第十二話 回想:鍛冶師との邂逅(2)
(三時間……三時間だけか……ど、どうしよ)
それまでは休憩していってよいとは言われたものの、レンとしては慌てるし焦る。
三時間で何ができるというのか。この窮地を立て直せるのか。
消耗アイテム類は尽きた。魔術の類は使えない。回復手段といえば、呼吸法によって大気中の霊力を取り込み、自己治癒能力を高めることしかない。
しかし、呼吸法を習得したライナーの回復力が、いくら常人を凌駕しているとはいえ、ポーションや治癒魔術ほどの即効性はない。
これだけのケガを全快させるためには、数日はかかるだろう。
「なのにたったの三時間ですか!?」
「それはあんたの事情で、おれの知ったことじゃない」
「そ、そりゃそうですけど……」
弱り果て、へたり込むレン。
ジワリと涙がにじんでくる。
そこへカイルがニコニコとすり寄ってきて、馴れ馴れしく膝を叩いてくる。
「お困りのようですね、レン様」
「み、見ればわかるでしょう……?
「ポーションでしたら、お譲りすることもできますよ?」
「本当ですか!?」
「もちろんでございますとも。わたくしは商人と申し上げたはずですよ」
笑顔で請け負いつつ、カイルは広い袖の中に、反対側の手を突っ込んで、ゴソゴソと探る。
いったいどうやって隠していたのか、ポーションの瓶を三本、そこから手品のように取り出してみせる。
「一本につき金貨一枚。しめて金貨三枚になります」
「高ッ!?」
「生と不死の境界のこんな深い場所で、天の救いにも等しいポーションを入手できるのですよ? むしろレン様はラッキー。わたくしに感謝こそすれ、批難なされるのはお門違いかと」
「だからって足元見すぎでしょう!?」
確かにポーションという代物は、稀少で高価だ。
レンの生まれ故郷では、そもそも入手が不可能だった。誰も精製できなかった。
混沌の都市クアザルマはさすがで、ライナーの存在が異常な需要と供給マーケットを作り出しており、日常的且つ大量に売買されている。
が、それでも銀貨一枚は下らない高級品だ。
高級品だとはわかっているのだ、レンだって。
しかし、それにしても一本金貨一枚とは――相場の約百倍ではないか。
ボッタクリすぎではないか。
「認識の相違でございますね、レン様。何物にも代えられぬ自分の命を、お金で買うことができるのですよ? 金貨三枚は破格、お値打ち価格でございます」
カイルは笑顔を絶やさず、いけしゃあしゃあと言い放った。
「カイルさんの言い分はわかりました!」
レンは降参する。
「だけど、さっきお支払いした金貨五枚が、僕の全財産だったんです。いくら買いたくても、先立つものがないんです」
金貨五枚といえば、真面目に働く一家が一年暮らせるだけの大金だ。
確かにライナー稼業は儲かるが、死と隣り合わせの冒険によって得られた、血と汗の結晶だ。
それを既に黙って捧げたのだから、少しは負けてくれてもいいではないか。
「なるほど、そういうことでは仕方ありませんなあ」
「いくらか負けてくださいますか!?」
「ごきげんよう、レン様。せめて痛くない死に方をなされるよう、天にお祈りいたしますよ」
「この人でなしぃ!?」
レンはもう半泣きになってカイルを恨んだ。
そして、そんな喜劇じみた二人のやりとりを、ずっと無言で作業をしながら聞いていたアレサンドラが――何を思ったか。
いきなりすっくと立ちあがると、工房のあちこちに投げ出されていた剣の一振りをむんずとつかみ、鞘ごと無造作にカイルへ放った。
「まあまあ納得のデキの一本だ。いくらで買う?」
「金貨五枚でいかがでしょう?」
カイルが鞘から抜いて、刀身を検めるや即答した。
「そいつでボウヤにポーションを五本、恵んでやんな」
「畏まりました」
カイルはバカ丁寧に一礼すると、アレサンドラの言う通りにした。
期せずして、レンの前に五本のポーションが並ぶことになった。
「い、いいんですか、アレサンドラさん!?」
「いつまでも泣き言叫ばれちゃ迷惑なんだよ。作業の邪魔なんだよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます! この御恩はいずれ、絶対に返しますから!」
「ああ、期待してるよ」
豪放磊落にうなずくアレサンドラに、レンは「なんて親切な人なんだろう!」と感激する。
それから、アレサンドラは手を止めたついでとばかり、カイルと本格的な商談を始めた。
彼女が鍛えたのだろう武具を売って、生活必需品や嗜好品を補充する。
カイルの広い袖の奥には、恐らくなんらかのマジックアイテムが隠されているのだろう。
その袖口からいくらでも物が出てきて、また逆に買い取った剣を何振りでも収納してみせた。
「まいどありがとうございます、アレサンドラ様。今後ともご贔屓に」
「ああ。あんたがこんなトコまで行商に来てくれるお陰で、おれもいちいちクアザルマに戻らずにすんでる。またよろしくな」
ホクホク顔で帰っていくカイルを、アレサンドラはサバサバと見送った。
「じゃ、じゃあ、僕もこれで……」
ポーション五本を一気飲みし、すっかりケガも完治したレンは、続いてお暇しようとした。
「あんたは待ちな」
「ひっ!?」
が――その首根っこをむんずとつかまれ、思わず悲鳴を上げてしまう。
並んで立つと、アレサンドラは背が高く、体格も逞しいのがよくわかって、パクリと食べられてしまう自分を幻視するレン。
「ぼ、僕に何か御用が!?」
「ちょうど助手を募集してたところなんだ。あんた、しばらく手伝っていきな」
「どうして僕が!?」
「『恩は返す』と言ったばかりだろう? ありゃその場凌ぎの方便かい?」
「もう早速っ!? む、ムリですよ……できませんってっ。鍛冶の経験なんてないですっ」
「ないなら、おれが一から仕込んでやるよ。泣きごと言おうが弱音を吐こうが、容赦なく鍛えてやる。泣き虫のボウヤが一人前の助手になるまでな」
「それいったい、どれだけかかるんですか!? 僕には帰りを待ってる魔女が――」
「大丈夫、ひどいことにはならないから、そう心配すんな」
「そ、そういうことでしたら……」
「第二層で一年修行したって、生界じゃ四日も経ってねえから、心配すんな」
「ひえええええええっ」
アレサンドラの迫力に呑まれ、レンは震え上がった。
しかし、恩を返せと言われれば、お人好しのレンに否やはなかった……。




