$%&=@!?」
「ま、ガキが背伸びすんなよ、微笑ましいだけだからさ。それとも『僕は一人前のオトナです』ってか? いいぜ、それならそれで。今夜、おれのベッドで可愛がってくれよ。こんなところで暮らしてると、おれも人肌が恋しい時だってあるしな」
そう言って、手拭いで豪快に腋の下を拭うアレサンドラ。
どこまでが冗談で、どこからが本音か。
気にはなれど、聞く勇気はレンにはない。
言われるまでもなく、まだまだ十四歳だと痛感する。
代わりに訊ねた。
「前から思ってましたけど、どうしてこんなところに住んでるんですか?」
普通の鍛冶屋は街に住む。
特にクアザルマは名工と呼ばれる人たちが、大勢いると聞く。
ライナーは優れた武器を求め、名工たちは商売相手に事欠かない。
練成師みたいに、ライナーと契約を結ぶ鍛冶師たちもいるらしい。
「そりゃ、究めたいからだよ。世界最高の一振りを打ちたいからだよ」
アレサンドラは逆の腋を拭いながら、こともなげに答えた。
だが、少し言葉足らずだ。
レンが困っていると、彼女は補足説明してくれた。
「おれの親父も鍛冶屋でな。腕は大したことなかったが、仕事に誇りを持っていた。だから、メチャクチャかっこよかった。おれもトーチャンみたいになりたいって思った」
「わ、わかりますっ」
レンだってジェイクに憧れて、ライナーになったのだ。
英雄になりたいのだ。
「でも、知ってるか? 鍛冶ってのは一般的に、男の世界だ。はっきり女人禁制になっている土地も多い。おれの生まれた町でも『工房に女が入ると、炉の女神様が嫉妬するからダメだ』っつー、クソしょーもない迷信がはびこってた」
「本当にどうしようもない迷信ですね……」
「だろう? だから、おれはよけいにでも意地になったね。凄腕の鍛冶屋になってやろうって思ったね。実際、おれの生まれ故郷じゃ、すぐにおれが一番になったね」
「さすがです!」
「いや、それが全然さすがでもなんでもなかった。おれは所詮、井の中の蛙だったんだ」
豪放なアレサンドラが珍しく、ほろ苦い表情になって笑った。
「おれは活躍の場を求めて、おれの腕前を一番買ってくれる奴を求めて、噂を聞きつけてクアザルマにやってきた。ここで現実を知った。本物の名工たちに出会った――ドワーフたちさ」
ドワーフ。
それは鍛冶や工芸を天職とする、亜人たちだ。
一般的には人里離れた山奥の洞窟に住んでいるが、混沌の都市では普通に見かける。
彼らは人並み外れた膂力と持久力を持ち、ずんぐりした見かけによらず器用で繊細。
何よりも、平均寿命二百歳超えという長命種だ。
もし人間種族で、彼らと同じくらい力持ちで、体力もあり、器用でセンスに満ちた鍛冶師がいるとしよう。
そして、その彼が四十年間、一日も休まず鎚を振るい、道を究めたとする。
だがその時、彼はいったい何歳だろうか? 老人だ。引退だ。
しかし、ドワーフだったらまだまだ働き盛りの若僧にすぎない年齢で、その才ある人間が究めた道のまだ先へ、まだまだ先へ、鼻歌交じりに進んでいくのだ。
人とドワーフ――両者の間には、それほど隔絶した人種的壁が存在する。
「だからさ。後は……わかるだろう、レン坊?」
「……生と不死の境界だったら、誰でも長生きできますからね……」
ドワーフたちより長生きして、ドワーフたちより鍛冶を究める。
そのためだけに、アレサンドラはここにいる。
独りで、鎚を振るい続けている。
何年でも。否、何十年でも。否、何百年でも。
人寂しさを押し殺し、あらゆる娯楽に背を向け、ただひたすらに剣を打ち、刃を鍛える。
それはもはや狂気ではないのか。
この大坑道を今も掘り続けている、コボルトと同じではないのか。
「……ねえ……アレサンドラさん」
「なんだ?」
「修行が一段落して、僕がライナーに戻った後も、たまに手伝いに来ていいですか? せっかく助手として、一人前にしてもらいましたし」
「ハン! おまえはお人好しがすぎるな」
アレサンドラはバカにするように鼻を鳴らした。
でも、その瞳は確かに喜んでいた。
「いいぜ、好きな時に好きなだけ来い。というか、打って欲しい武器があったら、素材を集めて持ってこいよ。おれが打ってやる。今ならもうドワーフたちにも負けねえよ」
「いいんですか!?」
「ああ、いいさ。おれがおまえの専属鍛冶師になってやる。感激しろよ?」
「ありがとうございます!」
アレサンドラと初めて会った時、厳しくておっかない人だと、レンは思った。
厳しい人という印象は今も変わらない。
でも――おっかないとはもう思わない。




